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34--ストレリチア、今日は大丈夫だったか?

テレンスやアーモンドたちと話をしている間、気になったことがたくさんあった。中でも、アンサイが後から説明してくれると約束をしてくれたものも、俺にはどうしても気になって仕方がないことがただ一つだけあった。しかも、それはアンサイにはまったくもってピンとこなかったもの──

「権威ある継承者」の話だ。

次の休憩地へ向かうまでの間に、アンサイが説明をしてくれた。

まず知っておきたいのは、精霊が継承されるかってことだ──子孫への精霊の継承──アンサイは前に少し触れてくれてはいたが、これが人間界で起きたらどれだけまずいことになるかなんて気づく余地はその時はなかった。

かつての著名な有望者の子孫にあたるのが、「権威ある継承者」だ。時には印縛処の卿の子孫として生まれてくることもあるらしい。どうやって彼らの血筋にあるのか見分けるのかと言うと、まずは名の知れている精霊を継承しているか、それか何世紀にも渡って変わることなく権力ある地位に留まり続けているか、ってところのようだ。そんな人らに出会えば、その血筋なんだと簡単にわかるのだろう。

単なる「継承者」ってのもいるらしい。血筋が明確にわかっていないってことを除けば、権威ある奴らともあまり違いはないようだ。なぜ血筋がわからないのかと言うと、どうやら時代が変わったことによって出自がわからなくなってしまったからだと言う。それなのにどうして「継承者」なのだとわかるかと言うと、右腕にあるユニークな印のおかげらしい。付け加えておくと、右腕の印っていうのは権威ある奴らも持っているものでもある。

その印を持つことが、彼らが継承精霊を持っているという証となる。つまり、継承者とされるすべての者は皆、継承精霊を持っている。そして、継承精霊は他の精霊と異なり、所有する精霊の数としてはカウントされない。

継承精霊を持つ者は第一の階層でとんでもなく有利な立場にいる、というのがアンサイの見解だ。

とは言え、継承精霊にもマイナスとなる面はある。最初は高いレベルの者に所有されていたから、精霊自体もそれなりの力を宿している。と言うことは、継承した者のレベルが低いと精霊をうまく扱えない可能性も出てくる。

この話を聞いて、俺は継承精霊を持つ者数名にすでに出会ってきたのだとわかった。

青い月の男、犯罪野郎、アーモンド、テレンスの弟、そしてストレリチア。

アーモンドの継承精霊は、あの回転するホイールだ。テレンスの弟は、継承精霊を無事に扱えているのを俺たちの目の前で披露してくれた。ただし、力を使うために体力を消耗し意識を失った。精霊を扱うだけで体力が消耗されるというのは、とんでもない労力を強いられる荒業だ。ストレリチアについている騎士フレマイェルダも、同じように継承された精霊だ。だからこそあの強さを誇っているのだけど、それと同じくらいに彼女も体力を消耗することになっている。

アンサイからこれらのことを聞いている間、何度も何度もストレリチアが何かを言いたそうにしているように見えた。その度に何かを言いかけては止めて……その姿を見て、気兼ねなくなんでも話してくれるようになったらいいのに、と思い始めていた。

次の休憩地にたどり着き、そこに火を起こして暖を取るまで、俺はずっとそんなことを考えていた。


***


「ストレリチア、今日は大丈夫だったか?」

ストレリチアは焚き火の向こう側で一言も発さずに、足だけを見つめていた。

「あ、ごめん」

俺は不安からか少しだけ笑った。

「名前で呼んでもいいかな?」

焦りからキョロキョロ周りを見渡し、またストレリチアを見た。

「アンサイだけっていうのなら、それで別にいいんだ」

ストレリチアは黙ったままだった。嫌われてはいないことはわかってはいたけれど、実際俺たちは話をちゃんとしたことがなかった。けれども、ストレリチアは俺の後ろをついてくる。それが俺に煮え切らない気持ちも抱かせてもいた。この奇妙な沈黙が流れた少し後に、俺はまたストレリチアにスマホを渡すことにした。

ストレリチアの前にスマホを出すと、彼女の瞳が輝いた。

「え、いいの──」

「一時間くらい読書でもしたらいいよ」

ストレリチアはそっとスマホを受け取った。

「ありがとう」

「この者も一緒に──」

「だーめだ」

俺はそう言い、アンサイが俺の首から降りてくるのを止めた。

「今は俺と話をしてる途中だろ。まだまだ教えてもらわないといけないことがあるからな」

「だがな、ストレリチアはこの者が知らんことを学ぼうとしているんじゃぞ──」

「今じゃなくていいだろ」

「だ、だが──」

「だめだ」

「わかった、承知した」

悲しみ、失望、困惑。自分の思うように行かなかったからだろう。アンサイの感情そのままズバリだ──ダダ漏れも同然だった。

「それじゃあ始めようか」

俺はたくさん生えているうちの一つの木の下に腰を下ろした。

「レベルについて教えてくれないか? あとは君のスキルについてもだ──目の色を変えると使えるようになるんだろ?」

「その通り。それではまず、この者の持つスキルから始めよう。『識別』、『数値化』そして『分析』というスキルが備わっておる」

「『識別』を使えば、この者が見るものすべて見極めることが可能となる。この者の前では、すべてが白日の元にさらされるのじゃ」

「『数値化』では、この者が見るものすべてに関することを数値化して判断ができるようになる。例えばレベルやシンク・レベルなどじゃな。例を挙げるとすれば、空中を飛んでいる岩。この者が飛んでいる岩を見たとすると、その岩の飛行に関するすべての特徴や特性が数値としてわかるのじゃ、例えば速度や軌道がな」

「そして『分析』じゃが、こいつはある意味他のスキルをサポートするものと思っていいじゃろう。このスキルを使えば、ありとあらゆることを様々な側面から見ることができる。そこから結論を導いたり、発見へと繋がったりするのじゃ。例えば、この者が『分析』を使ってあることを取り上げ、調査を重ねることで、『識別』と『数値化』ができるようになるまでの情報を手に入れられるようになる。もしこの者がお前さんを知ろうとするなら、まずは『分析』じゃな。その後、『識別』を使ってレベルを知ろうとするじゃろう」

俺は「救出考古(サルヴェージ)」というスキルを口にしていたアーモンドをのことを思い出し、アンサイに尋ねた。

「スキルを持ってるってのは、相当珍しいことなのか?」

「間違いなくそうであろう。この者はスキルをどうやって身につけたのか記憶にないが、知識の精霊という称号のためにはなくてはならないものじゃろう」

「じゃあ、アーモンドたちがレベルについて知らなかったってのは──」

「あやつらは自分たちがどれほど成長しているのか、ヴィタイがどれだけ溜まっているのかの見方がわからんのじゃろう。ヴィタイが関わってくる成長の流れを司どる細かい部分を今の世に生きる多くの人間は知らんのじゃ。この者は確信しておる」

「けど、君にはわかってる。俺の姿が見えるようにわかるんだろう」

「その通り。だが、どうやら人間は観察能力ばかり伸ばしてきているようじゃ。外側だけで判断する、みたいにな。例えば、精霊を手に入れることでしか進むことができないのだと信じ込むように」

「そうだな……テレンスも『正しい精霊を手に入れる』ってことを言ってたし。テレンスたちは精霊の位が成長に影響するってことを知らないといけないよな」

「そうじゃ。有望者はパーソナルゾーンにいる時に自分と他者の印縛処の精霊を見ることができるからな。有望者たちは使用しているリング以外にも、次に使えるようになるリングも見えてしまう──例え精霊がそこにいなくともな」

「あぁ、そうか! やっとでわかったぞ。リングは位の高い精霊によってしか追加されない、ってことだから、他の奴らとリングの数が違うって気づいて、どうやって差が生まれたのか考えるようになる。それだけじゃないぞ──」

「そういう考えをしている人間は、リングを二つ、三つ、四つ、はたまた七つ持つということに『正しい精霊』が影響を及ぼしてくる、という結論にたどり着くであろう」

「しかも人間誰でも見れるようになっているもんだもんな、印が印縛処とそこのメンバーを見せてくれるおかげで」

「そうじゃ」

俺は自分に向かって笑った。

「それにしても、俺たちってマジですごいな。最強のコンビじゃん」

「そうじゃぞ、我らは素晴らしい。お前さんはこの者の効率化への追求が目を見張るものだと思ったことはなかったのかね?」

アンサイの言葉で俺は思わず小さな声を出して笑った。

「全然気づいてなかったよ──俺って馬鹿じゃん!」

俺はアンサイを首からほどき、地面へと置いた。

「なぁ、どうして君は俺に女の子だって言わなかったんだ?」

俺に馬鹿かとでも言いたそうな顔をアンサイはした。その表情からすると、いつも以上に呆れてかえっているようだった。

「この者の性別が何か問題になるのかね? 知ったとて、どうでもいい問題じゃろう」

「だけど俺たちって友達だろ──」

「我らは一心同体の対となるものじゃ」

「それと友達、何か大きな差があるっていうのか?」

「違いは明らかじゃ。前例なき者、我らの関係はより深く、より重要なものじゃぞ。友達が死んだとて、残された者は死んだりせん。しかしお前さんが命を落とせば、この者も死ぬ。だから友達なんかよりもお前さんを思う気持ちは深い──」

「運命共同体か……!」

「──だから、お前さんから目を離すことはできん。見張ってないと損失ばかりが増えてしまう」

「なんだか、君のペットになった気分だよ」

「そういうつもりで言っているんではない。もし動物と比較しろと言うのだったら、お前さんはペットではないぞ。旅人の足となる馬のようなものだろうな」

今度は俺がうんざりした顔をしてみせた。

「性格悪いなぁ、ひと言余計だぞ」

「お前さん自身がペットと同じような扱いだと思っているんじゃろう。この者は共に旅をするかけがえのないパートナーだと言っておるのに」

パチパチと燃える焚き火の向こう側からクスクスと笑う声が聞こえ、俺たちはそちらの方を見た。するとストレリチアは、まるで自分は聞いていないとでもいうように、すぐさまスマホの画面へと目をやり素知らぬふりをした。

その姿を見て、俺の口元は緩んでしまった。

「ところで、かけがえのないパートナーのアンサイさん、今日君の知らないことに遭遇したけど?」

「あれな、『救出考古(サルヴェージ)』というスキル。この者は聞いたこともなかったぞ。だがアーモンドが見せてくれたおかげで、どういうスキルなのかこの者にはお見通しじゃ。分析も済んでおる」

そう言い終わると同時に、アンサイからは満足めいた笑い声が漏れた。

「ここでの勝者は我らじゃよ」

「永久に、ってのは知ってたのか?」

「知っておった。だがな、『救出考古(サルヴェージ)』からは永久なんてものは手に入らん。中には、印縛権者のためにモノを生み出す精霊もおる。そのモノが奴らにとって永遠のものとなる、ってとこじゃ」

「俺たちもそういうモノを作ってくれる精霊を仲間にすべきかな?」

「お前さんが望むなら、イエスじゃ」

「なあ、質問がある。君はアーモンドがスキルを見せてくれたからそのスキルがどんなものであるかわかったし、分析もできたって言っただろ。でも『分析』ではスキルがわからないってことじゃなかったのか? 俺のスキルもまだ判別できないって前に言ってたし……」

「お前さんが言っていることは正しい」

アンサイは俺の問いに答えてはくれたが、その気持ちには少し恥じらいが含まれていた。 「スキルというのは『分析』が明らかにすることよりも一段階踏み込んだところにあるものじゃ。記憶と同じように。おお、そうじゃ、感情もじゃな──だが感情は共命印を通して理解することができる」

「ふうん……いろいろとこうやってわかっていくんだな……。あ、もう一個質問だ。俺たち、他の卿の称号もあるってわかったじゃないか」

「ああ……そうだな……」

「アンサイ、大丈夫か?」

俺はこの質問をしていいのか心配になった。アンサイがそれら称号を聞いて、不快な気分になるのを見て見ぬふりをすることができなかったのだ。

「この者の心配は要らぬ。この者はただどんな称号があるのか気になっておるというだけじゃ……」

「でもなんだか乗り気じゃないよね……てか、控え目に言っても落ち込んでそうな気持ちが伝わってくるんだけど……」

「この者の感じる思いをお前さんにまで伝えてしまい申し訳ない……だが、覚えておいてくれ、それはこの者の記憶のせいじゃ。思うに、この者はかつて称号を知っておった。だが……」

「そうか。記憶を呼び起こしたいと思ってたんだ?」

「そうじゃ」

「何かわずかでも記憶があるものは?」

アンサイは俺の足に登り、くるっと巻き付いた──こうすると落ち着くんだろうか?

「皆無じゃ」

アンサイは言った。

「これまで生きてきた中でそういった称号を聞いたことがあるかなんて、この者はわからぬ」

「あの、お邪魔してごめんなさい」

鈴を転がすような女の子の声が聞こえた。

声がした方を見ると、そこにはストレリチアがいた。いつの間にか俺たちの近くに来ていたらしい。少しだけ前屈みになり、髪が目にかからないようにしている。驚きからか、俺の心臓はドクンドクンと激しく動き出した──彼女に悟られないようにと願うばかりだった。

「アンサイ師匠──」

師匠? 俺は思わず驚いたような顔をした。

「──領域の印縛処の卿たちの称号についてお知りになりたいと?」

「さよう」

アンサイは答えた。

「ストレリチア、もしやお前さんは知っとるのか?」

ストレリチアはうなずいた。

「ここに書いてもいいかしら」

彼女は俺を見た。

「もしそうして欲しいなら、だけど」

「もちろんだよ!」

俺は言った。

「書いて欲しいに決まってるじゃん!」

彼女は何度もうなずいた。俺はスマホにどうやって文字を入力するのかを彼女に教えてやり、その後俺とアンサイは文字を入力する彼女の肩越しに画面を見ていた──

「あ、近すぎよ……もう少し離れてくれる?」

彼女は言った。

「あ、悪い、ごめん」

俺は彼女に答え、一歩後ろへと下がった。

だがアンサイは彼女にピッタリと顔を寄せたままでいた。


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