表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
35/110

35 逆転の狼煙

後半開始直後、俺…荻原歩夢は仁界からパスを受け取った。


「荻原さん。」


相変わらず気の抜けた声だ。今負けてる状況だってわかってるのかな。


俺はパスを受けてすぐに一緒に上がってきているであろうFWの長嶺と、MFの森下を探す。そしてそれと同時に足元に力を入れて前にボールを蹴り出す。


ある程度を型を崩して…。

そう監督は口にした。しかし、俺たちがこの試合までに練り上げてきた作戦は、0%だった勝利を1%に引き上げてくれる命綱。俺も…そして他の誰も、その命綱を手放すことはできない。


そう…思っていた。


「…森し…ぇ…」


ドリブルをしながら仲間を探す俺。しかし、いつもちょうどいい位置でボールを受けてくれる森下がいなかった。瞬間、俺の動きはわずかに停止する。


「…くっ…!」


前方から迫り来るディフェンス。かわすには森下とのパス交換しかない。このディフェンスを超えて…そして中にセンタリングをあげる…。それが俺の仕事なのに…。


俺は一度切り返して、後ろに構える桜井にバックパスをする。


「…桜井さん。」


そして桜井からのボールをもう一度仁界が受ける。


あいつ…この試合のこの局面で、なんで一切足元を見ていないんだ?どうしてそこまで自信を持ってプレイできる?


「荻原さん。」


仁界はそのまま、戸惑う俺にもう一度パスを出す。淡々とした声で、まるで何かに気づいてほしいかのように。そして、また森下が上がってきていなかった。


「…くそ…!」


俺はモタモタしてボールを奪取される。そして相手の選手はそれを素早くコントロールし、前方の獅子塚に向けて大きく蹴り出した。


「…なんで…!」


俺は小さく呟いて膝を叩く。いつもと何かが違う。必要な場所に必要な選手がいない。森下が、仁界が…俺の視界に入ってこない…。なんで…!


「仁界…!獅子塚が行ってるぞ!」


相手チームのロングフィードの着弾地点には、すでに仁界が立っていた。しかし、それを奪おうとするハンターがすぐ近くまで迫っていた。田畑が声をかけるも、仁界は動じない。まさか社長に限って気づいていないなんてことはないはず…。


「…ふ…っ…ははは…っ!」


しかし不思議なことに、獅子塚は本気でそのボールをとりにいっていなかった。わざと仁界がトラップできるほどの隙を作りながら近づいていく。


「はぁ…。」


そして仁界も、おそらくそれに気づいていながら、わざとそのペースに合わせてゆっくりとプレイを続けた。


「…お前、今俺を簡単に剥がせただろう。なぜ、わざわざ対面した?」


獅子塚の言う通り。仁界ほどのボールコントロールがあれば、今の獅子塚なら簡単にかわせたはず。しかし、わざとスピードを緩めた獅子塚に仁界もわざわざプレイのスピード合わせたのだ。


「…僕も、これが最善ではなかったと理解しています。」


何を…してるんだ?


俺はその光景を見た瞬間にすぐにわかった。仁界が何をしようとしているのか。だってそれは…俺の…


「仁か…っ。」


声に出そうとして俺は口をつぐんだ。そして、中盤の底…自陣のそれなりに深い位置で獅子塚と『ドリブル』で一対一の状況を作り出した仁界。


本来、サッカーではドリブルよりパスの方が圧倒的に効率がいい。選手ではなく、ボールを動かすチームは体力が保つし、効率よく勝利に近づくことができる。


ドリブルは最後の最後…ギリギリペナルティエリアの少し外でボールを受けた際、最後のディフェンスをかわしてシュートを打てる…それほどの状況でないと正直コストパフォーマンスが悪い動きだ。


だが、仁界は今そのドリブルを自陣の…しかもそれなりに深い位置で始めようとしている。効率が圧倒的に悪い。しかも相手は獅子塚。一体なんの意図があっての行動なのか…。


「あいつ…何やってんだ?」


「あんなところからドリブルなんて。」


相手チームのディフェンスもそう口にしていた。それはそうだろう。もちろん、世界にはドリブルが上手いプレイヤーは五万といる。その中でも本当に全ての相手選手を抜き去ってゴールを決められるのは、ほんの一握りの選手だけだ。


「あそこから全員抜き去るってか?」


「俺は誰にも取られません〜ってな!ははは…!」


笑われるのも仕方がない。だってそんなプレイは…そんな…プレイは…


「…くるか!仁界!」


獅子塚が初めて仁界の名前を呼んだ。その瞬間仁界がボールを動かし始めた。アウトサイドで右に大きく蹴り出すと、獅子塚がそれに反応して右に動く。


ついてくること初めからわかっていたのだろう…仁界はすぐに足の裏を使ってボールを引き、左足に持ち替えてアウトサイドでコントロール。右に重心が偏っていた獅子塚だったが、この程度の切り返しに対応できない柔なディフェンスはしない。その嗅覚はディフェンスにも完璧に応用が効くのだ。


「…取られる…。」


俺が呟いた瞬間、獅子塚が左に重心を一気に傾け、そのボールに足をかけようとする。完全にボールを取られた…しかし、仁界はボールを取られなかった。


左足のアウトサイドで優しく外側にボールを蹴り出した仁界。しかし、初めに右足で外側に蹴り出した際とはわずかにその動きが異なっていた。ボールに触れる足元より先に、膝が先行して体の1番外側に出ていたのだ。


俺はこの動きを知っている。世界の名選手たちが、名ディフェンスを抜き去った高難易度のフェイント技…。


「…エラシコ…。」


完全に左重心が傾いていた獅子塚。しかし仁界は左足で軽く外に弾いたボールを素早く同じ足のインサイドに当てて逆の右側へと移動させた。完全に獅子塚を抜き去ってしまったのだ。


俺は驚愕した。


仁界は、そもそも高難度のエラシコを…この試合本番で、あの場所で、獅子塚を相手にして…利き足とは逆の左足でやってのけたのだ。


「ありえねぇ…。」


俺は呟いた。そして同時に思い出していた。あの場所であんなバカな賭けに出る奴を俺はもう1人だけ知っていた。そいつは自信家で負けず嫌いで、ボールを持ったらゴールまで誰にも取られないと豪語していた。そして何より…ドリブルが大好きだった。


「荻原さん。」


仁界は獅子塚を抜き去ってすぐに、もう一度俺に長いパスを出した。相変わらずその精度は桁違いであり、バックスピンがかかった綺麗なフィードが俺の足元めがけて飛んできた。


「…社長さん…。」


俺はそのボールを的確にトラップする。同時に、そのボールに込められたメッセージをようやく理解することができた。そして、それがわかった瞬間、いやでも口角が上がってしまう。


「俺がバカだった…。」


先ほどまで、俺は常に味方を探し…パスコースを探し、自分の仕事を全うすることを最優先に考えてプレイしていた。もちろん、それ自体は問題じゃない。加えて俺は、相手チームの獅子塚を見て勝手に劣等感を覚えていたのだ。


伝わったよ社長。


俺はまっすぐ前を見て、迫り来る相手を見据えた。


さぁ…俺、覚醒の時だ。


ーー


「荻原さん。」


さて、そろそろ気づいてくれるだろうか。荻原がこの試合で一度も自分の武器を披露していないことに。俺…仁界巡は獅子塚を抜き去ってすぐに荻原にロングフィードを蹴った。これで気づかなかったらお手上げ。


「…仁界…貴様。」


あれだけフレキシブルに重心を移動させておいて、なんでそんな何事もなく立てるんだよこの人。普通足捻ったりするぞ。


「獅子塚さん…すみません。」


でもまぁ、謝罪というよりは感謝をしなくてはいけないな。うちのドリブラーを叩き起こす手助けをしてくれたのだから。


「勝ちますよ。この試合。」


関東トレセンにはいるのだろうか。俺が唯一…本気でディフェンスをしてボールを取ることができなかった化け物からボールを取れる選手は。


「寝言は…」


しかし、悠々と風にあたる俺の隣で力強く地面を蹴り出すハンターが1人。


「寝て言え。」


そのハンターは、今まさにドリブルで関東トレセンの選手を1人抜き去った荻原の方へとものすごいスピードで駆け出していく。


「まずいな…。やばいのがいきましたよ荻原さん。」


でもきっと…ここで俺がパスを要求しても、荻原はもう絶対にボールを離さないだろう。もうゴールしか見ていない。例え、ずる賢い三兄弟でも、涎を垂らしたハンターでも…今の荻原を止められる選手はこのフィールドに存在しない。


ーー


俺…荻原歩夢は今無双していた。


多分。客観的にも主観的にも。


「…荻原!」


パスを要求する長嶺を無視して、俺はドリブルを続ける。早速、1人目のディフェンスが俺との距離を詰めてきた。やることは単純。この勢いを殺さないように…1番スピードに乗れるドリブルで抜き去る!


俺は右足でシザースを一回挟んで、左足のアウトサイドで大きく蹴り出し、スピードを殺さないまま1人目のディフェンスを抜き去る。もちろん、そのディフェンスは後ろからついてくる。そして正面からも2人ディフェンスが現れる。


「仁界のプレイにあてられたのか…?」


「でも、この状況じゃ…」


何か言っているようだが、俺の耳には何も入ってこない。淡々と次はどんな技で相手を抜こうか…それだけを考える。


前方から2人、後方から1人。流石にここは勢いを抑えて、一度足の裏でコントロール。相手が足を出せる間合いにボールを置かなければ、取られることはない。後方に転がったボールをノールックで左側に転がしながら急停止。


「荻原…!」


パスをもらいにきた森下が見えたが、囮にさせてもらおう。俺は森下にパスを出すと見せかけ、その真逆にボールをカット。そしてそのまま勢いに乗り、前方から迫っていた2人のディフェンスを抜き去る。


「くそぉ…っ!」


まだまだ…!まだ上げられる…!


俺は見えていた。ゴールまで繋がる細い糸のような道筋が。ディフェンスはあと2人。


「…光輝…!」


後ろからそんなディフェンスに呼びかける声が聞こえる。しかし、今の俺を止められるほどのディフェンスをできる三兄弟じゃない。


「…くそ…なんなんだよ急に…!」


恭平がそうぼやく。バカな奴らだ。前に蹴ってればいいだ…?サッカーはそんな簡単な競技じゃねぇよ。


光輝と恭平のディフェンスの間。俺はそのわずかな隙間に正気を見出す。入りは左側から、左足でボールを持った状態だ。2人はボールを常に見ている。視線の動きで丸わかりだ。


少し俺が足からボールを離せば…


「…今だ…っ!」


左側でディフェンスをしていた光輝が、バカみたいに右足を出してくる。これで4本あったうちの左から2番目の足がなくなった。俺は釣られた光輝の足が見えた瞬間、足裏でボールを引き寄せ、右足に持ち変える。そして光輝が前に足を出したそのわずかな隙間にボールを通した。


「なぁっ…!?くそ…っ!!」


もう1人のディフェンスがなんとか止めようと、ユニフォームを引っ張ってくるが、そんなことで倒れるほど柔な鍛え方はしていない。俺はこのドリブルに全てを注いできたんだ。


「まだだ…っ!智仁!」


後方からついてきていたもう1人の軒下が、俺のボールめがけてスライディングをした。もし足にあたればファールを取られPKになる。そしてそれ以前に俺の足に大きな怪我を負うことになる。だが、俺はそうくることを予想していた。


「やっぱりか。」


単純な奴らだ。止められなければファールをして…。でも、今の俺は…ファールごときじゃ止められない。後方から迫るスライディングに対し、繊細なタッチでボールを少し右側にずらし、俺自身は左側にズレる。そうすることで、ちょうどボールと俺の間に隙間ができ、智仁のスライディングは虚空を切ることになる。


「…くっ…!」


あとはキーパーだけ。簡単だ。シュートを打てば入る。でも今の俺は頭がおかしいんだ。ボールを手放したくない。キーパーさえも抜いてやりたい。


「荻原!打て…!」


打ってこない俺を見て、キーパーが飛び出してくる。やっときた。この状況。勢いに乗っていた俺は、半身になってシュートフォームに入る。これで左右どちらに蹴るかわからなくする。


だが…蹴らない。


俺は飛び出してきたキーパーをシュートフェイントで抜き去る。なんて気持ちがいいんだろうか。この景色。目の前に誰もいない…この景色が俺は大好きだったんだ。


「荻原…!」


そんな俺の喜びを妨げるのように、後方から田畑の声が聞こえてくる。同時にものすごい気配が後方に突然沸いた。


「…止める。必ず…っ!」


最後の最後の最後…後方から俺のボールをとりに来た獅子塚が追いついてきた。今シュートを打てば、おそらくスライディングで獅子塚に止められる。


まずい…まずいまずい…ここまで来て…俺はゴールを奪えないのか…?


なんて、心の中で1人茶番を想像できるほどに、今の俺には余裕があった。


「やっと見返せるよ。」


俺の言葉に獅子塚が大きく目を見開いた。


俺は獅子塚のスライディングを見越して、少し浮かせたループシュートをゴールに向かって蹴った。


「…甘いな。」


しかし、そのシュートに獅子塚は気づいていたようで、スライディング中に足を浮かせ、ループシュートの軌道を防ぐ。誰もが外れた…そう信じる中、俺だけは1人呟いていた。


「…ありがとう社長。」


獅子塚のその行動を読んでいた俺は、そのループシュートを追うように足を伸ばし、さらに高くボールを蹴り上げる。


「何…っ!?」


そして、誰もいない無人のゴールの目の前で、インステップでその勢いを吸収し、ボールをトラップする。


そして最後。


俺はゴールに向かってラストパスを放った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ