ルトの一日 7
カカカカッポン、カカカカッポン
「…………」
何度か仕事を逃れようとしたものの、ついに観念して作業を始めた佳代子おばあちゃんは、無言で手を休めることなく真顔で書類にペンを走らせる音を一定のリズムで鳴らし、淡々と印鑑を押して承認を進めて1時間経った頃。
(え~と、これはこっちで、これはここで……)
私はそんな佳代子おばあちゃんの机の隣に立ち、承認が終わった書類を手に取って、右端に赤、青、緑の三色で色分けされた部分を確認し、それぞれの色ごとに分けて承認済みのケースに黙々と仕分けして、未承認の書類の山が減ってきたら、私は佳代子おばあちゃんに気づかれないように物音を立てずに部屋を出て職員室に向かい、職員室にいる教員全員に呼びかける。夏美さんに頼まれたからには少しでも佳代子おばあちゃんに仕事をしてもらわないと。
「あの皆さん、佳代子おばあちゃんが今仕事に集中していますから申請書を出すなら今ですよ」
教員の皆さんに呼びかけると、すぐに何人かの教員が書類を手に急いでやって来る。
「良かった~。今日はもう申請が間に合わないと思ったから助かったよ」
「いや~、本当に夏美さんいない日に君が学園長を見張ってくれるお陰で仕事が捗るよ」
数人の教員たちから書類を私に預けながら、お礼を言われて感謝される。
「そうですか、なら良かったです。これからも夏美さんがいない日は私が佳代子おばあちゃんを見張るので安心してください。では、失礼しますね、もし、追加の申請書類があったら持ってきてください」
私はそう言って職員室を後にして、再び物音を立てずにこっそりと学園長室に戻り、佳代子おばあちゃんに気づかれないように教員から受け取った書類の束をそっと未承認の書類の山に積み上げる。私が書類を置いても集中している佳代子おばあちゃんには気がつかないようで黙々と作業に集中していた。
こうして黙々と佳代子おばあちゃんの作業が進み、私の腕時計の針が午後四時に差し掛かろうとした頃。
「ふい~、これでやっと終わったのじゃ」
佳代子おばあちゃんは机に突っ伏して安堵し、私は最後の書類をケースに入れながら佳代子おばあちゃんを労う。
「はい、佳代子おばあちゃんお疲れ様、取り敢えずお茶でも飲む?」
「お願いするのじゃ、でも、その前にこの首輪を外してくれんかの? また電気ショックを食らったらたまらんのでのう」
佳代子おばあちゃんは自分の首に付いている首輪を触りながら、私に首輪の外し方を尋ねるんだけど……。
「え? 首輪の外し方なんて知らないよ? 空お姉ちゃんから聞いた話では、仕事が終われば勝手に外れるとしか……」
「え? 嘘じゃろ、外れないんじゃが……」
「えー!? 外れないの!? ど、どうしよう!? 取りあえず空お姉ちゃんから貰った説明書を見てみるよ」
私は慌てながら自分の荷物から空お姉ちゃんから受け取った首輪の三百ページもある分厚い冊子の説明書を取り出す。
「何じゃ!? その分厚い説明書は!」
首輪の説明書見て驚く佳代子おばあちゃんの声を聞きながら、私は説明書を調べていくと、該当する項目を見つけ、声を出して読み上げていく。
「え~と、もし首輪が外れない時の対処法わっと……え~と、なになに? 首輪が嵌められている対象者がすべての仕事を終えられているか確認してください。佳代子おばあちゃん、本当に今日の分の仕事は全部終わったんだよね? 」
「も、もちろん、終わらせたのじゃ! ルトちゃんやもうこうして話している間にもう二分が経過のじゃ、だから、早く調べて欲しいのじゃ」
佳代子おばあちゃんは頭を抱えながら椅子をガタガタと揺らし、小刻みに体を震わせながら落ち着きのない様子で急かす。
「も~、そう急かさないでよ、佳代子おばあちゃん。え~と、もしも首輪が外れない場合の対処法は、二百二十三ページにある緊急マニュアルをご確認ください……え~と、二百二十三ページをめくって……っと。佳代子おばあちゃん、首輪の外し方分かったよ。コサックダンスをしながらアニメ『吸血騎士リリー』のエンディング曲のサビの部分を歌うと外れるって! 私が歌を教えるから、佳代子おばあちゃんは私の後に続けて歌える様にコサックダンスを踊る準備をして!」
「空ちゃんの奴め、なんてふざけた解除方法を考えるのじゃ! わしがアニメのエンディング曲を知ってるはずないじゃろ、それに歌いながらコサックダンスなん……ぎゃあぁぁぁ!?」
佳代子おばあちゃんが空お姉ちゃんの首輪の解除方法に文句を言いながら、コサックダンスを始めようとしたその瞬間、仕事が終わってからちょうど五分が経過し、首輪から電流が走り、佳代子おばあちゃんは叫び声を上げ、身体を痙攣させながら感電していた。




