ルトの一日 11
「な、夏美! とりあえず、わ、わしの肩を掴む力を少し弱くしてくれんか! 爪が肩に食い込んで痛くてたまらんのじゃ!」
佳代子おばあちゃんは何度も夏美さんの掴む腕をタップしながら叫んでいるが、夏美さんは一向に力を緩めようとしない。佳代子おばあちゃんの顔には苦痛の色が濃く浮かび、肩にめり込む爪の感触に体を捻るが、逃れることができない。
「やだなぁ、お母様、もう認知症になり始めてるんですか? ふふふ、私がお母様に対してそんなことするわけないじゃないですか……気のせいですよ」
夏美さんは佳代子おばあちゃんの言葉を受け流しつつ、さらに力を強めていく。
「痛たたたた!! これが気のせいであってたまるか! (ゴリッ! ミシミシミシ!)な、夏美!? 今の音聞いたかの!? 今わしの体からなっちゃいけない音が鳴り始めてるんじゃけど!? というか夏美!? いつまにこんなバカ力が出るようになったのじゃ!? もしや危ない薬に手を出しとらんか!?」
佳代子おばあちゃんは、夏美さんに肩を強く掴まれているせいで血流が止まり、顔がいつの間にか赤くなり始める。
「ふふふ、私はそんな危ない薬なんかに手を出しているわけないじゃないですか。力が強くなったのは……そうですねぇ、強いて言えば最近ルトちゃんにもらった野菜で作った野菜ジュースを毎朝欠かさずに飲み始めてからでしょうか?」
夏美さんは、最近私と母さんたちで丹精込めてが育てた野菜をおすそ分けしており、その野菜で作った野菜ジュースを毎日欠かさず飲み始めてから、不思議なことに力が強くなり、体力もつき始めたそうです……これで夏美さんはステータスを獲得していないっていうんだから驚いちゃうよ。
「野菜ジュースを飲み始めてから力が強くなったじゃと!? そんな馬鹿な話が合ってたまるか!?」
「馬鹿な話って、私はお母様に正直に答えたのに悲しいです、……娘の話を信じてもらえないなんて……掴む力を強くしますね」
「!? 痛たたた!! ちょっと夏美!! ギブ、ギブ!! これ以上は勘弁!! 」
(やばい!? 夏美さんを止めないと!)
佳代子おばあちゃんの体から軋む音がして、流石にまずいと感じた私は止めに入る。
「……あの、夏美さん、そろそろ止めたほうがいいんじゃ……佳代子おばあちゃんはなんだかんだ言って今日のやるべき仕事をちゃんとやったよ」
(まぁ、首輪をつけられた後で始めたんだけど……)
私は心の中でそう付け加えながら、ちらりと佳代子を見る。
「ルトちゃん、わしを助けてくれるのかの? ……天使じゃ!」
佳代子おばあちゃんは、私の声を聞いてまるで希望の光を見つけたかのように顔を輝かせる。すると、私の話を聞いた夏美さんは肩をすくめてこう言った。
「……お母様、優しいルトちゃんに感謝してくださいね……この辺で止めておいてあげます」
夏美さんは佳代子おばあちゃんの肩を力強く掴むのを止め、ようやく手を離した。
「痛たたたた……よ、ようやく解放されたのじゃ、殺されるかと思ったわい」
痛みから解放された佳代子おばあちゃんは両肩を回し、自分の体の調子を確かめる。
「それでは私の話を聞いてもらいましょうか……お母様、まだ何かあるんですか?」
夏美さんが話そうとするが佳代子おばあちゃんが手で制止て待ったをかける。
「ちょっと待つのじゃ夏美よ、わしに話すよりも先に解決する事があるんじゃないかのう?」
「はて? 何のことですかお母様?」
佳代子おばあちゃんは夏美さんに嵌まっている首輪に指を向ける。
「とぼけるでない夏美、その自分に嵌まっている首輪のことじゃ! まずその首輪を外すことに専念した方がいいんじゃないかのう?」
「……ああ、そういえばまだ首輪が嵌まったままでしたね」
「えらい余裕じゃのう……じゃが、その首輪をつけたままでは恥ずかしくて外には出られまい!」
「あら、確かにこの首輪を付けたままでは外に出られませんね……」
困った素振りで悩んでいる夏美さんに対して、佳代子おばあちゃんはニヤリと笑みを浮かべながらわざとらしく残念そうに言いながらドアノブに手を掛け堂々と帰ろうとする。
「そうであろう、そうであろう。夏美はまずその首輪を外すことに専念するが良い、わしは一足先に家に帰って、明日の朝から始まる他県の冒険者組合の代表理事たちとの合同会議に備えて、資料を読むために家でおとなしく待っているからのう。あーあ、お前の話を聞いてあげたかったのに残念じゃのう、ひじょ~~に残念じゃ」
(あ、佳代子おばあちゃん、そんなこと言って、これはきっと家に帰らずにどこかに雲隠れする気だ)
「じゃあ、ルトちゃんや、また(ガシッ!)……って、何をするのじゃ夏美」
夏美さんが部屋から出ようとする佳代子おばあちゃんの腕を掴んで引き留める。
「いいえ、お母様、時間は取らせませんよ……、だってこの首輪は……(カチャリ)ほら、この通り、お母様以外なら簡単に外れるようにできているんです。ルトちゃんから聞きませんでしたか? この首輪はお母様専用だってことを」
夏美さんは佳代子おばあちゃんを掴むのを止めて、佳代子おばあちゃんの目の前でいとも簡単に首輪を外して見せた。
「……う、嘘じゃろ」
佳代子おばあちゃんはあんぐりと口を開いて、自分の思ってもみない結果に驚く。
「では、お母様、これで私の話を聞いていただけますね」
「くぅぅ……、無念じゃ」
そんな二人を静かに見守っていると、学校の終了チャイムを告げる校内放送が聞こえてくる。
「あら、もうこんな時間なのね。それでは、ルトちゃん、今日もお母様を見張っててくれてありがとう。これはお礼よ。」
夏美さんはそう言って、机の上に置いてある紙袋を私にくれて、私は袋の中身を調べてみると『吸血騎士リリー』のアニメグッズでいっぱいだった。
「夏美さん、どうしたのこれ? この袋の中身全部来月発売の新商品ばっかりだよ!? しかも全部三個ずつある!? 何で、何で!?」
私は嬉しくなって、両手で紙袋を抱きしめながらぴょんぴょん飛び跳ねながら夏美さんに尋ねる。
「喜んでもらえて良かったわ、私の友達にアニメグッズを取り扱かっている友達がいてね、頑張っているルトちゃんのために友達にお願いして、一足先に特別に譲ってもらったの。同じ商品が三個ずつなのはイクスちゃんと翼ちゃんの分よ」
「わーい、ありがとう。あーっ!? 夏美さん! 佳代子おばあちゃんが逃げようとしてるよ!」
「わーはっはっはっ!! もう遅いわ!! 残念だったのう、な・つ・み」
佳代子おばあちゃんは夏美さんが目を離した一瞬の隙に扉の前に移動して逃げようとしており、私たちの慌てる様子を見ながら逃げさろうとしていた。
「それじゃあ、さら……」(ガンッ!)
扉を開けて、佳代子おばあちゃんが逃げようと扉に振り返った瞬間。
「ルト、迎えに来たよ」
母さんが私を迎えに来て扉が開き、『ガンッ!』という痛そうな音を立てながら佳代子おばあちゃんの顔面に見事にクリーンヒットして。
「ぶべらっ!?」
「あ!? 佳代子さん、ごめん」
佳代子おばあちゃんは変な声を出して前に倒れ込み、まるで叱って下さいと言っているようなお尻を出したうつ伏せのポーズで崩れ落ちた。




