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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
17/110

17 トラブルの顛末

「お〜小岩井。あれ?巡は一緒じゃないの?」


練習開始前ギリギリで会場に現れた夏波に対し、田畑が声をかけた。


「なんで僕と巡がセットみたいになってるんだよ…。今日は知らないよ。一応迎えに行ったけど、巡のお母さんは『もう朝早くに出て行った』って言ってたよ?来てないの?」


「来てないな…。」


田畑と夏波は顔を合わせて停止する。


「「不味くないか…?」」


2人声を合わせてすぐさま渡辺コーチを探す。ちょうど渡辺コーチが控室に荷物を取りに来ていた。


「渡辺コーチ…!仁界がまだ来てないんですけど!?」


田畑が渡辺コーチに尋ねた。


「あ〜、連絡もらってるよ。ちょっとトラブルがあったみたいで遅れるそうだ。」


「なんだよ…。そうなんですね。安心しました。」


渡辺コーチの笑顔に、夏波も田畑も胸を撫で下ろす。渡辺コーチはともかく、北信越からは他のチームの監督がサブ監督としてチームを見る。そんな彼らに初めから遅刻してくる姿を見せるのはとても印象が悪い。


「だってさ。ま、あいつしっかりしてるし、問題ないだろ。」


「良かった〜!って、僕もすぐ着替えないと!」


夏波はそう言って女子トイレの方向へ走っていく。男子と共に練習するにあたって、相変わらず不便を強いられているようだ。


「にしても…。」


コートの外でボールを蹴っている他県の選手達に目を向ける。先ほどまで熱心にアップしていたほとんどの奴らが、夏波に目を奪われていた。慣れていない選手達にとって、珍しい光景だったのだろう。


「ここは青春クソ野郎どもの掃き溜めかよ。」


田畑はそう独り言を呟いて、コート入り口のネットをくぐり抜けた。


ーー


宝院姉妹を抱え、路地裏に入った俺。追手が来るのがわかっていたため、すぐに秋音の手を引いて近くのビルの中に入った。会社自体が休みなのか、それともテナントが入っていないのか…運悪くビルに人の気配はなかった。


「な、何が起こってますの…。」


俺の手を握る秋音の手が微に震えているのがわかる。


「とりあえず隠れるぞ。」


「はい…。」


俺達は3階に設置してあった机の内一つに身を隠した。ただここからどうすればいいか俺にこれ以上考えはない。連絡手段もないし、この位置を知らせる手段もない。


「どうしてこんなことに…。」


秋音が俺の腕に抱きついてくる。その身体からは微かな震えが伝わってきた。


「そんなどうでもいいこと考えてると死ぬぞ。今は逃げることだけ考えろ。」


「え…?」


てっきり優しい言葉を投げかけてもらえると思っていたのか、秋音が少し怯えた顔で視線を俺に合わせる。


「今から行動は全て理性じゃなく本能で行え。人間は死を目の前にすると嫌でも逃げ出すようにできてる。俺を捨ててでも逃げろ。」


「そ、そんな事…」


「甘ったれるな。恩人とかお礼とか…そう言う善意は今はどうでもいい。その優しさは死に直結する。」


俺たちの小さな声を遮るように、階段を登ってくる悪漢の足音。どうやら俺達が入ったビルが特定されたようだ。丁寧に3人分の足音がしっかり聞こえてきた。


「俺が時間を稼ぐから、お前らは2人で逃げろ。幸い非常口が近い。」


俺の言葉をどうしても受け入れられないのか、秋音は目を瞑って下を向く。自分の気持ちと相反する行動をとることに対してまだ覚悟が足りないようだ。


「もう来るぞ。覚悟を決めて生きようともがくか…諦めて死ぬか。宝院家の子供ならどうすればいいかわかるよな。」


そして3つの足音が、俺達3人が隠れている部屋に入ってきた。


「チッ。手間取らせやがって。一体どこに隠れやがったあのガキ。」


「マジ許さねぇ。見つけたら顔面ボッコボコにしてやる。」


男達の声が聞こえてくる。どうやら俺は絶対に捕まるわけにはいかないようだ。だが、俺は机から少し身を乗り出し、立ち上がるための準備をする。


「何を…」


震える声でそう尋ねてくる秋音。俺は最後に声を出さずに「逃げろ」と口を動かし、指で逃げるべき方向を示した。そしてそのまま机からゆっくりと姿を見せる。


「すみません皆さん。お手間を取らせてしまって。」


俺は2人が逃げる方向の、その逆方向にゆっくりと歩みを進めながらそう口を開く。俺の姿を見つけた瞬間、3人の男が身構える。子供だからと容赦はしてくれないか。


「自分から出てきやがったこのガキ。」


「正義のヒーローごっこは終わりかよぉ…?」


気持ちのいいくらい典型的なセリフを吐く男達。俺は笑っちゃいそうになる心を抑えながら歩みを進める。次の机に差し掛かると、それを指でなぞりながらゆっくりと口を開いた。


「正義のヒーロー?おじさん達何言ってるんですか?」


「あぁ?」


俺の挑発するような口調に対し、わかりやすく反応する男達。


「もしかして、ここにあの2人がいるとか思ってますか?残念…彼女らなら途中で見捨ててきました。走るのが遅くてたまりませんでした。」


本来通じるはずのない嘘。しかし、彼らにこのビルに入るところを直接見られたわけではないため、確信を持つことができないだろう。


「正義のヒーローみたいに格好良く助けられたら良かったんですけどね。残念ながら僕にそんな力はない。ただのしがない一般人ですからね。」


俺は自然な視線移動で宝院姉妹から男達の視線を外す。そして同時に、宝院姉妹が非常階段の方へ移動しているのを視界にとらえた。


「で、僕の事どうするんですか?拷問でもしますか?秘密を知っちゃったから殺しますか?」


このどうでもいい口上を男達は黙って聞いてくれている。意外と人の話をしっかり聞くタイプなんだな。

俺は机の上に腰を下ろして足を組む。


「それなら早く捕まえて…」


「さっきから何言ってんだぁ?」


俺の言葉を遮るように男のうち1人が声を被せてきた。まるで俺を馬鹿にしたようなその口調から、俺に対する油断が見て取れる。


「ここら辺一体の監視カメラはなぁ…すでに俺たちがハッキング済みなんだなぁこれが。」


男はそう言い、俺たち3人がビルの中に入っていく映像を、スマホを介して俺の方に見せてきた。


「うまく誤魔化そうとしてるみたいだけどよぉ…これ、茶番なんだわ。もう下に4人目の仲間が控えてるわけ。そっから逃げたとしてもどちらにせよ捕まるってわけよぉ…。残念だったなぁガキぃ。」


気づいていたのか。

男は親指で非常口を指す。先ほど2人がうまく逃げ切ったのを確認したところだったが、どうやらバレていたらしい。

にしても妙だな…ここら一体の監視カメラをハッキング…か。


「残念ですね。ま、どうせ殺す気ないんでしょう?彼女らいい人質だし。」


バレてるならもうどうでもいいか。

俺は机から降りて部屋の出口へと歩みを進める。


「どこ行くんだよ?聞こえてたんだろぉ?ボコボコにしてやるってよぉ。」


男達の内、先ほどから一番喋っているイカついのが近づいてくる。俺はちらりと時計を見て口を開いた。

しれっと逃げようと思ってたのに。

俺は両手を上げて降参のポーズを取る。


一か八か…賭けるしかないかぁ…。


俺は呆れながら、「はぁ…。」とため息を一つ吐き出し言葉を続けた。


「で、いつまでこれ続ければいいんですか?」


俺の言葉に、3人の男達はキョトンとしている。そして3人ゆっくり視線を合わせてから改めて俺の方に向き直った。


「なんだ坊主、気づいてたのか。いつからだ?」


奥の方で腕を組んでいたリーダー格的な男がそう俺に問うてくる。その顔が笑っていることから、どうやら俺の予想は間違ってなかったようだ。


「色々違和感はありましたけど、まぁ、最初からですね。確信を持ったのはこのビルに協賛している企業の名前欄に『宝院コーポレーション』があった事。それに、ここら一体の監視カメラすべて占拠って…どんな権力者ですか。これら無しにしても明らかにおかしいでしょ。このビルだけ開いてるって。」


そもそも、宝院家の娘達が2人だけで外を出歩くわけがない。必ず辺りには護衛か監視がついているはずだ。その時点で怪しかった。


「素晴らしい…!」


俺が説明したタイミングで、4人目の仲間が姿を表す。その4人目は黒いタキシードに身を包み、白手をしていた。整った白髪と白い髭、そして美しいモノクルがダンディな雰囲気を作り出している。


「本当に勘弁してくださいよ。『爺や』さん。それに、『秋音』、『美々』。」


俺が名前を呼ぶと、爺やの後ろからひょっこりと2人が笑顔で現れる。


「驚きました!こんなに早くバレるのは初めてです!」


「お前、やるな。」


秋音と美々が二者二様の言葉を紡ぎながら俺の前に歩みを進める。っていうか秋音のお嬢様キャラは素だったのか。


「よくぞお気づきになられました。仁界様。そして、この度はこのような茶番に付き合わせ、お時間をとらせてしまった事、大変申し訳なく思っております。」


「本当ですよ。おかげで今日の練習は大遅刻です。もう欠席ですかね。」


俺は腕時計をちらりと確認して、練習開始からすでに1時間半が経過したことを確認した。


「あら、練習って何かの習い事ですか?」


「あぁ。サッカーの。」


俺の言葉を聞いた秋音は、嬉しそうに両手を合わせる。


「まぁ!サッカーは私大好きですよ!」


「お嬢様のお父上にあらせられる『宝院 忠仁』様は大のサッカー好きでしてね、高校サッカーから海外の下位リーグまで満遍なく拝見しています。その影響か、お嬢様も良くサッカーを観戦しております。」


へぇ…感心だ。Jリーグはまだしも海外の下位リーグにまで目をつけるとは。まぁ、だからなんだという話だけど。


「そんなサッカーに対する情熱を持った少年の大切な練習時間を奪ってるんですよ。今あなた達。」


「それは本当に申し訳ない。主人である忠仁た様の言いつけにより、『娘に近づく男は全て優秀な男であるかどうか試せ』という命を遂行する必要がありまして。」


爺やのモノクルがキラリと輝く。


「して、仁界様…。あなたはその試練に合格致しました!」


「はい?」


疑問符を浮かべる俺の肩に、トンっと小さな衝撃が生まれる。後ろを振り向くと、先ほど俺たちを追いかけていた男がすでにタキシード姿に着替えており、こちらを向いてにっこり笑っていた。


「坊主、お前にならお嬢様を任せられる。」


「いや、え?」


先ほどからずっと俺に突っかかってきていた男も同じようにタキシードに着替え、俺の肩に手を置いて一言。


「いいキックだったぜ。お前はお嬢様にふさわしい。」


「え?は?」


そんな2人にがっしり肩を掴まれ、正面には4人目の仲間がいる。そして何やら前方で両頬を抑えながらクネクネと奇妙な動きをする秋音。


「は、恥ずかしいです…!私、ボーイフレンドは初めてなので…不束ですけれど…」


「いやいやいや…どういう事?ボーイフレンド?お嬢様に相応しい?もうちょっとちゃんと説明してくれませんか…?」


俺の肩を掴む腕を振り解こうとするも、ビクともしない強靭な男達。


「まぁまぁ…話は車のほうで。」


「署の方でみたいに言わないでくださいよ。」


俺はそのまま男達に連れられ、宝院家所有のリムジンに乗せられた。


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