79 支配されたサッカー部
堅苦しい入学式が幕を開けた。入場後、校長の言葉を賜り、プログラムは新入生代表の挨拶へ。
『新入生代表、宝院 秋音。』
「はい!」
いやお前かーい。
まぁお嬢様だし、勉学に才があるのは解釈的に違わないんだけどさ…。
秋音は立ち上がると、新入生が並ぶ椅子の目の前にあるマイクの方まで歩いて向かった。やはりその佇まいには気品があり、見るもの皆を虜にしている様に思えた。
「柔らかな春の風と共に、私たち新入生…」
本来であれば式辞用紙を持ち込むところだが、まさかの全暗記。それに加え、緊張するそぶりも一切ない。そのメンタルの強さはサッカーをする俺にとっても羨ましい限りである。
「以上…新入生代表、宝院 秋音。」
秋音はピンと伸びた背筋のまま、美しいお辞儀をして自分の席に戻る。途中、静かに着席してその様子を見ていた俺の方にウインクをしてきたが無視した。隣の席の数名の男子達が湧き上がっていたが、無視した。
『以上を持ちまして、入学式を終了いたします。』
その後何事もなく入学式が終了し、最後にクラスごとの集合写真を撮ることになった。その際、夏波が密かに俺に話しかけてきた。
「…いてっ…夏波?なんだよ?」
ゴンっと脇腹にエルボー。何やら頬を膨らませていて怒っている様子。先ほどの様に抱きついてこないのはありがたいが、暴力的なのは勘弁してほしい。
「別に…。宝院さん、綺麗だったね。」
不機嫌そうにそんなことを口にする夏波。そう言えばこいつは秋音と面識があるんだよな。覚えてるのだろうか?
「…そうだな。」
「…そうだなぁ…?」
間髪入れずに俺の言葉を復唱する夏波。明らかに怒りのこもった視線を俺に向けてくる。同意しただけなのに…なんで…?
「い、いや、でも…夏波もすごく綺麗になったよな。初めに見た時は夏波だってわからなかった…。」
俺のその言葉に、夏波の動きが止まった。
「なんていうか…女の子らしくなったっていうのか?…なんかキモいな…俺。」
自分で言ってて恥ずかしくなり頬を掻いた。
対する夏波は顔を真っ赤にしており、ゆっくりと言葉を並べた。
「べ、別に…キモくなんてないよ。私は…うん。そう言われて嬉しいし…。そう言ってほしくて変わったっていうか…。」
夏波の声はだんだん小さくなっていって、最後の方は全然聞きとれなかった。これって俺の耳がおかしいのか?今度耳鼻科に行っておこう。
「そ、それに…!巡も、なんていうか…その、か…かっ…」
なんとか言葉を搾り出そうとする夏波。
「かっこよく…」
「はーい、みなさん集合してください!」
夏波の言葉は途中で遮られ、どうやら俺たちの集合写真を撮る時間が来た様だ。
「ごめん夏波、またあとで。」
「…う、うん…。」
どこか寂しそうな様子の夏波を尻目に、俺は集合写真における自分のポジションへと移動した。
「いて…いて…痛いって…」
道中、数人の男子達から脛を蹴られるというほぼイジメの様な仕打ちを受けたが、そんなことで傷つく様な柔な鍛え方はしていない。
…違うな、問題はそこじゃななかったな…。
「はい、それじゃあ写真も撮れましたので、みなさん教室にお戻りください。」
カメラマンがそういうと、みんな一斉にその力を抜いた。格式張った場所での立ち居振る舞いは誰でも緊張するものである。
ーー
翌日の放課後、早速部活動勧誘が始まっており、学校の前にはたくさんの生徒達が新入生を勧誘していた。
「サッカー部は…」
目的のサッカー部を探すも、どこにも見つからない。それなりの強豪だから勧誘しなくても生徒が入部してくると踏んでいるのだろうか?
「えぇ〜!めっちゃ可愛い!」
「本当にうち入ってくれるの!?」
歩いていると、傍からそんな声が聞こえてきた。その方向に視線を向けると、そこには女子サッカー部の勧誘が行われていた。
「夏波。」
そして勧誘…というか入部を決めたのは夏波の様だった。もしかしたら…と思ったが、やはり県内でも珍しい女子サッカー部がある…という点でこの中学校を選んだのだろう。
「あ、巡!こ、この子もめっちゃサッカー上手いんですよ!昔一緒のチームで!」
突如腕を掴まれて引き寄せられる俺。
「確かに上手そう…!」
「その顔…絶対中盤だね?」
突如女子の先輩方に囲まれ、正直居た堪れない俺。早く男子サッカー部を見つけたいところだが…。
「あの…男子サッカー部って…」
俺がそう口にした瞬間、女子サッカー部の先輩方の表情がわずかに曇る。何かまずいことを言ってしまったのだろうか?
「え、えーと…男子サッカー部はね…」
「うん、あるにはあるんだけど…」
「ほぼ壊滅状態っていうか…魔王に支配されてるっていうか…」
なんだかハッキリしない。
「…えぇと、何かあったんですか?」
俺の質問に、先輩方が意を決して口を開いた。
「実はね…今の男子サッカー部、3年生の不良の先輩に支配されちゃってるんだよね…。」
3年生の…不良の先輩…?
俺は久しぶりに耳にした不良…という言葉に耳を疑った。
「支配って…一体?」
「前までは強かったんだよ?うちもそれなりに。でも、今は『毒島』先輩っていう不良の3年生が仕切ってて…」
「顧問の先生も呆れて練習こなくなっちゃってね…。2年生もみんな辞めちゃって。」
「でもま…仕方ないよあれは。酷かったもん。」
話に聞くところによると…暴力は当たり前。少しでもミスをすれば殴られ蹴られ、暴言を吐かれる。さらに、毒島のミスに何かを言った生徒は半殺しにされるらしい。皆その重圧の中サッカーをしたくはなかったみたいだ。
「それだけならまだしも…相手チームの選手にまで暴力を振るっちゃってねぇ…。」
「それで顧問の先生も呆れて…もう崩壊状態。」
なるほど…。絶望的な状況だということがわかった。部活がなければ作ればいい…と考えていたけど、ある状態で崩壊しているとなると、変に部活を立ち上げたら目をつけられかねない。
「そうですか…。」
落ち込む俺の肩に手を置く先輩。
「でも大丈夫!うちにマネージャーとして入りなよ!」
その言葉に他2人の先輩方も賛同した。
「それアリ!練習できるし、なんならクラブチームとかに入りながらでもOK!」
「上手いのなら尚更ね!私たちの練習にもなるし!」
やっぱりクラブチームに入るべきだったか…と後悔する俺。しかし、ここであきらめてはならない。
「いえ…サッカー、本気でやりたいんで。」
俺は静かにそう呟いた。そこに闘志を感じたのか、先輩方は静かになってしまった。
「よければ、部室の場所だけでも教えていただけませんか?」
俺はサッカー部の場所を聞き出し、その場を去った。残された女子サッカー部の先輩方は、夏波を交えて会話をする。
「すごいね…なんか、本気度が違うって感じ。」
「はい。巡…彼は本気でサッカーが好きなんです。昔から一緒にプレイしてるのでわかります。」
夏波のその言葉に対し、ジーっと夏波を見る3人の先輩。
「え、これって…。」
「うん、絶対そう。」
何やら頷きあう3人。
「な、なんですか…?」
数秒の間が空いて…
「「「好きなの…?」」」
3人の声が重なり合い、美しい調を奏でた。そして夏波は顔を真っ赤にして口をつぐむ。
「ち、違います…っ!」
女子サッカー部に入った夏波は、しばらくこの話で『いじられキャラ』として馴染んでいくことになるのであった。




