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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
16/110

16 新しい出会い

カウンターで病室を聞いてその部屋に向かう途中、俺達は偶然にも夏波の母にバッタリと会った。そしてなんとか山場は越え、今は落ち着いているという情報を聞いた。


「本当にごめんなさい。迷惑をかけてしまって…。」


今は、俺、渡辺コーチ、春風、夏波の母の4人で待合室に腰を下ろしている。そして夏波の母は申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


「迷惑だなんてとんでもありません。むしろ小岩井監督には返しきれないほどの恩があります。それに恩がなかったとしても、僕が監督をしているチームの選手の危機…いてもたってもいられませんよ。」


渡辺コーチはそう力強く言い放った。僕と春風は夏波の母と渡辺コーチの会話には入らず、その隣で静かに話を聞いていた。


「あの…夏波さんは今どこに?」


「夏波は病室で寝ています。おじいちゃんの無事がわかった途端、すぐに眠ってしまいました。」


夏波の母は笑ってそう言った。


「本当に…おじいちゃん子だったんです。小さから頃からずっと隣について歩いて…いつも一緒にサッカーをしていました。今、あの子がわざわざ男子の方のトレセンにいるのも…おじいちゃんが関係してるんです。」


「詳しく…聞かせてもらえませんか。仁界、春ちゃん…ちょっとあっちの方で本でも読んで待っててくれるかな?」


「いいんです渡辺コーチ。2人にも聞いてほしいですから。いつも良くしてくれてありがとうね。仁界君に、春風ちゃんだったかな?」


重大な話をする前に、俺と陽射に席を外すよう言った渡辺コーチ。しかし、夏波の母はそれを制止した。


「あの子、昔から男勝りな性格だったんです。今と変わりませんけど。だから女の子の友達なんて全然できたことなくてね。でも自分にはサッカーがあるからっていっつもボール追いかけて…。いつしかこんなすごい選抜にまで選ばれるくらいになってて。私もびっくりですよ。」


夏波の母は少し笑って言葉を続けた。


「あの子もね…元々は女子の方のトレセンにいたんです。でも案の定…ソリが合わなかったみたいで…ほら、小学生の女の子ってそういうの難しい年頃じゃない?」


それを春風がいる前で言うあたり…流石は夏波の母である。


「それでもあの子、大好きなサッカーがしたいからって必死になって頑張ってました。それを見かねた女子トレセンの監督から提案があったんです。『もし良かったら、男子トレセンの方で挑戦してみませんか?』って。幸いあの子にはおじいちゃん譲りのサッカーセンスがあって、人間関係でサッカーから離れさせるには惜しい人材と思ってもらえたみたいで。」


俺は、先ほどついだ熱いお茶を静かに一口飲み込む。たしかに夏波のサッカーセンスはずば抜けている。実際同年代の『男子』と比べても見劣りしないほどに。


「だからあの子には2つの選択肢があった。このまま女子トレセンで頑張り続けるか、男子トレセンに行ってさらに上を目指すか。小学4年生のあの子には本当に難しい選択だったと思います。」


そして今、夏波は男子トレセンで頑張っている。それがどう言うことを意味するか、俺にはすでに察しがついていた。


「ちょうどその頃でした。おじいちゃんが家で倒れて、入院することになったんです。その時は大事には至らなかったんですが、それからは定期的に入院しなくてはいけなくなってしまって。それであの子…すぐに男子トレセンを選んだんです。おじいちゃんが昔持っていたチームで自分が活躍したいって言って。」


夏波の母は悲しそうに笑った。


「私も1人の母ですから、娘が男子に混ざって1人でやっていけるのかってすごく悩みました。それでもあの時のあの子の目は本気でした。きっと男子トレセンでおじいちゃんに自分の姿を見せられないことの方があの子は嫌だったんだと思います。」


なるほど…な。思ったより拗れた話になっているようだ。小岩井監督は心配だが、夏波が男子トレセンに入ることによって実際に去年問題が起きている。そのことを夏波の母が知らないはずはないだろう。それでも娘を止めなかったのは、それだけの信頼と愛情を娘に注いでいるからに違いない。この人は…本当にいいお母さんだ。


「渡辺コーチ。」


俺は夏波の母の話を聞き終えて、コーチにあることを尋ねた。


「北信越トレセンの会場はどこになるんですか?富山県で試合をすることもあるんですか?」


まだ県トレセンの俺が北信越トレセンについての質問をするのは生意気かもしれない。しかし、小岩井監督が試合を観れるとしたら少なくとも富山県内でないといけないことは事実だろう。


「基本的に石川県で行われるよ。でも仁界が言ったように、富山県で練習試合をすることは大いにある。でもなんで今それを?」


俺は立ち上がって夏波の母へ視線を合わせる。


「俺と夏波は、必ず北信越トレセンに上がると思います。そして今コーチが言ったように、富山県で試合をする機会がある。その時は是非小岩井監督に来てもらいたいんです。」


夏波の母は俺の言葉を聞いて涙を流しそうになっていた。


「必ずスタメンを取って、俺のパスで夏波にゴールを決めさせる…。小岩井監督に見て知ってほしい。こんな素晴らしい選手がいて、それがあなたの孫だっていうことを。そしてあなたの孫はこんなにも楽しくサッカーをやっているんだということを。」


渡辺コーチは笑顔で頷き、春風は相変わらずプイッとそっぽを向いている。それでもここにいる3人の気持ちは間違いなく同じだった。


「本当に…君は小学生かい?」


渡辺コーチが俺の頭にポンと手を置いた。


「小岩井さん。監督として1選手を贔屓することは僕にはできません。でも、そんな贔屓目なしに、ここにいる仁界も、そして夏波選手も…最高のプレイヤーだ。それは僕が保証します。」


夏波の母は涙を流しながらうんうんと頭を縦に振っていた。


「それに僕も久しぶりに監督に会いたい。だから是非見に来ていただきたい。」


冗談まじりに笑う渡辺コーチ。目を真っ赤にした夏波の母は小さく頷いて「はい。」と言葉にした。


ーー


病院で宣言した通り、俺と夏波は順当に北信越トレセンへと駒を進めた。北信越トレセンでは、石川県、富山県、福井県、長野県、新潟県の5つの県から優秀な選手を集めてチームを構成する。富山県トレセンから選ばれたのは俺、夏波の他に、最多票で田畑。そして葛西を含めた計5人が選出された。中でも驚きなのが4年生にして唯一選出されている『宮浦』だ。鋭いドリブルと正確な左足のキックを持っている。そして何より落ち着いている。


「今日から北信越か〜!」


そう言って伸びをするのは田畑。その後ろを葛西、宮浦他2人が付いてきており、計3人で北信越トレセンの会場である石川県金沢市の球技場に赴いていた。


「小岩井と巡は?」


「さぁ?また一緒に来るんじゃねーの?」


「そうか〜。」と呑気な返事をする田畑。会場にはすでに20人ほどの選手が集まっており、スパイクに履き替えてアップをしていた。会場は人工芝かつ屋根付きで、天候に左右される事なく有意義な練習ができそうだ。


「田畑〜!」


そんな田畑達に対し、遠くから駆け寄ってくる影が一つ。その影は素早く近づいてきて田畑に抱きついた。


「やめろっ!『森下』っ!」


田畑は突然近づいてきたその影を剥がそうと、必死に手を動かす。しかしあまりにも力強いその締め付けからは逃れられなかった。


「知り合いか?田畑。」


葛西が訪ねた。


「一応な。去年からナショナルにいるんだよこいつ。」


ナショナル…。その言葉を聞いて葛西は身を引き締めた。自分が唯一立てなかったステージに立っていた選手。


「だから離れろって!」


「いーじゃん!あと5分!」


「俺の朝のセリフなんだわそれ!」


ふとそこに布団と目覚まし時計が現れた気がした。そんな森下を振り切りながらも田畑達は控室に赴く。その間、知り合いが多い田畑は要所要所に挨拶をしていた。時折葛西も挨拶をしていた。


「っし。準備するか。あの2人間に合うのか?」


「さぁ?もうあと20分で練習開始なのにな。」


田畑と葛西は靴紐を結びながらそんな会話をする。すでにほとんどの選手が準備を終えてアップをしていた。


「俺らもアップしとくか。」


「おう。みんな準備終わってるか?」


葛西が他の3人がスパイクを履き終えているのかどうかを確認する。3人とも終わっているようでほぼ同時に立ち上がった。


「若干名足りないけど、富山県組…いっちょやりましょうか!」


田畑の掛け声で富山県から選ばれた3人がフィールドの芝を踏んだ。


ーー


俺の計画では練習開始1時間前には会場に着いているはずだった。しかし、今時計を見るとすでに開始20分前。どうしてこうなった。


「どうかされましたか?」


俺の隣に座り、ペロペロとアイスクリームを舐める少女…というか幼女。そのさらに隣に座る少女が俺に話しかける。


「あ、いや。おれ急いでるんだけど。」


「お待ちください!まだお礼が!」


彼女はそう言い、俺の出発を何度も止めてくる。この状況の元凶である幼女は何食わぬ顔でアイスをペロペロと舐めている。


「迷子になった妹を助けていただいた事、心より感謝しています。是非お礼をさせていただきたいのです。」


白いワンピースに白色の帽子を被った金髪の少女。白い肌も相まって、まるで妖精のような雰囲気を放つ彼女は俺に対して深々と頭を下げた。


「お礼なら俺を解放して欲しい。」


俺はズバリと本音を言ったつもりだったが、それを聞いた白ワンピースの少女は「またまた〜!ご冗談を!」みたいな顔をして笑う。


「して恩人様、お名前をお教えいただけないでしょうか?」


「名乗るほどのものでは。」


まずいな。あと15分。何これ、新手の罠か…?一応金沢までは着いている。あとはいつも通り会場まで約40分かけて走っていくつもりだったんだが…。


「お名前…ありませんの?」


こて…っと首を傾げて人差し指を頬に当てる白ワンピースの少女。お嬢様なのはわかるが、名前がないわけないだろう。天然もすぎるぞ。


「仁界巡だ。」


「巡様ですね!」


パァッと笑顔を弾けさせ、両手を合わせる。お嬢様のテンプレみたいな仕草だな。


「…申し遅れました。私、『宝院 秋音』といいます。そしてこっちが妹の『美々』です。」


丁寧に頭を下げる秋音に対して、美々は「よっ。」と右手を上げる。ちなみに左手にはまだ先ほど買ったアイスクリームが携えられている。


…ってか『宝院』って…あの宝院…?


俺はこの位置からでも見える超巨大ビルを周囲に探す。見つけた一際高いそれには大きな文字で『宝院グループ』と行書体で記されていた。俺は一瞬身構えるが、すぐに「まさかな…。」と緊張を解く。


「これは丁寧にどうも。それではまたどこかで。」


「お待ちください!」


やっぱり無理か。さりげなくこの場をさろうと思ったのだが…。


「お姉ちゃん。この人迷惑そうな顔してるよ?」


よく言った妹よ。姉より見所あるぞお前。

しかし、秋音はゆっくりと首を振り、美々に対して諭すように言った。


「お父さんも言っていたでしょう?優しい人は気を使うんです。今巡様は急いでると言い、お礼をしたいという私達に気を遣ってくださっているのですよ?」


いや、本当に急いでるんだけど。一応コーチに連絡はしたけど…初回から遅刻ってなると流石の俺でも信頼を失いかねない。


「それで宝院、俺はいつまで待てばいいんだ。早くお礼をしてくれないか?」


もういっその事早くお礼を受けて早くこの場をさろう。そう考えどっさりとベンチに座り直した俺。


「それは申し訳ありません。一応『爺や』を呼んでいるのですが、どうにも渋滞に捕まってしまったらしく…。」


申し訳なさそうに下を向く秋音。そういう態度を取られると逆に申し訳なくなるんだよな。


「ん。」


下を向く俺に対し、ぐっと腕を前に突き出す美々。どうやらソフトクリームを分けてくれるようだ。


「これやるから帰れ。」


まさかお前…神なのか?


「帰れなんて…そんな言葉遣いダメでしょ美々ちゃん!」


美々に対してそう叱る秋音。しかし、俺はその助け舟にありがたく乗せてもらう…いや、乗せていただくことにした。ありがとうございます。美々船長。


「それじゃあ…お礼もしてもらったし、そろそろ行くわ。」


俺はそのまま自然な流れで立ち上がり走り出す。


「あ、ちょっ!」


秋音が焦って、俺を止めようと声を出すが、すでにその声の範囲に俺はいない。なんたって全力で地面を蹴ったんだから。怪我をしないようにプレーしてる俺が本気を出したのは正真正銘今までで初めてだ。それほどに手強い相手だった。


「そろそろ…。」


と随分遠くまで走ったところで後ろを振り返る。もし秋音が追ってきていたら…そんなあり得なくはない未来を確認するために後ろを向いた俺の視界に予想だにもしない光景が飛び込んできた。


「ちょっ…!やめてください…っ!」


「うわー。」


道端に停車している銀色のワゴン車。そこから屈強な男達が数人現れ、宝院姉妹を攫おうとしているではないか。


「っあぁもうっ!」


あまりにも思い通りにいかない状況に俺は久しぶりに頭を抱えた。そしてそれより早く両足を動かす。先ほどよりさらに強い力で地面を蹴り出す。


「怪我したら…」


カバンからサッカーボールを取り出す。毎日手入れは欠かしていないし、空気もしっかりと入っている。これをゴール以外に叩き込むのは気がひけるが…。


「治療費は出してくれよ!」


履いていたのがランニングシューズではなくトレーニングシューズでよかった。ボールの中心を捉えた俺のホットスポットから強烈な力がボールに加わる。


「ごはぁっ!?」


「ふがぁっ!?」


相変わらず正確無比な俺のキックにより、強烈な無回転シュートが悪漢2人の顔面を同時に捉えた。怖いくらいに狙い通りだ。


「お前ら逃げるぞ。」


俺はその隙をついて美々を抱え、秋音の手を握った。そして全力で前に踏み出す。


「なんだあのガキ…っ!追えっ!」


キキィーッと車が勢いよく動き出す音が聞こえる。しかし金沢レベルの都会で車から逃げるのは容易い。ビルとビルの間…車が入れない位置へ2人を連れ出す。


「多分走って追ってくる。交番に匿ってもらうのが一番だけど…」


俺はこの街の地理にあまり詳しくない。それに2人とも先ほど襲われた恐怖から、半ばパニック状態になっているようで話す気力などなさそうである。あぁくそ…早くスマホ開発しろよ。


「…ダメだこりゃ…。ごめんコーチ、今日練習行けない。」


俺は右手を額に当てて下を向いた。


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