14--最初の捕獲
「よしきた」
一匹のゴブリンに当たりをつけ、武器をムチのようにして捕まえ、俺の方へ引き寄せた。こいつの仲間たちはまだエネルギー弾の嵐に巻き込まれている。
「キィィィィ! キィィィィーイイイー!」
そいつは締め付けるヒモから逃れようとのたうち周りながら叫び声を上げ、地面に叩きつけられた。
「よし、アンサイ、どうしようか? 食べ物か何かあげようか?」
その間に他のゴブリンは攻撃にやられ、姿かたちすべて消滅してしまった。そいつらのヴィタイがパーツに流れ込んでいく。
「お前さんの手に集中するのじゃ、前例なき者」
アンサイの言葉に従い、手に意識を集中させた。
「印を思い浮かべるのじゃ――お前さんの印縛処が大きくなっていくぞ」
「了解。さぁ、広がれ」
すると、赤い輪が俺の手から浮かび上がり、俺の周りを取り囲む――輪の大きさはだいたい直径9メートルくらいだ。輪には黄色の色をした記号が刻まれ、俺、アンサイ、そして俺の足元にいるゴブリンの周りをその記号が回転していた。
「ア、アンサイ――これはなんだ?」
「この呼び名はひとつだけではない。領域、パーソナルゾーン、印縛処――お前さんが知っておくべきは、これは従属の最初の段階ということじゃ。さぁ、足元を見てみろ」
「わかったよ、でもこれ何――ダァ!」
小さなゴブリンは俺を潤んだ瞳で見つめ、子犬のようにクゥーンと鳴いている。もがくのを止め、今では何かを期待するように微笑みながら俺を見つめていた――少し気味が悪かった。
「アンサイ、何が起きてるんだ?」
「この下位の精霊はお前さんの印縛処の力を感じ取っておるのじゃ。下位の精霊たちは本能に従い、単純じゃ。自我もさほどなければ、自己認識も薄い。印縛処に入れるというだけで、もう気分が高まっておるのじゃよ」
ゴブリンを締め付けていたヒモが解かれると、パーツは剣に戻ってきた――この動きをコントロールしているのは誰でもない、アンサイだ。その間小さなゴブリンは、かわいらしい声を出しながらひざまずいて何度もおじぎを繰り返していた。
「よし。最初はちょっと気味悪かったけど、かわいいじゃん」
俺は間違いなくアンサイのクスクス言う笑い声を聴いた――笑い声からして、喜んでいるのは明らかだった。
「この下位の精霊は我々の力をわかっているようじゃ。お前さんの印縛処に入るのをさっそく受け入れたぞ」
「おぉ、そっか……」
俺が片ひざをつき手を伸ばすと、そいつはすぐさま飛びついてきた。
「シャアー!」
歓喜の声をあげ、俺に真っ黒い歯を見せつけながらニッカリと笑った。
俺たちを囲んでいた輪が突然小さくなり、俺を通り抜けて精霊を捕らえた。精霊は抗うことなく、むしろ喜び、輪にあった記号に包まれた。最後には輪、記号、ゴブリンがプラズマのような物体となり、渦の中に引き込まれるようにして俺の手の甲に吸い込まれていった。
「アンサイ、俺はあいつを殺しちゃったのか?」
「そうではない、下位の精霊が我々の印縛処に入ったのじゃよ。安心するのじゃ。後でどうやってお前さんの印縛処の仲間を見るのか教えてやろう」
「あいつはこうなったことで満足なのか、アンサイ?」
「満足も満足じゃ。前例なき者はどうやってこの者の莫大なヴィタイを感じ取ったのか思い出せるか?」
俺はアンサイの問いにうなずいた。
「ヴィタイはポテンシャルの高さを表しておるだけで、この者には使うことができん。だが、人間と協力し合うことでこの者はそのポテンシャルをフルで使うことができる。その原理はどの精霊も同じじゃ。上位の精霊だって、自分の中に潜む力を見た時には驚愕するものじゃよ。どんな形であれ、精霊も人間も、力を合わせることが先へと進むことへの道を拓く。精霊と人間――それぞれでは達成できないさらなる高みへと、お互いを成長させることができるのじゃ……前例なき者よ、どうした? あまり気分が良くないようじゃの」
「ああ……」
かわいい顔をしたゴブリンのことを思い出した。
「俺はこいつらをモンスターだと思っていたけど……ペットみたいな動物に近いよね?」
「下位の精霊とペットを比べるのは適切とは言えんな。下位とはいえ、とんでもないくらいに使えるやつらじゃぞ」
胃がキリキリとした。
「ともかく……俺はモンスターじゃなくて動物を殺しているんだ……」
「その区別は重要なのか――」
「下位の精霊だって感情はあるだろう、アンサイ? あのゴブリンは本当に幸せそうだったじゃないか」
「さっきも言ったように、やつらには自我もさほどなければ、自己認識も薄い――人間界からすれば、獣をペットにしたみたいなもんじゃろう。要するに、やつらには感情があるが、我々のようなものとは違う。例えば、ゴブリンは仲間であった五匹がもう戻ってこないと知れば、あなぐらにでもこもり悲しみにひれ伏すじゃろう」
俺は嫌な気持ちになったが、アンサイは続けた。
「だがな、そんなふうに長くはしとらん。命だって限りはあるしな。もし一匹だけが取り残されたら、そいつが恨みを抱いてとんでもなく恐ろしいものに成り代わる可能性はゼロとは言えん。が、しかし、そんなことはほとんど起こることはない。そんなふうになる前に寿命がきてしまうからの」
「俺は動物を殺してるのか? 自由を奪うなんて、鳥を殺す子供みたいじゃないか――」
「なぜそんなふうに気分を害しているのか、この者には理解できん。人間は動物を殺さんのかね?」
「するよ! でも食べるためだけだ! 無差別に殺したりなんかしない!」
「この者は理解できん。前例なき者はここで生き抜くと決めておる。ヴィタイは食べ物と同じように大切なものじゃぞ」
「そうなの?」
「ヴィタイを昇華することのみでしか力を宿すことはできん……前例なき者よ、ヘビがカエルを食べるように、もしこの者が他の精霊を丸呑みしてしまったら、お前さんはこの者を軽蔑するのかね?」
「い、いや……そうはしないと思う……」
「それはなんでじゃ?」
「精霊が精霊を食べることだから」
「人間が人間を食べるのには嫌悪感を抱かんのかね?」
「おえっ――気持ち悪いよ」
「ほう、なんで人間と精霊とでは違うのかのう? お前さんは、この者はお前さんとは同等だとは思っていないのではないかね?」
俺はしばし黙り込んだ。
「俺は君たちを違う目で見ていたのかもしれない。ごめん、俺が悪かった。ここでは、みんなが平等なんだ」
「気にするな。この者も少々意地が悪かった。どうか自然のライフサイクルについて説明をさせてくれ。精霊はモンスターではなく、精霊でしかない。捕食者が捕食をするように精霊も何かを食べて生きるのじゃ。それはレベルを上げるためではない、生き抜いていくためじゃ。とは言え、自然の法則には抗えん。生き延びるためにお互いを食ってしまうこともある。中にはおとなしい精霊もいるが、生存競争に勝つためにこの性は変えられんのじゃ。上位の精霊は下位の精霊を捕まえ、食べてしまうか殺めてしまうのじゃよ――」
「ちょっと待った。殺す、か。それならわかる気がするぞ」
「そうじゃろう。上位の精霊は自我もあり自己認識もある。そういう精霊こそ前例なき者が相手にすべきものじゃ。お前さんの今の感覚に沿ってしまえば、上位の精霊を殺すということは、少なくとも、お前さんの同胞を殺すのと同じになってしまうが」
「てことは、君も上位の精霊なのか?」
「そうじゃ。あのな、勘違いしてはならんぞ。腹を空かせた上位の精霊はお前さんのことも喰らいたがるじゃろう」
考えただけでゾッとした。
「忘れるでないぞ、我々はフリンジワイルドにいるのじゃ。生き延びたければヴィタイを集めなくてはいかん。そのためには精霊を殺しヴィタイを昇華するか、印縛処の仲間にするしかない」
「それなら、仲間にするってだけでいいんじゃ――」
「それは勧めん。我々は強くなるためにヴィタイをもっと必要としておる。集めたヴィタイは印縛処にいる精霊を養うのにも必要になる。この先は喰うか喰われるか……逃れられんぞ、前例なき者。お前さんが今ペットみたいなものと思っているものを殺さねばいかん。そのためにも、今後はペットではなくモンスターだと思った方がいいかもしれんな。それと、お前さんを見かけた瞬間に殺そうとしてくる精霊も多いということ、忘れんでいた方がいいじゃろう。最後に、感傷的になっとるお前さんへのわずかな慰めとして言っておく。放たれたヴィタイをお前さんが吸収すれば、精霊の一部はお前さんの中に生き続けることになるんじゃ」
「わかったわかった、もう十分だ。今は今しなきゃいけないことを整理しなきゃ」
「いろんな厄介ごとが降りかかってきそうじゃの」
「ごめん……」
「心配するでない。その時には、この者がサポートしてアドバイスを与えてやろう」
「頼むよ、ゴブリンがあんまりにもかわいいもんだから……もし俺がゾンビと戦っていたら、そんなこと気にしないんだけど」
「かわいいからといって、無害だなんて思ってはいかんぞ」
俺はため息をついた。
「信じてくれ、気を緩めたらどんなことが起きるかなんてもう知ってるんだからさ……ともかく、俺たちはいろんなことを試してみて、武器がどんなものか感覚をつかんだだろ。次はどうする?」
「前例なき者はちょうどレベル5になったところじゃ。最初の難関も近づいてきておるぞ、これは何がなんでも突破せねばいかん。もっとレベルアップするには、ここを乗り越えないとならんからの」
「了解。どうやって突破するんだ?」
「まずはレベル5の限界までヴィタイを貯めねばならん。それから、超強敵とされる精霊を倒して膨大なヴィタイを昇華させるか、もしくは、良さそうな精霊を印縛処に入れるか、じゃ。後者の方が好ましいじゃろうな」
「今はもう下位の精霊は相手じゃないってこと?」
「その通りじゃ。ここまでは下位の精霊を倒すことで進んでこられたが、これ以上のレベルになるにはやつらでは事足りん。細かいことは後で教えてやろう」
感覚的に、アンサイが行きたがっている方向がわかったので、その方向へ俺は歩き出した。 「何か考えていることがあるんじゃない?」
「まさに。しかし、お前さんの力も必要じゃぞ。今の我らにはどういった力があればいいと思っているかね?」
「なるほどね、何が聞きたいかはだいたいわかったよ。そうだな、君は優れた感覚を持っているし……それなら、幾何学的なものをもっと取り入れられたらいいなって思うよ。俺が放ったものがはね返ってくるようなものがあればいいんじゃないかな」
「パーツを正確に動かすことができなかった問題を解決するため、ということじゃな?」
「うん。今は、一度戻してからじゃないと牙を動かせないだろ。跳ね返すクッションみたいなものがあればいいと思うんだ。どういう軌道を描くかってことは、今はビリヤード台を頭の中に置いて想像してるけど、実際に何かがないと、動きなんかどうすることもできない。そこで跳ね返すものがあって、軌道を変えれるっていうなら、マジですごいものになるよ……これは俺じゃなくて君の役割だと思うんだ」
「理解はしたが……牙じゃと? お前さんはこの者のことを敬ってあの部分をそう名付けたのか?」
「もちろんそうに決まってるじゃん」
俺は満面の笑みを浮かべてそう言った。実は俺が子供の時に夢中で見ていたロボットの武器から取ったものだなんて、アンサイには知るよしもない。アンサイだってこれを聞いて上機嫌になったしね。
「よし、牙じゃな。力を授けるために何かしないといかん。フリンジワイルドの奥地へと歩みを進め、上位の精霊を見つけに行こうではないか」
「マジで? よしきた! おもしろそうじゃん! 何か考えてることはあるのか?」
「しかとあるぞ」
アンサイはいかにもサプライズにしておきたいようだったので、思わず笑ってしまった。 「よし、アンサイに任せたぞ!」
「慌てるでない。これは長い旅になるじゃろう。これからは日の出とともに進み、日が沈めば休む。そして、日がまた昇れば旅をすることとなる」
「やってやろうじゃないか」
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