74 卒業の日
桜が舞い、新しい風が校舎に吹き込む春。様々な思いを胸に、6年間過ごしてきた校舎と別れを告げる日がやってきた。
「みんな、今日まで…本当に…」
肩を揺らして涙を浮かべる先生。綺麗な袴に身を包み、手には卒業生達の名前が記された名簿をもつ。
「皆さん、涙はグッと堪えて最後の1日…全力で取り組みましょう…!」
先生からの熱い言葉が生徒達に届く。とはいえ、この時点で涙を流しているのは先生ただ1人なのだが。
「それじゃあ、卒業式まであと30分。同じクラスの仲間、そして同じ卒業生のみんなと、最後の交流をしてください!」
以前の人生ではこの学校を卒業したのだが、こんな時間があったことは記憶にない。まぁ友達もそこまで多くなかったし、印象が薄かったのだろう。
「30分か。」
俺は静かに呟いて窓の外を眺めた。
ほとんどの時間をサッカーのために費やしてきた俺が、この学校で積み上げてきた思い出を頭に浮かべようとしても、そこまで多くの記憶はない。しかし、確かに俺はこの学校で6年間…間違いなく個性的でありつつも素晴らしい仲間達と日々を過ごしてきた。それを振り返るには、俺ですら30分では物足りない。ましてや他の生徒達なら尚更不足だろう。
「ありがとうね…!中学でも頑張ってね!」
「うん、こちらこそ…!」
中学から私立の名門校に行く生徒がちらほらいるため、中学で離れ離れになる生徒も少なくない。スマホを持たない小学生にはどうしようとも心以外でつながる手立てはないのである。
「ひ、陽射!お、俺…!」
「お前のことが…」
「好きなんだ…!」
「「俺も…!」」
クラスのほとんどの男子が向かった先は、やはり陽射の元。卒業という節目に当たって砕けろ…と考える生徒が多くいるようだ。よく見ると他クラスの生徒も混ざっている。
「どけお前ら…!」
そんな男達を跳ね除け、陽射の目の前に躍り出るのは、ガキ大将の猪山である。最後の最後まで諦めないその心に敬礼。
「陽射。俺は真剣なんだ…!頼む…俺と!」
いつもは恥ずかしくてツンツンしている猪山も、今度こそは本気のようだ。しかし、春風の答えは残酷。
「ごめんみんな。私、誰とも付き合う気はないから。」
いつもは小悪魔的な笑みで誤魔化したり、冗談ぽく笑って茶化したりする春風だが、今回はやけに真剣な眼差しで断っていた。一つの節目だ。自分のためにも猪山や他の男子生徒のためにも、ハッキリと断ることが正解だと悟ったのだろう。
「モテモテだね春風。」
注目を浴びる春風を尻目に、俺の肩に誰かの腕が乗る感覚が現れる。この学校で俺にこんなことをするのはただ1人。
「神谷。お前がそれを言うのは嫌味になるんじゃないか?」
俺が唯一この学校で友人と呼べる生徒。足が早く、サッカーも上手い。そしてイケメンという全てを持つ完璧超人である。そして、先日最後の試合を共に迎えた、『べセリア』という少年サッカークラブのチームメイトでもある。
「いやいや巡。君も密かに女子から人気があるそうだぞ?春風が焦っていたよ。」
俺が女子から?バカいえ。っていうかなんで春風が焦るんだよ。こいつは出会った時からたまに変なことを言うんだよな。
「冗談言ってないで、待ってる女子がたくさんいるんじゃないのか?早く断ってこいよ。」
神谷が隣にいると、どうも目立ってしまう。正直早くどこかへ行ってほしい。
「大体終わらせたよ。巡はひどいな。そんな簡単に断るとか…あれ、結構心が痛むんだぜ?」
「知らん。」
バッサリと神谷を一刀両断。神谷はサッカー部の強い中学に行くため、俺とは違う進学先になる。だが、中学でサッカーをする以上間違いなくどこかで試合をすることになるだろう。そして間違いなく…同世代では手のつけられないくらい厄介な相手になるだろうな。
「巡は…九頭中学行くんだろ?なんでサッカー部が強い中学に行かないんだ?」
俺は春風に話していた通り、小学校と同じ地区にある中学校に入学する。神谷の言う通り、サッカー部は神谷の通う学校ほど強くはない。でも、決して弱いわけではないのだ。
「強いさ。一応、市で4位だからな?」
「巡がいく学校にしては…弱いだろう?」
わかっていて傷口を抉ってくるみたいに俺に質問を投げかける神谷。
「…ま、意外と荒唐無稽なドリーマーだったってことだな。現実主義っぽい巡も。」
俺は神谷に以前話していた。漫画のように、弱小校が強豪校を打ち倒して優勝するシチュエーションに憧れているんだと。きっと神谷はそれを思い出したのだろう。
「っと、そろそろ30分だ。」
神谷は俺の肩から腕を持ち上げ、自分のクラスへと戻る。
「でもまぁ、本当に感謝してる。お前がいなかったら、俺はもうサッカーをしてなかった。ありがとな。」
最後の最後に真剣な眼差しでそう口にする神谷。まだ気にしていたのか。
「おう。サッカー辞めるなよ。」
俺の言葉に対し、腕を上げて返事をする神谷。そのまま教室の外へと出ていった。
「さて。」
しばらく神谷と話している間に、春風の元に集まっていた男子達がはけていた。そしてなぜかこちらを睨みつけるようにみてくる春風。最後に一言挨拶…してやればよかったかな。まぁでも春風は同じ中学に入学するためこれが最後ってわけじゃないんだけどな。俺は軽く手を振っておいた。
「それじゃあみんな…大丈夫…?涙…一旦止めてね…!」
先生が戻ってきて、泣きながらそんなことを口にする。しかし、やはりこの時点で泣いているのは先生のみ。
「…それじゃあ行こっか。廊下に整列!」
先生の最後の「廊下に整列」が教室に響く。いつもはふざけて適当に並ぶ生徒達も、今回ばかりは素早く先生の後方に並んだ。
最後の舞台、緊張や名残惜しさ…巣立ちの喜びなど、様々な感情が入り混じった卒業式が、そっと幕を開けるのだった。
ーー
卒業式は全校生徒が体育館に集められて行われる。何度もリハーサルをしており、流れ等は皆頭に入っているはずだ。そして卒業の歌も。
「これで最後だね。この体育館も。」
1つ後ろに並ぶ春風が静かに声をかけてきた。
「そうだな。」
体育や、様々な行事で使われている体育館。幾度となくここで集まり、様々なスポーツや式典を行ってきた。今その思い出が込み上げてきているのだろう。
「楽しかったな。みんなでたくさん遊んだ。巡君はいなかったけど。」
「昼休みも運動してたもんな。」
俺を除いたほとんど生徒が、昼休みにドッジボールやバスケなど、様々な競技を楽しんでいたようだ。俺はその時間、教室で筋トレをしていた。
「サッカーもしてたんだよ?まぁ、巡君達からしたらサッカーなんて呼べるものじゃないかもしれないんだけど。」
「サッカーさ。人が楽しんで皆でボールを蹴り合っていれば、それはもうサッカーだ。」
俺がそう言ったところで、校長挨拶が始まった。春風はどこか嬉しそうに微笑んで、卒業式へ向けて心をあらためているようだった。
送辞、答辞、在校生の歌と卒業生の歌。それらを経てつつがなく卒業式は終了した。
これくらいになると、卒業生の中で何人か泣いている者もチラホラ。保護者席を見ると多くの親御さんが涙していた。
「…忘れねぇ。」
猪山が小さくそう呟いて必死に涙を堪えている。やはりこいつにとってもここは思い出の校舎なのだろう。俺も少しは泣いておいたほうがいいのだろうか。
『卒業生…退場。』
すべてのプログラムを終えて、残すは退場するのみ。それぞれの教室に戻って、本当に最後の会を迎える。
「巡君、後でお話しできない?」
列になり、体育館を出たところで春風が話しかけてきた。
「…わかった。」
いつもなら何かと理由をつけて断るところなのだが、仕方がない。今回ばかりは春風のわがままを聞いてあげようじゃないか。
「え?いいの?」
珍しく俺が了承したためか、春風が少し動揺している。
はー怖。何言われるんだろ。というか、言葉で済むのだろうか。今まで散々いじり倒してきた報いに殴られたり?…こんなことなら顔面も鍛えておけばよかった。
「ねぇあの人何してるんだろう?」
退場して教室へ向かう途中、1人の生徒がつぶやいた。俺がその方向を見ると、黒い服に身を包んだ大人が1人。いわゆる校舎裏…と言える場所へ入っていく姿が見えた。
「え?どうしたの?何かいた?」
隣の子が問いかけるも、何かの見間違いだろうと考えたのか、その後は「なんでもない」と首を振った。
「…。」
俺はその校舎裏をじっと見つめる。おそらくタバコでも吸いに行ったのだろう。小学校の校内は本来吸っては行けないが、裏ならバレないと考えたのか。
「本当に悪いんだけど、私の約束が終わるまで少し待っていてくれない…?」
私の約束…とはおそらく、春風を狙う男子生徒達のことだろう。きっと列になるほどたくさんの人が告白しにくる。卒業式前と後の2部構成ということだ。
「…それは嫌だな。」
「えー!…なんで…!」
春風は律儀にすべての男子の告白を聴こうとしている。どうせ断るつもりならば、初めから無視すればいいものを。
「時間は有限だ。俺は待つのが超嫌い。それに、今じゃなくてもいいんじゃない?中学同じなんだし。」
「そ、そうだけどさぁ…。」
困ったように頭を抱える春風。
「わかった…。」
覚悟を決めたように頭を上げる。
「巡君が1番初めでいい…!」
「でいい…?」
俺は嫌味ったらしく口にした。どうせ殴られるのならこっぴどくコテンパンにやられてやろう。ボルテージを上げておいてやる。
「…が・い・い!!…これでいいんでしょ!」
これは相当イライラしているぞ。どぎついのが飛んできそうだ。
「あの桜の木下!終わったらすぐ!以上!」
春風はそれだけ告げると、ちょうど教室に着いたタイミングと重なり、すぐさま自分の席へと戻っていった。
「ふぅ…。」
そして俺も席に座る。最後の一仕事を前にして、覚悟を決めるとしよう。俺はいつも通りのスタイルで窓の外を眺める。この席から見る最後の景色も楽しんでおかないとな。
「ふふ…。」
俺は自分で作り出した状況に笑ってしまう。
大量の男子生徒が告白に並ぶ中、その対象となる人物が最優先で俺を殴りにくる。中々に面白いシチュエーション。小説でも書けるんじゃないか?
しかしこの時、俺はまだこれから起こる大惨事を知る由もなかった。




