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35--死の領域

***

死の領域

ロット

インダルジェンス

ソリチュード

スタグネーション

ディサピアー

エンバーズ

パッシング・ライツ


生の領域

アビュンダンス

ファーティリティ

クリエーション

リジュヴィネーション

グロウス

コネクション

バース


熱の領域

コンバスション

アクティヴィティ

ミラージュ

フューチャー

フリクション



静寒の領域

サスペンション

スロウネス

フリージング

プリザヴェーション

アイス

ブリザード


光の領域

スターズ

ラディアンス

アナイレーション

[不明]

ブラインディング


闇の領域

グラヴィティ

インフィニティ

シャドウズ

ドレイニング

[不明]

[不明]

ブラック


空の領域

ゲイル

ハリケーン

ストーム

エクスパンス


戦の領域

ストラグル

ブラッド


海の領域

デプス

クラッシング

ウェイヴス

アビス

ライフ


幻の領域

イリュージョン

ミスト

ハルシネーション

レイス


地球の領域

マター

ネイチャー

サンド

トレマーズ


時間の領域

ウィズダム

チェンジ

デテリオレーション

フューチャー


獣の領域

インスティンクト

コンスティテューション

フィアー

ストレングス

サヴァジリィ


混沌の領域

ディストラクション

ラフター

エヴィル

ランダムネス

イルネス

グッド

フリーダム


***


「なんだよ、これ!」

思わず声が出てしまった。

「ありがたいんだけど、とんでもない数じゃないか。おもしろそうなのもいそうだけど」

「称号には卿の信条や思想が反映されとるからのう」

アンサイが言った。

「そっか、なるほど……」

アンサイのことをチラリと見ながら俺は言った。

何かが変わった。称号の一覧を見ている間、アンサイの感情は一切伝わってこなかった。俺に伝わらないようにするのがまるで上手くなったようだった。

「さて……アンサイ、何かピンとくることはあるか?」

アンサイはしばらく黙ったままだった。

(おいおい、何か反応してくれよ、俺たちの仲だろ)

「いや……何も響いては来ぬ。しかし、知識がまた増えることは嬉しいことじゃ。今いる卿たちの称号を知ることができたんじゃからな……これらに間違いはないな、ストレリチアよ?」

「ええ、間違いないわ。これらはすべて人間界にいた時に教えられたものよ。レメスルジアから彼らはやってきたの、栄華を誇る街の一つのね。彼らは現在も卿の座に就いている、ってことは確認済みよ。何人かはわからないままだけど」

「そうかぁ、ありがとう、ストレ──あ、あはは──」

「名前で呼んでくれてもいいわ」

焚き火を見ながらストレリチアは言った。

「えぇ、本当か! ストレリチア、ありがとう」

俺の顔からは満面の笑みがこぼれた。そこに立っている彼女からは、いつもよりも緊張感が消えていた。身につけているボロボロのマントは彼女のボディラインを適度に隠し、その手は後ろで組まれていた。

「ちょっと座らない?」

俺は地面をトントンとしながら言った。

「俺たちと話をしないか?」

ストレリチアはこくりとうなずいた。

「よしっ」

火が見えにくくならないように気をつけながら、ストレリチアは俺の横に座った。彼女はしばらく自分の指を触ったりしていたが、覚悟を決めたように息をしっかりと吸い込んだ。

「あなたたちが継承精霊について話しているのを聞いていたんだけど……」

「おぉ! 何か知ってることがあるのか?」

「ええ……ちょっといいかしら……」

そう言うと、彼女は右腕からガントレットを外し、彼女の継承精霊のマークを見せてくれた──炎に包まれた装飾が施された剣のマークだ。

「これは呪いの印よ。この印があると、狙われるの」

俺はまじまじと印を見た。

「それって、どういうこと?」

「あなたも知ってるだろうけど──人間界からは精霊がほとんどいなくなってしまったでしょう」

「うんうん、いないいない、全然いないよね」

「残っている精霊たちは、第一の階層を生き抜いた覇者から受け継がれる強い精霊たちよ。人間界の権力者たちは、精霊たちを欲して止まないわ……喉の奥から手が出るくらいに。繁栄した時代に培ったものは、もう枯渇してしまったのも同然でしょう。だから継承精霊が現れるってことは、それはもう金脈を見つけたようなものなのよ。力を持つ者の末裔たち──彼らにとって精霊を継承した人は獲物よ。服従させるか、殺してしまおうとしているの」

そう言うとストレリチアは印を隠した。

「この印が災いを呼ぶのよ」

話を聞きながら、俺の頭の中では一つのシナリオが浮かび上がってきていた。継承精霊が現れ、力を授ける。すると誰かが──多分、頭は切れるけど、連れている精霊はあまり強くない奴だ。そういう奴は心許ないところがあるんだろう、だから継承精霊を持つ人を狙う。俺の中では合点が行くシナリオだ──新しい勢力に取って代わられてたまるもんか、ってそいつらは思ってるんだろう。

「あのさ……ストレリチアは自分の継承精霊のことが嫌いなのか?」

「私がフレマイェルダのことを嫌いですって?」

彼女の目にはうっすらと涙が込み上げ、笑顔を作ってはいたが動揺しているのは明らかだった。いつも通り、厳格な姿をしたフレマイェルダがストレリチアの上に現れた。ストレリチアは右腕を自ら抱き寄せた。

「そんなこと、ないわ」

しかしその声は震えていた。

「だって、こんなふうになっているのはフレマイェルダのせいじゃないもの」

フレマイェルダの姿が消えていくのを俺は見ていた。まるで機械仕掛けのような精霊だ。 「アンサイ、なんでフレマイェルダは……」

フレマイェルダの姿が完全に消えた時、ストレリチアの息はすっかり上がっていた。俺はあることを思いつき、ゴブラを印縛処から出し、小さな姿にさせて俺の手の上に乗せた。

「なんでフレマイェルダは全然違う感じがするんだろう?」

「この者もようわからん……」

アンサイはストレリチアをじっと見つめ、目の色をスロットマシーンのように変えていた。

俺はアンサイの目を見た。

「アンサイ、スキルの数以上に目の色が変わっていってるんだけど……」

「それは、目が『分析』の様々な要素に結びついとるからじゃ。話を戻そう。この者が見るに、フレマイェルダは確かに上位の精霊のようじゃが、すさまじい勢いのようなものは感じたりせんのじゃ……」

「それは、フレマイェルダが衰えていっているからよ」

ストレリチアが言った。

それは何だと俺が聞く前に、アンサイの口が動いていた。

「『衰える』? そんなことが精霊の身に起きるなんて聞いたことがないぞ」

「私の先生が教えてくれたの。先生は『劣化』と呼んでいたわ。継承されるとそうなるって……先生が言うには、フレマイェルダは……ずっと昔、私たちが生まれる前には美しい声を持っていたんですって。でも今は……」

「アンサイ」

俺は小さな声で聞いた。

「本当にこのことを知らなかったのか?」

「お前さんが気づいていたのかこの者はわからんが、人間界での時間の過ぎ方に特化して起こる現象についてはあまり知識を持っておらんのじゃ。継承が続くことによって精霊に何が起こるかも知らなかった」

アンサイはそう言うと首を振った。

「このことは記憶の中にもなかったな……」

何だか不安がよぎるな──と、アンサイは心中を打ち明けてくれた。

「師匠の役に立てて嬉しいわ」

そう言うとストレリチアはにっこりと優しい笑みを浮かべたが、アンサイの心に漂うさざ波には気づく様子もなかった。

「ああ……ストレリチア、ありがとう」

ストレリチアが手を挙げた。

「質問してもいいかしら?」

「もちろん」

俺が返した。

「あなたの手の上に姿を現した小さな精霊だけど、今あなたの頭の上にいるの」

「あ、ゴブラのこと?」

俺がゴブラをつつくと、ゴブラは嬉しそうに笑い声をあげた。

「そんなに簡単に出現させられるのね。ゴブラはあなたのヴィシュアを使わないの? 師匠のことも出したままだし──あなたに負担はかからないの?」

「ん? ヴィシュア? 何それ?」

俺の横からアンサイのため息が聞こえた。

「この者が説明してやろう」

「お、何だ何だ。出番だって踊り出たいんじゃないのか?」

「この者は踊っておらん。見たらわかるじゃろう──」

見事に通じなかったようだった。かすりもしなかったらしい。

「まぁ気にしないで、俺の戯言だ。さぁ、説明してもらっていいかな?」




「よかろう。ヴィシュアとは溜まったヴィタイが圧縮して作られる場のことを示しておる」

「それってオーラじゃん」

俺は一言で言いまとめた。

「その場の強さは当人が持っているヴィタイの量によって決まるのじゃ──」

「てことは、レベルによって場の強さが決まるってことか」

アンサイの言葉に続けて俺は言った。

「そんなことより重要なのは、ヴィシュアは体力によってさらに強くなると言うことじゃ。ヴィシュアは精霊を出現させる時、シンク・スキルを使う時、専用の武器で力を発揮する時、さらには印縛処を出したりする時にはいつでも使われる。特定の攻撃から身を守る時にもヴィシュアは消費される」

「そういう場合には、ヴィシュアの消費っていうのはその人を守っているオーラの力が弱くなることを意味するんだね」

「そうとも言えるし、そうとも言えん。ヴィシュアは体力がモノを言う場所じゃ。わかりやすいように簡単な例を挙げてしんぜよう。前例なき者のヴィシュアと体力がそれぞれ100あるとする。そしてゴブリンのシンク・スキルを使ったとしよう。ここでお前さんはヴィシュアを消費することになる。すると、使われたヴィシュアを充てがうために、お前さんの体力が消耗される。例えば25、お前さんのヴィシュアの場をキープするために使われるとするぞ。そうすると、お前さんのヴィシュアは100あるが、体力は75になる、ということじゃ」

「ふぅん、なるほど。てことは、常に補充が行われるってことか」

「体力がなくなるまでな。だが、ヴィシュアを維持するのは簡単なことではない。ヴィシュアはどんどん失われていくのじゃ、体力によって維持されているからな。だからこの者は体力が消耗されていると言うようにしているのじゃ。体力の方が重要なものじゃからな」

俺はうなずいた。

「つまり、体力がなければヴィシュアは作られないってことだもんね」

「さよう。だがな、100% そういうわけでもない。もしもほんの少しでも体力を残しておきたいと切望し、その必要がどうしてもあると言うのなら、貯めたヴィタイをヴィシュアにすることもできる」

「そしたら次のレベルに行くまでが時間がかかっちゃうんじゃ……」

「本当に必要であれば、命を削ることもできる」

俺は真剣な表情でアンサイを見つめた。

「そうなのか。寿命を削ることもできるってことか」


「だけど……そういうふうになるような状況には陥りたくないね」

「同感じゃ」

「体力はヴィシュアに直接的に繋がっているものなの?」

ストレリチアはここまでの話を聞いてずいぶん驚いたようだった。

「私──思っていたのは、それぞれ独立したものだと」

アンサイは首を振った。

「いやいや、繋がっておる。だからお前さんのように体力があまりにもないと、二、三回あの騎士の精霊を使っただけでもう動けなくなる。他の者がまだまだ戦っているというのに、お前さんは何もできなくなるのじゃ。仲間だというのに役に立たなくなる」

(ひでえ)

アンサイからきつい言葉をかけられた後のストレリチアの顔を俺は見れなかった。

「わ……わかったわ……」

ストレリチアはアンサイの言葉におじけることはなかった。

「師匠、ご説明ありがとうございます!」

ストレリチアが頭を下げてお礼を言うと、アンサイの心は飛び上がりそうなくらいにご満悦な気分で満たされた。

「アンサイ、酔いしれちゃってるな」

「この者は酒など飲んでおらんぞ」

アンサイのデリカシーのなさに釘を刺そうとした瞬間、ストレリチアが大きな笑い声をあげて吹き出した。アンサイと俺は思わずストレリチアを見た。

彼女の笑っている姿を見ると、なんだか胸の高まりが止まらない。

「おもしろかった? それなら良かったよ」

俺は照れくさそうに言った。

ストレリチアは体を押さえ笑いをこらえようとしていたが、よっぽどおもしろかったのだろう。顔は蒸気したようにうっすら赤くなっていた。

「ごめんなさいね……あなたたちって……おもしろいわね」

「褒め言葉だと思って受け取っておくよ」

親指を立て、いいね、をしながら俺は言った。

アンサイは俺たち二人を交互に見つめた。

「この者はさっきのがおもしろいなんて思わんが」


焚き火を囲み、俺たちはアンサイの無神経さや俺の辛辣さ加減をツマミに話を続けた。だがアンサイがストレリチアの読んでいたものを読みたかったのに、とぶつくさ文句を言い始めたため、話を中断し、アンサイのためにストレリチアがスマホを操作してあげた。この話をネタにまたストレリチアと会話が進んだ。ストレリチアの手に今にも触れそうなくらいの距離で、俺たちは同じ木に寄りかかっていた。

俺は聞いた。

「で、何の話を読んでたの?」

「緑色の男の子の話よ、絵が描いてあるやつ」

ストレリチアの声は優しかった。

「タイトルに女の子の名前があったから真っ先に選んだの。その子の伝説の話だったわ。もうびっくりよ、緑の男の子とその子の仲間の精霊を見た時。想像できる?」

「あー……どの話かわかったよ。人気のあるゲームを漫画にしたやつなんだ」

「へぇ……」

「おもしろかった?」

「おもしろかったわ。勇気がテーマのお話ね。子供が悪と対峙するっていう……」

ストレリチアはにっこりと笑った。

「なんだか感銘を受けたのよ……読ませてくれてありがとう」

「太陽光が見つかったら、好きなだけ読めるよ」

ストレリチアはアンサイのために画面をタップしページをめくってあげた。そして、髪を耳にかけてこう言った。

「ありがとう」

束の間の心温まる瞬間だった。俺、ストレリチア、アンサイ──ささやかな瞬間だったけど、幸せに満ち溢れていた。

「あとね」

ストレリチアは燃える火を見つめて言った。

「……助けてくれたことも、感謝してる」

心臓が大きくドキンとしたが、俺は極めて冷静を装った。

「気にしないで……あの後、叩いたりしてゴメン」

ストレリチアは首を振った。

「謝らないで、あなたが強いのは明らかよ。弱いのは私……おまけに感情に振り回されてどうしようもないの。時々いろいろと見失ってしまうのよ」

彼女の言葉はまるで自らを針でチクリと刺すようだった──威勢の良さとは不相応な感じがした。

「あのさ、なんで俺を攻撃したの?」

彼女が見つめている方向を俺も見つめ、尋ねた。

「君を助けたっていうのに。俺だって──」

「あなただって相当危ないところだったじゃない」

俺はポリポリと頭をかいた。

「控えめに言えばね」

「なぜって、私が弱いせいよ。あの時はもうギリギリだったの」

ストレリチアは唇を噛み、その声は震えていた。

「一日目は辛かったわ──それまでいろんなことを想定してはいたけど、そんなこと何にも役に立たなかった。たくさんの精霊に遭遇して──足が燃え尽きそうなくらい走ったの。フレマイェルダを出現させることだって私には大仕事だから、フレマイェルダが使えない時にはひたすら走るしかなかった。精霊だって一体も捕まえていないのよ……自信もなくなって──でも、フレマイェルダがいれば私は守られるって、先生が約束してくれていたの」

「日が経つごとに状況は悪くなるばかりだった。その時よ、あの二人に捕まったのは……そこからの展開は速かったわ……あの二人を倒すこともできなくて……私……」

ストレリチアはため息を吐いた。

「そこからの記憶は曖昧なの……」

「多分、それ俺のせいかも……」

「え? どういうこと?」

「君をつかんで、ゾーンの外へ引っ張り出そうとしたら……感電させちゃったんだ……」

「そう……感電……」

「ああ──痛って!」

ストレリチアがパンチを俺の腕にお見舞いしてくれた──なんて力だ、手加減もなしに!

「これはそのお返しよ」

言葉の裏に悪意はなさそうだった。

「お返しされて当たり前だ、快く受け取っておく」

ストレリチアはふぅと息を吐くと少し笑顔を見せた。

「そう、それで感電させられた後に目覚めた時には、あなたの話し声がしたわ」

次に何を言おうかと、頭の中で整理しているようだった。もう笑顔は消えていた。

「疲れきっていて、よくわからなくなっていて。人生終わったって思っていたわ。だけどね、思ったの。この声の主も私の仲間なんだ、って。だからかな、自分の進む道は自分で決めるんだって思えたの──これまでどんなに不満を抱えていようと……どんな代償を支払おうとも生き残る必要があるって……。でも、とんでもない決意をしちゃったわね──」

「うまくいってるじゃん、まだ死んでないし」

俺の頭の中には、死にたくないと言いながら命を落としていった人たちの顔が駆け巡っていた。

「君が生き残りたい方法とは違うかもしれないけど、ちゃんと生きてるじゃないか」

ストレリチアにそう言いながらも、心の中では少し葛藤があった。昔、俺は生き残りたい一心で選択したことでひどい目に遭わされてしまったことがあったからだ。俺にとってストレリチアがしたことは理にかなっている、けれどもこの先彼女にどんなことが降りかかってくるのか俺には知る術もない。

あの女の子を助けると決めた瞬間まで、俺はいろんな選択をしてきた。それらを後悔してる、なんて言うのは簡単だ。だけど実際には、あの恐ろしい日々で選んできたたくさんの選択、中にはしょうもないものもあったんだろうけれど、まだまだ許容範囲だったんじゃないかって今は思えている……

「君が俺に降参をして──そのせいで、なんだか──空虚な気持ちになっているっていうなら……」

なぜ自分がまだ話し続けているのか自分でもわからなかった──きっと自分の姿を彼女に投影していたのだろう。

「その選択があるからこそ、自分をこの先どうやってもっと満たしていくかって考える時間が増えた、ってことなんだよ、きっと」

でも、俺と彼女の状況は同じわけじゃない。俺たちが知りうる限り、俺が死ぬまで、彼女は俺との繋がりを断つことはできない。それでも彼女には降参したことによって生まれたメリットがあることも知っておいて欲しかった。降参するなんてなかなかできることじゃない──俺の最大の売りである臆病さ(ビビり)とは真反対にある、勇気あることだってことを。

「選択……」

ストレリチアは髪をさらりとなで、かすかに笑顔を見せた。

「私、選択をするのが下手だったの。子供の時はいつも決められないでいたわ。今でも良くなったとは言い難いけど──だけど、悪い選択は優柔不断より悪ね」

「なぁ、もしも選択するのが下手だって言うんなら、自分は本当は最高の選択ができるなんて思わないようにしたらいいじゃん」

俺は笑った。

「あのさ、間違った選択をこれまでかって死ぬほど重ねても、永遠にそこから学ぼうとしない人間だっているんだぜ」

ストレリチアは俺の顔を見た。

「あなた、私をそんなふうだと思ってるの?」

鋭い視線を俺に向けた。

「選択を誤ったせいでみんな命を落としていってるのよ」

「てことは、君はその下手な選択でもできる余裕がまだまだあるってことじゃん」

俺はストレリチアの言葉にたたみかけるように続けて言った。

「そんな余裕がないって思ってることなんか関係なしに、今こうやって生きてるんだし、時間もある。じゃあ無駄にすべきじゃないよね」

ストレリチアは黙った。彼女の方に目をやると、なんだか唖然としているようだった。

「ご、ごめんなさい」

そう言うと、ストレリチアは視線を焚き火の方へやった。

「あなたを動揺させようとしてるわけじゃないの」

動揺? 俺は自分のしゃべったことを速攻で思い返した。

「あ、違う違う、ごめん。俺別に動揺なんかしてないよ。言葉きつかったかな? 選択ってことが話題に出ると、どうしてもいろいろ考えちゃって。だけど動揺なんかしてないよ」

また沈黙の時間が流れた──もしかしたら、これ以上話すのを怖くさせてしまったのかもしれない。感情的になってしまったせいだ、冷静にならないといけなかったのに。

俺はアンサイが読書を続けているスマホの画面をぼんやりと見た。

「で、大きい木が緑の少年の持っている宝物について話すシーンは好きだった?」

彼女の目が大きく輝く──

「ええ! だからあの子は森にいる他の子供たちとは違っていたのね! それと、戦いの最中に森へと彼を急いで連れていったお母さんのお話──なんて勇敢なのかしら! あっ」

彼女は慌てて姿勢を整え、膝を抱えた。

「はしゃいじゃってごめんなさい。お話がとってもおもしろくって」

俺は思わず声を出して笑ってしまった。彼女のこの笑顔こそ、俺が心底見たかったものだった。ちなみに興奮すると顔を赤くするのも、だ。この時間を止めたくなかった。俺は物語の話題を途切れることなく続けた。

おかげで終始笑い声に包まれ、ストレリチアもゆっくりではあるけれど気を許していっているようだった。だけど、話の行方には持論を決して曲げやしなかったけれど。話の途中では、アンサイが時々うなずき、いつもの理路整然とした意見を披露してくれた。アンサイがもう寝ると言い、俺に話を止めろと言ったにも関わらず、話が佳境に入ってしまい、俺たちは何時間もおしゃべりを止めなかった。

こんなに他愛もないおしゃべりを最後したのはいつだっただろう。あの恐ろしい日々が訪れる前だって、こんな話をするような友達はそんなにいなかったかもしれない……ストレリチアとのおしゃべりはそれくらいに楽しかった。

それから数時間経ち、俺たちは二人とも焚き火をじっと見ていた。この時、俺の中でふと思い出したことがあった。

「あのさ」

俺は穏やかな声で言った。

「俺こそ謝りたいんだ……俺たち、テレポートする前に会ってるんだよ。覚えてる? 」

「あ」

ストレリチアは思い出したかのように小さく口を開けた。

「えぇ、覚えてるわ。あなたね、よーく覚えてる」

彼女の口の動きから、あの時の俺をちょっと小馬鹿にしたようなものが感じられた。

「眼福だったわよね、お楽しみいただいた?」

「おいおい、あの時の自分の言い訳をしようなんて思ってないよ、ただ謝りたかっただけだ。あの時はあんなにきれいで……セクシーな女性を見たのはすごい久しぶりだったんだよ。まぁ、でもちょっと露骨だったよね、ずっと見てたし」

「あの目つき! ムカムカさせられたのよ?」

俺はストレリチアを真っ直ぐに見つめた。

「だよね、100%そうだと思う。俺、君には嘘は言わないよ。あの時は人生をやり直せるチャンスをちょうど授かった時で……うん、タイミングが悪かったな──」

「謝らなくてもいいわ」

首を振りながらストレリチアは言った。あごを膝にはさみ、ふう、と一息ついた。

「弱肉強食よ。強いものが勝者だもの。私はあなたに負けたんだし──あなたが正義なのよ。私の言ってることなんて、焚き火の燃えかすみたいなものだわ」

「そんなことないよ」

ストレリチアは俺をチラリと見、俺は彼女を真剣に見つめた。

「ここでのルールは知らないけど、強いものがいつも正しいわけないだろ。それにあの時、俺はもっと草食系っぽくいるべきだった」

「『草食系』? 草食系動物がどう作用するのかわからないけど、まぁ良いじゃない。その考えには賛同しとくわ」

「そういう言い方なんだよ。オラオラ系とかガツガツしない、ってこと……なぁ、俺はお互いにとってプラスになる仲間になりたいんだ。それに反対はしないよね?」

ストレリチアは繰り返しうなずいた。うなずく度に目が赤くなっていった。

「あのさ、俺は何としてでも、どんな方法でも生き残りたいと思ってる。君にも死んで欲しくない──君を見捨てるくらいなら死んだほうがマシだ。これは嘘なんかじゃないよ。信じてくれる?」

ストレリチアは再びコクリとうなずいた。

「私も死にたくないと思ってる。まだやりたいことがあるの」

「いいじゃん、俺そういうの好きだよ。俺も、つまらない気持ちを抱えたまま生きていくなんてコリゴリだ」

俺たちは再び少し黙ったが、その後すぐに自分たちの能力について話をした。俺たちの戦い方や協力し合う方法をなんとなくつかんでおきたかったのだ。話の末、俺たちはストレリチアのアシストをしてくれるような精霊を仲間にする必要がある、という意見にたどり着いた。

すると俺の頭から何かが転がり落ちてきた──ゴブラだ、外に出しっぱなしにしていたことなんてすっかり忘れていた。

「うわ、出しっぱなしだったか」

アンサイの上に落ちる前に、落ちてきたゴブラを捕まえた。ゴブラはすっかり眠りに落ちていた。

「お、寝ちゃってる。かわいいな」

「へぇ……精霊が『かわいい』なんて私たちは言わなかったけど……どうやってそんなにたくさんの精霊を外に出しておけるの? あなたの体力を消耗しちゃうでしょ?」

ストレリチアはゴブラをツンツンとつつき、にこりと笑った。

「かわいいわね、この子……ゴブリンがこんなにかわいいなんて知らなかったわ。私が出くわしたのは、こんな子じゃなかったもの」

「あー……俺の体力ってなんか少しおかしいみたいなんだ。思ってるよりもずっとあるみたいで。アンサイはそこに影響があるようなスキルが俺にはあるんだろうって思ってるみたい。アンサイは特殊な例だけど、このゴブラは──俺がこの大きさにしてるんだよ」

「え、どうやって?」

「えぇと、通常よりも体力を使うことになるってアンサイが言うんだけど……俺がやるのはまず、ちょっとだけ開いた家のドアを想像する。ゴブラはこんなに小さいからスルッとすり抜けてくる、って設定ね。そうさせるために、開いたドアが完全に閉まらないぐらいまでを想像するんだ、そうするとゴブラがこの大きさで出てくるんだよ」

「大きさを変えるために視覚化しているのね……興味深いわ……だけど通常よりも体力を使うって言うんなら、私には多分無理よね……」

「何言ってんだ、方法を探ってみようぜ」

俺はとんでもないポジティブ野郎を気取ってストレリチアに向かってニカッと笑った。

ストレリチアはクスクスと笑った。

「そうね、あきらめちゃいけないわね……」

俺たちは少し話を続けたが、その間俺は視覚化について考えをいろいろと張り巡らせていた。話を続けるうちに、俺の肩に重みを感じた。ストレリチアの頭が肩に寄りかかっていたのだ。

心臓が飛び上がった。顔は見ないようにしておこうと思ったけど……思わずストレリチアの顔をのぞきこんでしまった俺がいた──そこにはスヤスヤと安心しきって寝ているストレリチアがいた。俺は緊張感の抜けた笑顔を浮かべていた。

今までに感じたことのない気持ちだ。まるで子供に戻ったみたいだった。

俺のこれまでの毎日はギリギリで、選択なんかしている余裕はなかった。凍えるような寒さのせいもあったし、俺たちが隠れていた場所が狭くて窮屈だったせいもあるけど、暖と安全のために多くの人が自分の場所を確保することなんか気に留めなくなっていたのだ。だから何度も何度もいろんな女性を……女性以外もあったけど……近くにして寝たことがあった。中には俺には決してお近づきになれないような女性たちもいたけど、そんな時ですら、今感じているような感情を抱くことはなかった。

「生きてるって感じがするよな……」

俺はストレリチアをまた見、ふと気づいた。

「うーわ、実は女の子が三人もいるじゃん」

自分の冗談に軽く笑い、木にもたれかかった。

(よし、今ここで寝るとすると──しばらく休めるな……長い一日だった……やっとで夜が来たって言えそうだ──)

そんなことあるわけなかった。

静寂に包まれた夜に、遠吠えが響く。俺は目を開き、耳を澄ませた。

「遠くに聞こえる……きっとここは大丈夫だろう──」

「なわけあるか!」

アンサイは声を上げると、おかしくなったようにそこらじゅうをぴょんぴょん飛び跳ねた。

「ど、どうしちゃったんだ、アンサイ?!」

俺は心配しながらアンサイを呼んだ。

また、遠吠えが聞こえる。

「アホ!」

アンサイは言った。

「さっさと起きろ、馬鹿者! 今すぐここを発たねばならん! ストレリチア、起きろ、ねぼすけ!」


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