28--君はバカなのか?(挿絵)
彼女は小さな声で言った。
俺の顔からムカつきと嫌悪感が十分に伝わっていたのだろう。彼女の戸惑いの表情から、それが十分に伝わってきた。
「俺には理解できない」
俺は言った。
「君はバカなのか?」
「わ、私はバカじゃない!」
「違う!」
俺は怒りをあらわにした。
「そういう意味で聞いてるんじゃない。だって、君はどう見てもバカだろ! 俺に同じことが言えるのか! どうしてそんな行動に出るんだ? なんで俺に挑戦したがる?! なんでなんだよ?!」
俺の怒りは頂点に達した。その隙に彼女は俺に背を向けたが、俺は彼女の前髪をつかみ、俺の方へと引っ張り寄せた。彼女は俺に抵抗するように叫び、腕で俺の胸を何度も叩き、膝の下からすり抜けようとしていた。アンサイの堪忍袋の緒が切れ、彼女の手の平にガブリと噛み付いた。
「いったぁぁぁぁーーー!」
彼女は叫び声を上げた。
俺は彼女の肩をつかみ、揺さぶった。
「俺が話をしてる時によそ見するな! 君が今倒したいやつはここにいるんだぞ!」
彼女は口を閉じ、俺のことを見つめた。
「俺にはわかんないよ。何で……こんなの君の助けにならない。だけどこれだけは覚えておいて欲しい、絶対に忘れないでくれ。これは、君が始めたことだ」
彼女の唇は何か言いたそうに震えていた。感情がたかぶっているのか、鼻の穴がふくらんだ。
「今こんなことになっているのは、君が俺と戦うことを選んだからだ。俺は君を救うためにやってしまったことで自分を責め続けていたのに、君は俺と戦おうなんて、どんなに頭が切れるやつでもひらめかないようなことを考えていたなんてね」
俺は彼女の頭を地面に押し付け、手を離した。
「俺は君を助けに行ったのに、そのお返しがコレなのか?」
「……私は助けろなんて頼んでいない」
「じゃあどうなると思ってたんだよ? 勝てるとでも思ってたのか?」
彼女の目から涙がこぼれそうになったが、どうにかこらえるように歯を食いしばっていた。 「あのまま続けていたら、何かが起こると思って──」
「それでこうなったんだろ! 俺がいたから助かったんじゃないか! それなのにこんな仕打ちか!」
彼女は目を閉じ、俺がまくし立てる言葉には一切何も口答えしなかった。
「もういいよ。目を開けて俺を見ろよ」
彼女は嫌そうにしていたが、渋々従った。
「あのさ──知っといて欲しいんだけど、これから起こることは、すべて君の選択した結果だ。君が選んだことだから……」
俺はピストルを両手でしっかりと持ち、その先を彼女の胸の真ん中に向けた。胸をひと刺しすることはできないが、ぶっ飛ばすには良いだろう。俺は大きく息を吐き、意識を集中した。
「……ギブアップか……死、か?」
「え、何──」
「ギブアップか、死か?」
なるべく声の調子が変わらないように、俺は言葉を繰り返した。
彼女の息が荒くなった。口はわなわなと震え、涙が出ないように必死にこらえていた。
「どっちかが死ぬか降参しない限り、これが終わらないのは知ってるだろ。それに、俺は絶対に君みたいな人に運命を委ねたりなんかしない」
彼女はジタバタし始め、はぁはぁと短い呼吸を繰り返していた。彼女の精霊はもうどこにも見当たらなかった……彼女ができることはもう何も残っていなかった。
俺を見る彼女の目からは、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。その目はまるで「死にたくない」と言っているようだった。
俺は首を横に振った。
「バカだし、やけくそになって、素直でもない。何にもできやしないくせに」
「え? な、何?」
彼女がなぜ俺の言葉に反応したのか、俺はわからずに首をかしげた。彼女が気になるようなことを言ったのか──?
「君みたいな人間が、誰にも頼らないっていうのは最悪のチョイスだ。君の考えてることは馬鹿げてるって教えてくれるアドバイスが必要な人間だろ。今みたいに」
「あ、え……」
俺は目を見開き、ピストルをきつく握りしめ直した。
「さぁ! ギブアップか、死か、どっちだ! 言え、言わないと……言わないと、俺は君を殺す!」
「ご……ご!」
彼女が息を吸い込むと、涙が堰を切ったように溢れ出した。
「ご……ごめんなさい、許してください!」
彼女は大声で叫んだ。
「ギブアップするから!」
彼女の嗚咽は止まらず、涙が止めどなく流れ続け、鼻水も一緒になってグチャグチャの顔になっていた──恥ずかしいけど、俺も一緒になって涙を流し、その涙は彼女の涙なのか俺の涙なのかわからないくらいだった。
「ギブアップするから! 死にたくない、まだ死にたくないの!」
彼女の声にゾーンが反応した。俺たちをすっぽりと覆い、記号が俺たちを横切って行く。俺たち二人の間に光が現れ、俺たちは包み込まれた。
「前例なき者、これで終了じゃ」
アンサイが言った。
「彼女はこれで正式にお前さんに従属することになる」
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