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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
9/110

9 格闘家?

地区トレセンに合格した俺に次に待っていたのは県代表トレセンだ。会場は富山県の総合運動公園。地元のJリーグチームの本拠地にもなっている芝生のグラウンドで練習が行われる。そしてそのトレセンに進めるのは数ある地区トレから選ばれた選手のみ。それもキャプテンやエースを張っていて初めて選ばれる。


そして何より重要なのは地区トレのコーチからの推薦が必要だと言う点だ。それを意識して俺は日々の練習に打ち込んでいた。


そんなある日、俺は地区トレセンの練習中渡辺コーチに呼び出された。


「おう巡!やっぱお前も呼ばれたか!」


「夏波。」


グラウンドの端、そこには俺と夏波。そしてバインダーファイルを持った渡辺コーチが立っていた。コーチは俺がきたのを確認すると口を開く。


「ごめんね練習中に。実は君たちを県代表のトレセンに招待したいんだ。」


俺はその言葉を聞いて理解する。つまり俺たちの地区トレセンからは、俺と夏波だけが県代表まで上がれるということだ。


「実は今年、県代表トレセンも僕が請け負うことになっててね。もう少し多く連れて行きたかったんだけど、なにぶん他の地区にもすごい選手がたくさんいてね。」


夏波はコーチの方を向いて口を開く。


「今年は渡辺コーチが監督なんですか?どこまで?県トレ?」


渡辺コーチが頭をかきながら答える。


「なんと奇跡的に北信越まで僕が指導することになってるんだ。上の人たちが実績のない僕に色々任せてくれてね。」


「すげぇ〜!じゃあ今年も絶対北信越まで行かないとな!な!?巡!」


そう言って俺の方に向き直り、拳を差し出してくる夏波。俺は笑ってその拳に自分の拳をぶつけながら「あぁ。」と返事をした。


「練習は来週の月曜日からね。場所は県総合運動公園。まずは選考会だから白色のウェアを着てくるんだよ。」


夏波は渡辺コーチの言葉に、ビシッと敬礼をして笑い、「わっかりました〜!」と大きな声で言った。俺も「わかりました」と返事を返す。


「それじゃあ2人とも練習に戻ろうか。」


「「はい!」」


俺たちは返事をしてその日の練習に戻った。



1週間が過ぎ、県トレセン当日。俺は10時からの選考会に間に合うように9時に家を出て総合運動公園までランニングで向かっていた。県総合運動公園略して『県総』までの道のりは、毎日多くの人が走っているいわゆる有名なランニングコースで、俺もそれに倣って走る。


しばらく走ったところでスタジアムの電光掲示板が見えて来る。


「少し早く着き過ぎたかな。」


俺は時計を見ながら一言呟く。時刻は9時30分。まぁ大事な選考会に対するやる気の表れと受け取ってもらえるかもしれないし、特に問題はないだろう。


「入口は…。」


スタジアムと同時に大型の公園や、屋根付きの室内グラウンドなど総合と名のつくとおり様々な施設が混在している。だからこそ会場がどこか分からず彷徨うことになる。


「ふざけんな…!」


入口を探して彷徨っていると、近くで大きな声が聞こえてきた。それに「ふざけるな」という穏やかでない内容。俺は少しの好奇心と正義感でその場所へと足を運ぶ。


「あれって…。」


声がした方向へ走っていくと、そこには見慣れたショートカットの女の子が、ジャージを着た男子達に囲まれていた。


「夏波…?」


夏波の正面には身長の高い男子が2人。その周りに7人ほどの男子が夏波を囲むように立っていた。明らかに異質な状況。俺は事情を確認するために近づく。


「何言ってんだ?事実だろ?お前は結局去年、ナショトレまで上がれてない。」


「それはお前達が…!」


「はっ?言いがかりだろ?自分の失敗を人のせいにすんじゃねぇよ。」


必死に言い返す夏波。男子達は嘲笑を浮かべながら夏波の言葉に言い返していた。


「言いがかりじゃない!お前達が…!」


「なんだよ?気にしなければよかっただろ?」


「気にするなってそんな…!」


何があったのか分からないが、このままでは夏波の手がでそうだ。選考会の前に暴力沙汰になるようなことは避けたい。


「それが嫌なら…女子サッカーにいけばいいじゃねぇか!」


その言葉を聞いた瞬間、夏波の表情が変わる。言い返す言葉を探す前に強く拳を握る。


「お前達に何がわかるっ!?」


夏波が拳を振りかざす。その瞬間、俺は正面に立っていた男子の前に手のひらを広げて、夏波の拳を受け止める。


「…!?巡!?」


俺はそのまま夏波を羽交締めにしてその場からの撤退を試みる。周りを囲んでいた男子達も何が起こっているのかわからないと言う表情をして動けずにいた。


「な、巡…!?何してんだよ!?」


夏波は少し顔を赤くしながら暴れる。それでもやはり筋力は女子のそれ。サッカーをやっていると言っても、そこまで強くはない。


「何があったか知らんけど、暴力はダメだ。」


俺は淡々と答えて男子達の輪から夏波を引っ張り出す。


「ちょ、わ、わかった!わかったから離せっ!」


「本当に?」


暴れる夏波は必死にそう言って俺の腕から離れようとする。しかし俺はその力を弱めない。


「本当だって…!早く離せって!」


「いや、夏波完全に頭に血が上ってたし、ここで離したらまた殴りにいくんじゃ…?」


暴れる夏波を抑えたまま俺は男子達からどんどん離れる。しばらくすると夏波は諦めたようにふっと力を抜いて顔を両手で覆う。


「行かないから…!だから…」


夏波が我慢しかねたように大きな声で叫ぶ。


「恥ずかしいから離せって言ってんだーっ!この馬鹿ーっ!!」


そう言いながら夏波は無理矢理に俺の拘束から逃れた。鍛冶場の馬鹿力とか言うやつだろうか。いや、今鍛冶場でもなんでもないか。


「馬鹿って、俺は助けようとしてやったんだぞ?」


拘束から逃れた夏波は真っ赤な顔をして俺の方を見る。


「お前は本当に…!僕は一応女子だぞ!抱きつくとか何考えて…!」


夏波がそこまで言ったところで、先ほど夏波を囲んでいた男子達がこちらに歩いて近づいてきた。


「なんだよ小岩井。お前そんな変態みたいなやつと友達なのか?それとも…県トレに彼氏でも連れてきたって言うのかよ?」


煽るようなその口調。たしかに夏波が頭にくるのも頷ける。そして先ほど殴らないと言っていたにも関わらずやはり夏波は拳を握りしめて力込めている。


「おいおい…なんか言えよ?」


ニヤニヤしながら近づいてくる先ほどの男子。俺は今にも殴り出しそうな夏波の前に出て、夏波の視界にその男子が入らないように遮る。


「なんだよお前?」


先ほどまでニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた男子達の顔は俺を見て単純な怒りに変わる。


「君たち県トレの選考会に来た人たち?」


「あぁ?お前俺の事しらねぇのか?去年、北信越までいってんだぜ?『葛西』って聞いたらわかるかよ?」


あいにく俺は小学生でトレセンに参加したのが初めてだからそこらへんの事情は知らない。


「まぁ知らないけど。とりあえずサッカーをしに来たんでしょ?俺も早くボール蹴りたいし、入口教えてよ。県総に来るのは久しぶりなんだ。」


そう言って元来た道に戻ろうとする俺の腕をガッと葛西が掴んだ。


「どこいくんだよ。話は終わってないぞ?」


「?何?俺と友達にでもなりたいのか?」


俺の言葉に不快感を募らせる葛西。


「ふざけんな。俺はお前がそいつのなんなのかって聞いてんだよ。」


言いながら葛西は夏波を指差した。俺はそれを確認してからふふっと少し笑いながら答える。


「あーそういうこと?残念ながら1番の友達は夏波だから、葛西君は2番目でいい?」


「あぁ?友達だぁ?お前も県トレ受けに来てんだろ?悔しくねぇのかよ、女だからって選ばれてんだよこいつは!」


葛西は相手を煽って暴力を待ってたくせに、血が昇るとすぐに俺の胸ぐらを掴んできた。


「あははは…!女だから?本気でそう思ってんの?」


俺はその行動に笑って言い返す。毎日鍛えてる体だ。少し殴られても支障はないだろうと、俺はさらに言葉を並べる。


「もしかして葛西君って…変わってる?…もし女の子だからって合格にさせてたとして…去年のコーチは同じように君のことも選んでるんだろ?君はそんなコーチに選ばれてサッカーやってたわけ?」


「なんだとテメェ…!?」


「おっとやめた方がいい。」


あっぶねぇ…。もうすぐで殴られるところだった。大丈夫かもしれないけど、痛いのはやっぱ嫌だしここは穏便に済ませる方向に切り替えよう。


「見たところ監視カメラがあそこにあるだろ?君はあれに移った時点でもうアウト…レッドカード1発退場だ。だからこれくらいにしとくのがいいよ。」


「…くそがっ…!!…もうそろ時間だ!お前らいくぞ!」


葛西は掴んだ俺の服をバッと投げ捨てるように離し、周りのメンバーを連れて歩いて去っていく。俺と夏波はその場に取り残される。


「面白い子だね。葛西君。」


俺が冗談でそう言うと、夏波は何も言わずに俺のジャージの袖を右手で握った。その手は小刻みに震えていた。


「俺たちも行こうか。そろそろ時間だし。入口教えてもらっていい?」


「うん。」


俺は夏波が教えてくれた方向に足を進める。夏波は俺の服の袖を握ったままだったが、今は放っておいてやろうと思う。


「で?何があったの。大方予想はできてるけど。」


あの感じだと、女子の夏波がトレセンに来ていることをよしとしない葛西達に絡まれたという流れであろう。


「葛西は…去年も僕と同じで北信越トレセンまでいったんだ。隣の地区トレの選手で、去年もああやって僕に突っかかってきた。」


「へぇ。格闘家?」


俺の冗談を聞いて、夏波は少し笑う。


「あんなのでも一応サッカーやってるんだよ。それも意外とうまい。ムカつくよな?」


あれでって言われてるぞ葛西。


「まぁある意味、女子トレセンに行けって言われちゃうとその通りなんだけど。」


「そういえばそうだな。女子のトレセンもあるのか一応。なんでわざわざこっちに…って言ってもレベルの違いか。」


俺の言葉を聞いて夏波は「うん。」と頷く。


「なんか女子トレセンの監督と、こっちの監督が話し合ってくれて、さらにレベルアップするために男子トレセンでって言ってくれたんだ。」


「それでこっちに来たんだな。」


「まぁそれだけじゃないけど、だいたいそんな感じ。」


いつのまにか夏波は握っていた俺の袖を離し、いつもみたいに意気揚々と話していた。


「あぁ〜…僕も男子に生まれたかったなぁ…。そしたら誰からも気にされずに自由にサッカーできるのに。」


夢を語るみたいに夏波は小さくそうこぼした。その瞳はどこか寂しそうで、きっとこれは俺が解決できるような単純な問題ではないのだと悟る。


「俺は気にしてないぞ?むしろ男子だと思って接してる。てか男子だろ夏波。」


「巡は気にしなさすぎだ!っていうか男子じゃないし!」


そんな風になんとか崩れかけた夏波のメンタルをなんとか整えながら歩いていると、選考会の入り口らしき問が見えてきた。大きな白い看板が立っている。


「あれだな。やっとボール触れる…。」


俺は夏波を置いて走り出す。さっきからボールが蹴りたくて蹴りたくてうずうずしてたんだ。


「あ、ちょっと待て!巡〜!」


そんな風に声を出しながら、夏波は俺の後ろを追いかけてきた。


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