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リ・ボール  作者: よもや
2章 海外遠征編
72/110

67 最悪な最善手

スコアは依然として1-0。動かない試合展開に一石を投じるため、俺は切り替えの隙を狙うという賭けに出た。


「成宮さん。」


見事フランス代表の隙をつくことができた俺は、成宮へとスルーパスを蹴った。フランス代表のストロボタッチは、その素早いパス回しに人数をかなりかけるため、自ずと攻守の切り替えが遅れる。だからこそ…この場面で成宮がボールを受ければ、比較的手薄なディフェンスを相手取ることができる。


「恐ろしいな巡。」


しかし、そんな俺の背後からシルヴァンの声が聞こえてきた。そしてその声はすぐに俺を通り過ぎ、ボールを受け取った成宮の方へと走り去っていく。


「…シルヴァン。まさか…読んでいたのか?」


俺は思わず呟いた。

シルヴァンは成宮へと追いつき、手薄になったディフェンスが戻る時間稼ぎをする。


「なっ!?なんでテメェが…っ!?」


完全にフリーだと確信していた成宮も、やはり驚いたように声を上げた。


「俺が巡でも同じことを狙うからな。でも…本当に実行するにはかなりのセンスがいる。」


成宮の進行を遅らせながら、シルヴァンがそう口を開いた。


「でもあいつなら…やるだろ?」


そう言って笑うシルヴァン。その言葉に成宮も反応し、口角を上げた。


「あぁ確かに…。あいつは初めからこれを狙ってるって言ってたからな…!」


シルヴァンを左右に揺さぶりながら、シュートの隙を窺う成宮。今はディフェンスが戻る前に一刻も早くシュートを決めたいところだろう。


「だからこそ…俺は俺の仕事を貫き通す。あいつに託されたこのボール…お前を抜いて確実にゴールに叩き込んでやるぜ!」


勢いよくそう言い放った成宮は、シルヴァンの重心の移動を確認した後、切り返せないぎりぎりの位置で利き足側の右方向へボールを転がした。


「成宮さん、2枚戻ってきてます。」


戻りくるディフェンスの数を伝える。すでに成宮のすぐ後ろまで来ていたため、おそらく潰されてしまうだろう…俺はそう考えていた。しかし…


「どいつもこいつも…生意気な後輩どもだよ!」


ボールを転がした成宮は、その一瞬の隙に素早く足を振り抜いた。シルヴァンを抜き切ることなく、わずかにできた狭い隙間を通したそのシュートは惜しくもポストに直撃。ゴールキーパーもシルヴァン達ディフェンスに隠れてボールが見えなかったのだろう…一切反応ができていなかった。


「あーくそっ!獅子塚の野郎なら決めてんだろ今のっ!」


獅子塚の名前を出す成宮。確かに今のような本能的なプレイは奴の得意な形だろう。決まらなかったとはいえ、そのプレイに追いつきかけた成宮の技術は間違いなく向上している。


「巡以外にも面白い選手いるじゃねぇか。」


シルヴァンがそう言って笑う。しかし、成宮はフランス語がわからないため、「あぁ?」とガンを飛ばしてすぐに自分のポジションへ戻っていった。


「ナイスシュートです成宮さん。」


「いや、すまねぇな決めきれなくて。あいつ完全に振り切ったと思ったのに足に当ててきやがった。」


あの軌道はそういうことだったのか。まさかあの状況で足先に当ててたとは…。兎にも角にも、成宮のシュートもシルヴァンの瞬発力も凄まじいということがわかった。


「形は良かった。でも同じ手は使えないでしょうね。」


今の流れで決め切れる可能性が生まれた。しかし、同じ手は使えない以上攻めのレパートリーを増やす必要がある。しかしながら、このフランス相手に一体どうやって攻めればいいのか。その答えは簡単には見つからない。早くしないと、ずっと続く素早いパス回しに翻弄されて体力を奪われ、綻びから失点につながる。


「最強の布陣だな。」


その後、フランスの攻撃をなんとか防ぎながら前半が終了。結局のところ防戦一方で、あの成宮のシュートがこの試合唯一の日本のシュートとなった。


「マジでどう崩す?このままいくとリード保たれて結局負けるぜ…?」


ボトルを飲みながらそう言い放つ成宮。


「攻撃に転じる隙が一切ない。シュートまでしっかりとパスを繋いでくるところが厄介だ。今のところ、必ずゴールキック、コーナーキックからボールスタートになっているからな。」


金沢もどうすることもできないという事実を暗に示す。


「あの時みたいなマンマークも、今のシルヴァンが加わったフランスには一切通じない。手立てはないものか。」


選手同士で会話をする中、木崎監督がボードを持って現れた。


「中央を開けようか。」


監督の一言に、選手達は意表をつかれたようだ。だが俺も同じことを考えていた。攻め手はどうあれ、ボールを奪うにはこれくらいしか方法はないだろう。


「ですが監督、中央を開けると速攻を決められますよ?縦パス一本でフロリアンに…」


どうやらそこで金沢が気がついたようだ。


「そう。フロリアンにパスを出させればいい。1番前の選手がボールを受け取れば、あとはシュートかバックパスしか選択肢がなくなるはずだ。少なくとも勢いは削げるだろう。」


フロリアンはフランスのフィニッシャーとして、常に最前線でボールを受ける。本来であれば、ボールの位置を一気に上げられるため、日本としてはかなり不利になるのだが、フロリアンにパスがくるとわかっているのであれば、後はそこを叩くだけでいい。


「なるほど…。パスコースをフロリアンに限定するわけですから。本来のパスサッカー対策とは真逆ですね。」


金沢がそう言って笑った。

パスサッカーとはいえ、狙いはゴール。本来の対策は、縦パス一本でゴール前までボールがつながらないように中央の守りを固めるのが定石だ。サイドにパスを促し、追い詰めて奪う。だが、フランスのパスはあまりにも早いため、追い詰め切ることができない。


「…サイドに追い込もうとしても簡単に逃げられるからな。」


成宮も作戦の意図を理解したようだった。


「ただでさえ中央の選手層が厚いフランスに中央を開けて挑む…かなりの諸刃の剣になりそう。」


宵越が立ち上がって呟いた。しかし、どこか楽しそうに笑っていた。


「だがまぁ、ボールを奪ったとて…彼らはディフェンスも一級品だ。シルヴァンがあそこまで縦横無尽に動き回るとは考えていなかった。」


監督は顎をさすりながら思考する。


「攻め手は実際にプレイするお前達にしか見出せなさそうだ。まずはボールを奪うことだけ考えろ。」


「「はい!」」


監督の言葉を聞いて後半戦に臨む。俺も監督だった頃は同じように悩んだものだ。選手になってわかったが、本当にフィールドにいる選手にしかわからないことというのは存在する。俺はそれを一刻も早く見つけて、どうにかこうにか突破口を作らないとな。


「よし。観察だ。」


俺は両頬を叩いて気合いを入れ、後半戦の準備を整えた。


ーー


後半戦開始から数分経過。相変わらずフランスのパスサッカーが日本を翻弄していた。しかし、後半から導入した、あえて中央を開ける作戦が功を奏し、今のところ点数を決められそうな危ない場面は訪れていない。


「縦パス警戒っ!」


金沢の指示が出た後、すぐにシルヴァンからフロリアンへ一本縦パスが入る。しかし、その瞬間に中盤とディフェンス合わせて5人が一気にフロリアンへとプレスを仕掛ける。


「フロリアン!すぐ戻せっ!」


シルヴァンの指示に従うフロリアン。近づいてきていたシルヴァンへとダイレクトで落とす。


「させません。」


しかし、俺はそのパスをカットした。


「だろうな…!」


この作戦時、中央のフロリアン周辺に選手が集まっているため、両サイドの守りが比較的手薄になる。そのためフロリアンからシルヴァンへボールを戻し、サイドへ展開されては、かえってピンチになってしまう。


「厄介なポジションどりだなぁ…。」


ボールをカットした俺を面倒くさそうに追いかけてくるシルヴァン。


「一見…サイドの守りを固めたのかと思ったけど…」


ボールを持った状態でシルヴァンと並走。残念ながらカウンターに備えていなかったため、まだ前衛には成宮たった1人しか残っていない。ここでパスを出す行為は先ほどのフロリアンへのパスと同義だ。


「中央に出させてフロリアン狙いってわけか!」


俺は激しいプレスに耐えながらボールをキープする。このままサイドに追い込まれてしまっては元も子もない。


「っ!…試合中に話しかけないでください。」


どうしてどいつもこいつも試合中にこうも口を開きたがるんだ。体力の消費は最小限に…当たり前だろう。負けたいのか?

俺は心の中でぼやく。


「仁界!出せ!」


成宮が走り出すも、センターバック2人が完璧にマークについている。ここで出せばすぐにボールを奪われる。やはり、ボール奪取後の攻め手にどうしても欠けてしまう。


「さぁ!どうすんだ仁界っ!?」


シルヴァンの煽りにイラつきながら、俺はボールを持って他の選手が上がり切るための時間を作る。


現在フィールドの中央から少し開いて陣地へと侵入した地点。相手のディフェンスはシルヴァン合わせて5人。俺を追うシルヴァンと両サイドバック、そしてセンターバックも残っている。対する俺たち日本代表は、俺と成宮だけだ。素早いパス回しに対応するために必要以上の人数をディフェンスに回す必要があった。


「仁界!下げろ!」


いや、ダメだ金沢。ここで下げたらまた1から組み立てないといけない。それに中盤の選手も戻ってきてしまう。備えてなかったにせよ、ここでカウンターを決めないといけない。


「…やるしかない。」


俺は頭の中でイメージを固める。

今からチャレンジすることは、本来であればFW…もっと前のポジションの選手がゴール近く…ひいてはペナルティエリア付近で行うことだ。そこが最も効果的…。非効率的ではあるが、現在このフィールドの中央というまだゴールからははるかに遠い場所において、追い詰められたこの状況下では、残念ながらこれが最善手になり得る。


「…おいマジか。」


シルヴァンは気づいたようで、ディフェンスをするために体勢をガッと落とした。左右どちらへも動ける状態で俺と向かい合う。


「大マジです。」


並走状態から完全に俺の前へと躍り出たシルヴァン。俺はある男から教わった技術を思い出し、ゆっくりアウトサイドで細かいタッチを開始した。時間はあまりない。早々に決着をつけよう。

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