26--燃えがら
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怒りの沸点が頂点に達し、歯を食いしばる俺の息は荒くなった。俺の横にははぁはぁと短い呼吸を続ける赤い彼女がいたが、俺のことを見るのがやっとという感じだった。俺の目には、涙がうっすら溢れてきた。クソ野郎……俺がすべての元凶じゃないか。
「俺を倒せるとでも思っているのか、俺たちの精霊は相性が悪いぞ。攻撃をマシンガンのように加えても、俺様の鉄壁の防御に跳ね返されるだけだ」
こいつの言う通りだ。この男、ケダモノ男は何らかの方法で俺の牙と攻撃を受け流している。まるで小うるさい蝿とでも言わんばかりに。
「ちきしょう!」
俺が大声で叫ぶと、牙が剣に戻った。ゴブラも印縛処へと戻っていった。
俺は目を合わせずに彼女を放した。彼女がどんな顔をしているか、見なくてもいいように。彼女は地面に崩れ落ち、俺は森へ向かって一目散に走った。俺の後ろからは犯罪野郎の笑い声がこだまして聞こえてくる。
「ギャハハハハ! 腰抜けめ! 逃げろ逃げろ、弱虫!」
その言葉がグサリと刺さった。俺は何度も逃げたことがあった。人々を置き去りに、恐怖に向き合うことができずに。時には、置き去りにされることもあった。残った人が、逃げた人に向かって戻ってこいと叫ぶこともあった。
犯罪野郎の声が聞こえなくなり、森の中に身を潜めた俺はゴブラを呼んだ。
「ゴブラ、お願いだ。元に戻ってくれないか」
「シャアー!」
ゴブラがそう答えると、頭の上に現れた。
「何を考えてるんじゃ、前例なき者?!」
俺はくるりと向きを変え、腰にぶら下げているやつをトントンと叩いた。
「俺はみんなを置き去りして逃げ回る人生を送ってきた。そんな男はもう死んだんだ──そんな人生、もう送ってられるか!」
俺はこれまでにないくらいに速く走った。残像が見えるくらいだった。
「前例なき者!」
アンサイは叫んだ。
「今の我々のレベルじゃ太刀打ちできんのじゃ!」
「人の命を救うために俺は死ぬことを決意した。何回やり直しが効くのか、何回助けを必要としている人を見捨てろと選択を迫られるのか知らないけど──そんな選択なら俺はいらない──」
俺は来た道を戻り、男たちの背後からゾーンに入った。ちょうど犯罪野郎が、彼女の体に蹴りを入れようとしているところだった。
(あの娘を助けるんだ、これまでで一番ぶっ飛んだことをやってやろうじゃないか!)
俺が腰に隠していたものをサッと抜く──それはピストルだった。抜いた瞬間に、ケダモノ男はとっさに俺の方を振り向いた。男の後ろには青い月の精霊が現れた、しかし、俺は男のこめかみしか見ていなかった。光が青い月から放たれたと同時に俺はピストルのトリガーを引く。ピストルから割れるような音が響き、俺の耳をつんざいた。
数秒だったが、時間はスローモーションのように流れていた。すべての一コマ一コマ、詳細に俺の脳裏に焼き付いている。狙いからズレた弾丸が、男の頬と左目をえぐり取った。ものすごい音を立てて男が地面に倒れ込むと、映画のワンシーンのようにゆっくりと流れていた時間が幕を閉じた。
犯罪野郎はボスであるケダモノ男が倒れた瞬間、声を上げた。ケダモノ男は一言も発することなく、青い月の精霊をすり抜けていった。体が地面に打ち付けられた瞬間に響いたズゥンという鈍い音──ケダモノ男から放たれた最期の音だった。
「あ、あ、あ、ぼ、ボス?」
犯罪野郎の膝が崩れた。ケダモノ男の体を揺さぶったが、その体が血で染まっていくのを見て真っ青になった。もう、そこに命はなかったからだ。
「あ、ああ、ああああ!」
俺のことを見、尻餅をついた。
「ち、近寄るなあ!」
犯罪野郎は慌てて立ち上がり逃げ出そうとしたが、三歩ほど走り出した時、足をついたところが激しく揺れ始めた。
「ぐああああああ!」
叫び声を上げると、口から稲妻のようなエネルギーが放出されていく。
「ア、アンサイ! 何が起こってるんだ?!」
「これは……これは死の命令じゃ! この印縛処の権利を持っている者──あやつは誰にもここの印縛処を渡したくないようじゃな!」
ケダモノ男の方を見ると、口からは精霊が抜け出ていっていた。二体の悪霊らしき精霊が断末魔の叫びを上げながら、お互いに身体をよじらせ、我先にと上へ上へ向かっているようだった。叫び声が聞こえなくなると、やつらの身体にできた穴という穴から緑の光が放出され、その後跡形もなく消え去ってしまった。犯罪野郎にまた目をやると、その身体が灰となるまで燃え続け、煙がブスブスと上がっていた。
「な、なんだよ、これ?」
ケダモノ男の亡骸につまずき、ふと顔を見ると、口と目は開いたままだった。俺が顔に開けてしまった穴からは、血がどくどくと溢れ続けていた。俺は思わず、死んでしまった男の横に吐き気を催した。
こんなことはしたことがなかった。誰かを殺めたことなんて、これまで一度もない。アボミネーションか誰かに殺され、亡くなっていく人々は数えきれないくらい見ていたけど、俺は誰一人殺めたことなんてなかった。人に向けてピストルを撃つなんて考えたこともなかった。俺はいつも見ているだけだったから! こんなことしない人間だったのに!
俺は赤い彼女の方を見て、
「こうするしかなかったんだ」
とつぶやいた。
今はそれしか選択肢がなかった。他に何ができるかなんて考える余裕は、俺にはなかったのだ。
その時、亡骸から音がしているのに気づいた。まるで最期の呼吸のように、ヴィタイの光が一筋、口からふわりと出ると二つに分かれた。ひとつは俺に、もうひとつは彼女へと流れ込む。すると途端にドームが崩れ落ち始めた。
「前例なき者、ここを出るぞ。その娘も連れて行くのじゃ。まだまだ安心はできん、気を抜くな!」
「待て、こいつらはどうするんだ?」
俺の疑問に答えるように、森から恐ろしい叫び声がけたたましく響いた。森の方を見ると、サルのような姿をした無数の精霊が赤い目を光らせていた。
「マ、マントヒヒ?!」
木の枝にずらりと並んだマントヒヒみたいな精霊が叫び声を上げていた。まるで俺が恐ろしい殺人をしたのだと責め立てている様だった。いや、実際、俺はやってしまったんだ。だけど、一体何がそんなにあいつらを刺激している?!
「戦いとヴィタイが放出されたことで、ゾーンに棲んでいる精霊たちが興味を持ってしまったようじゃ! 早くずらかるぞ、前例なき者! ヴィタイが流れ込んだことでその娘も回復しているはずじゃ!」
余計な話をする時間なんてなかった。俺は赤い彼女の元へ走り、体を起こすと、背中から俺の肩に腕を回させた。アンサイが彼女と俺の腕を固定するようにしっかりと絡みつき、ちびっ子ゴブラは彼女の髪をつかんで、俺の肩に頭が乗るようにした。
「行くぞ、前例なき者!」
「よし!」
俺たちは走った。背中からは、あの世の出迎えをする精霊がやってきたような音が聴こえていた。それはまるで血に飢えた悪魔たちが宴をしているようだった。聴こえてくる音は、きっと数日間俺の耳に貼り付いて離れないだろう。もちろん俺がしてしまったことも、消えずに脳裏へと残るのだ。
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