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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
8/110

8 気が散る

「受かった…っ!?」


1週間後の月曜日、俺は同じサッカークラブに所属している『亀梨』とトレセンについて話していた。と、いうよりあちらがその話題を嫌味ったらしくふっかけてきただけだが…。


「うん。日曜日にコーチ直々に電話があったんだ。とりあえず地区トレでプレイしてみてほしいって。」


「う、嘘だろ…?だってお前、練習じゃ全然…」


「なんだよ亀梨、何驚いてんだ?」


亀梨の肩にガッと腕をかけて後ろから話に入ってくる藤原。亀梨は俺がトレセンに合格したことを藤原に話す。藤原は一切サッカーをやっていないためわかりやすく噛み砕いて話していた。


「…は?偶然に決まってんだろ。だってこいつ俺より足遅いんだぜ?バスケもドッジボールも弱いしよ。」


たしかに体育では怪我を恐れて5割程度の筋力で走っているから藤原より遅いというのは事実だ。クラブでの練習で手を抜いていたつもりはないが、できるだけダイレクトで目立たないプレイを心がけていた。


「偶然で受かるか…?」


「何だよお前ら朝から。」


その2人の肩に腕をかけ、総大将の猪山が現れた。またも亀梨が俺がトレセンに合格したことについて猪山に説明する。


「へぇ…お前がな。」


珍しく、嘘だと馬鹿にしてくることはなかった。


「は?猪山信じてんのか?偶然かもしくは嘘だろ。」


藤原はそう笑って口にする。しかし、猪山は藤原に対して面と向かって口を開いた。


「スポーツの世界に偶然ってのはないだよ。って俺の野球チームの監督はよく言ってる。」


そうか。確か猪山はうちの小学校の少年野球チームに所属していた。運動神経は小学5年生にしては抜群。そして大きな体から繰り出されるピッチングは一目置かれているらしい。


「だから、偶然で受かるほど選抜は甘くないんだ。」


いいこと言うじゃん猪山。そういえばこいつも野球で選抜に選ばれていたと聞いたことがある。スポーツに対する苦労を知ってるんだろうな。こういうところはいい奴なんだけどな。


「それはそれとしてだ。やっぱそのスカしか顔が気にいらねぇよ。」


ドンっと机に右手を叩きつけてくる。


なにぶんこういうところがなー。


「俺も、お前の暑苦しい顔面が気に入らないな。」


「んだと…っ!?」


猪山が俺の胸ぐらを掴もうとしたところで、委員長が止めに入る。


「ちょっと辞めなさい男子!毎朝ほんとにうるさい!」


やはりその効力は敵面で、あんなに大きかった猪山の図体が一瞬にして縮こまるのが見てわかった。


「お前の方が…うっさいだろ。」


「え?なんか言った?」


ぼそっとつぶやいた猪山の言葉は委員長にもれなく届いてしまっていたようで、鬼の形相で睨まれる猪山。


「な、何でもねぇよ!」


その眼光に恐れをなしたのか、猪山は自分の席へと戻っていった。さすがは委員長…というか陽射の力か?


「はぁ…毎朝本当に懲りないんだから。仁界君も何か言ったらどうなの?一方的にやられっぱなしで悔しくないの?」


猪山が自分の席へ戻ってしまったため、委員長の叱咤の矛先はぐるりと俺の方を向いた。


「別に。」


「別にって何?私の話ちゃんと聞いてる?やり返さないと、あいつらずっと仁界君に突っかかってくるよ!?いいの…ってどこ行くの!?まだ話の途中…」


「ちょっと顔洗ってくるよ。眠いんだ。」


俺は委員長からの面倒臭い説教を避けるために立ち上がった。ちなみに眠いというのも嘘だ。俺は今回の人生において何よりも睡眠を大切にしている。体を作るために必要だからだ。毎日きっかり7時間半の睡眠時間をとっている。


「あ、ちょっと!」


まだ話は終わっていない…!とかなんとかプンスカプリプリ怒ってる委員長を尻目に僕は水道がある廊下を目指して歩き出した。


もうすぐ朝のホームルームが始まる。その10分前のこの時間は、皆が登校しきっており廊下やトイレには人が少ない。あまりちょっかいをかけられたくない時、俺はここで窓から吹く風に当たっている。


「ねぇ。」


しかし、今日はこの場所を俺の貸切にはできなかったようだ。かけられた声に対してゆっくりと振り向いた。


「陽射。」


なんだかこんな会話を以前にもしたことがあるような気がする。デジャブというやつだろうか。陽射は壁に体重を預け、こちらを見ずに声だけを出して会話を求めてきた。


「さっきは猪山君達と何の話をしてたの?」


何の話…。

俺がトレセンに受かったこと…を1から説明するのはどうにも面倒臭い。それに自慢しているようでなんだか気分が乗らない。だから適当な冗談でその場を凌ぐ。


「大丈夫だ。あいつは今日も変わらずお前のことが好きだそうだ。」


そう答えると、陽射は少し目をつり上げて視線だけをこちらに向けてくる。気に入らないという顔だ。


「そんなことは知ってる。それにどうでもいい。私が言ってるのはトレセンとかなんとかいう話。」


淡々と既知の事実であるということを告げてくる陽射。まさしく魔性の女である。ってかどうでもいいって可哀想だから言ってやるなよ。

そして面倒なことに地獄耳も標準装備なようで。いや、あれは亀梨の声が大きかっただけか。


「何も面白い話じゃないよ。」


俺は窓のほうに向き直り、吹き付ける風を額で受ける。トレセンの熱を帯びた体で受ける夜の風とはまた違う気持ちの良さがある。


「あーもう面倒臭い!いいから話してよ!聞きたいの!仁界君の話が!」


先ほどまで冷静だった陽射が今は眉間に皺を寄せて俺の方に向き直っている。そして力強く言い放ったその言葉に俺は少しびっくりした。しかし、力強い言動とは裏腹に、陽射の顔は恥ずかしそうに赤色に染まっていく。まぁ一応大人ってことになってるしな。


「大した話じゃないんだよ。本当に。僕がトレセンっていうサッカーの選抜チームに合格したって話。」


「サッカー?サッカーってあの…野蛮なスポーツの…?」


…一体どこで野蛮なんて言葉覚えてきたんだ。

俺は呆れながら頷いた。


「ほらつまんないでしょ?陽射はサッカー知らないだろうし、俺も合格したことを自慢するみたいで気が引けたんだ。」


「へぇ…仁界君てサッカーやってたんだ。」


俺の言葉に頷きながら相槌を打つ陽射。


「選抜チームってことは…それなりにうまいんだ?」


「うんまぁ…自慢じゃないけど、それなりにはね。」


陽射は俺のその答えを聞くなり、何かを考え込むように顎に手を当てた。そしてうんうんと小さく頷く。


「今度、練習見にいってもいい…!?」


「それは恥ずかしいな…。」


嬉々として訪ねてくる陽射の提案を、俺は人差し指で頬をかきながらやんわりと却下する。


「えー…いいじゃん。可愛い私に応援されてた方がやる気出るでしょ?」


「いや、どちらかというと気が散る。」


「ひどい!」


ぷんぷん口を膨らませる陽射のその姿は、感情とは裏腹に非常に愛らしい。


「でもまぁ…陽射が来てくれたら、他のみんなは喜ぶだろうな。」


「なんで?」


さっきまで自分で言っていたじゃないか。と、俺は馬鹿を見るような視線を陽射に送る。


「だって…可愛いからな。陽射は。」


「へ…?」


俺の言葉に、ポカンとした表情を浮かべる陽射。俺が放った言葉をなぞるように復唱する。


「可愛い…?」


「うん。」


「誰が?」


「陽射が。」


「私が…!?」


だから、さっき自分で言っていたじゃないか。

俺が頭の中でそんなことを考えていると、陽射の顔が次第に真っ赤に染まっていく。そしてついには教室の方へ走り去っていく。


「…?なんだったんだ…?」


しかし、俺が疑問を抱く頃にはもう一度同じ場所に戻ってきており、なぜかものすごく息切れしている。俺は窓の外に向けた視線をもう一度陽射に向ける。


「はぁ…はぁ…。ねぇ…。」


忙しない子だな…。

またさっきの会話を繰り返す気か?


「陽射…。大丈夫か…?」


俺は一応彼女の名前を呼んだ。

どうして息切れしているのかはわからないが、もしかしたら切羽詰まっているのかもしれないし、何かあれば手伝おうと思っていた。


「仁界君も…?」


「え?」


俺は質問の意味がわからずもう一度聞き返す。


「だから…仁界君も喜ぶの!?私が練習に来たら!」


「いや、気が散る。」


「ひどい!」


俺はふふっと笑いながら答える。たしかにひどいかもしれないな。自分で可愛いって言っておきながら気が散るって。でも陽射を揶揄うのがどうにも楽しくて癖になってきている気がする。


「…知らないからね。」


肩で息をする陽射の姿が妙に面白くって、俺はずっと笑っており、陽射の話をよく聞いていなかった。


「私が来て…試合どころじゃなくなっても知らないからね!」


陽射はそれだけ力強く告げると、教室に向かって走り去っていった。しばらく待ってみたが戻ってこないところを見ると、今回は本当にちゃんと教室に戻ったようだ。


「試合どころじゃない…ね。」


誰がみていたとしても、本当は気なんて散らない。でも、本当に陽射が練習を見に来た時は驚いた顔くらいはしてやろうと思う。


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