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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
39/110

39 仲間を信じて

田畑の必死のディフェンスから、関東トレセンのチャンスの芽を積むことに成功した。キーパーがキャッチしたボールを大きく前方に投げる。


「…切り替えろ!1点とりにいくぞ!」


田畑の声が後方から選手達の背中を押す。先ほどまでの声掛けとはやはりどこか違って感じる。田畑から溢れ出る自信や覇気がものすごい。


「チッ…!取り返すぞお前ら…っ!」


それに対抗するようにして、軒下の声が後方から響く。そんな三兄弟の眼前でキーパーからボールを受けた夏波。獅子塚がボールを取られたことに驚き、カウンターへの対処が遅れた関東トレセンのディフェンスは、夏波に対してプレッシャーをかけられていなかった。


「…夏波、前向けるぞ!」


後方からの声掛けに対し、どこか動きがぎこちない夏波。


「お、おう!」


いつもならトラップ1発で前を向くのだが、少しもたつく。


「詰めろお前ら…!」


その間に軒下兄弟が夏波との距離を詰める。


「わ…っ!?…くそ…っ!」


そして簡単にそのボールを奪われてしまった。


「…す、すまん…!」


ボールを奪われた夏波は、どこかつらそうにそう呟いた。対してボールを奪った軒下は、今度は1発で獅子塚に預けようとはせずに、後方からボールをつなぐ。


「…夏波、やっぱりトラウマになってるのか。」


俺は他の選手の位置を把握しながら、ディフェンスの間の穴を埋めるように上手くポジショニングする。田畑を信頼できるため、ある程度守る範囲が狭くなっていた。


「大丈夫だ小岩井!何度もトライしよう!」


渡辺監督からもそんな声が聞こえてくる。残り時間はおそらく10分ほど。ここを守り切って早く攻撃に繋げたいが…。


「…俺が…ボールを…」


田畑の後方にて、メラメラとその闘志を燃やす存在が1人。


「獅子塚はオフサイドポジションにいる…!まだ警戒しなくていい!」


先ほどから一歩も動くことなく、拳をギュッと握って背中を振るわせている。だから田畑もマークにつく必要がなかった。


「…くそ、あいつどうしたんだ…っ!?」


獅子塚という大きな柱が機能しなくなったことで、関東トレセンの連携が大きく崩れる。


「動け獅子っ!何やってる…っ!?」


最大の得点源が機能しないことで、選手達の目的が非常に曖昧となり、ボールをうまく繋げない。俺がプレッシャーをかけに行くことでパスコースを限定することができ、そのボールを城島がカット。


「城島さん、ボールください。」


俺はディフェンスから一転。すぐにオフェンスに切り替えて、城島からボールを受け取る。そして、すでに体力が無くなり、オフェンスのみに徹する荻原に簡単にボールを繋いだ。


「…すまんけど、さっきみたいなドリブルはできないですよ社長。」


荻原はそのボールを受けると、そんなことを言いながらも簡単に1人かわして、中盤の森下にボールを預けた。


「荻原!ワンツー!」


森下はそう呟いて、裏のスペースに抜け出した荻原に素早くダイレクトでパスを出した。これは『ワンツー』と呼ばれる基本的な動きであり、パサーが裏へと抜け出すための技だ。


「ナイス森下。」


荻原もそのつもりだったようで、大きなスペースに抜け出した。あとは中で待つ夏波にクロスを上げるだけ。


「…小岩井〜。」


ふわっと浮かしたそのボールは、的確に夏波へと飛んでいく。気の抜けた声を出す荻原だが、疲れていても流石の精度である。


「…止めるぞお前らっ!」


センターバックの軒下が声を上げ飛び上がる。夏波もヘディングをしようと飛び上がるが、軒下に跳ね除けられる。


「どけ!」


「うわ…っ!」


やはりどこか様子がおかしい。いつも男勝りの勢いでボールへ向かっていく夏波の、その覇気が感じられなかった。


「…ボールクリア!前蹴れ!」


ヘディングでボールを弾いた軒下がそのまま叫ぶ。そして倒れ込んだ夏波に言葉をかけた。


「…女が同じコートに立ってるなんて、反吐が出るぜ。」


そして、もう1人の軒下もその場に現れ、吐き捨てるように夏波に声をかける。


「邪魔なんだよ。俺たちも…テメェの仲間達も…間違いなくそう思ってるさ。」


残っているのは軒下の恭平と智仁の2人。しかし、それでも夏波のトラウマを刺激するには間違いなく十分な存在だった。


「…わかったなら、もうやめちまえよサッカー。」


「お前、才能ないぜ?」


2人の軒下はそう言って、夏波を置いて前へと向かった。


「ぼ…僕は…」


夏波は項垂れるように下を向く。

俺は前方にクリアされたボールを田畑や城島達に任せて、そのままハーフライン際に残る。


「何やってんだお前?」


ハーフライン際まで上がってきた2人の軒下が、不思議そうに俺に話しかけてきた。


「いや、この試合もらったなと思って。」


「なんだと…?」


後方ではすでに田畑がボールを奪い去っており、縦へのパスを狙ってゆっくりボールを繋いでいるところだった。


「いやな…流石に少しムカついて。」


夏波はまだ立ち上がれていない。心に負った傷はきっと、それほどに大きくて深いのだ。


「はっ…。テメェも夏波に絆されてやがんのか?これだから女がいるチームってやつは…」


「うちのストライカーに何言ったか知らないけどさ…」


前世で監督をしていた時も、新しい人生でサッカーをしている今も…俺には信じて揺るぎない一つのことがあった。


「サッカーに偶然はない。全部実力だ。」


「なにくせぇこと言ってんだよ。つまんな。」


俺は前方を見据えたまま口を開く。もっとつまらない話をしてやろう。


「…その男がサッカーに目覚めたのは22歳の時。ワールドカップの日本戦に魅せられて…遅かったがサッカーを始めた。」


これはあるサッカー馬鹿の話だ。


「彼には才能も実力もない。それでも努力した。本当にサッカーがやりたくて仕方なくて、辛くても馬鹿にされてもそれ以上に…楽しくて。」


「お前なに言って…」


「結局選手にはなれなかったんだけどさ…監督として、選手と向き合うようになって…そこでも馬鹿にされたよ。選手経験もない奴が監督だなんて…どうかしてるってな。」


後方では、田畑が縦に出したパスが関東トレセンの選手の足に当たった。


「結局勝てなくて…悔しくて…死んで、そいつは子供に戻って1から…いや、0からサッカーを始めるんだ。馬鹿馬鹿しいだろ?」


意味のわからない話に困惑する軒下。


「そいつは知らなかった。選手達がどんな気持ちでプレイしてるのか。どんなふうに悔しがって、どんなふうに喜んで、どんな努力をして…どんな風に笑って、どんな風に泣いて…。」


後方ではボールがタッチラインを割っていた。


「でも今はわかるんだ。悔しいなマジで。」


ボールをもらうために、俺はゆっくりと動き出す。

あいつらはこんな気持ちだったのか。ワールドカップという大舞台で、外国の選手に馬鹿にされ…それが全くその通りで、言い返せなくて…こんなに悔しいなんて。


「自分じゃなくて…仲間が侮辱されること。」


俺はスローインで、森下にボールをもらう。そしてそのボールをまっすぐゴールへ向かって思いっきり蹴り飛ばした。


「おい、仁界…!おま…」


それはゴール大きく超えて、後方の茂みの中へと消えていく。狙って蹴ったわけじゃない。ただ遠くへ、時間を稼ぐためにボールを蹴った。


「すまん森下。イラついて蹴った。」


俺はそう言って、前方で立ち上がれない小岩井の方へと向かう。


「…え、イラ…え?」


俺から出た珍しい言葉に驚きを隠せない森下や、他のチームメイト達。しかし、前方の夏波の様子を見て察したのか、なにも言うことはなかった。


「夏波、大丈夫か。」


俺は夏波の近くまで行って声をかける。夏波は見上げるように上を向いて笑った。


「…う、うん。ごめんね巡…。」


その笑顔の裏にはきっと、様々な感情が渦巻いている。こんな状態でサッカーなんてできるわけがない。


「僕…自信無くなっちゃって…。」


その瞳からはゆっくりと涙が溢れ出てくる。


「…ダメなんだよね…こんな感じでサッカーしたくないんだけど…」


溜め込んでいたいろんな感情が溢れ出てくる。


「前は…もっとなにも考えずに、もっと自由に…それですごく…楽しかったんだけどさぁ…」


俺は黙ってそれを聞く。


「おじいちゃんのこととか…軒下達のこととか…僕、頭で考えるの得意じゃないのに…いろいろ余計なこと考えちゃってさぁ…」


間違いない。今までよく頑張ってきていたと思う。それだけサッカーが好きなのだろう。


「僕って、使えないのかなぁ…。選手として、ダメなのかなぁ…」


溢れ出てきた感情は、止めることなどできずに流れ落ちる。そうか、夏波はきっと…それが1番嫌だったんだな。


「巡はもう…こんな僕と、サッカーしたくないよね…。」


笑いながら泣く。夏波は、自分がいかに優れていない選手かを自覚し、人生で初めての劣等感に押し潰されそうになっているのだ。


「なに言ってんだよ夏波。」


俺は夏波に手を伸ばす。

きっと前世の俺だったら、きっとここで優しい言葉をかけていた。気を緩ませていた。


「俺は夏波じゃないからわからない。夏波がどんな気持ちでサッカーをしてて、どんなことを考えてしまっていて、それがどれだけ嫌なのか…なにも知らない。」


でも、俺は選手の気持ちを味わった。悔しい気持ちでいっぱいだ。信じていた選手が…まだやれる選手が…仲間が、夢半ばで崩れ落ちていくのが。


「俺だけじゃない。ここにいる全員がそうだ。誰も夏波の感情なんてわからない。夏波はチームメイトの1人。それ以上でもそれ以下でもない。いろんな感情の中で今頑張っていることなんて誰も知らない。」


結局何を言っても意味がないんだ。立ち上がるか立ち上がらないかは、俺の意思じゃない。目の前の…夏波次第だ。だから俺は、優しいことは何も言わない。信じて立ち上がれる。夏波にはそれができるはずだ。


「…だから何も言えない。夏波が自分の力で立って。」


俺は夏波の手を離す。どこまでも残酷に冷酷に突き放す。


「ぇ…巡…。」


俺はそんな夏波に背を向けて、歩き出す。


「でももし、自分で立ち上がることができたなら…」


小さな希望を添えて。


「俺とゴールだけ見てプレーしろ。」

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