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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
19/110

19 頭の中で巡る

未だに巡が現れていないスタジアムでは、既にゲームが行われようとしていた。1チーム8人で3チームつくり、入れ替わりで試合をしていく。


「赤チームが1人いないから、一旦他2チームでやろうか。」 


コーチの声が響く。

そして青色と緑色のビブスを着た選手たちがゾロゾロとコートに入っていく。夏波と田畑は緑チーム、そして葛西が赤チームになったためコートの隣でボールを蹴っていた。


「森下。石川トレセンのお前から見て今年注目はどいつだ?」


投げやりに尋ねる葛西。同チームの森下は自分が呼ばれたことに気づき、葛西のほうへ向かう。


「そうだね〜…」


左手でボールを持ち、右手の人差し指でコート内の選手に検索をかける。


「えっと…まずは青チームの『荻原』だね。」


「あの小柄の7番か?」


「うん。」と森下は頷く。そして続けて荻原について語り始める。


「荻原のすごい点は、あのキレのあるドリブルだね。重心移動がうまいから相手より一歩手前に出られる。」


ボールを持った青色の7番、荻原が緑チームのディフェンスを難なく2人かわす。そして味方FWへラストパス。およそMFとして理想的な動きをしている。


「あんな風に、動きが全部軽いんだよ。なかなか止められる人はいない。田畑とかと互角ってところじゃないかな。」


自分が意識している選手の名前が上がり、ゴクリと唾を飲み込む葛西。


「それと〜…あ、あれだね。緑の4番。長嶺だね。」


次に森下が名前を挙げたのは、石川県トレセンで選出された緑チームのメンバーだ。


「あいつのすごいところは…まぁ見てれば気づくと思う。」


「はぁ?なんだそれ。」


森下の言葉に対し、不服そうな表情を浮かべる葛西。しかし、森下の言っていることは全て、長嶺のプレイを見るだけでわかった。


「…あいつ。」


試合は荻原が青チームの中心となって攻め続けているにも関わらず、未だに無得点。緑チームの守備を務めているのは田畑である。そして田畑がクリアしたボールや、ディフェンスのこぼれ球を高確率で長嶺が拾っているのだ。


「セカンドボールへの対応。技術的な面でなく、感覚的な面で長嶺は本当に優秀な選手だよ。」


こぼれたボールを長嶺が拾い、すぐさま緑チームのカウンターが始まる。堅実にパスを繋いで最前線の夏波へとパスを出す。


「でも富山には小岩井がいるよね。去年も一緒にプレイしてたけど、やっぱりすごかったな。あ、もちろん葛西の事も覚えてるよ。」


葛西と森下は去年の北信越トレセンで一応顔を合わせている。


「すまん。俺はお前のこと覚えてない。」


「いいよ。去年は小岩井の事で色々あったしね。それに俺まだ4年生だったし。」


森下は両手を広げて「仕方ないね。」と呟いた。


「それで、調子はどんな感じなの小岩井。見てる感じそこまで暴れてはないみたいだけど。」


去年の北信越トレセンでは、縦横無尽に駆け回る小岩井の姿が目立っていた。しかし、今回はそこまで目立たず形を潜めているように思える。


「そうだな。お世辞にもいい動きをしているとは言えないかもしれない。」


葛西は腕を組み、小岩井のプレイに注目する。去年の小岩井ならパスなんて二の次。自分が持って自分が決めて勝つ。そんな自己中心的なプレイが目立っていた。しかし、それでも結果を残していた。


「何もかも、あいつのせいだな。」


「あいつ?」


葛西は頭の中に1人の選手を思い浮かべて試合が行われているコートに背を向ける。


「なんでもない。森下。パス練付き合ってくれ。」


「あ、うん。」


そんな葛西の提案に、首を傾げながらも二つ返事で乗った森下だった。


「なんで俺はいつもあいつと同じチームになるんだかな…。」


そう言って頭をかく葛西。すこし強く、それでも高い精度を持ったグラウンダーのパスを森下へ放った。


ーー


僕は…迷っていた。


「小岩井!」


「おう!」


味方からのパスを足元にトラップ。きっと今までの僕だったらもっと前にトラップして、初めからゴールしか見ていなかっただろう。


「こっちだ小岩井!」


「頼んだ!」


すこしボールを前に進めたところでディフェンスに阻まれた僕は、逆サイドから走り込んでいた味方にパスを出す。わからない。


「中!人数集めろ!」


サイドから僕のパスを受けた選手がセンタリングを上げる。相手のペナルティエリアに緑の選手は4人。対して相手ディフェンスは6人。そんな中、僕をめがけて飛んできたボールを僕はヘディングでゴールに流し込む。しかし、僅かに右に逸れてしまった。


「あーっ!ごめん!」


「ドンマイ!ナイスヘッドっ!」


「小岩井切り替え〜!」


天を仰ぐ僕はやっぱり迷っていた。今のシーンもそうだ。初めにトラップをした時点でもし、僕が大きく前に蹴り出しそのままゴールを狙っていたら、得点になっていたのではないか?逆に、そうする事でボールを取られ、カウンターにつなげられる可能性もあった。だから僕のプレイは曖昧になり、周りの選手に助けられた。


「あーもう…どうしよう。」


今の僕の頭の中には多くのものがあり過ぎる。男子に混じってサッカーをするということの厳しさ。そして、お爺ちゃんのこと。さらには…


「って、別にあいつのことはどうでもいいんだけど…!」


僕は頭を振って一度考えをリセット。目の前の試合に集中することを選択した。


「あれ…」


「あぁ。リムジン…?」


「どっかの監督か?」


ドーム状のスタジアムの外。珍しいリムジン車が駐車場に停車した事で皆の注目がそこに集まった。


「長い車…。」


僕も物珍しさにそちらへ視線を向ける。単純な事で試合が止まってしまう辺り、やはり僕らはまだ小学生なのだ。


「お前ら集中しろよ〜。」


パンパンと手を叩き、そう言葉にする田畑。その声で皆が目の前の試合に引き戻される。僕も気を引き締める。


「よし…。」


僕が自分の頬を叩いて気合いを入れた瞬間、誰かが言った言葉が耳に入ってきた。


「おい、誰か降りてきたぞ。こっちにくる…。」


「うちのトレセン、あんな金持ちがいるのか…?」


車の方にもう一度視線を向けると、見慣れた少年の姿があった。その少年は全力疾走でドームの入り口に向かってきた。


「遅れてすみません!」


すでにソックスを履いており、サッカーをする準備は万全。少年は渡辺コーチの元へ行き、細かい事情を説明していた。


「連絡はもらっていたから大丈夫だよ。次試合だからアップしてなさい。」


それを聞いた少年は近くにあったボールを足で転がす。


「マジでか。」


「あいつと仲良くしてたら奢ってもらえるかな?」


「何悪いこと考えてんだよ…。」


チラホラと僕の周りの選手からそんな声が聞こえてくる。でも、巡は決してお金持ちではない。いや、明言するのは失礼だがあそこまでの高級車が家にあったのを見たことがない。


「おいお前ら。試合だ試合。集中しろよ!」


もう一度田畑のそんな声が聞こえてきて、周りのみんなは改めて気持ちを入れ直す。対する僕は、1人どうにも胸がザワついていた。もしかして…また…


「巡さ〜ん!ここから見てますよ〜!」


そのザワつきは的中。練習場にある来賓用のスペースから大きな声が聞こえてきた。そこに立っていたのは、白いワンピースにその身を包んでいる、お人形のように綺麗な子だった。そんな子が巡を応援している。


「…ま、まただ…。」


僕はズンと心が重くなる。巡がまた、可愛い女の子を連れてきた…。僕じゃない、可愛い女の子を…。


「って…違う違う…!僕は別にそんなんじゃ…っ!」


あーもうだめだ!集中なんてできるわけがない。あーそうだよ!僕はあの子が気になる!巡との関係が気になる…!だって僕は…


「おい小岩井?試合始まってんぞ…?」


そんな時、ふと背中を叩かれ振り返ると、同チームの田畑が不思議そうな顔をしてこちらを覗き込んでいた。


「まぁお前としちゃ残念だよな。あいつも女泣かせな奴だ…ぐふぁ…っ!?」


横から飛んできたボールが田畑の顔面に直撃し、吹き飛んだ。どうやら僕の怨念がそうさせてしまったみたいだ。


「田畑〜っ!大丈夫かよ…っ!?」


「え、息してないんだけど。」


「死んだ?」


「マジ?」


皆が田畑の元へ駆け寄ってくる中、僕は一度巡の方をチラリと見てすぐに自分のポジションに戻る。気合い入れろよ。僕は女である前にサッカー選手なんだから!


「…応えてはない…。」


チラ見した時に見えたのはリフティングに集中して周りが見えていないいつもの巡だった。そうだきっと偶然居合わせただけの女の子だ。僕の方が巡と長い時間を…


「…ってだからそうじゃない!」


もう本当に…!僕をこれ以上迷わせないで…っ!


…と心の中の僕の叫びは巡に届くはずもなく…。ただ僕の中でぐるぐると、同じ軌道を巡るのみであった。

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