11--どこにいてもそれを忘れるでない、この者も、しかと覚えておく
他のゾーンの安全な場所からもがき苦しむミイラを見ていた――地繋精霊はゾーンの外から出られない。ボスと呼ばれたあいつも間違いなくそうなんだろう。多少ではあるが、ルールを乱用した感はあった。
「あっははは、最高だぜ、なぁアンサイ?」
アンサイからは失望と後悔の念がにじみ出ているようだった。
「もしかしたら……この者は間違っていたのかもしれん……」
「間違っていた、って思うのは君ではなく俺だと思ってたよ。でも、元に戻すなんてことはできないだろ、アンサイ?」
「そ、そういうことではない……この者が受け入れるべきは、前例なき者の残虐性と……どうしようもない計画性のなさじゃ……」
俺は軽く笑った。
「ごめんよ、アンサイ、鬱積した気持ちを晴らすのに君を巻き込んで……とは言え、真面目な話、俺は自分の限界をわかっていたってことは知っといて欲しいんだ」
「足がすくんで立てなくなったやつが言うことか」
「あはははは、なんて言ったらいいんだろう? この身体が学んだんだよ、危険が迫っている時は全力で挑め、安全な時にはとことん休め、ってね」
「……なぜお前さんは最後逃げることを選んだのじゃ? お前さんは逃げたいと思っていなかったようじゃが」
アンサイをそっとつかみ、俺の首から降ろし膝に乗せ、首のストレッチをした。
「結局どうしたいのかがわからなかったんだよ」
しばしの間、アンサイと俺は黙っていた。
「俺があいつを痛めつけれるんだとわかりたかった。泣き叫んでいるのを見たかった――」
「悪しき残虐性じゃ」
アンサイは俺の話をさえぎった。
「ただそうしたかっただけだ。俺にもできるんだと知りたかったんだよ……アンサイ、俺は後悔していることが山ほどある。今はその気持ちを晴らしているところなんだ」
「この者は……理解できる、と思っておる……お前さんは本当にもっと戦えると感じていたのかね? あまり強くない精霊がもっといたなら、戦うことを止めなかったのか?」
「止めなかったよ。もう20体はいけたんじゃないかな――回復効果のあるヴィタイを吸収すればね」
「お前さんは体力に関係するスキルを持っていそうじゃの……」
アンサイは目の色を黄色に変えた。
「この者にはまだわからんがな……質問がある」
「なんでもどうぞ」
「この者は理解に苦しんでおる。お前さんは戦いたいと思っているのに、なぜ出くわした他の有望者から逃げたのじゃ」
「なんだ、そんなことか」
「どういうことじゃ?」
「あいつに太刀打ちできるのか、勝てそうなのかわからなかったからだよ。何が何だかマジでわからなかったんだ」
アンサイはくるっととぐろを巻いた。
「本当にたったそれだけか?」
「そうだよ」
俺はアンサイを持ち上げ、腕に絡みつかせた。
「アンサイ、君が俺に教えてくれたんだ。俺がもっと強くなれば、もっと良い道が開かれると……俺はあっちの世界では安全な道を選んでいた。高望みなんてせずにね。危険な賭けとは無縁の、そこそこに及第点をもらえそうな道を歩いていたんだ」
「悪くない、十分ではないか」
「まあね。でも満たされていなかったし、中身なんて空っぽだった。途中で、もうやーめた、なんて言える道でもなかったし。崩壊する寸前だったんだ――そして実際壊れてしまって――俺の中にいた弱虫な部分だけが残ったんだよ。みにくくて哀れな弱虫野郎がね。そんな状態で残りの人生を生きるなんて、どれだけみすぼらしいか、わかるか?」
俺は頭を抱え込んだ。
「これが理由だよ、以上だ。俺は力が続く限り進み続ける。今ならわかる、人生を思いっきり生き抜くことがどんなものなのかって。チャンスを逃したくない。そのためには強さが不可欠なんだ。俺についてきてくれるかい?」
「……どうやら前例なき者はお前さんの仲間達と寸分違わぬところがあるようじゃな――同じように力を渇望しとる……」
「悪いことなのか?」
「そんなことはない、この者だって強さは欲しておる……ただ、がっついたりはせん。自信と自惚れは紙一重じゃ」
俺は悪ガキのようににんまり笑った。
「そこは気をつけるよ。心臓発作が最小限で収まるようにするから。それから、これだけは信じて欲しい。俺はこの人生をちゃんと生き抜きたいんだ。俺の手に負えない状況になったら俺は逃げるよ、どんなに不様でも」
「しかし、勝ち目がない相手だとお前さんが分からなかったらどうするのじゃ?」
「君の言うことを聞くよ。さっきのはそんな感じじゃなかっただろう、君が恐れていたのはモンスターじゃなくて、俺の体力がなくなることだった。でかいやつが現れても君の心はびくともしなかったしね。多分、俺の体力が十分にあったら俺は死なないって思っていたんじゃないかな――わからないけど、倒せていたのかもしれないね」
俺はニヤリと笑ったが、アンサイは顔色ひとつ変えなかった。
「と言うわけで、君が恐怖を感じている時には、俺は君の言うことに100%従うよ」
アンサイは少しの間ポカンとしているように見えた。
「この者は……そうしてもらえると喜ばしい。よろしく頼む。この者の運命はお前さんと共にあるからの。どこにいてもそれを忘れるでない、この者も、しかと覚えておく」
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