ルトの一日 2
冒険者組合に到着した私たちは、正面の入口を遠慮がちに眺めながら通り過ぎ、従業員用の裏口から入った。詠美お姉ちゃんが上の人に許可を貰って、裏口から入れるようにしてくれたのだ。正面入口から入っていた頃は、人が多くて進むのが大変だったし、色んな人に一緒にダンジョンに行かないかと誘われて断るのに時間が掛かり、詠美お姉ちゃんのいるカウンターにたどり着くのに苦労していたからだ。
更衣室に入り、冒険者組合が用意してくれた私たち専用の職員の衣装を取り出し、着替えていると、イクスが愚痴をこぼし始めた。
「今日も入り口付近から混んでたよね。ルトお姉ちゃんはボクが生まれる前、あの混雑した入り口から入ってたんでしょ? ボクはあんな混雑した場所からは入りたくないな~。万が一スライムの僕があんなところに入ったら、他の冒険者の武器が当たって、ボクのプニプニのスライムボディが裂けちゃうかもしれないしね」
冒険者組合のロゴが入った上着を羽織り、小さな可愛らしい帽子を被ったイクスが、お尻を左右に小さく揺らしながら、似合わないセクシーポーズを決めて私に尋ねる。
「そうだよ、イクス。もう、大変だったんだから。私がボブゴブリンに進化する前は体が小さかったから、混雑した人だかりでもスイスイと詠美お姉ちゃんのところに簡単に行けたけど、進化して体が大きくなってからは、詠美お姉ちゃんの元にたどり着くのに時間が掛かって本当に大変だったんだから」
私は、当時のことを思い出し、ため息を吐きながらも、自然と笑みがこぼれる。
(……でも、あの時からまだ少ししか経ってないのに随分と昔に思えるんだよね~。きっと、母さんやみんなといる毎日の時間が楽しいからかな?)
そんな風に物思いにふけりながら着替えを終えた私は、次に詠美お姉ちゃんにいつも頼まれている物を詠美お姉ちゃんのロッカーに入れるため、扉を開けた。そして、先にロッカーに入っていた同じ紙袋と入れ替えるようにして新しい紙袋を中に入れた。その光景を見ていたイクスが私に疑問をぶつける。
「それにしてもルトお姉ちゃん。母が着た上着や下着、使ったスプーンなんかを集めて使えるようにする詠美お姉ちゃんのスキルって、一体何なんだろうね?」
イクスがそう言いながら先程交換した袋の中身の一部を取り出して首を傾げながら話を続ける。
「……それに、毎回渡した物と同じ新品の物が袋に入っているのも不思議だよね? どうやって事前に渡すものが分かるんだろう?」
「そうだよね、私も前に詠美お姉ちゃんに一度聞いてみたことがあるんだけど、その時は「ふふっ、ごめんなさいね、碧君と結婚した後にスキルと職業をちゃんと教えるからそれまで待っててくれないかな?」あ、詠美お姉ちゃん、おはよう」
イクスと二人で詠美お姉ちゃんのスキルについて話していると、詠美お姉ちゃんが部屋に入って来る。
「おはよう、詠美お姉ちゃん。お姉ちゃんのスキル、僕たちにだけこっそり教えてほしいな~。ね~、いいでしょ~? お願~い」
イクスが詠美お姉ちゃんに抱きつき、甘えた声で聞き出そうとするが。
「ふふっ、ごめんね、イクスちゃん。そんな声を出しても、今はまだ教えられないわ」
「え~、そうやって秘密にされると、余計に気になっちゃうよ! ルトお姉ちゃんも気になるよね!」
微笑みながら断る詠美お姉ちゃんに、スキルが気になって仕方ないイクスは、今度は私に抱きついてくる。まぁ、私も確かに詠美お姉ちゃんのスキルは気になっているけど……。
「……イクス、時間が経てば、詠美お姉ちゃんがスキルを教えてくれるって言ってるんだから、それまで我慢しようよ」
「ちぇ~、わかったよ我慢する。じゃあ、ボクは先に行って準備してるね」
イクスはそう言って部屋から出ていき、私と詠美お姉ちゃんが二人きりになる。
「……ありがとうね、ルトちゃん。イクスちゃんを止めてくれて……でも、近いうちにちゃんと教えるから待っててほしいな」
表情を曇らせて話す詠美お姉ちゃんに、私は黙って首を横に振った。
「ううん、そんなこと言わなくていいよ、詠美お姉ちゃん。……無理に聞き出さないよ。人が嫌がることをしちゃいけないって、母さんが言ってたし、私もそう思うから」
「……ふふっ、本当によくできた優しい娘だね、ルトちゃんは……それじゃあ、ルトちゃん! 今日もお手伝いよろしくね!」
満開の花が咲いたような笑顔で詠美お姉ちゃんが言うと、私も負けないように笑顔で答えた。
「うん、任せてよ、詠美お姉ちゃん! 私、頑張るよ」
そうして、元気よく答えた私は冒険者組合のお手伝いを開始するのであった。
 




