表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
2/110

2 夢の舞台

それから俺はワールドカップを『監督』として優勝するという新しい目標を持って生活を始めた。監督になるのは簡単なことではない。まずはこのチーム…JSL所属の『カーネス東京』でコーチとして一人前になる必要がある。


俺はチームの戦術家兼ヘッドハンティングコーチとして活動を始めた。選手を見る目、試合を見る目には自信があった。


38の時、俺に転機が訪れた。俺が理想とするタレント達、そして俺が理想とする状況そして環境でこのチームの監督に抜擢された。


「やっとスタートラインだ。ここから…君の夢をはじめろ。」


すれ違いざまに俺の肩に手を置きそう告げた小室『監督』。そうだ。監督の言う通り…ここから俺は新しい夢を追う物語を始める。


「はいっ!」


それからは死に物狂いでリーグ戦を戦い抜いた。選手とのコミュニケーション。戦術学習に、練習メニューの設定、新たなる戦力の獲得。全てをゼロから引き受けた。


努力の甲斐あって…俺が率いたこのチーム『カーネス東京』は15年後…日本一の栄冠を手にした。5人の日本代表を輩出し、世界にも通用する最高のチームが出来上がった。


若者至上主義の日本サッカー協会に真っ向からぶつかり、ベテランを交えた最高のチームで栄冠を掴み取った。


「君に…日本代表の監督を任せたい。」


その年の正月…俺は協会の会長からそう肩を叩かれた。酒の席で酔っていたから…そんな風に思っていたのだが、次の日…俺は本当に日本代表の監督になっていた。


「ついにここまで来たのか…。」


ワールドカップまで残り1ヶ月を切った。すでに俺の理想とする選手達を選出し、世界にかちこむ準備は整っていた。


「僕の昔からの夢なんです。」


選手を交えた記者会見。俺は複数のカメラに取られながマイクに向かって話し出す。


「ワールドカップの舞台に…『監督』として…」


瞬間、俺の頭に何かがよぎる。

俺がここまで歩んできた30年間…俺は監督として…ワールドカップに。

しばらく間が空いてしまい、会場がざわつく。


「すみません。やっとこの舞台に立てたことが嬉しくて、つい。」


ごまかしは通じるだろう。俺の人生をここにいる記者達は皆理解している。選手達もそうだ。


「仁界監督は…選手としてのキャリアをお持ちでない特例で選出された監督ですが、意気込みの程お聞きしてもよろしいでしょうか?」


俺は結局、選手としてのキャリアを持っていない。その過去を知るたくさんの国民は俺の批判をネット上に書き込んでいる。しかし、今更そんなことを気にする意味はない。俺は代表の監督になったんだ。背負うべき責任がある。


「経験のない監督に任せるのが不安…そんな声をよく耳にします。僕もそうだ。僕が国民の立場だったら間違いなく批判をする。でも、信じて任せてほしい。」


結果が全てだ。勝てば批判は全て賞賛に変わる。


「僕が日本を優勝させます。」


カメラに向かい、力強くそう誓った。


そして予選リーグ。奇しくも日本はあの時…俺が憧れを抱いたあのワールドカップと同じカードになった。しかし、あの時とは状況が違う。


何人ものタレントに同時期に恵まれたスペインがFIFAランキング1位。そしてドイツはたった1人の怪物がFIFAランキングを2位にまで引き上げていた。コスタリカも強豪国の仲間入りを果たし、ランキング9位。


対する日本は一時期衰退を辿っており、現在のランキングは32位。グループ予選は絶望的だと思われる。


そんな状況をなんとか覆そうと挑んだ一回戦…相手はコスタリカ。


攻守にバランス良く、攻め手を見つけられなかった日本だが、後半からフォーメーションを変えることで均衡が崩れた。なんとか獲得した1点を守り切り、日本が勝利を遂げた。


しかし、続く2回戦。現在世界でナンバーワンと称されている選手『シュヴァ・メルクリウス』を筆頭にタレントが揃うドイツ代表相手に、日本は4-0の大敗を遂げた。やはり強い。ハットトリックを決めたシュヴァに全てを持っていかれたのだ。


俺はその日、ロッカールームで力無くうなだれる選手達に何も言うことができなかった。選手としての…悔しい気持ちを知らなかったからである。


「監督…!どうしてこの試合、俺を使わなかったんですか…っ!?」


ロッカールームから出て、外の通路で考え事をしていると、1人の選手が部屋から出てきた。


「『宮下』…。お前はまだ若い。それに怪我も完治していないだろう。危険だ。」


『宮下』は20歳ながらに海外の名門チームでプレイする若き天才MFだ。しかし、今回のワールドカップに完璧なコンディションで挑むことはできなかった。


「俺は出場できました…!足は動きます…!」


必死に訴える宮下。しかし、俺は監督だ。たった1人の選手の未来をみすみす奪ってしまうわけにはいかない。


「夢だったんです…。この舞台で…ワールドカップ俺は優勝する…。そして得点王も獲得する…!4年に一度しかないこの舞台は…20歳で出場できるワールドカップは今しかないです…!」


涙を流す。あの輝く舞台で活躍することを夢見て、ここまで必死に努力してきた選手達を…その気持ちを俺はわかってあげられていなかった。


「…じゃなかったからですか。」


小さな声で言葉を並べる宮下。


「監督が選手じゃなかったからですか…っ!?だからわからないんだ…俺たち選手の気持ちが…!」


俺は何も言い返せなかった。


「あんたも夢だったんでしょう…この舞台に『監督』として立つことが…!俺たちも同じなんですよ…!」


監督として…。そうだ。俺はあの時、選手としてここに立つことを諦めたんだ。同時に新しい目標を立てた。それで実際にこの場に立って…俺はどう感じていた?


「俺はこの舞台で…輝くあのピッチで…」


そうだ。俺も同じだった。やっぱり違うんだよ。監督じゃあダメなんだ。見たい景色は…見えない。


「選手として…活躍したいんだよ…っ!」


宮下のその願いは、俺の根幹にある願いと全く同じだった。諦めざるを得なかったあの時の感情が蘇る。


その日、俺は選手達一人一人の感情を考えながら宿舎の周りを散歩していた。


きっと全員が、この輝く舞台を子供の頃に夢見て生きてきたんだ。俺があの時感じたあの感情と同じだ。人に夢を与える舞台で、少年は夢を与えられ、それを叶えて次は夢を与える。


だがそれに…その夢の連鎖に監督は関与していないんだ。


監督は大事な役割を担っている。今俺はたくさんの責任を背負っている。それはわかっている。それでも、選手達の輝きには敵わない。俺が立ちたかった舞台は…選手としてのワールドカップ…最高に輝くあのピッチだ。


「俺は…」


頭の中の整理が終わり、顔を上げる。


瞬間…ものすごい衝撃が体の右側を襲った。


一瞬…強烈な痛みが体全身を巡り、骨が粉々になる音が聞こえる。それからはもう感覚がなくなった。


「…な…。」


どれだけ飛んだのだろうか。ふわりと体が浮き上がり、地面に叩きつけられる。腕や足の自由はもはやない。息もまとも吸うことができない。でも苦しいという感覚すらも湧き上がらない。


「誰か…っ!救急車を…っ!」


「だ、大丈夫ですか…っ!?」


近くにいた人達が俺の元に集まってくる。ものすごい音がしたため、注目を浴びてしまったのだろう。


意識が次第に薄れていく。俺、もしかしたら死ぬのかもしれない。選手としても、監督としても…あのステージに立てないまま死んでしまうのかもしれない。


「…だぁ…。」


嫌だ嫌だ嫌だ…。俺は終わりたくない。せめて監督として…あの舞台で優勝を…。いや、優勝できなくても構わない。あの舞台で戦い切れるだけで…それだけでいいんだ。


しかし、その願いとは裏腹に目の前はどんどん暗く黒く染まっていく。


まだ…何もできていない。


今まで生きてきた…サッカーに携わってきた人生が走馬灯のように頭に流れ込んでくる。


あぁ…くそ…。

目がどんどん霞んでく。


もっとサッカー…したかったなぁ…。


ーー


『昨夜現地時間午後9時ごろ、日本代表監督を務めていた仁界 巡さん53歳が大型トラックに轢かれ、死亡しました。』


その日…日本代表監督を務めていた俺『仁界 巡』は短かったそのサッカー人生の幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ