85 宣戦布告
翌日、いつも通り4限目の授業が終わり給食の時間が訪れた。追分は次の授業の準備を済ませた後、トイレを済ませようと席を立つ。そして廊下に出た際ふと中庭を見ると、見慣れた影が二つ。
「あれって…」
よくよく見たら、向かいの校舎の窓から3年生の生徒達が揃って中庭をのぞいていた。さらに、同じ校舎の1階から3階までたくさんのギャラリーが中庭を覗いているではないか。これは何事か…と『追分』は窓から身を乗り出して渦中の人物達に視線を向ける。
「なんだテメェら?」
方や…ガタイの良い男子生徒。制服の着崩しや、手にタバコを持っていることからいわゆる不良であるという事実が疑われる。そしてすぐにその人物が毒島だと気づいた。
「先輩に…決闘を申し込もうと思いまして。」
方や…最近入った部活で知り合った同級生。あの数少ない人数で練習をしていた2人の生徒。そう。仁界と轟である。
「決闘だぁ…?」
仁界の言葉に校舎のギャラリーは盛り上がりを見せる。しかし追分は、一体何をしでかそうというのかとかなり不安な心境だった。
「あいつら一体何してんだよ…っ!?」
追分同様、2年生がいると棟からは飯田先輩が頭を抱えて様子を見ていた。
「えぇ。僕ら1年生に飯田先輩を含めたメンバーと、先輩方3年生チームの試合です。」
仁界とゴウジンは怖がる様子も見せずに、目も逸らさず毒島にメンチを切っていた。
「へぇ…面白ぇじゃん。で?何を賭けんだよ?」
まるでその申し出を見越していたかのように口角を上げ、詳細を尋ねる毒島。
「部活動の脱退です…。」
その瞬間、毒島の後方に控える不良仲間の3年生達の目つきが変わった。
「おいおい…何ナメくさったこと言ってんだよ1年…っ!」
「ぶっ飛ばすぞテメェら…っ!?」
しかし、後方で騒ぎ立てる3年生集団を右手一本で収めた毒島が落ち着いた様子で尋ねた。
「もちろん…お前らが負けたら、全員部活動をやめるんだよな?」
「もちろ…」
「いや…それじゃあつまらねぇか。こうしよう…。」
毒島はニヤリと笑って口にした。
「敗者は…サッカーを辞める…。これでどうだ?」
その条件を聞いたゴウジンが身を乗り出して口を開いた。
「…なっ!?サッカーを辞めるって…そんな条件…っ!」
思ってもいなかったハードルの上昇に戸惑うゴウジン。
「お前らは良いよなぁ?」
毒島が後方を向いて問いかけた。もちろん不良達は首を縦に振る。
「で?どうする?もちろん…サッカーを辞めるのは参加者だけだ。辞めたくねぇ奴は試合に出なければ良いんだぜ?」
毒島がそう言うことで、そもそもサッカーとして成り立つ8人以下の選手しか集まらなかった場合、どうしようもない。仁界は何も言わずに立ち尽くしていた。
「どうした仁界?怖気付いたのか?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる毒島。その問いかけに、仁界は顔を上げて答えた。
「良いでしょう。」
その回答に、毒島達3年生チームは仁界をバカだと笑い、ゴウジンは仁界に驚愕の視線を向けた。
「良いのかよ仁界…っ!?そんな条件にしたら、誰も集まってこねぇぞ…っ!?」
ゴウジンのその問いかけに、仁界は理路整然と答える。
「ゴウジンも参加しなくて大丈夫だ。」
「は?」
訳がわからず、ゴウジンの頭に疑問符が浮かんでいた。
「最悪、俺1人でも全然勝てる。」
その言葉が中庭に響き渡り、学校全体が一瞬の静寂に包まれた。そしてその後、盛大な笑い声が湧き上がった。
「こいつ頭おかしいぜ!?」
「サッカーしらねぇのかっ!?」
「ははははっ!?諦めたのかよ仁界…っ!?お前1人で?バカを言うにも程々にしやがれ…っ!」
もちろん前方の3年生チームのメンバーも、皆一様に笑っていた。ゴウジンは戸惑い頭を抱え、その他サッカー部メンバーも同じような反応をしていたという。
「あいつら何やってんだよぉ…っ!」
そしてそれは追分も同じ。
「3年生なんて…放っておいても勝手に引退するんだから…放っておけば良いものを…っ!」
どうしてそんな行動に踏み切ったのか、結局仁界という変人の気持ちがわからない追分はただ絶望するしかなかった。
ーー
「へぇ…。面白い。仁界…やっぱりあいつは一味違う。」
そんな中庭での様子を、秀川と貫井も1階にて見ていた。
「や、やばくない?仁界、絶対勝てる訳ないよね…?」
飲むタイプのヨーグルトをストローで吸い上げる貫井。しかし、驚愕の光景を目にその口は止まっていた。
「…俺は乗るぜ貫井。あいつの覚悟に惚れた。」
秀川はむしろ燃えているようで、拳を握って中庭に熱い視線を送っていた。
「それに…昨日の試合、来るなと言われたけど見に行ったんだ。あいつらのサッカー…いや、あんなのはサッカーじゃねぇ。サッカーを侮辱する野郎は…絶対にぶっ潰す。」
「な、秀川がこのモードに…。」
諦めたように肩を落とす貫井。そして吹っ切り頭を上げた。
「じゃあ…僕もやるしかないか…。」
秀川と貫井は、それぞれ胸に秘めた想いと共に、その試合への参加を決めたのであった。
ーー
「追分君…どうする?」
壁立の問いかけ。
先の件の後、いつもの3人はすぐに集合して話し合いを始めていた。
「どうするもこうするも…やる訳ねぇだろあんな試合!」
追分が無理無理…と首を振った。
「ま、だよな。部活だけじゃなく…サッカーも辞めないといけないなんて…誰もやんねぇよ。」
留山のその言葉に追分が反応。
「いやいや、別にそれは良いんだよ!単純にあのゴリラ野郎共に勝てる訳ねぇって言ってんだよ!」
追分のその言葉に、壁立と留山が目を合わせた。
「それは流石にクズすぎるよね…。」
「あぁ。追分。流石に俺も多少はサッカーが好きでやってるぜ…?」
2人の言葉に狼狽し、一歩後ずさる追分。
「女子サッカー部目当て…ってのは、そりゃあ少しはあったけどよ…」
「なんやかんや、すごい選手達が集まってると思うんだよね。今のサッカー部。」
2人の言葉に我慢が抑えられなくなったのか、追分が両手をあげて大声を出した。
「だぁぁ〜っ!!もうめんどくせぇ…っ!俺だってサッカーをしには行ってるよ…っ!でも、だからこそ…ここでまたサッカーを辞めるのは…嫌なんだよ。」
追分は下を向いてつぶやいた。
「そういうことだな。」
「うん。僕達はサッカーがやりたい。」
そして3人の心が一つになる。
「「「だから参加はしなくて良いか。」」」
その笑顔は彼らにとって、ここ最近で1番清々しいものだった。
ーー
「ねぇなんか…面白いことになってるよ竜胆?」
窓ふちに腕を置き、楽しそうに中庭を眺める衛里。爽やかな風がその髪の毛を揺らした。
「面白くはないんじゃない。」
その隣にて、衛里とは異なり窓に背を向けて小説を読む竜胆の姿があった。相変わらず物事に興味がないようで、静かにメガネを直していた。
「負けたらサッカーやめるって!すごいなあいつ…!なぁ竜胆。」
「なんでそんな賭けみたいなこと…。」
竜胆も少しは興味を持ったようで、チラリと中庭を見た。
「それだけ自信あるんだろうな。そして…」
「サッカー好きなんだろうね。」
衛里が言おうとしたことを竜胆が静かに…そして羨ましそうに呟いた。その姿を見た衛里は笑って口を開く。
「よし決めた!俺はあいつとサッカーをする!」
その言葉に竜胆が強く反応した。
「はぁ…!?馬鹿なことはやめなよ!」
衛里は竜胆の言葉に応えるように、空を仰いで口を開く。
「馬鹿じゃないさ。やっぱり俺もサッカーが好きなんだ。どうせこのままズルズル部活に入らないんなら…ここで1発…!あの面白い奴と一緒に楽しんでおきたいと思ってさ!」
竜胆は呆れて、手で顔を覆った。
「負けたらサッカーできなくなるんだよ?」
竜胆のその忠告に、森里は強い眼差しで答える。
「今のままじゃ…どうせもうサッカーやらないまま終わっちゃうじゃん。」
その言葉に、竜胆が返せる言葉はなかった。
「だから…見てるだけでも良い…竜胆には見守って欲しいんだ。」
それは衛里の最後の願い。
「俺の…最後のサッカーをさ。」
そして気が抜けたようにへにゃっと笑って続ける。
「ま、気が向いたら竜胆も来いよな。」
そんなふざけた衛里の様子に、何も変わらないなと呆れた様子で顔を覆う竜胆であった。




