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04

 そこらじゅうにあるぬかるみに何度も足を取られそうになってはパニックになりかけながらも、俺は何時間も、暗く冷たい霧に包まれた道なき道をただただ歩き続けた。もしもここが俺の知っている世界なら、ワニのようなアボミネーションにとっては最高だったろう。俺の足を食らう絶好のチャンス到来だったろうから。いや、そんなことより、もし足にびっしりとヒルが吸い付いていたら……俺は木の下に座り、自分の足を確認した。


「大丈夫だ、ヒルはいない」


しばらく休憩を取ることに決め、試用剣を腰の右側に寄せ、ここに着いた時に持っていたものを広げてみた。ペン型浄水器、スナックバー、サバイバル用マルチツール、サバイバルナイフ、携帯電話二個、折りたたみ太陽光充電器、着火剤、スタンガン、ヘッドライト、裁縫道具、コンパス、そして薬棚から持ってきた痛み止めがいくつかあった。


「これが俺が持っているものすべてか……てことは、さっきの光で生まれ変わったわけじゃないってことだな。あーっ、待て待て! これを忘れちゃいけないな……」


腰に掛けた剣をポンポンと叩いた。


「夢じゃないんだな……使うことがないといいけど……でも、これが生まれ変わった後の世界じゃないとしたら……」


卿たちの出立やプレゼン、よくわからない称号には最初困惑しか覚えなかったが、それでも彼らは俺たちがどこにいるのかということは教えてくれてはいた。


「死んだ時に、俺はどこか『違う世界』に飛ばされてきたのか? そして今『第一の階層』にいるのか?」


頭の中には多くの疑問ばかりが駆け巡ったが、俺が確実に分かっていることは、何か重要な挑戦の真っ只中にいる、ということだけだった。そしてインダルジェンス卿の言ったことによると、俺は今生きていく上でのチャンスをつかむときにいる、ということも。


「『迷わずぶんだくれ。力、富、知識、人間も……』」


俺は卿の言っていた言葉をつぶやき、あれこれと考えながら、しばし黙って座りこんだ。


「まぁいい、やってみよう。逃げようもないし、誰かに頼ることなんかもできないし。くだらない人生をダラダラ生きて、一度は死んだ身だ。今回は思いっきり生きてやろうじゃないか」


俺にしては大胆不敵な笑みを浮かべた。


「俺は全力で挑まなきゃいけないところに行き着いたってことか……なんだか人生に『やれるものならやってみな』ってけしかけられているみたいだな――いや、違う、『やれるものなら』、じゃない、俺はこれを勝ち抜くんだ」


俺は自分に言い聞かせるように独り言を言いながら、広げたものをしまい込み始めた。


「服装とか卿たちの有り様からして、どうやらファンタジーの世界に入り込んだみたいだけど……持ってきたものが役に立てばいいな。どうせなら魔法でも使えれば、かっこいいのになぁ?」




そうこうしているうちに、スナックバーがひとつなくなっていることに気づいた。包装のカサカサいう音が茂みの方から聞こえたので、そちらに向かうと、シマリスがこちらに背を向けて、スナックバーをほおばり、懸命に食べている。


「なんだ、シマリスか。かわいいなぁ。きみにあげるよ――」


その瞬間、リスがこちらをくるりと向いた。顔は腐り落ち、その半分は腐敗が始まっていた。


「アボミネーション!」


とっさに剣を振り切ってシマリスの首を一瞬で切り落としたが、反射的に取った行動で動悸が激しくなり、はぁはぁと息が上がっていた。しかし、剣の刃先の下に息絶えて転がった小動物の亡骸を見、俺は判断を誤ったのだと気づいた。


「あぁ……そうだった、俺は今ファンタジーの世界にいるんだ……アボミネーションなんかいないかもしれないって言うのに……ここにしか住んでいない動物だったのかもしれない……」


気が抜けたように、自戒の念もこめてつぶやいた。この数年に渡るアボミネーションとの戦いで、普通ではない姿のものを見たら、例えそれがどんなに小さくても殺せ、と教えられてきた。何度も何度も、小さなアボミネーションに大きな地域一帯が滅ぼされてきたのを見てきたのだ。どこか異様な姿をしたチワワ、インコ、ネズミ――たかが小動物ではあったけれども、奴らの中に潜んだ恐ろしい力によって、何も知らない人たちが無情にも殺されてきたのだった。


「ごめんよ、本当にすまない。俺はまだまだ剣なんて使える身じゃないんだ――」


そう言うと、シマリスの体から光が一筋現れ、剣を包み込んだ。驚きのあまり言葉を失い、ただそれを眺めていると、剣から光が静かにふわりと宙に浮かび、俺の手の中へと消えてしまった。


「な、何が起こったんだ?」


すると今度は突然うめき声があたりに響き渡り始めた。まるで悲しみに暮れるような、唸るような声だ。

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