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ルトの一日 3

 今日、私とイクスの冒険者組合でのお手伝いは、毎週月曜日に一般人向けに行われる回復魔法で治療する無償ボランティアを手伝っています。


 受付カウンター近くの広いスペースには『無償治療会場』と書かれた看板が立て掛けられ、その周囲には仕切り板で四つに区切られた個別の治療スペースが設置されている。私とイクス、そして回復魔法が使える職員のお姉さん二人で、治療に来た一般の人々に対して治療を行っている。


「はい、素子おばあちゃん。これで腰の痛みは治しましたよ」


 私は、こちらに背を向けて折り畳みの椅子に座っているおばあちゃんに声を掛け、治療が終わったことを告げると、おばあちゃんはゆっくりと立ち上がり、ニコニコと顔をほころばせながら私にお礼を言った。


「いつもありがとね、ルトちゃん。お陰で腰が楽になったわ。これで腰の痛みを気にせずに孫と買い物に行けるわ」


 治療を終えたおばあちゃんは『こぉ~』っと息を吐きながら、まるで太極拳をするかのように片手で杖を持ちながらゆっくりと体を動かして、自分の体の調子を確かめている。


 私が今治療したおばあちゃんは、佳代子おばあちゃんと小学校の頃からの仲良しで、名前は鈴木素子。予定がない時には一緒に買い物に出かけたりしているらしい。


「もぅ……素子おばあちゃん、腰の痛みが無くなったからって無茶しないでね」


「あ~、わかっちょる、わかっちょる、ルトちゃんは心配性だね~。心配しなくてもちゃーんと疲れた時は、近くの公園で適当に休むからね……明日の晩に久しぶりに佳代子と朝まで酒の飲み比べ勝負があるからね無茶はしないよ」


「……いや、素子おばあちゃん、佳代子おばあちゃんと朝までお酒の飲み比べって、お酒はほどほどにした方が……」


 素子おばあちゃんを心配する私の気持ちをよそに、素子おばあちゃんは「チッ、チッ、チッ」と言いながら、人差し指を振って答える。


「いいかい? ルトちゃん、あたしと佳代子はただ闇雲にお酒を飲むだけじゃないんだよ。お酒の力を借りて、終活の話やシラフでは言えないことを語り合ってね~。二人でお酒を飲んでストレスをぶちまけないと、指先が震えてねー……」


「そうだったの? ごめんね、素子おばあちゃん。そんな事情があるなんて知らなかったよ」


「いいんだよ、ルトちゃんが分かってくれれば」


 素子おばあちゃんがよよよと大げさに顔を両手で覆い涙を流すのを見て、私は罪悪感に襲われそうになった。しかし、その時、いつの間にか傍にいたイクスの一言で、私はハッと目が覚めた。


「いや、それただのアルコール依存症だよ! ルトお姉ちゃん、騙されちゃだめだよ!」


「……あ!? そう言われれば! ひどいよ素子おばあちゃん、私を騙すなんて……イクスが教えてくれなかったらすっかり信じちゃってたよ」


「くっくっくっ、どうだい? 昔、舞台役者だったあたしの演技力は、見事なもんだろ。もちろん、さっきの話は嘘さ、ちょっとしたイタズラ心ってやつさ。それじゃあ、あたしはこれで帰るとするよ。ルトちゃん、また来週もお願いするよ」


「……はい、来週も待っています」


「そうだ、佳代子の奴に明日の飲み比べ楽しみにしてるって言っといてくれよ。はっはっはっ」


 そう言って、素子おばあちゃんは私に佳代子おばあちゃんの伝言を頼むと、笑いながら入り口の方に向かって行った。私はその後姿を見ながらちょっとイクスに愚痴をこぼした。


「まさか、素子おばあちゃんの演技に騙されるなんて……イクスが言ってくれなかったからすっかり信じちゃってたよ。ありがとね、イクス」


「別にこれくらいでお礼なんて言わなくてもいいよルトお姉ちゃん。ルトお姉ちゃんはそういう場の雰囲気に呑まれちゃうところが、母にそっくりでボク心配になっちゃうな、だから……」


(母さんに似てるか……ふふっ、嬉しいな)


 イクスが心配して話してくれているのに、私は妹に母さんに似ていると言われたことが嬉しくて仕方なかった。大好きな母さんと同じところがあったなんて思いもしなかったからだ。私は心の中でそう思いながら顔がにやけてしまうと、私の顔を見たイクスが……。


「ちょっと、ルトお姉ちゃん? 何、ニヤけてるのさ。ボクの話ちゃんと聞いてる? 聞いてなかったらルトお姉ちゃんのお弁当の中に入っている母特製の卵焼き貰っちゃうから」


「卵焼きはちょっと……、ツナ入りのおにぎりならいいけど」


「もぅ、しょうがないなルトお姉ちゃんは、おにぎりで勘弁してあげる」


「はは~……ありがとうございますイクス様~」


 私はイクスにちょっとふざけながら自分の両手を合わせ、大げさに頭を下げて高い裏声でお礼を言うと、彼女は腹を抱えて笑い出す。


「ぷっ、ちょっとルトお姉ちゃん、それ誰のマネなの?」


「夏美さんの機嫌を取る時に、佳代子おばあちゃんがやるマネ」


「なにそれウケる~」


 イクスを佳代子おばあちゃんのモノマネで笑わせた頃にお昼になり、詠美お姉ちゃんたちと昼食を食べた私たち二人は、今度は母さんたちのいる冒険者学校へと向かったのだった。


 ちなみに、昼食時、詠美お姉ちゃんに披露した佳代子おばあちゃんのモノマネは大好評だった。


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