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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
28/110

28 関東トレセン

束の間の休息がありつつも、サッカー漬けの毎日はすぐに戻ってくる。翌週には北信越トレセンメンバーの一員として金沢に招集されていた。


「早速だが、今週末…『関東トレセン』との試合が決まった。それに向けて、今週は相手を想定した練習を行なっていく。」


「関東って…初っ端に最強地域と…!?」


座っていた森下が声を上げる。さすがはサッカー博士。どうやら関東トレセンの能力の高さを知っているようだった。


「あぁ。関東は優秀な選手が多く、毎年強いチームを作り上げている。監督の『鍋島』さんは僕の二つ上の先輩で、ナショナルトレセンの監督でもある。」


「ここでアピールができれば…ナショナルトレセンに近づく…。」


田畑が小さくつぶやいた。それにコーチも頷きを返す。


「一筋縄では行かない相手だ。」


渡辺コーチは対戦相手である関東トレセンがどのような戦術を駆使してくるのか、そして注目選手を説明した。


「まず…注目なのがワントップを務めるFW『獅子塚 龍騎』。みんなも名前は知ってるかもしれないけれど、とても優秀なFWだ。U 12の日本代表にも選出されている。」


田畑や長嶺、そして荻原の表情が変わった。


「フィジカルにドリブル…足の速さにテクニック…どれをとっても一流。裏への抜け出しから1発でゴールまでもっていかれる可能性が高い。」


俺は見たことはないが、渡辺コーチやナショナルにいたメンバーが警戒するほどの相手…。警戒しておいて損はないだろう。


「獅子塚対策に…基本的にはDFを4枚にして戦う。」


何人かのメンバーは驚きの顔をするも、理解を示す選手達もいた。俺はどちらでもないがDFを4枚にするということが8人制の小学生サッカーにおいてどれほどのリソースであるかくらいは理解している。つまりはそれほどの相手…それだけやっても止められるかわからない相手ということだ。


「そして、その守備の要になるのが…『田畑』だ。」


「はい。」


名前を呼ばれる自覚はあったのだろうすぐに返事をした田畑。いつもはヘラヘラと笑いながらなんでもそつなくこなす田畑がこの時だけは妙に不安な面持ちだった。


「そして残りの3人に、『城島』、『櫻井』、そして『荻原』に入ってもらう。」


監督のその言葉に今度こそ選手達の声が上がった。理由は単純、ディフェンスに『荻原』を置くというこのポジションに疑問を持ったからだろう。DFが4枚の時点で予想はしていたが、やはり荻原をサイドバックに置くか。


「監督…!城島に櫻井はわかりますけど…どうして荻原がバックなんですか…!?」


質問したのは長野県トレセンから来ている『西園』だった。本来はこの西園がサイドバックを務めるはずだったのだ…当然の疑問である。


「4枚のDFをつけるにあたって、サイドバック…特に右サイドバックには大きな運動量を要求することになる。残りのポジションは自ずとMFが2人、そしてFWが1人になるからサイドが大きく空く。サイドバックにはそのスペースを活用して擬似的なサイドハーフとしても動いてもらいたい。」


「擬似的なサイドハーフ…。」


あくまでDFというポジションの一つであるサイドバックは、時折攻撃にも参加するものの本来オフェンスであるサイドハーフのサポートをする程度。サイドバックがメインで攻撃参加をするということは、それだけで2つのポジションを任されるということに他ならない。これがどれほどの運動量を必要とするか…ここまでサッカーをやってきた西園には理解ができたようだ。


「荻原…頼めるか?お前の運動量にかけてみたい。」


「…監督の頼みとあれば。」


不敵な笑みを浮かべる荻原にお礼をする監督。


「荻原がサイドハーフとして攻撃している間は櫻井が右サイドバックの位置まで開いて擬似的に3枚のDFにする。今回の試合はこのような可変式ポジションで戦っていく予定だ。」


このような戦術はプロの世界でも時折見られるが、よっぽどのFWがいる時や、攻撃的なチームを相手にするときでないと用いられない印象がある。やはり獅子塚という男はそれだけ恐ろしい存在ということだろう。


「そして、MFは森下と仁界。ワントップのFWには長嶺に入ってもらう。」


予想通りのポジションだ。夏波が選ばれる可能性も考えたが、やはり能力面で僅かに長嶺が秀でているのは事実である。


「それじゃあ…今日からはレギュラーメンバーは別で練習だ。あとは、悪いけど8人…関東トレセン役としてゲームに入ってもらう。残りのメンバーは、もし仮に交代で試合に出た時しっかり動けるように『貝塚』コーチの元で別で練習すること。それじゃあ始めよう!」


ピ…っ!と笛が吹かれ、皆が立ち上がった。


「…獅子塚か…。やっぱりあいつプレッシャー感じてんのかな。」


「なんのことだ?」


隣にいた森下のつぶやきを聞いた俺は、なんのことか分からずにその真意を尋ねた。


「あぁいや…田畑のことだよ。」


「田畑さんがどうかしたのか?」


今回の作戦で要となる田畑。先ほどの不安そうな顔と何か関係があるのだろうか。


「そっか。お前は知らないんだったな。いつも勘違いするんだよな…仁界も当たり前にナショナルにいたってさ。」


「そりゃありがたい勘違いだ。それで?さっきの田畑さんの話って?」


「田畑な…ナショナルでよく獅子塚と対峙してたんだけどさ…あの田畑ですらあいつのことを一度として止め切れたことはないんだ。」


それを聞いた俺は純粋に驚いた。


「あの田畑さんが…?」


田畑さんはナショナルでも今と同じセンターバックを務めている。それに、あれほどまでに強固なディフェンスを俺は今までに見たことがない。それなのに、獅子塚を一度も止められたことがない…という。


「あぁ。なんていうか相性最悪なんだよ。獅子塚はバカみたいに突っ込んでいくタイプなんだけど、その動きには無秩序に秩序があるっていうか…あいつ無意識的にDFの一番嫌な位置に常に立ってんだよ。」


無秩序に秩序が…つまりは天才だということだ。FWとしてのゴールの嗅覚が類い稀なるものである証拠。確かに、田畑さんは理論で解決できそうにない相手とは相性が悪そうだ。


「なんていうか、長嶺みたいにわかってそういう動きをしているタイプと、小岩井みたいに考えずして本能で動くタイプ…その両方のいいところを持ってるみたいな。」


「とりあえずすごい奴ってことは伝わったよ。」


MFの俺もマッチアップしないとは限らない。もしその時…止められるかどうか…。


「おう。っと…俺たちもそろそろ行こうぜ。動きの確認だ。」


「了解。」


俺と森下は渡辺監督の元へと走った。


ーー


「関東トレセンの想定ポジションDFからFWに向けて3-3-1。僕らのチームとさほど変わらないけど、3人のMFがかなり詰まった状態で動く傾向にある。だからこそ荻原を起点にサイド攻撃が有効になるはずだ。」


渡辺監督はまず、相手のポジションを想定した状態でゲームをさせる。そしてところどころで気になった場所で笛を鳴らし、説明をするという流れだ。


「そうだ…ボールがここにあり、荻原が上がる…。同時に櫻井は荻原のポジションを埋めるように横に動き、3バックに近いポジションに擬似的にシフトする。」


荻原がサイドからボールを持ち上がると、あいてのサイドバックが詰めてくる。この時荻原にはサポートがいないため、右側にいるMFの俺がボールを呼び込む。


「社長…。」


素早いパスを俺に預けて走り出した荻原。これはワンツーパスの合図。俺はダイレクト…つまりワンタッチでそのボールを相手の裏のスペースに走った荻原の前に蹴った。


「中枚数増やせ…っ!」


サイドを駆け上がる荻原。中を見るが相手は5枚、味方は俺と森下…そして長嶺のみ。荻原がクロスを上げるも、枚数が足りずにすぐに弾かれてしまった。そこで監督の笛が鳴った。俺も想定していた問題が起きたからである。


「ちょっと一回止まってくれるか?今荻原がサイドにいる時、パスという選択肢がなかったことに気づいた?」


MFの俺と森下、そしてFWの長嶺はヘディングゴールを決めるためにペナルティエリアの中へ。しかし、相手の数は必ずこちらよりも多い。その場合荻原はペナルティエリア外でボールをもらう選手が欲しかったはずだ。しかし、この時荻原の視界にはその存在はおらず、迫り来るDFを前にしてクロスを上げることしかできなかった。


「ここで上がってきて欲しいのが城島だ。」


逆サイドバックの城島を指名する渡辺監督。


「…どうして田畑や櫻井じゃなくて、サイドバックである俺なんですか…?」


当然の疑問だ。逆サイドでボールを所持している荻原から最も遠いポジションにいるのが城島である。より近いポジションにいる田畑や櫻井がその役割を本来は担うはずなのだ。


「理由は二つ。一つは獅子塚への1発カウンターが怖いから。」


田畑、櫻井の2名がいても止められるかわからない相手。そんな相手に1人で挑むことになった場合止められるはずもなくすぐにゴールに繋げられてしまう。


「そしてもう一つ…城島にはこの時マークがいない。」


相手チームは3人でペナルティエリア内に入ってきた俺たちを止めるために5枚ものDFで競り合ってくる。自ずと残るのは獅子塚と1人のMFのみだ。彼らに櫻井と田畑が1人ずつついた場合、城島にはマークがいない。


「確かにそうですけど…俺が抜けた場合、獅子塚は俺の裏のスペースに走るんじゃないですか…?」


「いや、それはない。」


すぐに否定をする監督。一体どういうことだろうか。俺にもこの理由は分かりかねる。


「城島がもし荻原からボールをもらった場合…即シュートを打て。」


「それって…」


「城島はキック力がある。それにミドルを狙える正確さもある。ゴール前に人が集まっていてキーパーはどこからシュートが飛んでくるのかわからない状態なわけだ。十分にゴールできる可能性はある。」


即シュート…。つまり城島の行動を完璧に固定するということだ。なるほど…確かに一つの作戦としては悪くはない。でも…


「キーパーに取られたり…偶然俺の裏にボールがクリアされる可能性だって少なくないですよね?」


「大いにあり得る。だから田畑と櫻井が残っているし、城島はシュート後すぐに元の位置に戻ってもらう。城島にはサイドバックと中盤を移動するこの斜めの動きを徹底的に叩き込んで欲しい。」


「…分かりました。」


ようやく理解を示した城島。渡辺監督も無茶な作戦に出たものだ。本気で務めたとして、それでもまだ偶然性が拭いきれない作戦…。そうしないと止められないほどの相手ということだろう。


「城島がその役割を担ってくれることで、荻原の行動パターンが三つになる。一つはそのままドリブル。もう一つはクロス…そして最後に、上がってきた城島に預けてそのままシュート。状況に応じて荻原が選択してくれ。」


「分かりました…。」


荻原は責任重大。もちろん、俺や森下、長嶺に城島もいつパスやクロスが来てもいいように備えておく必要がある。全員が一丸となってプレイすることが大切というわけだ。


「そもそも…荻原が上がるような状況に持ち込めるかもわからない。それほどに強い相手だ。だけどもし隙があれば、ここで一点取りたいな。」


監督の意図を選手達はみんな理解したようだ。ギリギリの…針の穴に意図を通すような繊細な作戦だが、格上と戦うには確かに一つの優れた作戦でもある。


「そしてもう一つ…今のは理想的な攻撃パターンだけど、さっきも言った通りこの状況に持ち込めない可能性の方が高い。もしその場合は引いて守ってカウンターだ。」


『引いて守ってカウンター』…。格上と戦う上で1番の定石である。


「その時前方に残るのは長嶺。それ以外の選手は全員でDFをしてもらう。」


つまり獅子塚含めた4人のオフェンス相手にこちらは6人で迎え撃つわけだ。


「この6人の場合の動きも的確に頭に入れてもらう。無理にパスを繋ごうとせず、ボールを奪ったらクリアでいい。もちろん長嶺のカウンターに繋げられることが理想だけど、6人も集まっていたらきっとパスコースなんてほとんどないし、人と人との距離がとても近い。簡単に相手や味方の足に引っ掛かってしまうだろうね。」


渡辺監督は笑ってそういうと、笛を構えて再開の準備をする。


「基本的にはこの二つの作戦で試合に挑む。今日は荻原が前に出られたパターンの練習をするから、城島は気合いを入れてね。それじゃあ再開しようか。」


ピ…っ!と笛が吹かれ、ゲーム形式の練習が再開した。


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