45--壁画
「お嬢、お願いじゃからもうちょっと高く上げてくれ」
「ちょ〜っと待って。私ももうギリギリなのよ」
俺たちはまた石でできた扉の前に立っていた。そこにもやはりワナが仕掛けられていたため、フローレンスとアンサイは外そうと試行錯誤していた。もはやワナが仕掛けられてないドアはない、と思った方が良いだろう。
フローレンスがワナの仕組みを解き明かしたため、アンサイは扉の上にある小さな隙間に頭を突っ込み、「分析」を使ってその仕掛けの外し方を模索していた。
俺の横に立っていたストレリチアが、もううんざりと言わんばかりの声を漏らした。
「あんな目には、もう、ほんと、遭いたくないわ」
実はミンチにされかかったあの扉の後にも、ワナが仕掛けられていた。床を踏んだ瞬間にナイフが四方八方から飛んで来たのだ。ストレリチアの炎によって吹き飛ばせたから良かったもの、もしも反応がほんの一瞬でも遅かったら、今頃俺たちは蜂の巣になっていただろう。ストレリチアは俺の腕をそっとつかみ、肩に頭を寄り掛かけた。
「ブレア、どうしてここにはナイフばっかりなんだと思う?」
「それと鳥男な……あいつらのことは忘れちゃいけないぜ」
俺はできる限り平静を保ちながら答えた──ストレリチアがこんなふうに素直な気持ちを表現してくれている、そっちの方に気持ちが傾いてしまわないように。
「俺はまたあいつらみたいなのに、扉の反対側にぶっ飛ばされませんように、って考えてるよ」
俺は横切った廊下でブロック体と衝突寸前になったことを思い出していた。ゴブラのシンク・スキルで高速移動できたから助かったが、それがなかったら壁にでも無惨に打ち付けられていただろう、とアンサイは言っていた……顔面崩壊、血まみれの廊下……そうなった場合の結果まで、惜しみなく教えてくれた。
ストレリチアが震えているのが腕から伝わってくる──それほどまでにガタガタと震えていたのだ。
「ねぇ、もしも敵が一斉に襲ってきたら……逃げるとこなんてどこにもないわ」
「まあな」
俺は扉と狭っこい廊下に目をやった。
「そんなのクソ食らえだ……アンサイならその可能性も考えただろうけど。大丈夫、なんとかなるよ」
アンサイとフローレンスは扉を開けようとしていた──慎重に慎重を重ねているようだった。そして扉がカチャリと開かれ、フローレンスはそっと次の部屋をのぞき込んだ。そのすぐ後に、俺たちに手を振った。
「ワナは解けた! 次の部屋はとんでもなく広そうよ!」
部屋へと入っていったフローレンスを見て、俺とストレリチアから安堵のため息が漏れた。俺たちはフローレンスの後へとついていった。
新しい部屋は大きな長方形の形をしていた──ここまでで一番大きな部屋と言っていいだろう。天井は見えないくらいに高いのだろうか──光がそこまで届いていないせいか、全貌が見えない。そのせいもあってか、壁の色も暗く見える。部屋の中心に向かって緩やかな下り坂になっており、真ん中には一段低くなったようなところがある。低くなったところの先には祭壇があり、その上には天井まで届きそうな大きな像が立っていた。それはまるで壁から掘られたか、もしくはそこにくっつけられたようだった。アホみたいにマッチョな筋骨隆々の鳥男で、手は交差していたが、それぞれに短剣が握られていた。またしても上半身しかなく、腰は床と同じ高さのところにあった。
俺はそいつの頭をまじまじと見た。他の鳥の頭を持つブロック体とは明らかに違う。こいつはいかにも鳥らしい顔つきをしている──タカのような瞳を持ち、顔の輪郭は羽で覆われている。しかし、クチバシはなく、代わりに人間の口と鼻がついていた。目の下にはくっきりと彫られた跡が刻まれている。
「なんだよ、ここ、それに鳥男まで……」
フローレンスを見ると、すでに祭壇のそばまで近づいていた。
「お、おい! フローレンス、気をつけろ!」
「大丈夫よ、ワナは確認済みだから! 問題なしなの! あっ、スライドパズル発見!」
(パズル?)
ストレリチアの目はキラリと輝き、ワナのことなんかすっかり忘れてしまったように、アンサイを肩に乗せたまま一目散にパズルの元まで走っていった。俺も慌てて追いかけ、祭壇にたどり着いた時には、フローレンスはすでにパズルに取り組んでいた。あれやこれやと必死にスライドさせている。
「フローレンス、手伝おうか?」
「大丈夫よ……自力で解けると思う」
フローレンスは眉間にシワを寄せ、口を真一文字に結びながら言った。
「この記号前にも見た気がするの……ちょっと記憶があやふやだけどね……」
俺はパズルをチラリと見た──記号だけじゃない、ランダムに引かれたような線もある──時間さえかければ俺にも解けそうだが、フローレンスができるというなら俺の出る幕ではないだろう。
「パズルが解けたら、鍵のかかった扉とかが開いたりするのかな」
俺は周りを見渡した。部屋の四隅には松明と発光している石が置かれていたが、その他目ぼしいものは特に見当たらなかった。
「ブレア、もしかしたら隠し扉とかあるのかも。私、師匠とちょっと見てくるわ」
ストレリチアの言葉に俺はうなずき、フローレンスを残して俺達は二手に分かれた。ストレリチアは部屋の右、俺は左の担当だ。この暗さだ、壁におかしな部分を見つけるには、触って確認する方が良いだろう。
(ん?)
部屋の真ん中に近づくと、何か他とは違うものに気づいた。俺はそのまま指を沿わせていった。
(ここに何かあるぞ)
俺は近づいて目を細めた。松明の光では十分ではないため、何があるのか見るのは苦行だったが、ふとヘッドランプを持っていることを思い出した。頭に装着し、壁を照らし出すと──
(何か描いてあるじゃん!)
俺は急いでどこから始まっているのかを探した──描かれた部分は他の部分とは明らかに違う。これは壁画だ──パネルの一つには、人々が住処を作っている姿、そして作物のようなものが描かれていた。太陽のことを表しているのだろうと思われるシンボルもそこにはあった。壁の下から2.5メートルほど上に向かって描かれていたが、話のように続いている部分があるわけではなく、ただ八個のシーンが描かれているようだった。俺は太陽の部分を見た──すべてのシーンはわずかに異なっている、しかし、太陽だけはどのシーンでもまったく違う位置に描かれていた。一番下にあるシーンでは右手にあり、ちょうど昇っているところだ。四番目のパネルではその動きはストップし、五番目では高さは維持しているものも左側へと移り、六番目以降では沈んでいっている。
(太陽は時の移り変わりを表している……ここでは太陽は東から昇るのか? もしそうなら……下のパネルが話の始まりを示していることになる……)
俺は上にある壁画を見た──一番高いところにある二つのパネルは、俺の背を超えたところにある。ちゃんと見るのは容易いことではなかったが、火のシンボルがあるのを確認できた。
(これは何かの破壊を描いているのか? もっとはっきりと見ることができれば……)
俺は肩越しにフローレンスとストレリチアを見た。フローレンスはまだパズルを解いている。ストレリチアは向こう側を調査中だ──邪魔はしたくない。俺はまた壁に目をやり、下の壁画からまた読み解き始めた。俺がわかる部分から見直してみよう……
一番下にある一番目のパネルには、線で描かれた棒人間が数名いる。そのうちの二人は卵のようなものを運んでいる……これは車が発明される前の、昔の貴族とか偉い人が乗るような「駕籠」と呼ばれるようなものに見える。子供も二人いるみたいだ、他の六人の長い棒人間は大人を示しているのだろう。
二番目のパネルでは、駕籠が地面に置かれているが、サイズはさっきよりも大きくなっている。その中には他の子供よりも小さなサイズの子供が入っている。棒人間の数は変わらないが、こっちには作物、そして家も二つある。
三番目のパネルの駕籠には子供が入ったままだが、サイズはさっきよりも大きくなっており、家のサイズと比べてもまるで何か重要な建物のようにも見える。家の数は増え、駕籠の後ろには成長している木もあった。棒人間の数も増えている。大きさは大小様々だが、大人が十人、子供は六人だ。
(てことは、この駕籠の中にいる子供がここの中心的な人物ってことか? 居住地の発展みたいなものを記しているのか? どういうことだ!?)
その時背筋がゾクッとした。俺はすぐに後ろを振り返り、キョロキョロと辺りを見回した。
(今のは笑い声だよな?)
俺は確かに聞いた──あれは子供の笑い声だ。だが、近くには誰もいない。ストレリチアはまだ反対側にいて、アンサイと一緒に向こう側の壁を見ている。フローレンスは祭壇に身を乗り出し、一心不乱になって調査中だ。
その時だ、俺のヘッドライトからブザーのような音が鳴り、ライトが消えてしまった。
「どうしちゃったんだよ?」
頭からヘッドライトを外しながら言った。ボタンを何度も押してみたが何も変わらない。
「電池がなくなったのか?」
また壁画の方を見た。
「どうしろって言うんだよ──ん?」
壁に光が灯った。いや、四番目のパネルにある宝石から光が放たれた──と言った方がいいかもしれない。その宝石はさっきまでなかったやつだ──いや、あったのか? 気が付かなかっただけだったのか? ダンジョンの不可解な仕掛けによって作動したのか、フローレンスがパズルをもう少しで解けるからこうなったのだろうか……
まぁいい、見えるようになったんだ。この隙に何が描かれているのか見ておきたいと思い、俺はジャンプして上のパネルを見た。
(おいおい、なんだこりゃ?)
奇妙としか言えなかった。七番目と八番目のパネルは未だ意味不明だが、ただ一つだけわかること、それは八番目のパネルの中央によくわからない記号のようなものが描かれている、ということだ。しかも、存在感がありすぎるくらいの大きさで、これを見落とすなんてことはできやしない。俺は首を振り、四番目のパネルへと戻った。
四番目のパネルには人が多く描かれている──16人の大人と、12人の子供たち。駕籠に乗った子供へと、皆おじぎをしているようだ。その子供は宝石へと手を伸ばしている。
青く光る不思議な宝石へと俺も手を伸ばすと、宝石がグラグラと抜け落ちそうになっていることに気づいた。
(やった! これを使えばきっと上のパネルが見れるぞ!)
宝石を取り外し、手の上で転がしていると、微かな音が聞こえた──まるで誰かがシクシクと泣いている声だ。身の毛がよだつのを感じ、俺は後ろを振り向いた。
みんなそれぞれ自分の仕事に取り組んでいる──フローレンスは髪をかき乱し始める寸前に見えた。
「おーい!」
俺は声を上げた。誰かが泣いているのではないかと本気で心配になったのだ。
「みんな大丈夫か?」
「ちょっとぉ、同情なんかしないでくれる!」
フローレンスが答えた。
「ちゃんと解けるから。もうちょっとだけ時間をちょうだい!」
「ブレア?」
ストレリチアも続けて答えた。
「私は大丈夫よ、師匠も問題ないわ──」
「前例なき者よ、心が乱れているようじゃが、自分でどうにかせい。お前さんの不安な思いがこちらにまで届いて居心地が良くないぞ」
(冷てーやつ。なら、その理由でも聞いてこいっつーの)
アンサイにはアンサイの感情もある──その少しイラついた気持ちが俺にも伝わり、さっきまでの心配事をどこかへとやってしまった。俺はまた壁画に集中し、その読解に取り組み始めた。
五番目のパネルはこれまでのものとは少し違っていた。家や作物はまだ描かれているが、中心となっているものはそれらではなく、真ん中に描かれた人間である。
そこには六人の大人と二人の子供たちがいる──いや、待て、左にもう一人子供がいる。彼らの上には鍵のようなものが七つ、鍵の上には俺が取り外したような宝石が描かれている。しかし、これまで駕籠に乗っていた中心人物的な子供と同じような子供が描かれていることが、なんだか不可解だ。大人は全員それぞれに異なる記号が付けられている。二人は顔に記号が描いてあり、他には矢を持つ者、本みたいなものを持つ者、ひものついたボールを持つ者、そして残った者は──王冠をかぶっているように見える。
「これってどういう意味──」
そう言いかけた時、俺の思考がストップした。
誰かが呼吸している。俺ははっきりと聞いたぞ。しかも壁から聞こえてくる……四番目のパネル、宝石がはめ込まれていたところだ……。