ルトの一日 9
佳代子おばあちゃんが首輪の電気ショックで気絶してから十分が経過した頃。
「わしは迷子ではないって言っておるじゃろうがぁぁぁぁ!!」
ソファーで気絶していた佳代子おばあちゃんが、急に叫び声を上げて勢いよく起き上がり、向かい側のソファーで仮眠を取っていた私は、急な声にびっくりして思わず体がビクッと反応してしまい、驚きのあまり声を上げて目を覚ました。
「うわ! ビックリした!? もう、佳代子おばあちゃん、驚かせないでよ」
私が軽く文句を言っても、気絶から覚めたばかりの佳代子おばあちゃんは、まだ私の声が聞こえていない様子。
「……佳代子おばあちゃん、聞いてる?」
「……ゆ、夢か、よかったのじゃ。あれが現実じゃったら恥ずかしくて暫く外にも出られん」
佳代子おばあちゃんは、少しぼーっとしながらそんな言葉をつぶやき、ほっと一息を吐いて安心している。
「もう、佳代子おばあちゃん、聞いてってば!」
「おおっ、すまんの、ルトちゃんや。で、話は何んだったかのう?」
「佳代子おばあちゃんが起きるまで、私も少し眠ってたんだけど、佳代子おばあちゃんが急に大きな声で叫びながら起き上がるからビックリしちゃったって話。それで、佳代子おばあちゃんはどんな夢を見てたの?」
私は佳代子おばあちゃんがどんな夢を見ていたのか尋ねると、佳代子おばあちゃんは少し沈黙した後で渋々教えてくれた。
「……デパートで迷子に間違われて、無理やり店員に迷子センターに連れていかれそうになったんじゃ。なのに、夏美は面白がって他人のふりをして、ニヤニヤと見送っとった。しかも、店内放送で迷子のアナウンスが閉店ギリギリまで繰り返し流されて、最後にわしが大人だと証明したんじゃが、店員には『それならもっと早く言ってください!』と理不尽に怒られる……そんな悪夢を見たんじゃよ」
「そ、それは悪夢だったね。でも、その代わりに佳代子おばあちゃんの首に嵌まっていた首輪が外れているよ、ほら」
机に置かれている首輪を軽く持ち上げ、プラプラさせながら佳代子おばあちゃんに見せてから、再び机に置き直す。佳代子おばあちゃんは自分の首元を触り、ようやく首輪が外れていることに気付いたようだ。これでめでたしめでたしで終わればよかったのだが、佳代子おばあちゃんは首輪を掴み、顔をにやにやさせながらほくそ笑んでいた。
「けっけっけっ……、首輪が外れてよかったのわい。だったら、今度はこちらが仕掛ける番じゃ。この首輪を夏美の首に嵌めて、仕返ししてやるかのう」
「ええ~……それは止めておいたほうが……」
「シッ!」
「……もぅ」
私は佳代子おばあちゃんを止めようとした時、佳代子おばあちゃんが手で制止して、職員室の方の壁をじっと見つめていた。きっと、佳代子おばあちゃんには壁越しに人の魂が見えているのだろう。佳代子おばあちゃんは『仙女』の力で人の魂が見えるって、以前、母さんから聞いたことがある。
実際に私と佳代子おばあちゃんが沈黙していると、誰かが廊下をコツコツと歩いて、段々とこちらに近づいて来る足音が聞こえてきた。
「……夏美の奴が何も知らずにのこのこ帰ってきおったわい。ルトちゃんや、そこで見ておるのじゃよ、夏美の慌てる様を。けっけっけっ……』」
「……佳代子おばあちゃん、私はちゃんと忠告したからね」
「ハイハイ、わかったのじゃ、わかったのじゃ。では、夏美にこの首輪を嵌めるとするかのう」
そう言って、佳代子おばあちゃんは首輪を両手で掴んで、扉の真横でニヤニヤしながら夏美さんが扉を開けて入ってくる瞬間を待ち構えていると、何も知らない夏美さんが部屋に入って来た瞬間。
「……! 今じゃ!」
カチャリ
佳代子おばあちゃんは目にも止まらぬ早業で夏美さんに首輪を取り付けた。




