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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
21/110

21 ドリブルの極地

試合開始から10分。俺は北信越トレセンのレベルの高さを肌で感じていた。それは葛西や、他の県トレ勢も同じようで、いい刺激を受けている。


「葛西、右サイド足速いから警戒して。荻原には絶対1人着いとけ!」


そんな雰囲気に対し、物怖じを一切感じさせない選手が1人。先ほどまで意気揚々と話していた森下である。俺と同様5年生にして、すでに赤チームのリーダー的な存在になっている。俺は森下の指示に従い、青の7番荻原のマークについた。


「重役出勤の人?」


1試合を終えた荻原から息切れの様子はない。両手を脇に添えて俺に対して質問してくる。おそらく意図せず、目つきが悪くなる荻原。


「初めの練習から遅刻なんて、いい度胸してるよね。社長さん。」


荻原は嫌味ったらしく口にすると、同時にキレのある動きで俺のマークを外す。


「速い…。」


しかし、それは予想していた動きだ。俺はインターセプトには至らないものの、荻原に良い体勢でボールを受け取らせなかった。


「ドリブル…させる気ないんだ?」


後ろ向きの状態の荻原に対し、後方からプレッシャーをかけ続ける俺。しかし、フィジカルも相当なものでなんとか前を向かせないようにすることで精一杯だった。


「する気も起きないでしょ…?」


俺のプレッシャーに耐えかねた荻原は、一度後方の中にパスを出した。ドリブルで突破するのは難しいと踏んだのだろう。


「社長さんで、彼女も連れてきて…ふざけた奴だと思ったけど、ディフェンスは上手いじゃん。」


「全部違いますよ。社長じゃないですし、あれは彼女ではありませんし、ディフェンスもまだまだです…。」


相手コートでボールを奪った赤チーム。俺は荻原のマークを外して中盤を駆け上がる。見えているのは、サイドでボールを持ち駆け上がる森下。そして、逆サイドから狙う葛西とFWの選手だった。


「森下っ!」


葛西がファーサイドでクロスを要求。比較的身長の高い葛西ならヘディングで決められる可能性がある。


「葛西…っ!」


森下は葛西へ的確なクロスを蹴った。そのボールはふんわりと、それでいてものすごい精度で葛西の頭へと向かっていった。


「ナイスクロス…っ!」


葛西は相手ディフェンスの肩を手で押さえながら高くジャンプした。頭ひとつ飛び出した葛西がヘディングでゴールを狙う。しかし…


「だぁ〜っ!クソっ!」


惜しくもポストに阻まれてボールが跳ね返る。


「セカンドボー…マジか。」


セカンドボールに対して呼びかけようとした森下がその言葉を途中で止めた。なぜならば、すでに落下地点に俺がフリーで待っていたからである。


「…ずるい社長だな…」


届かないと悟った荻原は、諦めて後ろを向いた。そしてドフリーでボールをもらった俺は、それを正確無比なキックでゴール左隅に流し込む。芝にも慣れてきた俺のシュートは正確にサイドネットを揺らした。


「…ナイスシュート…っ!仁界っ!!お前本当にすごいんだな…っ!!」


ゴールを決め仲間たちが寄ってくる。そこで森下がつぶやいたのだ。そして葛西も近くまで来て一言口にした。


「次は俺が決める。」


わずかに悔しそうな顔をしていたが、あれはほぼ葛西のゴールなので仕方がない。次は確実に決めて欲しいものだ。


「切り替え切り替え…っ!もう一点取るぞ!」


森下が手を叩いてみんなを鼓舞する。俺もポジションにつき直してソックスを上げた。

さて、切り替えだ。キックオフが一番危険だからな。なんてったって…


「荻原さんが前を向いてボールを持っちゃうからな。」


俺の呟きと同時に、ボールを持った荻原が軽々と赤チームFWを抜き去った。そして攻撃的MFである森下すらも難なく抜き去ると、すぐに俺と一対一を仕掛けてきた。


「社長…。今度は取らせないよ?」


「だから社長じゃないですって…っ!」


俺はジャブのつもりで右足を半歩前に出し、ボールを突くふりをする。それに反応した荻原はボールごとわずかに左にずれた。今の本気でいっていたら簡単に抜かれていただろう。そうだと分かるほど反射神経がいい。


「いいねその反応の速さ…。僕が待っていたディフェンスだ…っ!」


荻原は笑って、どんどん位置を入れ替わりながらコートを縦横無尽に駆け回る。誰も俺たちのデュエルを邪魔することはできなかった。少しでも邪魔をすればされた選手が負ける。


「…田畑さん以上に…速い…。」


そのキレのある身のこなしに、右へ左へ揺さぶられる。しかし、完全に離されることはない。しかし…


「…他がついてこれてないか…」


本来ディフェンスの役割は敵からボールを奪うことだが、あえて飛び込まずに時間を稼ぎ周囲の選手が一緒にディフェンスをしてくれるのを待つという戦略もある。だが、今の状況だと難しい。


「まだまだ上がるよ…!」


そう言ってさらにスピードを上げる荻原。

飛び込めば簡単に抜かれてしまう。飛び込まずに時間を稼ごうにも、ペースの速さに周囲の選手達がどうディフェンスをすればいいか迷っている。この状況のままだと、ジリジリとゴール前までボールを持っていかれる。


「そろそろかな…?」


荻原のその声を聞いて、俺も気づく。それは後方から迫り来る赤チームディフェンスの1人。


「ナイスだ仁界!俺が止める!」


意気揚々と近づいてくるその選手。俺は本当にこの状況の正しいディフェンスを知っているのかと疑問に思いながらも、その選手を止める声を出せずにいた。


「ごめんね社長。利用させてもらうよ。」


荻原はそう言うと、横から飛び込んできたその選手を軽々とかわし、その選手の陰から一気にスピードを上げてゴールへ走り出した。


「…あ!クソ!」


その選手は不覚をつかれ後ろを向く。しかし、時すでに遅し。荻原は最高スピードでゴールへと向かっていた。俺は何も言わずに拳を握る。追いかけようにもディフェンスに来たこの選手が邪魔ですぐに走り出せなかった。


「…一点取ったからって、調子に乗ってちゃあダメだ。」


荻原はディフェンスラインで待ち受ける3人を軽々とかわすと、キーパーと一対一に持ち込む。


「だってそっちがゴールを決めるってことは、キックオフの時に僕が前を向いてボールをもてるっていうこと。」


飛び込んできたキーパーをヒールリフトでかわし、あとはゴールに流し込むだけ。


「僕がボールを持つってことは…ゴールまで誰にも取られないっていうこと。」


しかし、その一瞬の遅れに追いついた俺は決死の覚悟で後方からスライディングでボールを突こうとする。間に合うか間に合わないか…間に合ってもファウルでPKになるか一か八かの状況。


「やっぱり…重役なだけあるよ君。」


しかし、そのスライディングを紙一重でかわす荻原。まるで背中に目でもついてるかのように綺麗なシュートフェイントを繰り出した。


「ここまでついてこられたのは…君が初めてだよ。」


荻原はパスのように優しいシュートをゴールに流し込み、スライディングした状態で芝の上に倒れ込む俺に向き直った。身長は低いが、恐ろしい機敏さをもっている。俺はこの選手に一本取られた。


「誇っていい。」


差し伸べられる手を掴み、俺は立ち上がった。やはり地域トレセンはレベルが違う。そう感じた瞬間だった。


「ありがとうございます…。」


「悔しそうな顔。見たかったけど、それはまた今度に取っておくよ。」


荻原は爽やかな笑みを浮かべて自陣にもどっていった。俺は芝のついたパンツをはらうと、近くに寄ってきた森下に話しかけられた。


「…仁界…お前すげえな…。荻原のドリブルにあそこまで食らいついてるの田畑くらいしか見たことねぇよ?」


「いや…やられた。もう少しで止められたんだけどな。」


俺は剥がれかけているスパイクの爪先の方を見てそう言った。そろそろ買い替え時かな。


「あいつ今はMFだけど、ナショナルではサイドハーフをやってんだよ。外国人選手でもついてこられないくらいのキレしてんのに…すごいな。」


「…とにかく、次は止めるから安心してくれ。森下は攻めを…俺は守りを…これからは明確に役割を分けよう。」


森下は脇に手をついて、ユニフォームの裾で汗を拭いた。


「そうだな。狙い目だと思ってた4番の裏も、荻原に気づかれたみたいだし…少し作戦を変えないとな。」


「おう。」


俺たちは自分のポジションに戻り、キックオフから試合再開。今わかっていることは、こちらに明確な攻め手が無いこと、そして荻原にボールを持たれてはいけないということだ。


「仁界!」


俺は右サイドを駆け上がるサイドハーフの選手にロングフィードを蹴る。そのボールは正確無比にその選手の前方でバウンドし、バックスピンにより速度が弱まった。


「ナイス!中入ってこい!」


サイドハーフの選手に続いて、森下、FWの選手、逆サイドにいた葛西がペナルティエリア内に侵入する。クロスボールの狙いは森下のようだ。


「森下!」


そのボールは綺麗な弧を描き、森下の頭の方へと飛んでいく。しかし、相手チームの大柄な選手…名前は確か『鬼塚』とか言っただろうか。その選手に競り合われ負けてしまった。


「ってっ…!なんつーフィジカル…っ!」


森下は吹き飛んで倒れたが、鬼塚は余裕の表情でボールをクリアした。


「まずい…っ!そっちは…!」


そして、クリアしたボールが偶然にも相手チームエースの荻原の足元へと転がっていった。


「仁界頼む…っ!」


今度は完全に前を向いた状態での勝負。先ほど同様、一対一で荻原に勝てる見込みはない。


「あのデカいの…いい仕事するじゃん。」


荻原はボールを持って前を向いた。俺は少し遅れてその前に立つ。一定の距離は常に保ち、絶対に抜かせないように時間を稼ぐ。


「さっきと変わらないじゃん。またジリジリ僕がゴールに近づくだけだよそれ?」


「試合中に話しかけないでください。集中したいんで。」


「連れな〜い。」


そして荻原は地面を蹴って急加速した。先ほどのゆっくりなドリブルとは違う、緩急のある鋭い切り返し。


「周りのディフェンスはカバーに入れ!絶対に抜き切らせるな!」


森下が戻ってきて皆に指示を出す。ディフェンスは俺と荻原の一対一には入ってこないものの、荻原が飛び出してきたら確実にボールを奪える位置に立っていた。


「ジレないよね。君は。」


ドリブルをする荻原になんとしてでもついていく俺。こいつに前を向かせてしまったら、もう普通のディフェンスじゃボールを奪えない。


「でも僕、ドリブル以外も得意なんだよね。」


荻原はそう言うと、右側を走り抜けてきた相手のMFとワンツーを狙ったパスを出す。それは俺を数瞬遅らせ、荻原と俺が並ぶ状態になってしまった。このままではいつシュートを打たれてもおかしくない。


「君本当としつこいね。」


足を出さずに荻原にずっとついている俺だが、どうやら味方チームのディフェンスがジレれしまったようだ。隣に俺が並んだ状態で、荻原の目の前に立ちはだかったディフェンス。


「でも残念。君のチームはチョロいみたい。」


荻原は左足で左側にボールを動かし、立ちはだかったディフェンスをかわした。荻原の右側を走ってついていた俺はそのディフェンスが邪魔になってしまい、荻原についていけなくなる。


「ディフェンス!簡単に抜かれすぎだ…っ!」


ディフェンスを置き去りに、そして俺のことも置き去りにした荻原は、キーパーと残りのディフェンスを引きつけた状態で、その間に優しいパスを出した。


「打たない…っ!?」


森下の声が聞こえてくる。あの状況でシュートの選択をせず、パスをするということは常に周囲が見えているということ。そしてそのパスの先には…


「来たぁ…っ!俺の活躍っ!」


走り込んでいた鬼塚は、そのボールを力強くゴールに捩じ込んだ。


「見てろよーっ!!」


そしてゴールパフォーマンスと言わんばかりに、自陣に両手を掲げて走り戻って行った。その際もチラチラとコートサイドでパス練をする1人の選手を意識している。


「あいつ…。」


森下は悔しそうに汗を拭った。

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