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リ・ボール  作者: よもや
2章 海外遠征編
75/110

70 未知

試合再開から防戦一方。日本代表は5分間でおよそ5本のシュートを打たれてしまう。


「なんなんだこいつら!動き早くなってるぞ…!」


ストロボタッチがさらに加速する。加えて、シルヴァンの味方を操る特殊なパスがその動きを補助する。


「…疲労…?いや、確実に速度が上がってる。」


俺はアンカーに近い位置に陣取り、中央から直接スペースを使われるのを防いでいた。後半戦から導入された中央を空ける作戦の要を担うことになる。


「仁界。お前はすげぇよ。」


ストロボタッチの指揮者、エネミが話しかけてきた。


「でもな…ここは俺たちのフィールドだ。」


同時に走り出すエネミ。素早く右サイドバックから渡されたボールを左サイドバックへダイレクトでつないだ。一本で通せるパスをあえて俺の近くを経由する。おそらく徹底してロングパスを禁止しているのだろう。


「このフィールドの…王は俺だ…!」


シルヴァンから受け継いだその王座に座し、遺憾無くその指揮で軍を動かすエネミ。俺は必死にボールを追ってディフェンスに戻るも、追いつけない。


「届かない…。」


そしてシルヴァンという最高の剣を見つけたエネミは、その補助を借りてある種の局地へと到達する。


「ダメだ…!追いつけねぇ…!」


日本の選手たちも圧倒的な速さのパス回しに至極翻弄されていた。


「なんなんだこいつら…!?」


しかし、驚くべきはそのボールの動きではなく、選手たちの動きだった。ボールを持っていない瞬間も、次にボールを受けるための位置へ、最適なスピードと間を開けて動き出す。ボールを受け取ったらワンタッチで次の選手に繋ぐ。


「これじゃあ…ディフェンスに向かっても意味がない…。」


一瞬でボールを手離すフランスの選手。日本の選手たちのプレスは全くもって意味がない。ボールを取る手段はインターセプトのみに限られてしまう。


「…こいつら、なんつーチームワーク…!」


日本代表ディフェンスの小さなつぶやきの答えが、コートの中心にいた。


「シルヴァン…。」


俺はすぐさまその男の元へと走る。フランスのこの動きの中心には、常にシルヴァンがいた。パスを回す際も、3回に一度は必ずシルヴァンを経由している。間違いなくこのシステムの心臓だ。


「来たか巡!」


心臓としてボールの供給を止めることなく、俺に話しかけてくるシルヴァン。それだけこのパス回しに慣れきっているということなのだろう。


「…まずい。」


細かいパス回しのまま、フランスのオフェンス陣はゆっくりと日本ゴールに近づいてきていた。不用意にディフェンスに行けば、そこが間違いなく綻びになる。つまり今…日本代表は首の皮一枚の状態でのディフェンスを強いられている。


「なんかよ…見えんだよな…。どこにパスを出せばいいか…!」


シルヴァンの瞳に淡い炎が宿っているように見えた。


「今まで、俺は頭で考えて…考えて考えて考え続けて…まるで試合中にパズルでもするかのように、あいつらを操ってきた…!」


ダメだ…全く届かない。俺は今、シルヴァンの背中をやっとのことで追いかけている状況。このままではズルズルとゴール前まで繋がれて、いとも容易くゴールを奪われてしまう。


「でもなんか今は違うんだ…。」


シルヴァンはさらに続ける。


「なんか頭の中が冴え渡っててよぉ…!」


嫌な予感に俺の背筋は凍りつく。途切れることなく繋がる素早いパスの途中、日本代表右サイドバックの清丸が、焦れて相手選手へとプレスへ行った。


「今なら俺…全員に『未来』を見せられる。」


そう言ったシルヴァンの元へ、素早いパスが飛んでくる。シルヴァンはそれを足元を一瞥することもなくコントロールし、綻んだ右サイド…清丸の裏のスペースへスルーパスを蹴り出した。


「ダメだ…!」


俺は久しぶりに焦っていた。本気を出せば到達できる領域…シルヴァンにあるもので俺に獲得できないものはないと思っていた。


「これは…無理だ…。」


しかし…俺の顔は苦笑いで引き攣る。それほどに今のシルヴァンのパスは研ぎ澄まされていて、どんな相手選手にも奪られることがなく、間違いなくゴールへ近づく一本となっていた。


「フロリアン…出番だぜ?」


俺が真似できないのも仕方がない。シルヴァンのパスは土壇場で到達していたのだ…その境地にに。周囲の選手を操る…極めて稀有なパス。パスゾーンの中でも特殊な固有の領域…言うなればそれは、『マリオネットパス』…。


「やらせるかよ…!」


ギリギリでセンターバックのプレスがフロリアンに追いついた。必ずここでフィニッシュしてくると踏んで、初めから狙っていたのだろう。だが…


「甘いな。」


フロリアンはそのパスをスルー。声など一切かかっていなかった。これは完全なるフロリアンの意志でのスルーだった。そして、その後方には…


「いやぁすごいな。本当に見えるよ。」


シルヴァンの領域に侵食されたフランスの選手たちは、自分の意思で彼の操り人形…傀儡と化す。だが、彼らにとってそれが最大限…能力を発揮できる状態なのだ。


「…未来。」


フロリアンの後方から上がってきていたノアが、右足でゴールの右隅へとコントロールして流し込む。予想なんてできない。到底到達など不可能…その領域に足を踏み入れたシルヴァンは、そのパスをゾーンの域まで昇華させた。


「…ナイスシュートだ。ノア。」


長く続いた均衡が破れ、日本はまた一点を追う状況となってしまう。防戦一方でこの失点は痛すぎる。


「…なんだ…なんなんだ今の…っ!?」


成宮が前方で驚愕していた。ディフェンスに参加していないものから見てもそれほどまでに驚くべき動きだったのだろうか。いや、間違い無いだろう。俺は人生で、ここまで届かないと思ったことはない。シルヴァンが登っている山は、間違いなく俺の山とは別だ。シルヴァンは完全に個人の…唯一の武器を見つけたのだ。


ーー


残り時間はわずか。日本代表はキックオフから繋いだパスをしぶとく繋ぎ続けていた。やはり日本代表の攻め手は完全に尽きている。先ほどのようなドリブルも、今度こそはフランスのチームプレイに潰されるだろう。


「…はぁ…はぁ…。クソ…!」


後方でパスが回るため、なかなか自分にパスが回って来ない成宮から悔しさに包まれた言葉が漏れる。


「隙が一つもねぇな…。笑えてくる。」


必死にチームの心臓を務める金沢からも、辛い声が漏れる。気持ちもわからないでもない。正直もう勝ち目はないのだから。


日本代表は…おそらく奪られたら負け。間違いなくあのパスワークでもう一点決められる。しかし、点数を取るためにはボールを奪われるリスクを負って攻めないといけない。だが、その抜け道が一切ない。ミスが許されないというプレッシャーもあり、体がかなり硬くなっている。


「…もう無理か…。」


俺は足元に転がってくる味方のパスを受け、もう打てる手がない事に絶望する。しかしその時、不思議な感覚が身体を覆った。


「…何ぼーっとしてやがんだっ!」


前方からフランス代表選手のタックルが襲いかかってくる。しかし、俺はゆるりとそれをかわして一歩分ボールを前へ転がす。


「は?」


抜かれた選手は何が起きたのかわかっていない様子。そして、それは俺も同様だった。これは先ほど…たった1人でドリブルゴールを決めた時の感覚に非常に近い。でも、それとは全くもって異なる何かであることは確か。どこか涼しげで、落ち着いていて…目の前のこと以外、何も考えられない…考える必要がない。


「…なんだこれ…」


俺はボールをもって前方へドリブルを始めた。しかし、先ほどと異なるのは、技術ではなく完全に感覚でプレイしている点だった。


「気持ち悪い。」


そう…。

その言葉が最も、今の俺の状態を表すのに相応しい。俺は自分で自分が気持ち悪く感じてしまった。思った通りに体が動かない。だが、思った以上に体が勝手にいい動きをする。


「…まだ粘んのかよ。流石だなぁ巡。」


迫り来るもう1人のディフェンスを前にし、俺は宵越へパスを出した。いつもはスピードや位置、味方選手の癖なんかを考えて出すパスだが、今回のパスは何も考えず、頭が冴え渡った状態で行った。


「あれ…。」


そのパスを出した瞬間、いつもパスを出す瞬間に考えている情報が山のように流れ込んでくる。そして、次にどう動けばいいのか…思考の先を感覚で掴み取ることができた。


「なっ…!」


宵越が予想外に強いパスに驚き、少しだけ前にボールを転がしてしまった。しかし、すぐに対応し、むしろそのミスが前へと進むきっかけとなった。相手選手も宵越からかなり遠い位置に立っており、対応がかなり遅れた。


「…なんか、変…。」


宵越は俺のパスに違和感を感じながらも、相手陣地へと素早いドリブルを始めた。


試合時間は残り1分もない。おそらくこれが最後の攻撃になるだろう。俺は覚悟を決めて力強い一歩を踏み出した。瞬間、視界が一気に開け、まるでコート全体を上空から見下ろしているかのような感覚に見舞われる。


「成宮さん、金沢さん…マーク外す準備をお願いします。」


俺は2人にそう告げて前へ出た。シルヴァンと同様に…いや、それ以上に、俺が日本代表のパスの中心となる。3回に1回…いや、2回に1度…つまり全てのパスを俺を経由して行う。


「仁界!」


宵越からパスが来た。やはり…宵越のパスは若干手前でスピードが遅くなる。そして、フランスの右サイドバックの選手は、その緩いボールを狙いにくる。だからこそ、この位置に立つのが理想。


「成宮さん…もう少し後ろで。」


宵越しのボールをトラップした瞬間…案の定それを狙っていたディフェンスの足が飛んでくる。だからダイレクトですぐに成宮へパス。


「おう…!」


成宮は日本人にしてはかなり強いフィジカルを持つ。そして何よりボールをキープするという執念を持っている。だから…


「おらぁ…っ!」


2人に囲まれながらでも、必ず先にボールを触ってくれるはずだ。ギリギリで成宮の爪先に触れたボールは走り込んだ俺の足元に収まる。


「金沢さん…!」


そしてそのボールを、ディフェンスが手薄になった状態で2列目から上がってきていた金沢に預ける。成宮に2人ついているため、金沢のディフェンスはかなり甘い。


「ナイスだ仁界…必ず決めるぞ…!」


金沢はトラップと同時に、向ける場合は必ず前を向く。だからこそ、迫り来る左サイドバックの選手に気づいているはずだ。しかし、俺はあえてその状況で少しだけゆっくりと金沢にパスを出した。


「…くそ…っ!?」


だから、金沢はギリギリで対応し切ることができない。しかしながら金沢自身が無理をしてでもボールを庇うことで、今俺がいる少し前のスペースにボールが転がってくるはずだ。


「なんだこれ…なんだ…なんなんだこれ…。」


今までじゃ考えられないほどに思考が巡る。この状況を簡単に覆せてしまう妙案がいくつも思いつく。そしてそれを…無意識的に実行できる気すらする…。怖い…本当に怖い。


「きた…。」


本当に…思った通りの位置にボールがやってきた。俺はただ、巡る思考の中にいく通りも存在したゴールまでの方程式のうち、一つを選択しただけ。まるで自動で動くロボットかのように、その方程式の解を俺自身が無意識的に導いてしまう。


「あとは俺がこれを…」


まるでパズルを組み立てるかのように、綺麗に流れが整う。俺がゴールを決めるまでの道が繋がる。


「あっぶねぇやつだな…まじで…っ!」


そんなパズルを意図も容易く崩そうとする存在が、後方から迫ってきていた。シルヴァンである。シルヴァンもこの思考に到達しているのだろうか。是非…試合終了後に話を聞きたい。


「…本当にきた。」


一体これはなんなのだろうか。

俺はシュートをやめて後方へとバックパス。しかしそれは味方へ向けたものではない。


「最後のピース。」


そのボールは勢いよく俺へと迫ってきていたシルヴァンの太ももの辺りに弱く当たった。きっともう少し下の方であればコントロールされて相手ボールになっていただろう。もう少し上の方であれば、跳ね返りが弱く、そのままシルヴァンの足元に収まっていただろう。


「…嘘だろ…っ!?」


だが、シルヴァンは自分の太もも辺りにぶつかり、跳ね返ったボールを絶望の眼差しと共に眺めることとなるだろう。恐れ慄き、絶対的な恐怖をその身で味わうことになるはずだ。


「…これで…」


シルヴァンに跳ね返ったボールは俺の目の前へと返ってくる。まるで決めてくれと懇願せんばかりに足元の方へとゆっくり宙を舞う。


「完成だ。」


途方もなく気持ちの悪いパズルが、試合ギリギリで完成してしまう。俺はただただ天を仰ぎ、今何が起きたのかをこの身で感じることしかできなかった。

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