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第 41 章

まさかこんなところで仲間が増えるなんて──ようやくまともに会話をしようとなった今、俺たちはフローレンスのテントに落ち着いていた。ついでに、ここに届いているわずかな光でスマホを充電できやしないかと思い、俺はソーラー充電器も引っ張り出していた。見ればわずかに充電がされている。それを知ったストレリチアの顔には喜びが溢れた。

話を聞いてみると、フローレンスはどうやらここで一晩過ごしたらしい。建物の中には入れなかったが、それでも何かを探ろうと屋根に登っていたそうだ。フローレンスがこのダンジョンの中を探索したい理由について、こんなことを言っていた──

「ダンジョンっていうのはね、時の流れとともに忘れられてしまった知識が眠る場所よ。考えてみて、そこで何が学べるのかって。 何ものにも触れられずにいたものがそこにはあるのよ! 考えただけでもワクワクしちゃう! 忘れられた知識の数々! 何がそこにあるのか、この目で見たいの!」

胸に秘めていた熱い思いを語り始めると、まるでマシンガンのように話をまくし立てた。これまでの冷静さはどこにいったのか、まるで推しについて語るオタクそのものだった。

「ダンジョンやそういった知識の数々、そういうもののために私はフリンジワイルドに来たのよ! しかも、境界線の近くにダンジョンを見つけるなんてね、スッゴくない? もう幸先が良いとしか思えない!」

フローレンスが夢中になって話す姿を見ていると、彼女を信用してもいいような気が少しずつ芽生えてきた──他の理由もあって気持ちが揺さぶられているのかもしれないけれど。あらかた話が済むと、目的地にたどり着いた電車のように、フローレンスは落ち着きを取り戻し始めた。

「それで、あなたたちはなぜダンジョンに興味を持ったの?」

「それについては俺が答えるよ」

俺は手をあげた。

「どうしても仲間にしたい精霊がいるんだ。その精霊を仲間にするには、俺たちの思いを示すものとしてアイテムを贈らなきゃならなくてね」

「え! そのアイテムが眠る場所がこのダンジョンだって思ったってこと?」

俺はうなずいた。フローレンスの言う通りだからだ。

「なーんてロマンティックなの! そういう行動を示してくれるのが好きな精霊がいるって話は聞いたことがあるわ──人生は短いんだから、そうなるのも納得ね。あなたが仲間にしたい精霊はそんなシチュエーションをずっと待ち焦がれていたんでしょうね。どれほど恋焦がれているのか、容易に想像がつくわ」

「ま、そんなとこだよ」

そう答えながら、俺はまだまだ疑いの気持ちを払拭してはならないと思っていた。安心するのは時期尚早だ、気を引き締めて取り掛からないと。

しかし、フローレンスはこの時、俺が心を少しだけ許したのを感じたのだろう──瞳の中に喜びのサインのようなものが見て取れた。微笑みながら身を後ろへと下げたフローレンスからは、さっきまでのオタクのような雰囲気はすっかりなくなり、またフェロモンたっぷりの魅力を醸し出していた。

「人生って本当におもしろいわね」

俺のことを挑発するような目つきでフローレンスが言った。

「それでは」

ストレリチアの肩に乗ったアンサイがひょっこりと首を伸ばし、フローレンスを遮った。 「これでお互いに目的はわかったじゃろう。次は双方の能力についてわかっておかねばならぬな」

その言葉はフローレンスに向けられていた。自分の番と悟ったのか、彼女は話し始めた。 「えーと、さっきも言ったけど、私は全然戦い向きじゃないタイプ。精霊との戦いには役に立たないわ」

フローレンスは手を前に出し、彼女の印縛処を投影した。

俺は印縛処のシンボルの周りにポツンと浮かぶ、たった一つのリングを見ながら首をかしげた。

「一つのリングに光は二つだけ? ってことは精霊二体のみってことか?」

「まっさか」

フローレンスは答えた。

「継承精霊はいないの?」

ストレリチアが尋ねると、フローレンスは印のない右手を見せた。

「いないわ。私は確かに有名な家に生まれたけど、それを証明するようなものは何にもないの。残念な子、と思ったでしょ」

そう言うと肩をすくめ、ため息をひとつ吐いた。

「なーんて惨めなのかしらね」

「それでは、ボロノヴァ家のお嬢よ。お主の印縛処には一体何がいるのじゃ?」

フローレンスは首をかしげた。

「そんな名前で私を呼ぶなんておもしろいわね、アンサイ師匠」

「気にしないでくれ」

俺は言った。

「アンサイは人に変なあだ名をつけるんだよ」

「あと、『師匠』と呼ぶのは止めて──あなたの師匠じゃないでしょう」

ストレリチアがたたみかけるように言った。

(まぁ言われてみたら確かにそうだけど、俺はどっちでもいいかな)

フローレンスはストレリチアの嫉妬めいた言動を一笑し、手を顔の前に出し振った。すると、そこには緑色をしたレンズのシンボルが一つだけ現れた。金色のフレームがレンズの周りを縁取り片眼鏡のようになると、まるで大きなマスクから、それだけがくり抜かれたようになった。眼鏡は魔法のようにして、フローレンスの顔の上に乗った。眼鏡には羽根のモチーフがついていた。

「これが私の印縛処の最初の星よ。みなさんこれが何か知ってる? 精霊道具と言われているものよ」

アンサイを見ると、首をニュッと近づけてそれを見ていた。

「精霊には下位もおれば上位もいる。知性という点から精霊をランク付けすると、こいつらは下位の精霊の下に属する精霊じゃ。ある意味、シグネチャー・ウェポンの真反対にあるもの、とでも言えよう。こいつらは自らのヴィタイを持つアイテムで、フリンジワイルドで生まれたものじゃ。シグネチャー・ウェポンは人間界に由来し、持ち主のヴィタイを使うもんじゃからな。最も原始的な精霊とでも呼べるじゃろう」

「自らのヴィタイを持ってるから、精霊ってことなんだね」

俺は確認のために尋ねた。

「そうじゃ。基本的にはな」

「あなたの精霊は小さいけど、ずいぶんと知識豊富ね」

フローレンスは言った。

「どうやってそんな知識を手に入れたの? 精霊の多くがするように、風からでも聞いたとか?」

「そうかもしれんな」

「あっそう」

フローレンスはお構いなしという感じだった。

「精霊道具とか道具精霊とか言われるけど──呼び名なんてどっちだっていいの。これが私の持っているもの、これが事実でーす、ってこと」

「つまり、こいつがあるから無事にここまでたどり着いた、というわけじゃな、ボロノヴァ家のお嬢よ?」

「あら。ずいぶんと賢くてお察しが良いのねー」

「アンサイ、どういうことだ?」

俺は聞いた。

「あの精霊の力により、お嬢はこの者の『分析』に似たスキルが使えるようじゃ。我々が安全なゾーンを見つけたのと同じようにスキルを使い、ここまでやってきたんじゃな」

フローレンスは背筋を伸ばすように腕を上に伸ばした。

「でも残念(ざんね〜ん)なことに、ここまでが限界よ」

「待て」

俺は言った。

「継承精霊もなしにどうやって精霊道具を捕まえたんだ? 最初のゾーンに転がってて、運良くそれをいただいたってわけじゃないだろ」

「おお、前例なき者、良い質問じゃのう。ボロノヴァ家のお嬢よ、ここまでラッキーだけでやってこられたと言うのか? 精霊道具は原始的なものとはいえ、見つけるのは相当難しいはずじゃ」

フローレンスは深いため息をついた。

「私が見つけたんじゃないの」

そう言ったフローレンスの言葉には悲哀の念がこもっていた。

「私の家族は、ある人から部分部分に分割された精霊道具を受け継いだの──過去の周期からの失われた技術、と呼んでいたわ」

「ほう、興味深い。分割か、そんなことができるとは」

「できちゃうのよ、ご覧の通りね。ともかく、この精霊道具は受け継いだものであることに間違いないけど、『継承精霊』ではないの。文字通り『受け継いでいる』だけ。使い方をある程度学んで、印縛処に入れたってわけ」

「ボロノヴァ家のお嬢よ、その分割ってやつは精霊道具だけにしかできんことなのか?」

「他の精霊にはできないわ。それは家族のみんなが知ってること」

フローレンスは唇の上に指を置いた。

「もちろんこれは他言無用よ。ボロノヴァ家の秘密だからね」

俺はリングにある二番目の光を指差した。

「わかったよ、フローレンス。それで二番目のやつはなんだ?」

「何でもないわ。あれは私の隠れ家」

予想もしない回答に俺は驚いた。

「『隠れ家』?」

「保管庫みたいなものじゃ、前例なき者。精霊に使用せず、アイテムを納めておくところにすることもできるんじゃ」

「あ、そうなんだ、インベントリみたいなもんか……」

俺は一人でブツブツ言った。

「上出来じゃ、ボロノヴァ家のお嬢よ。それでは今後、お前さんの『隠れ家』を我々にも使わせてもらおう」

フローレンスは口を真一文字に締め、真面目な顔をした。

「了解っ」

そう言うフローレンスは、まるで上官に文句ひとつ言わずに従う兵士のようだった。

「本当にいいのか、フローレンス?」

フローレンスは一瞬目を丸くして俺を見たが、その後優しい眼差しに変わり、頬に手を置いた。

「ねーえ、覚えておいてね、私はあなたの従属者よ。あなたが私にジャンプしろと言うなら、喜んでジャンプしてあげる。どのくらいの高さのジャンプにしたらいいかってことまで聞いてあげるわ」

「あのさ、そんなのいいよ、やらなくても。やりたくないことははっきり言ってくれ」

「優しいのね……にしても、おチビちゃんがこのグループをまとめてる役なんてね、興味深いわ」

「アンサイは俺のガイド役だ。アンサイがいなかったら、俺はもう死んでただろう」

「ふぅん……そうだったのね。アンサイちゃんの頭がいいのは一目瞭然だし、何度もあなたのことを助けてるっていうのも納得よ。いいじゃない、あなたたちと一緒に旅ができるなんて光栄だわ。さぁて、私の力についてはもうわかったでしょ。次は何?」

俺はダンジョンをチラリと見た。早く中を探ってみたいという気持ちがうずいていたのだ。

「えーと……まだまだ時間は早いけど──」

フローレンスの目が輝いた。

「ええ、『時間は早いけど』?」

「──ダンジョンを探るべきだと思う。これ以上マーセイドを待たせておきたくないんだ──」

「やった、賛成! 大賛成っていうか超賛成! いつでも出発できるわよ!」

フローレンスは待ってましたと言わんばかりに、大声で歓喜の声をあげた。軽く飛び上がると、持ち物を急いでしまい始めた。

「持ち物全部しまっちゃうから、ちょっと待ってて。全部しまったらいつでも出動可能よ!」

「ボロノヴァ家のお嬢が片付けをしている間に、我々のフォーメーションを確認しておこう。お嬢も漏れなく聞くようにな」

「全然やっちゃって、そんなの朝飯前だから!」

その言葉の後、アンサイはどのようにしてこのダンジョンを攻略するかということについて、手短に話をしてくれた。


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