15--休憩時間
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勉強の時間がやってきた。さて、フリンジワイルドには「セーフゾーン」と呼ばれる特別な場所がある。それほど広くはないが、他のゾーンに隣接している自然にできた場所である。セーフゾーンに棲んでいる精霊はおとなしい性質を持っているか、地繋精霊がいるゾーンとゾーンの間に棲んでいるか、または下位の精霊を寄せ付けないような特別な性質を持っているとかって──つまり、さまざまな理由が入り組んでできているっていうことだ。
アンサイと俺は焚き火を囲みながらセーフゾーンのひとつにいた。そこでアンサイは躍起になって、知っておかなければいけないことを俺に教え込んでいた。
***
「手を差し伸べて、家のドアが開くのを想像せよ」
「わかったよ」
俺がドアを開けると、影が何重にもなって現れ、それがひとつに重なるとゴブリンの姿となった。
「すっげえ……モンスターと旅するゲームにいるみたいだ」
「バァ!」
俺があぐらをかいて座ると、小さなゴブリンがそう言いながら俺の上半身に抱きついた。
俺はゴブリンの頭をなで、ふふふ、と笑った。
「お前って本当にかわいいやつだな! ペットを飼っているって感じがするよ!」
「前例なき者よ、今は印縛処に集中する時じゃ。今ここで知るべきは印縛処にいるものと、そいつらの見えざる能力じゃぞ。さぁ想像せい──」
「よしきた」
手がチクッとした。手のマークはまるでプロジェクターのように、俺の手の上に6センチくらいの家の形をしたホログラムを映し出した。
「ど、どうやってそれをやりおった?」
アンサイは俺に聞いてきた。簡単にやってのけたことが相当ショックだったらしい。
「人間界にあるそういうやつを想像しただけだよ。ん?」
俺は家を囲んでいる輪があるのに気づいた。その輪の上には星のような形をしたものがひとつ浮かび動いている。家を中心にして星が回っているようだった。
「アンサイ、俺たちが見てるものはなんだ?」
「これは我々の印縛処の状態を示しておる。暗い色をしたオーブは、ここにいるそのおチビさんじゃ。さぁ、心して聞くがよい──」
話を聞いてみれば、この輪には印縛処に住んでいる者が可視化されるということだった。こうやって目にできる形にすることで、俺は印縛処の中にいる一体の精霊だけと触れ合ったりフォーカスしたりすることができる。今のところ、輪はひとつだけ──アンサイはエネルギーレベルと呼んでいるが、これは増やすことができるらしい。一番興味を引いた話は、最初の輪は二体のみしか受け入れることはできず、今後増やしていく輪で八体まで受け入れることができるようになるってこと。これって、ものすごく何かに似ている。
「これって原子モデルみたいなもの?」
「原子? 原子とは何じゃ? 聞いたことがないぞ、初耳じゃ」
「粒子のひとつだよ──粒子が何なのかってことは想像つくよね?」
アンサイはうなずき、俺はふぅと安心してひと息ついた。
「とにかく、俺が知ってるやつは何かを表しているモデルなんだけど、実際には正確ではないものなんだ。シンプルな考えなんかを説明しているのによく使われるもので、でも現実にあるほとんどのことを表すのにはいまいちで──言いたいのは、一部のことには使えるものだってこと……」
「よくわかったぞ……あのな、どうか間違わんでくれ──これはモデルではない。これは現実のことじゃ」
「そっか、じゃあ奇妙な偶然ってことだな……それで、これらの輪は──君はエネルギーレベルって呼んでるのか? どうやったら数は増えるんだ?」
「うむ、現状ではもう一体下位の精霊を仲間にすると、我々のエネルギーレベルは次の段階へと上がり、レベル5の壁を突破できるじゃろう。しかし、このまま下位の精霊を集め続け、印縛処にある八体分の空きを下位の精霊だけで埋めてしまえば、その次のエネルギーレベルには到達できんじゃろうな。エネルギーレベルを抜かりなく上げていくことは、下位の精霊だけでは到底不可能じゃ。精霊の力が溢れ出て、次のレベルへと押し進める、そんなようなものだと考えればいい。事実、充分な力を持った精霊を仲間にしてしまえば、今の空きを埋めることなく次のエネルギーレベルが現れるはずじゃ」
「そっか、そこまで知ってるんだから、俺たちはへまをする必要なんかないな……」
「そうじゃ」
「じゃあさ、もし俺たちが精霊を八体仲間にして、次のエネルギーレベルが現れない時は? レベルの壁を破る必要があるって言ったって、もう他の新しい精霊を仲間になんてできないだろ? そしたらもう終わり、何もできないじゃん」
「その通り。突破するにはヴィタイが大量に流れ込まねばならんが、印縛処にいる精霊からの一定量のエネルギー、これも次のエネルギーレベルに到達するために必要になるわけじゃ」
「てことは、むやみやたらになってもダメってことだね……で、埋まっちゃったところを空ける方法ってないのか?」
アンサイはきっぱりと言い放った。
「一番簡単な方法は、精霊を殺し、我々のものとすることじゃ」
ゴブリンは震え上がり、俺の前で土下座を繰り返した。
「お、おいおい、心配しないで、お前のことは殺したりなんかしないって!」
俺はゴブリンをなだめるように言った。俺の肩の上から頭をひょいと出していたアンサイの方を向き、小さくも厳しい口調で言った。
「あのさぁ、ゴブリンの気持ちも考えてやれよ」
「しかし、紛れもない真実じゃ」
「他の方法はないの?」
「ある。お前さんの子孫に精霊を引き渡すことができる。だが、これは今の我々には現実的な方法とは言えまい」
「そ、そっか。他の方法は?」
「この者は知らん。しかし印縛処の精霊を殺せば、いつも以上のヴィタイが吸収できるぞ」
「俺は基本的にペットだと思っているものを殺したりなんかしない。感情を持ってる子ならなおさらだ。絶対そんなことはしないから」
「結構なことじゃ。精霊を殺して我々のものとすることは、必ずしもやらなければならないことではないからの」
「ちょっと待って、もし君がそうしちゃった場合、それは必要だったことっていうのか?」
「やるとすれば、前例なき者の代わりに対処したということ。もしもそういう状況になって、お前さんが耳を貸さなかった、という場合にな」
俺はゾッとした。アンサイは俺がその発言にひいたのを感じていたが、何事もなかったかのように俺を見続けていた。
「言ってるだけだろ。言葉だけなんだろ、アンサイ?」
「これがこの世界の作法でこの者とパートナーを結ぶ、ということじゃ。我々の運命は一心同体──生き残るために必要なことをやらずに、印縛処を無駄使いしてしまうなんてことはできん。これが真実じゃ、前例なき者。我々の生存を賭けたものであるなら、この者は迷ったりはせん」
「君のそういう気持ちは嬉しいよ、でも君がそういう血も涙もないやつになるのは良いとは思えない気がするんだ。弱者を切り捨てていく人間はたくさん見てきたけどね──俺はそういうやつじゃないよ」
「この者だって、お前さんにそうなって欲しいとは思っておらん。そんな状況に陥るなんてことは、前例なき者がこの者の言うことに反した行動を繰り返し取った時だけじゃ。あのな、間違うでないぞ──馬鹿げた決断ばかりしてしまえば、精霊を犠牲にすることになる。この者はそんな間抜けに巻き込まれるつもりはない」
ため息が出たが、少し安心した。
「正直に言ってくれて良かったよ」
「この者の目指すところは、我々が達成できる最高の結果じゃ」
「あのさ、アンサイ」
少しだけ興味を持って声をかけた。
「俺が君とチームを組んだ理由は、俺には君が必要だったからだ。でも、君はなんで俺を選んだ? ただ単に君のポテンシャルを引き出すってことが目的なのか、それとも他に何か理由があるのか? 君はうまく駒を進めることができそうなやつと組みたかったはずだろ」
その瞬間、アンサイから怒り、困惑、恐怖といったものが溢れ出したのを感じた。ダムに穴を開けたみたいに、その暗い感情が黒い水になって流れ出したようだった。
「この者は……この者は、フリンジワイルドはもういい。どこか他のところに行きたいのじゃ……だからすべてにおいて前例がないお前さんを選んだのじゃ」
アンサイはそれ以上何も言わなかった。何も言いたくなかったのだろう。アンサイは眠りについたゴブリンをなでている俺をしばらく見つめ続け、とっさに話題を変えた。
「さぁ、精霊のことを話そうではないか。精霊を仲間にした時に開く、お前さんのパーソナルゾーンについてもっとよく知っとかなければならんな」
「わかった。教えてくれ」
返事はしたが、俺はゴブリンのすべすべした肌の気持ち良さに少しだけ気を取られていた。
「精霊をパーソナルゾーンに入れるまでには、いくつかの段階が必要となる。まずはパーソナルゾーンを開くことじゃ。しかし、精霊の力がたんまりと残っている時には、やつらはパーソナルゾーンに入るのを拒否するだろう。そうなったら、パーソナルゾーンのリングで捕らえることができんし、中にはリングを壊してしまうやつもいるじゃろう。リングが壊れてしまうと、作り直さなければならなくなる。作り直している間は、ヴィタイとスタミナが奪われていくのじゃ」
「じゃあ、このゴブリン君をすんなり捕まえられたのは、こいつがすでに弱ってたからってこと?」
「そういうことじゃ。あとな、こいつは『君』ではない、『ちゃん』だと思うぞ。ともかく、もし精霊が弱っていれば、我々が見てきたようにゾーンはやつらを取り囲む。この段階になると、精霊は相当の力を出さない限り、逃げることはできん。一度精霊がパーソナルゾーンに入ってしまえば、印縛処に入れて捕まえるまでさらに弱らせ、仲間になるよう説得できるようになる。それか、精霊を殺して通常以上のヴィタイをいただくか、じゃな」
「うーん……結構ハードな話なんだね。仲間にするのをやーめた、って思い返して、精霊を放してやることはできないのか?」
「できん。ゾーンが一度できてしまえば、やり直しはきかん。考えを変えるなんてまったくの無意味じゃぞ。精霊がパーソナルゾーンから逃げるには、ギブアップか死か、はたまたゾーンを作ったやつを殺すしかない。一度ゾーンを開けてしまったら、ゾーンを去ることはできん、とでも言っておこうかの」
「やり直すことなんか不可能だっていうのか──」
「なぜならな、これは重大な決断によるものだからじゃ。パーソナルゾーンを開くということは、印縛処のリーダーであるお前さんが精霊の存在そのものを根本から変えるという選択をしたということ。軽い気持ちでそんなことはできっこない。精霊の力は我々の共命印に注がれる。ありがたく思わねばいかん」
俺はゴブリンを見つめ、こくりとうなずいた。
「そうだな……俺はこいつを住処からかっぱらってきたんだしな」
「しかし、我々と共に生きるということは、信じられんくらいに素晴らしいものじゃぞ。これを忘れてはならん。もしも精霊が強すぎたり、お前さんが精霊を捕まえるのに躊躇したりした時には、我々は話し合いに持ち込むことができる。ただし、精霊が十分な知性を宿していれば、だがな。お前さんのことを気に入れば、身振り手振りで何か伝えてきたり、提案をしてきたりと、耳を貸してくれる精霊もいるじゃろう。この者は、我々がこれから出会う精霊がそんなふうだという予感がしておる」
「それで、その後はどうなるんだ? パーソナルゾーンに入れてしまえば、精霊は自分たちのポテンシャルがわかるって言ってたよね? 話し合いの途中ではパーソナルゾーンは開きたくないな。そうしたら、精霊はもう逃げられなくなっちゃうだろ」
「心配は無用じゃ。上位の精霊は印縛処に入ることの意味がほんの少しだけわかるくらいの知性を宿しておる。パーソナルゾーンで囲まなければやつらの気持ちを動かすことはちいと難しいが、不可能ではない」
「うーん……」
俺はゴブリンのことを思い出し、少し考えたが、気持ちを切り替えた。
「そんな精霊に会ったらどんなことが起きるんだろう……俺たちに何を要求してくるんだろう」
「その時が来たらわかるじゃろう……今はまず眠りに就こうではないか。ヴィタイのサイクルをうまく回していくには、睡眠は欠かせないぞ」
俺はあくびをして体を伸ばした。
「そうだね、俺も眠たくなってきたよ。今日はここまで」
「我らを捕らえようとしている精霊もいない。この者の感覚ではっきりとわかっておる」
「俺は何かあればすぐ起きるタイプだし……うん、きっと何もないだろう」
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