37--マジですごかったよ (挿絵)
俺たちは一、二時間ほど走っていただろうか。
「ここじゃここじゃ! 前例なき者、ここで休憩をするぞ」
アンサイの言葉に従い、俺たちは小さな洞窟の形をしたセーフゾーンで休むことにした。身をよじってしか入ることができない入り口は狭く、中は小さな部屋くらいの広さしかない。ストレリチアを先に休ませ、俺は木を集めて入り口を塞いだ。洞窟の上には穴が開いている。小さな焚き火くらいならしても大丈夫だろう。
30分ほど経った頃だろうか。もう猟犬たちは追ってきていないとアンサイが判断し、やっとのことで俺も壁に寄りかかることができた。このセーフゾーンはまさに「隠れ家」のようだ。アンサイがいなければ絶対に見つけられなかったに違いない──感謝してもし尽くせないくらいだ。けれど俺の中にはまだ大きな不安が残っている。追跡タイプの精霊がいつ俺たちを襲ってくるのか……ここにいる全員が願うのは、俺たちを追いかけていたのはたった一匹だけ、しかもそれはもう対処済み、ということだった。
すると、まるで体のスイッチが切られたみたいに、いきなり体が重くなった感覚に襲われた──もう休まなくては。俺は息を深く長く吐いたが、ストレリチアの視線を感じ、にこりと微笑んだ。
「大丈夫?」
俺は尋ねた。
ストレリチアはまだ剣を手にし、膝の上に置いていた。
「ええ……」
「熱はどう? まだある?」
ストレリチアは首を横に振った。
「い、いえ……少しは良くなってきたわ……」
「なぁアンサイ」
俺は目の前でとぐろを巻いているアンサイに向かって言った。
「ストレリチアの剣はどうなっちゃったんだ? これはフレマイェルダの剣なんだろ?」
アンサイの目の色がしばらくスロットマシーンのように変わり続け、突然ピタリと止まった。 「これはこれは……」
アンサイのその言葉には、確実に「歓喜」が隠されていた。
「この剣はあの騎士の剣じゃ。ただしそれは水たまりに映る自らの姿のような、という意味じゃがな」
「てことは、この剣は映し出されたフレマイェルダの剣ってことか?」
俺はなぜアンサイがはっきりと「映し出された」と言わないのか、少し困惑していた。
「ある意味、な。フレマイェルダも騎士じゃからの、剣を手放すことはない。しかし、この剣はフレマイェルダの剣としっかりと繋がっている。つまり、ストレリチアの場合、ストレリチア自身が映し出す媒体となっているんじゃ。言い換えれば、ストレリチアが水たまりの役割を果たしている、ということじゃな」
「それで……それってストレリチアにとったらどういう意味になるんだ?」
「いろんなことでプラスの意味となるぞ。水たまりの役割を持つことによって、ストレリチアは自分が映し出すものの姿を変えることができる。さっき何が起こったかと言うと、ストレリチアはフレマイェルダの力を降ろしてきた。その力はこれまでは体力の問題もあり、長時間使うことができなかったが、今ではよりコントロールできる範囲へと変えることができておる。まるでストレリチアがフレマイェルダの力をコントロールするために、映し出す姿を変えるようにな」
「印縛処のドアがほんの少しだけ開くのを想像してみたのよ……でもこんな形になるとは思わなかったわ……私はフレマイェルダの剣を使いたかっただけなのに」
ストレリチアは言った。
「そしてフレマイェルダの強さを剣に思い浮かべてみたのじゃな?」
アンサイが尋ねた。
「そうなの。そしたらあんなミラクルが起きたのよ!」
「と言うことは、これは可視化による賜物じゃな」
アンサイが俺を見た。
「前例なき者よ、ついにストレリチアも専用の武器であるシグネチャー・ウェポンを手にしたぞ」
それを聞き、俺はストレリチアを見た。相変わらずボロボロになったマントを身につけているが、どこにも試用剣は見当たらない。アンサイの言うとおり、これは彼女の「シグネチャー・ウェポン」だ。
(ん? ストレリチアがなんだか変な顔で俺を見たな)
ストレリチアは体を小さく動かし、視線を下の方へと落とした。俺を一瞬見ると、すぐさま違う方へと視線を変えた。
アンサイは饒舌にしゃべり続けていた。
「この武器は精霊の力を発揮する一例ということじゃな。強い力を持つ継承精霊のイメージを映し出し、精霊によって出される最大の力をそっくりそのまま発揮するのじゃ。しかも消耗する力は調節した上でな。それだけじゃないぞ、秘めた可能性や能力なんかも存分に引き出してくる」
「どうやって?」
俺はあっけらかんと尋ねた。
「前例なき者よ、お前さんの姿を鏡なんかに映すのに負担となることはあるか?」
「負担? そんなのないよ、俺がどうするわけでもないし──って、あ! そういうことか!」
俺はストレリチアを見た。
「ここには実際二人のフレマイェルダがいるってことだ! 本物のフレマイェルダとストレリチアが映し出したフレマイェルダだ」
「その通りじゃ。ストレリチアはもはや我々が行うような体力の消耗を必要とせん。剣の使用に制限をかけているものは別物じゃ。なぜならフレマイェルダが必要とする体力を使うことはないのだからな。剣を手にしている限り、ストレリチアはフレマイェルダの力を映し出す媒体となることができる。もちろん練習だって必要だろうし、ストレリチアも剣の使用で何に制限がかけられるのかを知っておく必要もある」
「ストレリチア、なんか悪くない話じゃん?」
「ええ! もうこれまでみたいに体力が続かないこともないのよね?」
「別のことが原因で疲弊することもあるじゃろう」
アンサイは言った。
「自分で扱える範囲外の力を扱った時に出てくる弊害はこれまで見てきておろう──オーバーヒートしたようにな」
ストレリチアと俺はアンサイの言葉に合わせてうなずいた。
「今はまだどのような仕組みになっているかはわからん。今わかっていることは、力を過度に映し出した時に体温の上昇を引き起こす、ということじゃ……思うに、剣の使用によりストレリチアの熱を扱う能力に影響が出るということじゃろう……はっきりとした答えが見つかるまで、この者は終始分析に励む。今言えるのは、ストレリチアは体温をちゃんとコントロールする必要がある、ということじゃ。分析が終わる頃には、オーバーヒートの原因もわかるじゃろう。原因さえわかれば、そうならずに済む方法も判明する」
「つまり……それって振り出しに戻るってこと? ストレリチアはやっぱりフレマイェルダを長時間使うことはできないってことなのか? それって何も変わってないんじゃない?」
「何を言っとる。まず、専用の武器ができるということは扱いが楽になる、ここが大きな違いじゃ。ストレリチアがフレマイェルダを使うとなると、フレマイェルダ自身を使わなくてはならない。その上、フレマイェルダを出現させることでも体力を消費する──例えただそこらへんに浮かんでいるだけでもな。どうじゃ、わかったか?」
俺はうなずいた。
「効率化ってとこだな。ストレリチアが熱のコントロールをできてる限りは剣の力を使うことができるってことだ」
「まさにその通りじゃ」
アンサイは答えると、視線をストレリチアへと向けた。
「ストレリチアよ、お前さんが今集中すべきは短時間、つまり剣とフレマイェルダを媒介する時間に、フレマイェルダの力100%を剣に映し出させるようにすることじゃ。必要とする時にしかヴィシュアを使わんのであれば、体力の消費を心配する必要もなかろう」
アンサイは刃先に頭をコツンとした。
「今は休止中の状態にある。しかしお気づきであったか、体力を消耗せんでもこの姿を保ち続けられているのじゃぞ? これはもうこのままの姿から変わることはない。お前さんはすでにシグネチャー・ウェポンからの恩恵を受けているんじゃ。フレマイェルダの力を映し出さずとも、この剣はもうお前さんのものじゃよ」
「どの道、武器は持ってるってことだね」
俺はストレリチアににっこりと微笑んだ。
「いや、マジで良いことだらけじゃん、だろ?」
「そうよね!」
ストレリチアの返事が速攻に帰ってきた。
ストレリチアの方へ手を伸ばすと少しビクリとしたが、俺はそのままストレリチアの肩に手を置き、ポンポンと叩いた。
「ストレリチア、助けてくれてありがとう」
すると、まるでお礼の言葉に驚いたように、ストレリチアの顔が一瞬でほころんだ。
俺の顔もつられてますます笑顔になった。
「マジですごかったよ」
炎の明るさに照らされたストレリチアの唇は震え、瞳は涙でいっぱいになっていた。込み上げてくる感情と涙を押さえ込もうと口を食いしばっていたが、涙がポロリと一粒こぼれ落ちると、 そこからダムは簡単に破られてしまい──堰を切ったようにわんわんと泣き始め俺に抱きつき、涙が枯れるまで俺の胸に顔を埋めていた。
俺にとってはまったくの予想外のことで、最初はわけがわからなかった。次第に頭の中で整理がついていき、俺はストレリチアを落ち着かせようと頭をポンポンとした。
「もう大丈夫だよ、本当に大したもんだ」
俺は言った。
ストレリチアの心の中までは俺にはわからなかったけれど、泣きたい時に肩を貸してやることぐらい俺にとっては朝飯前だった。
それからしばらくし、ストレリチアは泣き果てて寝てしまった。その割にはこれまでにないくらいの可愛らしい寝顔を浮かべていた。
「前例なき者はすっかりこのお嬢さんに夢中じゃな」
アンサイがニヤニヤとした。
「あー……」
俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「多分『夢中』は言い過ぎだよ──」
「嘘をついても無駄じゃぞ。お前さんの感情は感覚を通してこの者に伝わってきておる。すべてダダ漏れじゃ」
「う……あの──」
「良いではないか。この者もストレリチアのことを好いておるぞ」
アンサイはそう言うと俺の膝まで登り、そこにとぐろを巻いた。アンサイももう眠りにつこうとしているようだった。
「アンサイ、俺たちみんな寝ちゃっても大丈夫なのか? あの犬のことは殺ったけど、他に何か気をつけることは……?」
「死んだ後にスキルが引き出される精霊もいる。精霊の方に影響が出る場合もあれば、精霊の持ち主である印縛権者に影響が出る場合もある。もし精霊の方で何も起きなければ、印縛権者の方に何かが起きている可能性はあるな。我々はそちらへの対策を練らねばならんであろう」
「それってどういうことなんだ? 何に注意しなきゃいけないんだ?」
「精霊の命が絶たれれば印縛権者がその事実に気づく。かなりのヴィタイが戻り、何らかの影響が出ることにより、己の精霊が殺された事実を知ることができるはずじゃ。だが、死後スキルが引き出されることについては、それは知る由もない。我々にできる最善の対策は注意を怠らないことじゃ。我々の現在地をピンポイントに示すようなスキルが存在するとは思い難いがのう──少なくともそんなスキルを持つ精霊はいないと思っておる」
俺は息をフーッと吐いた。
「そうだな、君は『知識の精霊』だからな。君の言うことを信じるよ……何かが現れたらすぐ知らせてくれ」
「もちろんじゃ。この者は生存競争に負けたくはない」
俺はストレリチアの剣を見、すっかりと夢の世界に行っているストレリチアについて思いをめぐらせた。彼女を死なせたくない。
「それで、アンサイ……ストレリチアの専用の武器は精霊の武器のコピーとして現れた。これって何か意味があるんだよね?」
「まさに……」
アンサイは眠りについているストレリチアを見ながら言った。
「ストレリチアは継承精霊からとんでもない影響を受けている」
「俺たちの武器は、俺のバカみたいなビリヤード好きから来てる──そこに君の影響も混じって──」
「そのプロセスが首尾良く進んだのは誰のおかげじゃと思っとる……その素晴らしいお導きのおかげでストレリチアのような経験はせんで済んだのじゃ。だからこそ、もうはっきりとわかっただろう。この娘にとって最も大切なことは、精霊の力を正しい方法で使いたいという思い……剣がほぼほぼ精巧なレプリカだったということは、ストレリチアのフレマイェルダへの想いはうんと深いのじゃろう」
「それで、どうやって映し出されるのかについては本当にまだわかんないのか?」
「わからん。ストレリチアが武器を使うのをもう一度見る必要がある。ひょっとしたらある程度、時間が必要かもしれん……」
「そっか、それならそれで」
「さておき、この者はお前さんのスキルで一つわかったことがあるぞ」
心臓がビクリとした。俺にもスキルがあるっていうのか?
「そのスキルの名前は『超閾』じゃ」




