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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
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4 学校

小学生の授業に関して、俺がついていけない事は何一つない。一応それなりの国立大学理系で大学院まで研究をしていたのだ。大抵の座学には対応済みである。


「分母と分母…それぞれ違うよね?これ、どうやって計算するかな?」


小学生の算数は、これから数学を学ぶための基礎となる。大切な授業だから皆聞いておくように。俺はそんなことを頭で考えながら、椅子に座ったまま両足を浮かせる。そして、握力を鍛えるためのトレーニング器具…ハンドグリップを両手に隠し持ち、握る。これがなんとも意外ときつい。全身の体幹を鍛えつつ、握力を鍛える。さらに先生にバレないよう慎ましやかに実行しないといけない。


幸い、俺の席は窓際の最後列。1番目立たない場所である。


「先生俺それ解けるぜ!」


元気よく手を上げる猪山。こういう目立つ行為をしてくれる奴がいるおかげで俺がトレーニングに集中できるわけだ。


「はい猪山君。じゃあお願いしようかな。」


先生は猪山にチョークを預け、笑顔で見守る。


「昨日『かもん』でやったんだぜ!」


かもんというのは、小学生に人気の学習塾だ。『かもんにカモン』というキャッチーなフレーズが、よくCMで流れている。


「はい。よくできました正解です!」


「へへっ!」


すごいじゃないか猪山。俺はお前のこともっと馬鹿だと思っていたぞ。

だが、猪山の視線は真っ直ぐに陽射に向けられる。そういうことかと…一瞬でわかってしまうのが子供らしくて可愛いと思う。

ちなみに陽射は興味なさげに窓の外を見ている。何を考えているかわからない不思議な表情だ。


そんなこんなで、給食の時間だ。給食は5人で1班のグループで机を合わせて食べる。俺の班は、騒がしい男子『亀梨』、『藤原』の2人と、仲のいい女子生徒『山宮』、『園部』の2人。そして俺というグループだ。毎回他の班の男子達と馬鹿騒ぎを繰り返している亀梨と藤原はもやはり陽射狙いのようで、給食の時間は事あるごとにちょっかいをかけにいく。


「台風とか全然イケメンじゃねぇよな?」


「マジでカッコよくねぇ!」


話題は専ら女子が食いつきそうなアイドルグループ『台風』である。そしてそのグループの悪口を言う事で、陽射の気をひこうとしているのだろう。


「そうかな…私はカッコいいと思うけど。」


陽射はわかりやすく下を向いて肩を落とす。言い返してくると予想しての悪口だったが、それが返ってこなかった…加えて陽射を悲しませてしまった。そんな残念な2人はすぐにフォローにはいる。


「い、いや、まぁ別にブスってわけじゃねぇしな!」


「嘘だよ嘘!泣くなよ!」


焦りながらなんとか機嫌を取り戻そうとする亀梨と藤原。しかし、陽射はすぐに顔を上げて笑う。


「私も嘘。そんなに悲しんでないよ。」


やはりそうだ。陽射はこの時から演技をするのがうまかった。そして、その演技の後の笑顔で亀梨と藤原も恋に落ちる。


「は、はぁ…!?は、え、も、戻ろうぜ藤原!」


「そ、そうだな…!」


あまりの可愛さに照れてしまったのか、顔を真っ赤にして元の席に戻ってきた2人。もしかすると、陽射のあの笑顔も偽物の笑顔かもしれない。恐ろしい子供だ。


「あいつら何してんだよ…!」


陽射にちょっかいを出している男子を見て、わかりやすくその場面を気にする猪山。こいつが1番可愛いかもしれない。


さて、俺はそんなクラスの一幕に入るようなキャラでもないし、俺の動きを気にする生徒もいないし、ゆっくりご飯でも食べよう。


小学校の給食を食べるのは5年目になるが、やはりバランスが段違いにいい。栄養士の勉強をしていた俺から見てもかなり整った献立をしている。さらに、その量も適切だ。ただ…牛乳一本というのは俺からすれば少し不足している。一般的な子供であれば問題ないだろうが、身長を伸ばしたい俺にとっては少し少ない。


「いただきます。」


既に合掌はしていたが、自分でも小さく手を合わせる。感謝の気持ちだけは忘れないように生きていきたいのだ。


「仁界君って牛乳が好きなんでしょ?」


山宮がそう尋ねてきた。俺は余った牛乳を飲んだり、牛乳嫌いな生徒から牛乳をもらうことが時折あった。そのため牛乳好きと認識されているのだろう。


「そうだね。」


答える俺。そんな会話に、亀梨と藤原が入ってくる。


「やめとけ山宮!仁界に話しかけると馬鹿が移るぞ!」


「こいつマジでつまんねぇからな…!」


これも全て猪山から伝わったものだろう。反応すればつけ上がる。ほっとくのが1番だろう。まぁまだイジメ…というほどには発展していないので、俺もそれほど気にしていない。しかし、猪山が敷いている俺をハブる包囲網は着実に広がっているようだ。


「デザートのパイナップル余ったけど、食べる人いる?」


先生が言いながら立ち上がった。

どうやら休みの生徒が1人いたため、デザートが余ってしまったようだ。パイナップルか…うーん…栄養的には足りてるけど、一応貰えるものならもらっておきたいな。


「じゃあジャンケンね〜!」


希望者が多かったため、ジャンケンの勝者が1人パイナップルを獲得できることになった。先生の元気のいい掛け声が教室に響く。

ちなみに、参加資格があるのは早くご飯を食べ終わった生徒のみ。猪山、亀梨、藤原はしっかりと参加していた。彼らと俺を含め総勢7人の鮮烈な戦いが幕を開けた。


「じゃあいくよ…最初はグー…ジャンケン…」


拳に握り、グーを出す。そして次に出す手を考える。そうだな…パーだ。


「ポン!」


掛け声と共にパーを出したのは俺だけ。それ以外の全員が最初と同じグーを出していた。


「仁界君の1人勝ちだね!はい、パイナップル。」


勝ってしまった。しかも1発で1人勝ち。どうでもいいところで運を使ってしまったかもしれない。まぁ、貰えるものはもらっておこう。俺が先生からその皿を受け取ろうとしたその時、猪山が大きく声を上げた。


「遅出しだ!」


遅出し…それはジャンケンにおいて、少し遅らせて自分の手を出すイカサマの一つ。しかし、俺は天に誓ってそんな事はしていない。完全なる言いがかりだった。


「猪山君、私も見てたけどそんな事なかったと思うよ?」


「絶対遅出しだ!もう一回!」


そんな風に我を通そうとする猪山に、先生は困り果てた顔をしていた。さらに面倒臭いのは、山梨、藤原もこの争いに参戦し始めた事だ。


「もう一回、もう一回、もう一回!」


そして始まるもう一回コール。こうなってしまうと先生がかわいそうだ。俺は皿を先生に返した。


「いいの?仁界君…。私見てたけど、ちゃんと出してたよね。」


「大丈夫です。」


俺が気を遣った事、先生にはバレていたかもしれない。そもそも俺はパイナップルをもう一つ食べたいと思っていたわけじゃないし、負けたらそこで諦めるつもりだった。なんならここで辞めてもよかったが、猪山が納得しそうにない。


「じゃあもう一回ね!最初はグー!ジャンケン…」


次は何も考えずに俺はチョキを出した。きっと負ける。そう考えて振り抜いた右手は、またも他の6人と1人だけ異なる形をしていた。


「また…仁界君の1人勝ちだね。」


先生は少し驚きながらそう言った。ちなみに、マジで俺も驚いてる。

そして今度こそ、そのパイナップルが入った皿を俺に預けてくれる。


「…ず、ズルだ!なんでお前ばかり1人だけ!」


流石に2度目は先生にも通じない。俺は皿を持って自分の席に戻ろうとする。


「くそ…!まてよ仁界!」


それほどパイナップルが食べたかったのだろうか…。いや、これは違うな。猪山は陽射の方に視線を向ける。おそらくは負けている自分を見られるのが恥ずかしかったのだろう。ちょうど黒板の前、陽射から近い席でジャンケンしてたし。


「それならこれ…」


俺はパイナップルの入った皿を猪山に差し出す。


何度も言うが、俺は必要にパイナップルが食べたかったわけではない。ただラッキーでジャンケンに勝ったならもらっておこうくらいの軽い気持ちだったのだ。だから、猪山が陽射にカッコいいところを見せたかったのなら、これを戦利品として持っていくがいい。可愛いやつめ。


「な…!いらねぇよ…!」


自分のプライドが許さなかったのか、猪山は手を振り払って俺からパイナップルを受け取るのを拒んだ。まぁこの年頃だしな。でもどこかで折れない限り、お前の見せ場はもうないぞ…?


「猪山君…それくらいに。」


「うるせぇ!」


隣から陽射にそろそろ諦めるように声をかけられた猪山。もちろん相手が陽射だと気づいていたが、ツンケンしていた方がカッコいいと思っているのだろう…その手を振り払った。


「わぁっ…!?」


しかし、思わぬ勢いで、振り解いたその左手が、まだ食べていなかった陽射のパイナップル皿をひっくり返してしまった。


「だ、大丈夫…!?」


先生がその場を収めるためにそう声を上げた。すぐに落ちてしまった陽射のパイナップルを拾い上げる。


「陽射さん…怪我はない?」


「は、はい…。大丈夫です。」


先生は少し怒りを含んだ顔で猪山に視線を向ける。


「猪山君…。」


「お、俺は…!」


悪気があってわけではないだろう。しかし、猪山は自分が何をしてしまったのかを頭で整理しきれていないようだった。自分がこれから怒られる事、そして好きな人のパイナップルを地面に落としてしまった事…それらは全て格好の悪い出来事として陽射の瞳に映ってしまうことになる。


「先生。俺パイナップル超嫌いなんですよ。」


「え?」


今にも怒り出しそうな先生に対し、俺は一言そう告げる。


「なんていうか、色とか味とか食感とか全部。」


もちろん嘘だ。栄養価も高く、美味しい果物として認識している。


「だからこれいりません。」


「えっと…仁界君?」


面倒ごとは嫌いだ。さっさと席に戻ってトレーニングの続きを始めよう。


「じゃあ…これ、ちょうど余っちゃったし陽射さんにあげるね。猪山君もそれでいいよね?」


先生の笑っていない笑顔に対し、頷かざるを得ない猪山。その場は先生のその一言で解決した。だが面倒なことに、今日も今日とて猪山から面倒な注目を浴びてしまった。


ほらやっぱり。


猪山の方を見ると、鋭い眼光でこちらを睨んでいた。目をつけられるというか、視線で刺されている…。小学生の執着というのは恐ろしいものだ。


こうなるのなら、初めからパイナップルジャンケンなど参加しなければよかった。俺は後悔して肩を落とす。

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