番外編 5 閉会
結局のところ他の団に抜かされ、最下位をなんとかついていっている状態の赤団。走者は残り3人。ここで春風がバトンを受け取った。
「春風!いけ!」
神谷に声をかけられ全力で地面を蹴る春風。神谷や同じ団のメンバー以外にも、密かに応援している生徒はかなりいそうだった。
「最下位か…逆転は難しいかもな。」
「いや、諦めないよ。俺と、最後の仁界で!」
神谷はそう言って拳を握って突き出してきた。俺は戸惑いながらもそれに拳を合わせる。神谷は笑って立ち上がり、次にバトンを受け取るための配置についた。
「ナイス春風!3位だ!」
神谷がバトンを受け取る前に、春風が1人抜いて3位に躍り出た。ここから神谷の速さがあれば、巻き返せる可能性は十分あった。
「神谷君…っ!」
春風がバトンを渡し、レーンから逸れる。ふらふらと疲れた様子で俺の近くまで歩いてきた。
「はぁ…はぁ…疲れたぁ…。」
「1人抜いたな。」
俺はそう声をかける。
「うん…!」
疲れながらも元気にそう答える春風。いつもはクールな感じだが、やはりテンションが上がっているのかリアクションが大きい。
「神谷なら十分追いつけるだろう。それに…」
現在一位の青団の最終走者は団長である猪山。そこまで足は早くない。
「あ、1人抜いた!」
神谷が1人抜いて2位になった。流石の俊足だが、青団との差は中々埋まらない。今の今まで離されすぎた。
「神谷君でも追いつけないよね…この距離は。」
心配そうにレーンに視線を向ける春風。この勝利に優勝がかかっている。気になるのも仕方がないだろう。
「そろそろ順番だな。」
俺は立ち上がってレーンに立った。そこには一位の青団アンカーである猪山が同じくバトンを待っていた。
「仁界になら勝てるな。」
余裕そうにそう呟く猪山。野球をやっているため足は速いが、とはいえ100メートル走では春風にギリギリで負けるくらいのスピードだった。どこからそんな余裕が湧いてくるんだ?
「俺も…猪山になら勝てるって思ってた。」
俺の言葉に猪山の表情が曇る。
「舐めてんのか?」
俺は何も答えずに、今なお必死に足を動かす神谷に視線を向けた。
「いいぜ…この差、俺よりちょっと速いだけのお前に抜かせるわけねぇからな。」
猪山にバトンを繋がんとする現走者が近づいてきた。
「これに勝ったらお前の事認めてやるよ。」
猪山はそう言って走り出した。青色のバトンをしっかりと受け取り、全力で足を動かした。
「…認めるって…別にいいんだけど。」
俺が1人そんなことを呟いていると、なんとか青団との差を縮めた神谷が全力で俺の方へと手を伸ばす。
「仁界…あとは…」
俺はしっかりと赤色のバトンを握った。
「頼んだ!」
バトンを離す一瞬前、俺の背中を軽く押した神谷。疲れている中でも、他人を鼓舞する余裕すらあるなんて、さすがである。
「おう。」
俺は一歩目をかなりの力で踏み込んだ。100メートル走で走った時より少しだけ速く。ギリギリ猪山を追い越せる程度のスピードで走る。
「な…っ!?」
すでに残り半分を超えていた猪山。俺のあまりの追い上げに焦っている様子が手に取るようにわかる。
「仁界っ!いけぇっ!」
「巡君!もうちょっとっ!」
残り20メートル。ついに猪山と並んだ。
「クソォっ!」
認めてもらわなくてもいいが、勝ってしまうついでにそんな特典がついてくれるのであれば甘んじて受け入れよう。
「…完璧だ。」
そして俺は猪山よりも僅かに速くゴールテープを切った。
『ここでゴォールっ!なんと1位は…トラブルがありました赤団だぁっ!脅威の追い上げを見せたぁ!』
軽快なアナウンスが結果を報告してくれた。
「…クッソ…。はぁ…なんで…なんでお前…息切れて…ないんだよ…。」
近くで汗を拭う猪山。相当疲れたようで肩で息をしていた。
「…今、息切れしてるから話しかけないで。」
そんな猪山の質問に答える。少なくとも疲れている素振りは見せておかなくては、変にいちゃもんをつけられては面倒だ。
「あーくそ…っ!負けたぁ…っ!」
猪山はそう言って地面に尻をついた。そして両手を後方で地面につけ、天を仰いで叫んだ。猪山の周りに青団のメンバーが集まってきた。
「仕方ねぇって。赤団あのメンツだし。」
「それに代役も…速すぎだろあいつ。」
なんやかんやで青団には信頼されている様子の猪山。このような姿を見れたことは今日の収穫かもしれない。順当に行けば俺は本来いじめられている側の存在だからな。きっともっと猪山のことを悪という視点だけで見てしまっていたことだろう。
「巡君っ!」
満面の笑みで手を差し出してくる春風。俺は首を傾げた。
「ハイタッチだよっ!」
「あぁ〜。」
俺は春風の言葉で状況を理解し、春風の手と自分の手を合わせた。瞬間手と手がぶつかる音が響く。
「巡君お疲れ〜!アンド…ナイス勝利!」
ハイタッチに合わせてそんなことを呟く春風。相当テンションが上がっており、このままでは抱きつかれそうな雰囲気すらしたので、自主的に距離を取った。こんな公の場で春風と触れ合おうものであればあらゆる男子生徒からヘイトを集めてやまないだろう。
「さすがだな仁界!」
「いや、神谷も相変わらず速かったな。」
その後神谷ともハイタッチをかわして勝利を讃えあった。
「今回は1位取れたけど…正直、青団が2位だったから、順位的にはわからないな。団テントでの態度とか、応援でちょっと加算されたりもするから、そういうのを加味したらまだどうなるか…」
「そんなのもあったのか…なんかすまん。」
俺は1人テントで休んでいたことを思い出し、少し申し訳なく思って謝った。
「いやいや、具体的にどう点数入る…とか言われてないし、全然気にしないでいいよ!」
相変わらず神のような笑顔だ。俺はその眩しさに目を逸らした。
『それではこれから点数の方計算しますので、少しの間休憩していてください!』
そんなアナウンスが聞こえて、俺は立ち上がった。
「じゃあ、みんなで戻ろっか!」
春風の言葉で赤団10人…もとい選抜者9人+1人が勝利を称え合いながらテントに戻った。昼下がり、最も暑い時間はいつの間にか過ぎ去っていた。
ーー
全ての競技が終了し、閉会式を残すのみとなった。まだ優勝はどの団かわからず、この後の順位発表で判明する。
すでに暑さはほとんどなく、汗をかいて汚れたこの体操服の気持ち悪さだけが若干残っている状態だ。
「皆さん…本当にお疲れ様です!…」
開会式でも長かったが、それを優に超える長文を語る校長先生。自分の学校の生徒達の頑張りを本当に誇りに思っているようで、やれ「長い」だったり、「だるい…」と言ったぼやきは申し訳なく思ってしまう。
「と、いうわけで…これからも学業にスポーツ、あらゆる面で皆さんの活躍を楽しみにしています!」
校長先生が礼をすると拍手が起こり、校長先生は堂々と後方を向いて降壇した。
『続きまして…受賞発表です。』
アナウンスが入ると同時に、皆がざわつき始めた。
『初めに…100メートル走最高記録…「13秒02」…「神谷」君っ!』
その瞬間、女子達が主になってかなり湧き上がった。さすがは神谷。
『また、今回の神谷君の記録は学校新記録となっております!』
つまり、歴代の誰よりも足が速かったということだ。見ていて本当に速いと感じたが、これほどまでとは思いもしなかった。
『続いて…応援大賞です。大賞…青団…っ!』
その瞬間、青団が猪山を中心に湧き上がった。確かに青団はかなり声が出ていたし、パフォーマンスの内容も面白かった。赤団も頑張ってはいたが、1番最初だったこともありどうも印象が薄かったのではないかと思う。
『そして…総合優勝…』
応援に関しては残念だったが、総合優勝さえ取れれば何にも変え難い。みんな祈るように手を合わせていた。
『赤団!』
その瞬間、赤団全体が湧き上がった。
「よっしゃあっ!!」
「キタァっ!!」
皆声をあげて喜ぶ。俺もそんなみんなに合わせてそれなりに喜んでおく。
「やったな!仁界!」
「おう。」
神谷に話しかけられて軽く返事をした。
「神谷も新記録おめでとう。」
「おう、ありがとな!」
そして神谷はすぐに他の生徒達と喜びを分かち合いに行った。
「巡君、やったね!」
その後、皆が盛り上がる中小さな声で話しかけてきた春風。やはりまだみんな注目する前では話しかけにくいのだろう。まぁ、俺、はたから見たらいじめられっ子だからな。
「春風も、お疲れ様。」
「う、うん。」
何か言いたそうに下を向く春風。意を決して口を開いた。
「この後、お母さんとご飯行くんだけど…巡君も…」
『はい、それでは閉会式終了しますので、赤団の皆さんは元の位置に戻ってください!』
春風の言葉を遮るようにアナウンスが鳴り響いた。
「…また後から言うね。」
寂しそうに去っていく春風。優勝の祝賀会…打ち上げでもするのだろうか。
『それじゃあ最後に…PTA会長のお話を聞いて終わります!神谷さん…お願いします!』
神谷さん?俺はその名前に違和感を覚えた。登壇したのは黒いスーツに身を包んだ顔立ちの整った男性。先ほど応援の時に見ていた男だ。
「PTA会長の神谷です。本日は皆さん…」
内容的には校長先生のものとほとんど変わらず、つまらないものだったが、神谷という名前がどうにも引っかかる。
「…息子も新記録を樹立し、きっと浮かれていると思います。ですが、これからは切り替えて…勉学にも勤しむよう…」
息子が新記録…ということはやはり神谷の父さんで間違いないだろう。なんというか厳しそうなお父さんだな。
「それでは皆さん、ありがとうございました。」
神谷の父さんは頭を下げて降壇。なんとも迫力のあるある人だった。
『それでは、本日の運動会はこれにて終了です!皆さん、お疲れ様でした!』
長い長い運動会が終了した。これでやっといつもの日常生活に戻ることができる。
「…チーム探さないとな。」
俺は1人そう呟いて、教室へ向かって歩き出した。




