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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
6/110

6 トレセン

月曜19時。それは俺が小学校のサッカースクールに通っている時間帯だ。陽射との委員会活動を終え、俺はいつも練習を行なっている近くの中学校のグラウンドに足を踏み入れていた。


「それじゃあ、今から呼ばれた子は青色のビブスをつけてください。」


5人ほど並んでいるジャージを着たコーチの1人がそう皆に声をかけた。そして1人ずつ名前が呼ばれていく。


いつも練習をしているこのグラウンドだが、今日だけは違う。大きなライトに照らされたグラウンドに集まっている小学生の選手達は、皆同じ白を基調とした運動服を着用していた。それはビブスによる色の違いをわかりやすく確認するためだ。


「それじゃあ…今日はみんな集まってくれてありがとうね。この地区の『トレセン』を取り仕切る『渡辺』です。これから3日間よろしくね。」


物腰柔らかそうなコーチがそう挨拶を言葉にする。そう、いつも練習しているこのグラウド。ここがこの3日間だけは『トレセン』という優秀な選手を発掘するための選考会の会場に変わるのだ。俺たちはこの『九頭トレセン』のメンバーに選ばれるために3日間ここで模擬試合を何度も行う。


「それじゃあまずはアップから始めよう。みんな隣の人と2人人組になってくれ。」


ピピっと笛を鳴らした渡辺コーチの言葉でアップが始まった。


アップとは試合前に行う簡単なウォーミングアップのことだ。軽くボールタッチを確認したり、リフティングをしたり…試合前に足の感覚を掴む。


「『岩瀬 潤』だ!よろしくな!」


俺の隣に立っていたのは坊主の男。もちろん他チームなので面識はない。というか俺の所属している少年サッカークラブでこの選考に参加しているのは俺だけである。


「『仁界 巡』。よろしく。」


俺たちは軽く挨拶を交わして握手をした。そして2人組になってアップを行う。


「仁界はいつからサッカーやってるんだ?」


2人でパスを回しながらそんな簡単な会話を行う。


「んー強いて言えば、生まれた時から?」


「なんだそれ『キャプテン羽』かよ!?」


キャプテン羽。子供達の間で一世を風靡した大人気サッカー漫画である。ヨウというスーパー選手のサッカー人生を描いた世界でこよなく愛されている素晴らしい漫画である。


「俺は、小2から。初めはなんとなくだったんだけど、今は超好きだ。」


まぁこの場に来ている時点で、そのやる気は本物だろう。こんなやつが同じチームにいればいいのに…と思うが、俺のチームにいるのは、陽射ファンであり俺の敵である選手ばかりである。


「仁界も。サッカー好きなんだろ?」


俺はその質問にまっすぐ答える。少し力んで強くなったパスをトラップし損ね、岩瀬が跳ねたボールを取りに行く。


「…あぁ。1番愛してるよ。」


帰ってきた岩瀬は、少し引き気味に口角を引き攣らせながら言葉を並べた。


「お、おう…そうか。」


そんな最中、渡辺コーチの笛が素早くピピっと2回吹かれた。集合の合図である。


「また後で会おうな。敵だけど!」


そう言って笑って走り去っていく岩瀬。俺は「おう」と返事をして同じ方向へ向かって走り出した。


「それじゃあ…早速ゲームを始めようか。」


やっとか。やっと…本気でサッカーが好きな奴らと思いっきり戦える。


「じゃあ青チームはこっち。緑はこっち…」


渡辺監督は、手に持ったボードを見ながら試合をするコートを割り当てていく。全ての割り当てが終わり、俺たちの青チームは初めに赤チームと対戦することになる。  


「それじゃあ、みんな準備はいい?」


俺たちは軽く話し合ってポジションを決定する。俺はもとより自分の得意とするMFとして真ん中の位置に移動した。


ピピーーっ!!


試合開始の合図が鳴り響いた。


俺たち青チームからキックオフ。FWがボールを俺に預ける。この時点で俺には周りの状況全てが見えていた。右サイドのやつが呼んでる。左は少し下がり気味だ。ディフェンスはラインを上げていて、ゴールキーパーはまだ準備をしていない。相手の選手の動きも確認する。真っ先に俺に向かってくる相手のFW。取られたら速攻で決められかねない。俺は隣の選手に簡単にボールを預けた。そして次にボールがもらえる位置に移動する。

フィールドを動き回る15人の選手。なんなら他のコートの試合すらも見えている。


「右!15番が抜けてるぞ!」


うちのチームのキーパーはよく声が出ている。うちの地区でも強豪である『笹倉小学校』ジュニアチームのキーパーだ。他にも、このトレセンには将来有望な選手が何人もいる。去年県代表トレセンにまで選ばれている『海道小学校』の『際都』、身長が小学生で170センチはあろうかという長身ディフェンダー『南山小学校』の『大山』。そして何より…


「ヘイっ!」


ボールを呼び込み、素早いパスを足下でうまくコントロールする相手チームの15番。


「抜かせるな!よせろ!」


キーパーの指示通りディフェンスが動くが、誰もその15番のキレのあるドリブルを止めることはできない。


「こんなもん!」


飛び跳ねるように青チームのディフェンスを全員かわしてゴールキーパーと1対1。恐ろしいほどの身体能力。彼…いや、彼女こそこのトレセンで最高の注目を浴びる選手。『松宮小学校』の『小岩井 夏波』。小学生…しかも女子でありながら、男達の中に混ざって異彩を放つ。なんと去年はその類い稀なるサッカーセンスでトレセンの最高峰『ナショナルトレセン』の一歩手前の『地域トレセン』に選出されている。


「よし!」


完全にキーパーの逆をついたシュートがゴールネットを揺らそうとゴールに向かう。しかし、俺はその方向を読んでいた。


「なっ…!?」


ゴールラインを破るギリギリで、そのシュートをカットする。そして、前方で待つFWに対し正確なフィードを蹴った。


「嘘…どこから…!?」


小岩井が驚くのも無理はない。俺には初めからここにシュートがくるとわかっていたからな。うちのチームのキーパーの癖を見抜いて逆に打ったようだが、それではゴールは奪えない。だが小岩井が驚いているのはその点ではないだろう。俺が小岩井のシュートをあの近距離でピタリとトラップしてしまった事…それが彼女をあそこまで驚かせている…と思う。


「ちょっとちょっと!」


前線に蹴り出したボールはFWにつながる。赤チームは完全に青チーム側のコートに寄っていたため、ディフェンスが極端に少なかった。俺も攻撃に参加しようとしたところで、後ろから声をかけられる。


「なんで今の止められたわけ…!?」


後ろを振り向くと、嬉しそうに小岩井が俺に質問をしてきた。


試合中なのに呑気なやつだな。


「偶然だ。試合に戻るぞ。」


「え、ちょ待…っ!」


サッカーに関してだけは俺は手を抜かない。ここで小岩井に構っているほど暇ではないのだ。


さて、俺が出したパスは正確にFWの前に通り、さらに右サイドと左サイド、途中から俺が加わりチーム全体でパスを回して素早いカウンターに転じた青チーム。人数が少ない赤ディフェンスを軽々と交わし、すぐにキーパーと1対1の状況を作り出す。


「…外れる。」


うちの青チームのFWは決して下手な選手ではない。しかし、名前を知られている小岩井や、際都といった有名選手にはどうしても一歩劣る。それに小学生だ。まだ体が出来上がっていないのだろう。案の定、FWが蹴ったボールはポストにあたり跳ね返る。


そして、俺はその落下位置を予想していた。ワンバウンドで目の前に転がってきたボール。それを右足で正確に捉える。狙うはゴールの左隅…キーパーの届きようもない神コース。毎日500本以上のシュートを打っている俺なら…狙える!


ドッ!


ものすごい勢いで放たれたシュートは正確に俺の狙い通りの左隅へ飛んでいく。しかし…


「し・か・え・し…っ!」


そう言ってすぐ後ろから飛び出してきた小岩井が俺のシュートをブロックした。足先にわずかに当たり、コースがズレてコーナーキックになる。


「うわすっご…!今の僕いなかったら絶対入ってよね!」


地面に座りながら小岩井がこちらに視線を向けてくる。俺は汗を拭いながらその視線に自分の視線を真っ向から合わせる。


着いてきてたのか…?全然わからなかった。


「やるじゃん。」


なんて…意味ありげに口角を上げる。いや、自然と上がってしまう。それは目の前の…自分についてこられる選手の存在がそうさせる。


「そっちこそ…ね。」


俺と小岩井は互いに笑いながら、プレイに戻る。


コーナーキックとは、ボールがゴールラインを破った時、最後に触っていたのが相手だった場合に行われるセットプレーだ。コートの角からフリーキックを行うことができる。もちろん直接ゴールも可能だ。


「仁界…!蹴ってくれ!」


そう後ろの方から声をかけてきたのは、うちのチームのキーパー『笹倉小学校』の『矢野川』だ。どうやら俺の能力を高く買ってくれているらしい。だがまぁ…初めから俺が蹴るつもりだったけどね。


「任せろ。」


俺はそう言ってコートの外に出たボールを拾う。そして手で砂をはらいながらコーナーにセット。自分の蹴りやすい位置を探す。


「さて…どこを狙うか。」


俺は顔を上げて的を探す。高身長の大山がどうにも目立つ。おそらくヘディング勝負ではうちに勝算はないだろう。しかし、ショートコーナーをできるほど作戦を練り込んでいるわけでもない。ここは一つ…直接狙ってみるか。右コーナーであるため、左足での精度の高いカーブキックが要求される。俺は右利きだがもちろん逆足は利き足と同じように使えるレベルで練習をしてきている。


俺は手を上げて今から蹴るという合図を送る。


ゆっくり踏み出して一瞬ゴールの位置を確認する。狙いは先ほどゴールを逃した左隅。軸足にした右足をボールの30センチ右側にしっかりと踏み込む。イメージは擦り上げるように、自分の体制を倒しながらインフロントでミート。


ドンッ…!


鋭い音を立て、擦り上げられたカーブシュートは、俺の狙い通りの軌道を描く。そして、ゴール前に立つ味方達の頭を超え相手チームの長身、大山の頭を超え…吸い込まれるように左隅へ向かっていく。


今回こそは決まった。そう思ってゆっくりとコート内に戻る。しかし、ゴールの笛が鳴ることはなかった。


「やっぱり…狙うよね…!」


俺のシュートを紙一重で弾いた小岩井が、楽しそうに笑ってこちらを見ていた。


「…へぇ…読まれてた?」


胸の中で小さな炎が燃え上がる。


あぁ…なんて楽しいんだ。


サッカーに全力を注ぐ…そんな奴らとやるこのスポーツは…本当に面白い。


俺はこの人生で2度めの興奮を味わっていた。初めては俺が記憶を持って転生した時。そして…2回目が目の前のこいつ…『小岩井』に出会った今だ。


そこからは俺と小岩井のシュートの撃ち合い。


「ボールくれ…!」


俺はコート中央でボールを受け取ると、瞬く間にディフェンスの2人を交わしてゴール前まで侵入する。しかし、立ちはだかるのはやはりこいつ…。


「やらせない…!」


「いや、やらせてもらう…。」


俺はフェイントで小岩井を抜こうとする。しかし小岩井はオフェンスだけでなく、ディフェンスもうまかった。簡単には足を出さず、ピッタリと俺に張り付いて時間を稼ぐ。戻ってきたディフェンス2人に囲まれ、俺はパスを選択せざる終えなくなった。


「あ、逃げたね。」


「逃げてない。次は抜く。」


「いいや、今度は僕の番だよ。」


小岩井がそういうと、俺のパスを受け取ったFWの方へと走っていく。FWとはだいぶ距離があったため、油断していたのかFWは簡単にパスミスをした。それをすぐさま拾って次のプレイに移る小岩井。そのスピードは異常だった。


「マジかよ。」


たまらず俺は口元がニヤける。この人生に…この世界に…2度目というアドバンテージを持たずして俺とほぼ互角に戦える選手がいるなんて。しかも…こんなに近くに…。


俺はドリブルで青チーム陣内を切り裂く小岩井の後方を駆ける。


「ただいま。」


「ずいぶん早いおかえりだね!」


右後ろからボールをカットしようと体を入れる。しかし、小岩井はうまくそれをかわした。もちろん俺はそれを読んでおり、その一瞬の隙をついて小岩井の前に立つ。これで一方的に逃げられる状況は防いだ。後は矢野川…お前なら指示飛ばせるだろ。


「左!下がって仁界と挟み込め!」


さすがだよ強豪キーパー。わかってるね。小岩井のドリブルは止まり、しかも俺ともう1人の選手に挟まれている状況。


「やっばいね!僕、今超楽しいよ!」


確実にボールを取れる状況だった。しかし、小岩井は俺の想像を追えるプレイを見せる。ゆっくりと踏み出された右足。それがボールに触れようかというその瞬間、瞬きをするその一瞬で目の前からボールが消えた。


「俺もだ…。」


勢いよく、キレ良く、まるでイナズマのような激しく鋭いドリブルが俺を置き去りにしようとする。ここで抜かれればキーパーと1対1。それで外すほど小岩井は下手ではないだろう。だから抜かせるわけにはいかない。


「な…っ!?」


動き出そうとしていた右足に寄っていた重心を足先から抜き、俺は小岩井に抜かれた左側へ左足を伸ばす。鋭く素早く伸びた脚は小岩井の足元のボールを突き、ゴールキーパーである矢野川がそれをキャッチした。


「ナイス仁界!カウンターだ!」


俺は地面に腕をついて立ち上がる。きっと時間も残り少ない。攻められるのはあと一度だけ。ここで決めれば俺の勝ちだ。


「本当…最高だよ仁界!」


「まだ、終わってないよ。」


俺と小岩井は顔を見合わせ笑う。


「最後に、面白いの見せてあげる。」


俺はそう言って走り出す。スコアを動かすための秘策。完璧なゴールまでの方程式。前世で培ってきた監督としてのその脳で導き出す。


「ヘイっ!」


俺は前方に走りながら、ボールを呼び込む。キーパーの矢野川がパントキックで前方の俺に対して大きなパスを出してきた。


「やっぱり着いてきてるな…。」


後ろには小岩井がいる。俺も足が速い方だが、それでもこいつは同じ…いや、もしかするとそれ以上に早いかもしれない。


「面白いことは見たいけど、ゴールを決められるのは面白くない!」


小岩井と競り合う。フィジカルだけは毎日死ぬほどに鍛え上げているため、俺は小岩井を押し切って胸トラップに成功する。そしてドリブルに…


「させないよ…!」


移ると思った小岩井がスライディングでボールを取りにくる。俺はもう一度ボールを上に軽く蹴り上げてそれをかわす。


「嘘…っ!?」


そしてそのまま、ハーフラインから少し相手コートに入ったほどの位置で俺はボレーシュートを放つ。完璧なミートでものすごい勢いを放つシュートが今度こそ相手ゴールの左隅へと吸い込まれていく。もちろん、キーパーは届かない。


ファサッ!


3度目の正直。俺の鋭い長距離ミドルシュートが相手ゴールのネットを揺らした。同時に試合終了のホイッスルが鳴り響く。


「面白いでしょ。」


俺は、グランドに座り込む小岩井の手を取って立ち上がらせる。


「あり得ない…とは言わないよ。びっくりはしたけどね。まさかこんな距離からでも狙えるなんて。」


立ち上がりながら優しい笑顔で俺の手を握り立ち上がる小岩井。俺たちはそのまま握手を交わした。


「まさか。地区トレで披露することになるは思わなかったけどね。」


正直、これほどまでレベルが高いとは思っていなかった。俺のチームは正直弱いし、ゲーム形式で感覚を掴むことだけを目的として所属している。でも、このトレセンなら俺はそれ以上に多くのことを学べる。


「僕、『小岩井 夏波』!やっと自己紹介できた!」


「『仁界 巡』だ。よろしく夏波。」


「おうよ!巡!」


俺達はコツンと拳を合わせた。


こうして、俺達青チームの初戦が終了した。結果は1-0で俺たち青チームの勝利。本当にここまで苦戦すると予想していなかったため、想像以上に疲れてしまった。


やっぱり…トレセンはいい刺激になる。


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