09-- やれるだけやらないと! (挿絵)
フリンジワイルドについて簡単に説明しよう。
フリンジワイルドは多くのゾーンに分かれ、ゾーンの広さに関わらず、それぞれが異なる雰囲気を放っている。亡霊たちから逃げてフェンスの支柱を横切った時に、俺も雰囲気の変化を感じ取っていた。
それらのゾーンには異なるタイプの精霊が潜んでいる――例えて言うなら生物体系のようなものだ。ほんのわずかな変化でさえも、そこに棲む精霊に大きな影響を与える。地繋精霊は人間との契約なしにゾーンを離れることはできない。その私が逃げた幽霊たちは、その例でした.
最後に、おもしろい話をひとつ。
人間界との境界に近くなればなるほど、ゾーンは小さくなり、精霊の数も減っていく。有望者は何も教えられることなく、最初はこういうゾーンへとテレポートさせられる。しかし、人間界とは別の方向へ向かわなければ強くならないし、何より真の報酬は得られない。これってまるでゲームそのものじゃないか。モンスターを倒し、レベルアップし、力がつけばより危険なエリアに進む、これの繰り返しなのだから。
これは俺たちが精霊を探しに向かっているときにアンサイが教えてくれたことだ。さぁ、それじゃあ戦いを始めようじゃないか。
***
俺たちは黒い砂が一面に広がるゾーンへと入った――木々が境界となって隣のゾーンとは分かれていたが、これまでとは見た目が一番異なっていた。
「何か来るぞ、アンサイ!」
砂の中からミイラのようなゾンビが現れ、俺に向かってきた。俺はゾンビを避け、スタンガンをやつの肋骨に打ち込んでやった。俺の方へと振り向いた瞬間、頭の後ろを力いっぱい叩くと、ゾンビは地面に倒れ込んだ。次の敵が現れないうちにと、俺は何度もゾンビの後頭部をガンガンと叩き続けた。
「前例なき者よ、お前さんの右足の下から何かやってくるぞ――」
「名前で呼んでよ!」
俺は笑いながら答えた。
右足を右に動かすと、水の中から跳ね上がってきたように、砂の中からボロボロの鱗を持つピラニアが勢いよく飛び出してきた。思ったよりも高く飛び上がると、その飛び出た目で俺を捕らえたようだったが、俺は瞬時にタイミングを計算し剣を振るった。ピラニアの胴体は真っ二つになり、ゴボゴボと音を立てながら、その姿が消えるまで空を昇っていった。
俺に向かってヴィタイが飛んできたので、その方向へ剣を持っていない手をかざし、剣の先をゾンビの頭の方へ向けた。ゾンビを倒したヴィタイは剣に吸い込まれ、ピラニアの方は俺の手に吸い込まれた。
「休んだらどうじゃ――お前さんも疲労困ぱいといったとこじゃろう――」
「大丈夫だ! もうちょっといける! やれるだけやらないと!」
すると、慌てて穴に逃げ込もうとする一体のゾンビが見えた。逃げるゾンビに向かって全力で剣を振ると、頭が割れ、その場で息絶えた。
「クリティカルヒット!」
思わず歓喜の声を上げた――モンスターと戦い、倒すことで爽快な気分になる。こんなにも自分の内でフラストレーションが溜まっていたなんて思いもしなかった。まるでアボミネーションに怯えながら生きてきた数年間のリベンジを果たしているような気分だ。ここの精霊たちはアボミネーションではない、けれど似たような見た目をしているから、そういう気分を味わわせてくれる。何からから解き放たれた気分だ――
「ぼけっとするな! 右じゃ――」
「ヤアアァァァー!」
ピラニアが現れ、俺の右側に食いついた。アンサイがピラニアに突進しガブリと噛み付くと、ピラニアは俺から離れ砂の上にドサッと落ちた。
「今じゃ!」
アンサイが叫ぶ。
何度も言わなくてもわかっている、俺だって準備は万端だったし、精霊を倒し、ヴィタイもその後すぐにゲットした。わき目も降らずに、戦闘態勢に戻ったじゃないか――
「前例なき者よ、我々は常に思考をクリアに保ち、感情に流されてはならない。感情で思考が見えなくなると、判断能力が鈍ってしまう」
「ごめん、アンサイ! これからは気をつけるよ」
ミイラがもう二体姿を現し始めたので、俺は気を引き締め、剣を手にした。
「こんなにも自由を感じた後で死ぬなんてお断りだ……自分自身をコントロールするんだ」
「その調子じゃ、しかし時には引き際も大切じゃよ。我らの今の力では、何にでも立ち向かっていくのは時期尚早じゃからの」
「わかったよ」
二体のミイラに向かって走りながらそう言った。
「前例なき者よ、お前さんは疲れとらんのか? どこか痛かったりしないのか? 怪我が治らないままこの戦いに突入しておる、もっと慎重になるべきだったはずじゃぞ」
バランスを失いながらもミイラを力一杯殴り、剣の柄で、もう一体のミイラのこめかみをひと突きした。
「アンサイ、君はわからないかもしれないけど、昔はもっとひどい有様でボロボロだったんだ。このままいっちゃっていいだろ?」
「ダメじゃ、まずは回復じゃ!」
倒れたミイラたちを交互に叩いた。
「昔のことだけど、こんなもんじゃなかったんだよ。それでも走らなきゃなからなったんだ」
アボミネーションの毒に侵されたことを思い出していた。まだ毒は俺の中に残っている。ひどい咳が止まらず、このまま死ぬんだろうと何度も思っては涙を流し、その度に目には血が溢れた。身体がもうバラバラになるのではないかと思うような苦痛、それにもだえた声を誰にも聞かれないようにと、何度も身を隠しては生き続けた。結局命の灯火が消えたのは、俺がその火を消すと選んだ時だったけれども。
「どうやってまだ大丈夫だと悟るんじゃ」
「自分の限界は本能で感じるから、だね」
ミイラの首元を力一杯に落とし、もう一体の首も続けて落とした。
「わかるかな、こいつらを倒しヴィタイを得るごとに、力がみなぎるような何かを感じるんだよ」
俺たちの足元から地鳴りが聞こえ始めた。
「それは当たり前じゃ、前例なき者。ヴィタイを吸収すれば回復できる。この者は時間をかけてレベルを上げていきながら、ヴィタイの力を使い回復していこうと考えていたのじゃ。お前さんがまさかヴィタイの効果に気づくとは思いもよらんかったがのう」
「何か問題でもあるのか? 俺は回復していってるんだろう――」
「回復しておらん! 回復できるエネルギーはお前さんが使うエネルギーよりも少ないのじゃ。すぐに底をついてしまうぞ!」
地鳴りがこれまで聞いたこともないくらいに大きな音で響いた。
「お前さんにはさっき休憩した時に回復したスタミナしか残っておらん――そのスタミナだって、使い尽くされて――」
「グォォォォォオオー!」
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