59 監督の苦悩
自室にて、旧友であるフランス代表監督『アダン』との会話に花を咲かせていた木崎は、突然の仁界の電話に驚いた。
「アダン、どうやらお前のところのシルヴァンもいるみたいだ。スピーカーにするから聞いておけ。」
「あぁ。すまない。」
そして2人の監督は、現在彼らが置かれている状況について仁界から話を聞いた。
「…あぁ。わかった。緊急ミーティングを行い対応しよう。今は身の安全を…」
『えぇ…。それでは…』
そこで、ものすごい衝撃音と共に、知らない男達の声が聞こえてきた。
「おいっ!仁界っ!?どうしたっ!?」
完全に反応がなくなった仁界。シルヴァンの声も聞こえてきた。話を聞く限り、どうやら捕まってしまったようだ。しばらく繋がっていた電話もすぐに切れ、2人の監督が状況の深刻さを理解する。
「嘘だろ…。」
2人の監督の顔が曇る。
「どうやらかなりまずい状況みたいだな…。早急に緊急ミーティングを開始するぞ…っ!」
木崎の言葉に反応し、アダンは立ち上がった。
「あぁ。わかっている…。それとキザキ、仁界少年の言っていることは正しい。確かにフランスの警察はスラム街に簡単には手を出せない…。でも署名があれば話は別だ。」
「あぁ。うちの選手達にも書かせよう…っ!」
2人の監督はかつて同じフィールドで死闘を繰り広げたあの頃のように、俊敏に行動を開始したのであった。
ーー
「いったい何なんだろうな。日本の選手も集まってるらしいぜ。」
頭の後ろで腕を組んだフランスの選手がつまらなさそうにそう呟いた。
「さぁな。明日の試合の話だろ?多分。」
「日本代表がいるのはわからないけどな。」
ゾロゾロと廊下を歩く選手達。全員で集まってミーティングルームに向かっているようだった。
「…おい、あれ…」
途中、自販機が設置してある狭いエリアで見知った顔が電話をしているところを発見。
「エネミか?」
エネミは後方を向いており、会話の内容を悟られないようかなり気を配っていることがわかった。
「…あぁ。問題ない。絶対に勘付かれるなよ。」
そこに悪ふざけでフランス選手が1人…そろりそろりと近づいていく。エネミは気づくことなく会話を続けていた。
「どうってとりあえず地面に縛りつけておいておけ。最後の締めは俺がやる。」
どこか悪巧みをしているような怪しい笑顔で電話をするエネミ。会話を終えて電話を耳元から離すと、独り言を呟き始めた。
「見てろよシルヴァン。必ずその王座…奪ってやる。」
「…何言ってんだお前?」
「…うぎゃぁぁっ…っ!?」
突如後方から話しかけられたエネミは肩を飛び上がらせて驚いた。
「な…何しゃがんだテメェっ!!」
突如話しかけてきたフランス選手の胸ぐらを掴み、鬼の形相で声を上げるエネミ。相当お怒りの様子だ。
「な、何ってお前…緊急ミーティングだからよ…っ!呼びにきただけだぜ…?」
胸ぐらを掴まれた選手は両手を振りながら、自分に悪意が一切ないことをアピールする。
「…はぁ?緊急ミーティング?」
「そうだよっ…!監督から連絡もらってねぇのか…っ!?」
そこでやっと胸ぐらから手を離し、自分の携帯電話を確認し始めるエネミ。
「…マジじゃねぇか。早く言えよ。行くぞ『ノア』。」
携帯電話を確認したエネミは、理不尽にキレたことを謝罪することもなく、そさくさと歩き始めた。
「…あ、おい待てよエネミ…っ!」
ノアも急いでエネミの後ろをついていく。しかし、そこでエネミが振り返って口を開いた。
「そういえば…本当に聞いていないんだろうな?俺の会話。」
本当のところは会話を聞いていたノアは、ギクリと肩を跳ねさせた。
「あ、あぁ…マジで聞いてないぜ?」
しばらくエネミに睨みつけられるノア。しかし、本当だと信じてくれたのか、エネミは振り返って前方へと歩き始めた。
「ふっ…まぁいい。」
ノアは一息ついた後、改めてエネミの後ろを歩き始めた。
ーー
「みんな、急な召集に応じてくれてありがとう。日本代表選手達もありがとう。」
木崎監督と、アダン監督。2人の選手が神妙な面持ちでミーティングルームにて待ち構えていた。選手達は何事かと背筋に緊張を走らせる。
「集まってもらったのは他でもない…。ここにいない2人の選手…フランス代表の『シルヴァン』、そして日本代表の『仁界』に関してだ。」
アダン監督ははじめに、シルヴァンの生い立ちから話を切り出した。そして、今彼がどのような状況に置かれているのか、そして仁界がそれをどう解決しようとしたのかを話した。
「そこでだ…皆にはこの紙に署名を書いてもらいたい。警察を動かすためだ!」
アダン監督が全てを話し終えた後、真っ先に立ち上がったのは日本代表の金沢だった。
「…そういうことなら、是非僕たちに署名をさせてください。」
日本代表キャプテンの言葉に続き、他の選手達も立ち上がる。
「ったくよぉ…迷惑かけすぎだぜ仁界。ここは先輩の出番だなぁ…!」
「仁界は上手い。チームに必要。」
成宮、宵越…と次に次に日本の選手達が賛同し、30人全員が署名を書くことに賛成した。
「…やはりか。」
しかしながら、盛り上がる日本代表選手達の隣で、誰1人立ち上がることなく静観を決め込むフランス代表。それを見たアダン監督が顔を抑えて下を向いた。
「…アダン監督。これはあいつの自業自得でしょう。日本の選手には悪いが、正直あいつがいない方がプレイしやすい。」
背番号11…フランスのエースストライカーであるフロリアンが腕を組んでそう言った。
「うーん、そうだね…。シルヴァン、サッカーは上手いけど、独裁者すぎるんだよね。ぶっちゃけいない方が助かるっていうか…」
背番号9…ウイングを務めるニコラも首を傾げてそう言った。
「嘘だろお前ら…?チームメイトだろぉ…!?助けるに決まってんじゃんか…っ!?」
フランス代表のあまりに冷たい反応に、成宮の怒りが沸騰。机を叩いて文句を言った。しかし、日本語では伝わらないため、一瞥をもらっただけに終わった。
「シルヴァンなんて…いなくてもいい…!」
誰かが言った。
「…そうだな。あんな奴いなくても…俺たち伝統のパスサッカーで十分戦える…!」
その言葉はフランス代表間でどんどん伝播していく。
「署名なんて必要ない…!あいつを助ける必要なんてない…!」
「スラム街の人間が代表なんて…誇り高きフランス代表の品位を下げるだけだ…!」
フランス代表のアンチシルヴァンコールがどんどん広がっていく。
「アダン監督…。この際です、追放しましょう。シルヴァンを。」
「フロリアン…貴様…!」
フロリアンのまさかの言葉に、驚きを超えて怒りを覚えるアダン監督。しかしながら、今までシルヴァンが行なってきた行為は、咎められて当然のもの。簡単に受け入れろとはいえない。
「…俺もフロリアンに賛成だ…っ!追放!追放…!」
「「「「追放…!追放…っ!追放…っ!」」」」
誰かが言い放った追放コールが、フランス代表全体を巻き込む。それは大きなチーム全体の意見として、アダン監督の前に現れることになった。
「な、なんて言ってんだよ宵越…?」
成宮が、フランス語のわかる宵越に尋ねた。
「…追放…って…。」
宵越も拳を握ってその言葉を絞り出した。きっとかなり悔しいのだろう。自分が認めたシルヴァンという選手がこのような仕打ちを受けることが…。
「…マジかよこいつら…。シルヴァンってそんなに嫌われてんのか…?」
相変わらず鳴り止まないシルヴァンの追放コール。アダン監督がそれに答えた。
「…はぁ…。わかった。お前達はあいつと一緒にプレイしたくないということだな…。」
鳴り止まない追放コールの中、アダン監督は諦めたようにそう口にした。
「すまないキザキ、せめて仁界少年だけは助けられるよう…俺が警察に取り合ってみる。それに、彼は日本人選手だ…観光大使にも協力を仰ごう。」
「…アダン…すまないが頼む。」
シルヴァンを助けたいアダン監督の気持ちは理解していたが、今は自分の選手の命が最優先と木崎監督は頭を下げた。
アダン監督は拳を握りしめ、言葉を漏らす。
「俺は…監督失格だな…。」




