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「それで、俺たちはここから北西の方角で廃墟を見つけたんだ」

「廃墟? 行ってみる価値ありそうだな!」

「地図がなくて悪いな、ブレア」

「大丈夫だよ、テレンス。気にしないで」

よし、万事上々だ。あの子供を引き渡すと、彼らは俺たちに手のひらを返したように好意的な態度を取り始めた。あの不敵な笑みの女性も、子供を返すとすぐに槍をぎらつかせるのを止めた。

俺だったら、こいつら何者なんだってもっと疑ってかかっていただろうけど、正直な話、2対10なんて先が見えている話だ。もし事が起こったとしても、結果なんてわかりきっているだろう。

彼らが友好的になった後、俺たちは崖の下で一緒に束の間の休憩を取った。崖に当たる水しぶきのせいであたりはぬかるみがひどかったが、驚くべきことに、その水は栄養分を含んでいるという。アンサイも、その水には体力を回復させる効果があるのだと教えてくれた。

落ち着きを取り戻し、俺はテレンスと話をし始めた。テレンスはゾンビと戦っていた六人のグループのリーダーだ。人当たりもよく、普通の身なりをし、茶色い髪をしている。彼に何をしているのかと聞かれ、話をしているうちに、少し離れたところに廃墟があるということを教えてくれた。

つまり、新しい目的地が決定したというわけだ。

テレンスのグループにいる二人の女の子と、子供も含めた三人の男たちはフレンドリーに接してくれ、俺たちの行動にかなりの感謝を示してくれた。あの宙吊りになった子供はテレンスの弟だとも発覚した。俺の推測からすると、この兄弟がここに連れられてきたのは何らかの理由があったのだろう。彼らの仲の良さを見ていると、第一の階層に来る以前からの知り合いなのではないかと思われる。

ドラゴンと戦っていた四人組のリーダーは赤髪の女性で、アーモンドといった。

「お酒、飲むゥ?」

聞いてきたのは、垂れ目でブロンドの女性だった。キャットスーツのような体のラインが露わになる服を着ている。

「ナディアったらおやめなさい。失礼でしょう」

体をすっぽりと覆うような紫のローブに身を包んだ女性が口を挟んだ。魔女が被りそうな帽子を被っている──まるで呪文の一つでも唱えられそうな風貌をしていた。

俺を挟んでどうでもいいことをぺちゃくちゃやりとりしているこの女性たちは、ナディアとサンといった。ナディアはセクシーな魅力を放っている女性で、少しばかり積極的な態度を取る。子供を助けてくれてありがとう、と俺の元に真っ先にやってきては抱きつき、俺の体に彼女の柔らかく膨らんだ部分をギュッと押し付けてきた。その感触は今でも残っている。サンはというと、寡黙的なタイプであまりでしゃばらない。被っている魔女の帽子で顔はほぼ隠れ、かろうじて見えるのは彼女の鼻と首元までだった──まるでいつも帽子のつばを下へ下へと引っ張っているように。この二人は、どうやら第一の階層よりもずっと昔からアーモンドの仲間でいるようだった──子供の頃から友達同士だったのかもしれない。そして、彼らの四人目のメンバーというと──

「おーい、またおしゃべりしてるな」

「うっさいなァ、ダシアス」

ナディアはカチンときた態度を露わにした。

「ダシアスは口を挟まないで」

サンがその場を落ち着かせようとした。

──哀れなダシアス。小枝のように痩せっぽっちの若い男で、その黒い髪はジェルをたっぷりと使ってセットし、テックウェアを着ている。嫌味な要素はまったくなく、むしろ好意的に見え、話し方もソフトだが、だからと言ってアーモンドのグループでそれがプラスに働いているかと言うとそうでもないらしい。彼は彼女たちの道中で仲間に加わり、その性格と態度のおかげでグループカーストの最下層にいる男だった。アーモンドの印縛処のメンバーはこの三人。俺に置き換えれば、ストレリチアに対しての俺とアンサイがこのグループでのアーモンドとなる。テレンスも彼のグループの印縛権者であり、その印縛処には、もちろん彼の弟もいる。

そのアーモンドはというと、ストレリチアと一緒にクレーターの前に立ち、随分と長く話し込んでいた。俺が話の中心にいない時には、二人の会話へと耳をそばだてる一方だった。

(何を話しているんだ?)

「前例なき者、アーモンドはストレリチアに何があったのかを聞いているんじゃ」

「聞こえるのか?」

俺は小さな声で聞き返した。

「聞こえるとも。この者の力をみくびるでない」

思い返してみたら、俺たちが崖を降りた時、アーモンドはすぐにストレリチアへと近づいていった。他のみんなが自己紹介なんかをしている間に、二人はそこを離れていき……俺には聞かれたくない話をしているのか?

俺は周りをぐるりと見た。テレンスと彼の仲間たちは、意識を取り戻さないあの子供につきっきりになっていた。アーモンドの仲間たちはダシアスをやりこめていた。誰も俺のことは気にもしていないらしい。

「アンサイ、ストレリチアたちなんか変なこと話してるのか?」

「心配するな。ストレリチアは楽しそうにしておる。何か要らぬことが起きていないのか聞かれた時には、それはないと言い、お前さんのことを擁護しておったぞ。ついでに、お前さんとの仲は『複雑』と言っておった。どんな意味で言ったのかはわからんがな。この者が思うに、今の状況は極めてシンプルじゃ。彼女は我々と戦い、負けた。たったそれだけのことじゃ。理解し難いことではなかろう」

「そうだな、わかったよ。とりあえずオーケー。君みたいに冷静にはまだなれないけどさ……」

俺はストレリチアをずっと見つめていた。きっと、必要以上に見つめていた。ストレリチアはアーモンドの話を聞き、あごを触ったり、足元へと視線をやったりしていた。

「俺を殺そうとしてないってわかったし……やろうと思えばできることだもんな」

「いかにも。アーモンドが不満を態度や行動に表すのと同じように、彼女も不満を感じていれば、それを口に出せるからのう」

「俺たちもアーモンドとストレリチアの話で不利な方向に動いたら、まだまだ逃げることだってできるよね?」

「ゴブリンのシンク・スキルを使いながら、この者が宇賀の牙をコントロールできるなら、もちろん可能じゃ。しかし、我々はストレリチアを人質としておく必要はあるじゃろう。ともあれ、逃げるということに対しては、前例なき者の体力の残りを加味すれば不可能ではない」

「ブレア、大丈夫か?」

振り返ると、ナディアとサンの肩に手を回したテレンスが左側にいた。

「お前ら、三人して──こいつの前でピーチクパーチクうるさくするなよ。嫌われるぞ」

この時ばかりはさっきまでのダシアスの扱いとはほど遠く、ナディアとサンは言葉一つ発さずに、ぶつくさと小さな声で何かを言っているダシアスを脇の方へと連れて行った。

「ごめんな、申し訳ない」

テレンスは謝罪の言葉を口にすると、俺が見つめていた方向をチラリと見た。

「心配するな、ブレア。彼女を見てりゃわかることだ。お前らの間柄は悪魔と弱みを握られている人間みたいなんかじゃない」

「気を遣ってくれてるのか?」

切り株に腰掛けたテレンスに向かい、俺は続けた。

「俺は彼女を利用してるかもしれないんだぞ」

「それは避けられないことだったんじゃないのか?」

テレンスは俺に光る証明を見せた。

「ここでは勝ちがすべてだ。だから戦いに負けてしまえば、勝った人間がどんなやつであれ、負けた人間や精霊はそいつに使われることになる。つまり利用されるってことだ」

俺はテレンスの仲間たちの方へ視線を向けた。

「君らは随分仲が良さそうだな。君は彼らを仲間だと思ってるんだろ」

「その通り。俺たちは友達だったし、あいつらから俺の元に来ることを選んだんだ。だからと言って、あいつらの親切心を利用してないとは言えないけど……でも、それの何が問題なんだ? ブレアはきっと大丈夫だ、難しいシチュエーションに出くわそうともうまくやっていける。彼女を見た時、別にお前のことを嫌っているようには見えなかったぞ。アーモンドはそうあって欲しいのかもしれないけど」

「マジか? アーモンドが俺にあまり良い顔してないって気づいてたのか──俺たち、まだまともに話もしてないんだ」

「まぁ、彼女を悪く思うな。男の有望者が女の子を一人従えてるってのは、彼女には危険信号に見えるんだ。ここには男も女もたくさんいる。やっているのは有望者の奪い合いという名の戦いだ。あとでのお楽しみにしようとしてるやつもいる」

「ちょっ──そんなこと考えもしてなかったけど……だけど、たった数日でそんなことが起きてるっていうのか?」

テレンスはうなずき、眉をひそめた。

「俺たちの手に証明が現れた時、極東の端で第一の階層が始まった。俺たちが第一の階層のここに来てからまだ数日しか経っていないが、人を服従させたり殺したりがこの数週間続いている」

「え……そうなのか……知らなかった──」

テレンスは俺の背中をポンと叩いた。

「お前は世界の隅っこからたった一人でここまでやってきたんだろ? ラッキーだったな、大変なこともあっただろうけど」

テレンスはダシアスを指差した。

「あそこにいる男が見えるか? あいつ、他のグループにだまされてこき使われてたんだよ。お前は今していることが好きじゃないか、むしろ嫌いかもしれないが、服従させられてしまえば印縛処のリーダーに逆らうなんてことはできなくなる。そいつが力の使い方を知っていたら、だけどな。ダシアスは権威ある継承者に使われてたんだ。まるで奴隷みたいだったけど、心だけは屈していなかった。そこから逃れられてあいつもラッキーさ」

しかし、俺たちの視線の先には、女性二人にガミガミと怒られているダシアスの姿があった。 「あー……なんつうか、あの二人からの扱いは変わってねぇじゃんって思うかもしれないけど、それでも結構マシにはなってるんだ……アーモンドが帰ってきたら、あのかわいい小鳥ちゃんたちをどうにかしてくれるだろう」

「かわいい小鳥だって?」

俺は思わず笑った。

テレンスは口に指を当て言った。

「ああ、これ以上意味は聞くなよ」

俺たちは少し笑い、笑いの後の静かな時間を心地よく感じていた。

「で、お前はフリンジワイルドのあちこちにある荒廃した建物を探してるのか? 遠い昔のお宝か何かを探して?」

「ああ、その通りだ」

「友達として忠告しとくが、お前はもう少しタフになったほうがいい。マジな話、アレは危険だ。だから俺たちは手を出さなかった。精霊一匹だけしかいない状況なら、俺ならやめておく」

一匹? 俺は二体連れてるぞ。数え方が違うんだろうか──

俺はテレンスの印縛処がどうなっているか見ようとしたが、彼の周りには光のボール一つも見当たらなかった。その時、アンサイが俺にきつく巻きついた。これはアンサイからの知らせだ──後で何かを教えてくれるつもりなんだろう。

「ああ、わかったよ」

俺はそう言いながら、ある種の困惑が彼に伝わっていないかを確認していた。

「忠告ありがとう。もう一体捕まえてレベルアップするつもりだ」

彼は首を傾げてこう聞いてきた。

「レベルアップ? なんだ、それ?」

「え?」

俺にしか聞こえないくらいの小さな声で、アンサイが忠告をしてきた。

「どうやらレベルアップという概念を知らんようじゃ。この者は自らのスキルにより知っていたからのう」

「あ、つまり」

俺は慌てて、手を顔の前で振った。

「もっと強くなるって意味」

「あぁ、そういうことか。そういうことなら、もっとレベルアップするといい。だけど壁にぶち当たっても落ち込んだりなんかするなよ。正しい精霊に出会えばすべてが変わることもあるからな」

「うん……そうだな」

「おい、二人が戻ってくるぞ」

そう言うテレンスの視線の先にはアーモンドとストレリチアがいた。

「アーモンド、あのドラゴンから何かゲットできたのか?」

アーモンドはテレンスに話しかけられると思っていなかったのか、驚いた様子を見せたが、笑ってごまかした。

「あんたが聞いたらびっくりするよ!」

ストレリチアはアーモンドにぺこりと頭を下げると、俺たちの元へと走って来、俺たちから数歩後ろのところに立った。するとテレンスが俺の背中を叩き、こうつぶやいた。

「わかったろ? お前らの仲は最悪なんかじゃないよ」

「サンにナディア。ダシアスをいじめるのはやめな」

アーモンドの大きな声が響いた。名指しされた二人はその声にびくりとし、言葉を発するのを止めた。周囲が静かになると、アーモンドは手を開き、握っていたものをみんなに見せた。そこにあったのは──ゴツゴツとした骨のような爪だった。あの恐ろしいドラゴンの爪だ。

「それって──精霊じゃないじゃん?!」

俺は驚きのあまり声を上げた。

「これは……この者にもわからん」

アンサイが小さな声で言った。

「ブレア、まだまだ修行中だな!」

テレンスは笑いながら言った。

「これは戦った精霊の残したお宝だぞ」

「『残したお宝』?」

アーモンドは目を細め、俺を見ながら高笑いを上げた。

「心配すんな、知らなくて当然だ。今の時代にいる奴はほとんど知らないのさ」

アーモンドは腕をさらに伸ばし、手の上で爪をクルクルと回転させた。

「残したお宝ってのは精霊の遺した痕跡みたいなもんだよ。つまり、精霊を捕まえるってことは、形ある何かを残させるってことさ。しかも一生消えることなんかないやつをね。スキルって言われるもんがあるからできるんだよ」

アーモンドは得意気な顔で俺を見た。

「おい、ちゃんとついてきてるか?」

「大丈夫だ。それってドロップアイテムみたいなもの?」

アーモンドは顔をしかめた。

「『ドロップアイテム』?」

「知らなくて当然だよ、だって今の時代の人たちが使ってる言葉だから」

俺のカウンターがヒットした。

アーモンドは俺を小馬鹿にしたように笑い、ドロップアイテムをまじまじと見つめた。 「もしもあんたが『救出考古(サルヴェージ)』と呼ばれるスキルを持ってるんなら、残したお宝をゲットして印縛処に保管することができる。一生なくなることのない、永遠のものになるんだ」

「これは俺たちが旅から戻った時、かなり高額なものになる。マジな話だぜ」

テレンスが続けた。

「へぇ……そうなんだ」

俺はうなずきながらアンサイを見た。アンサイの目はパチパチと閉じたり開いたりしていた──その後何が起こるかをまるでわかっているかのように。俺はと言うと、ゲームに置き換えたら、それが一体どういうものなのか一目瞭然だなと考えていた。

「て言うことは、珍しいドロップアイテム──いや、『残したお宝』を手に入れたんだろ。しかもそれを買いたいっていうやつもいるんだろうし。それを使って武器とか作るんだろうね」

「もしくは薬な」

テレンスが続けた。

「まぁ、でも武器かな。残したお宝を集めている人はそうそういないから、こういうモンはマジでレアなんだよ」

アーモンドが笑った。

「死の領域で手に入れられるモンってのはレア中のレアさ。その価値は二倍だよ」

「二倍? 何でだ?」

俺は尋ねた。

またしてもアーモンドは得意げな笑みを見せた。

「あのな、領域ってのはそれぞれ特定の人間を引き寄せる力があるんだよ。ここにいる奴らはみんな知ってることさ」

(ん?)

「死の領域に集まってくるのは戦士や人殺しさ。蒐集家(しゅうしゅうか)はここにはいない」

「何だって、待ってくれ」

彼らは全員そんなに驚くことなのかと言いたいような顔を浮かべていた。

「君たちはみんなそういうのなのか?」

テレンスは首を横に振った。

「そりゃずいぶん大雑把な考え方だ。アーモンドが言ってることは間違いない、各領域ってのは特定の人間を惹きつける力がある。だけど、各領域や印縛処の卿たち、それらの思想とどこか適合している人間が集まるって言う方が正しいだろう。例えば、ここにいる俺たち皆───印縛処の卿誰かの血を受け継いでいるんじゃないかな」

「なるほど……インダルジェンス卿も子供がどうとか言ってたな……で、思想っていうのはどういう意味なんだ?」

「そのまんま、言葉の通りだよ。今んところ、死の領域には七つの(へや)と七人の卿がいる。七人の卿ってのは、ロット、インダルジェンス、ソリチュード、スタグネーション、ディサピアー、エンバーズ、パッシング・ライツの七人だ。死の領域が表すものは、それらの卿が支配する死に関連するコンセプトを持ってるんだ」

とんでもない新情報だった。アンサイですら知らない卿の称号もあるなんて。アンサイもこの話を聞いて感情が高ぶっているようだったが、その心の中には、わずかに暗雲のようなものが立ち込めてもいた……不安を感じているのか? 知らなかったことで心が不安定になっているのだろう。

アーモンドが話を続けた。

「もしも印縛処の長か領域卿と似通った部分があれば、それを示す証明を受け取るって話だよ──」

「証明……」

俺はつぶやいた。

アーモンドは腕を組んで言った。

「ま、これは噂さ。領域はそこに最もふさわしいやつを惹きつけるのさ」

「だから君ら全員──いや、俺たち全員がどの領域に行くのか選択することはできなかった、ってことか?」

アーモンドが俺を見た。その目はまるで、俺のことをアホかとでも言いたいようだった。 「何だって? お前、他の有望者たちが違うところに行くのを見てないって言うのか? 他の入り口からフリンジワイルドに入ろうとしたって、境界線がそうはさせてくれないってのに」

テレンスが口を開いた。

「アーモンド、ブレアは他の有望者と出会ってないんだよ。かなりの偏狭の地からやって来たんだろう」

「ああ、その通りだ」

テレンスの言葉に感謝して口を挟んだ。

「俺はいわゆる異世界みたいなところからやって来たんだ」

「ふぅん。幸運なこった」

アーモンドが呆れた声で言った。

「それって、どっか野蛮人がいる島みたいなとこか?」

俺の呆気に取られた顔を見たアーモンドは肩をすくめ、彼女の仲間たちがいるところへと腰掛けた。

「他の有望者に出会ってないって言うんなら、巡礼のステージがどんだけ恐ろしいモンだったかなんて知らないんだろうね」

アーモンドはため息をつき、ストレリチアに尋ねた。

「あんたは知ってるんだろ?」

俺が肩越しにストレリチアを見ると、すぐ彼女はアーモンドの問いに答えた。口調はしっかりとし、アーモンドの高圧的な態度に負けないほどだった。

「聞いたことはある。でも私は最後まで運よく、他の有望者に出会うことはそんなになかったわ」

「じゃあ、あんたらに教えておくよ。月の精霊と一緒にいる奴には気をつけな」

アーモンドのその言葉を聞いた時、俺の中でアラームのようなものが鳴り響いた──月の精霊と一緒にいる奴──俺たちが戦った奴じゃないか。俺はアーモンドにもっと教えてくれと頼んだ。

「ここには月の精霊を継承し続けている権威ある継承者一族がいるのさ」

アーモンドは続けた。

「それか、そこらへんに月の精霊がたんまりいるって言った方がふさわしいかもしれないけど。あいつらはフリンジワイルドへと来る途中、とんでもない数の有望者を打ちのめして来たんだよ。この世に生まれ落ちた瞬間から、あのクソッタレ野郎どもは力のままにのさばってやがる。あの月の一族は、最低最悪この上ない一族の一つさ」

「世界はあいつらのモンじゃないってのに、自分たちの領土を持ってやがるんだ」

テレンスがつぶやいた。

「待って」

ストレリチアが口を挟んだ。

「暗殺者である有望者が唯一、権威ある継承者一族を殺したことがあるって聞いたわ」

「おいおい、よしてくれよ」

アーモンドが言い返した。

「あんた、マジで信じてるのか? あの月の連中は競争相手となれば誰でもぶっ倒しに来る奴らだぞ。特に何の変哲もない奴らは容赦なくやりにくる。強くなる前に、このレースから排除しておきたいからな」

「でも、彼女の言っていることは間違いないよ」

ダシアスが口を挟んだ。

「有望者である暗殺者がその印縛処を滅したのは確かだ。だって、そこには僕がいたんだから」

「てことは、ダシアスはその有望者に実際に会ったことがあるのか?」

俺は尋ねた。

「いや、ないけど……」

ダシアスは唇を噛んだ。

「暗かったから、どこから攻撃されているかがわからなかったんだ。でも、その有望者は僕を生かしたままにしてくれた」

「ダシアス、何を言ってるの」

大人しくしていたかわいい小鳥ちゃんの一人、サンがここでついに口を開いた。

「言ったでしょう、あなたには存在感がないって。でも、だからこそラッキーだったってことよ。暗殺者の有望者だか、その一味なんかの目には入らなかったんだから」

ダシアスは何も言わなかった。しかし彼の顔には「違う」と書いてあるようだった。サンとナディアはお構いなくまたダシアスにあれこれと言い始めたので、俺は慌てて話題を変えた。

「俺たち、青い月の精霊を連れてる奴を倒したよ」

そこにいた全員が、唖然とした顔で俺を見た。アーモンドに至っては笑い出す始末、そして笑いながらストレリチアの方を見た──

「彼は嘘なんかついてないわ。青い月の精霊を連れている有望者を殺したのよ……私を救うために……」

それを聞いたアーモンドの顔から笑いが消え、その顔には秒を追うごとに真剣さが宿っていった。俺を見直してくれたんだろう、その表情からもありありとわかった。俺はあの件であんなに不快感や罪悪感に襲われていたのに、そんなことすらも忘れさせてくれるような気持ちになった。

テレンスは笑いながら言った。

「お前は良いやつだって俺は知ってたからな」

そこでテレンスが手を叩いてみんなの集中を煽った。

「マジで良いニュースじゃないか? 月の奴らの一人がいなくなったんだ。これで心配の種が一個減ったってことだ」

「あのさ、教えて欲しいんだけど」

俺が尋ねた。

「月の一族ってのは何人いるんだ?」

「少なくとも12人いるらしいが、何人が証明を持ってるかってのはわからない。末裔もたくさんいることだしな」

「そ、そうなんだ……」


その後の俺たちの会話は楽しさそのものに溢れていた──アーモンドの気まずそうな顔を見ると、気分はさらに高まった。話をしているうちにテレンスの弟が意識を取り戻し、俺たちは安堵の気持ちに包まれた。しかし、そんな時間も束の間、別れの時間がやってきた。

俺は教えてもらった廃墟へと向かい、テレンスとアーモンドは訓練をするために危険が少ないところへと向かおうとしていた。ここで別れを告げるのは少しおかしな感じだった。俺がいた世界では、他の生存者のグループを見つければチームを組んでいたが、ここではそんなことないらしい。とは言え、非常に奇妙だったのは、そういう話が一切出てこなかったということだ。誰一人、俺にチームを組まないかと聞いてくる者はいなかった。

俺は彼らに別れを告げた──ストレリチアは変わらずに俺の後ろからついて来ている──なぜチームを組もうと言ってこなかったのか? その疑問だけが俺の頭の中をぐるぐると回り続けていた。


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