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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
15/110

15 緊急事態

試合は1-1のまま時間だけが過ぎていき、終了の笛がコーチによって吹かれた。


「かぁー…疲れた…!」


ちょうど近くで天を仰いでいた田畑が俺に声をかけてきた。


「やっぱりすごいな巡。お前、ナショナルでも通用するぞ。」


「それは同じ区域の贔屓目ってやつじゃないですか?」


俺は笑いながら答える。正直今の試合はこの人生で最もレベルの高い戦いができた。そして何より楽しむことができた。俺はボトルで水を飲み、半分ほど消費した体力を回復させる。


「そんで…まだ息上がってないのか…。無尽蔵。」


少し皮肉めいた視線を俺に向ける田畑。俺は水を一口分飲み込んだ後に口を開く。


「我慢してるんです。」


俺の言葉に田畑が笑う。


「生意気な後輩だわ。」


田畑は俺の肩をポンと叩いて、次の試合が行われる隣のコートへ歩いて向かっていった。それと入れ替わるように夏波が俺の隣に歩み寄ってきた。


「…おつかれ…巡。」


「おう。おつかれ。」


どこかもどかしそうに視線を泳がせる夏波。俺はすぐにその理由に気づき、フォローの言葉をかける。


「さっきの試合のあれは夏波のせいじゃないぞ?」


きっと気にしているのだろう。先ほどの試合で田畑の策略にハマり、大きな活躍ができなかったことを。しかし、あれは夏波が下手なのではなく田畑が上手かっただけの話。小学生レベルであれに対応するのは至難の業だ。少なくとも1人でどうにかできる相手ではなかった。


「でも気づいてだろ?田畑の戦略。」


夏波は小さく頷いた。


「なら、あのポジションに誰が入ろうと結局対応できずに田畑にやられていたに違いない。この区域だったら間違いなく夏波が1番のフォワードだからな。」


俺は少し口角を上げて答える。その言葉を聞いた夏波は嬉しそうに目を輝かせる。


「…1番の…!巡にとって1番の!」


「あいや、俺にとってとかじゃなくて…」


ブツブツと1人で呟きながら喜びを迸らせる夏波。しかし、どこか意味をとらえ間違えている気がしなくもない。だから俺は否定の言葉を述べようとするが、夏波の耳にはどうにも届いていない様子。


「そういえば夏波…今日の…」


俺がそこまで放った言葉は、何やら息を切らせながら俺達の元に近づいてきていた渡辺コーチの言葉によって遮られた。


「小岩井…!」


切羽詰まった様子で夏波の苗字を呼ぶ渡辺コーチ。俺と夏波は逼迫した状況に少し戸惑いながら、コーチが次に放つ言葉に耳を傾けた。


「どうかしましたかコーチ…?」


「…お爺さんが…!!」


「ぇ…。」


コーチの言葉を聞いた瞬間、夏波の表情が曇る。


「お爺さん…?」


俺は状況が理解できず、コーチが放ったその言葉を繰り返す。


「とにかく今は急いで来てくれ…!外でお母さんが待ってる…!」


「…はい…。」


不安な表情のまま、夏波がスタジアムの出口へと向かって走り出した。そこには俺が状況を聞く暇すら無く、かなり切羽詰まっていた。


「渡辺コーチ。今のは?」


俺は夏波がスタジアムから完全に姿を消してから、その言葉の意味を尋ねた。


「あぁ…。先程連絡が入ってね…。小岩井のお爺さん、すぐ近くの病院で入院してるんだよ。多分、街の中の県立病院。」


街の中の大きな病院といえば、まず確実に『県立病院』が出てくる。だが逆に、そこにかかるということは、かなり大きな病気を患っているということになる。


「ついこの間まで、元気だったらしいんだけどね…。」


「お知り合いですか?」


俺の質問に、どこか誇らしそうな表情を浮かべて渡辺コーチは答えた。


「知り合いなんてもんじゃない…俺の恩師さ。」


「恩師…ですか?」


「うん。って言っても、小岩井が監督のお孫さんだって知ったのはつい昨日なんだけどね。」


笑いながらそういうコーチ。そういえば昨日、俺たちが走り回っている間、夏波の母と話していたな。


「小岩井監督は僕が小学生の頃の北信越トレセンの監督だった。あの時代はすごかったよ。僕含めて12人もナショナルトレセンに選出されてたからね。厳しくも愛のある指導をなさる素晴らしい方だった。」


コーチが指示したのか、練習後のストレッチを始める選手達。どうやら田畑が中心となってダウンをおこなっているようだ。俺はその状況に安心し、心置きなくコーチの話に耳を傾ける。


「練習後、俺も病院に向かう予定だけど…仁界、お前も来ないか?」


予想外の勧誘に俺は戸惑う。


「…どうして部外者の俺が?」


「部外者…ね。君は大人みたいだけど、その鈍さはやはり小学生だな。」


俺の様子を見て、少し笑いながら答える監督。俺は意味が分からず黙り込む。


「お見舞いに行くだけだ。そこに、部外者も関係者も関係ない。必要なのは思いやる気持ちだけだ。」


そう言われて、俺は少し考え込む。おそらく夏波は切羽詰まっているだろう。大切なお爺さんの大事な時期に、きっと俺なんかに関わる時間を作りたくないと思う。いや、そこは俺がうまく夏波の視界に入らないようにすればいいが…。どうしてもきっと気を遣われてしまうだろう。


「何悩んでんだよ後輩。」


そんな俺の肩に強めの衝撃が走る。隣を振り向き、その衝撃を与えた本人の顔を伺うと、ニヤニヤと口角を上げて俺の顔を覗き込んでいた。


「なんですか先輩。鬱陶しいんですけど。」


「先輩に向かって鬱陶しいとはなんだ!だかまぁ否定はしない。」


自覚アリ…か。


「後輩が悩んでる風だったからな。ですよね?監督?」


「あぁ…。少しお見舞いに行くだけなんだが…。気を遣わせたならすまない。今日のところは俺だけで…」


監督の言葉が終わる前に俺は口を開いた。


「いえ、俺も行きます。」


俺の言葉に監督は少し驚いてから笑い、返事をした。そして田畑は相変わらずニヤニヤと鬱陶しく付き纏ってくる。


「どうしてどうして?どういう心境の変化〜?」


「単純に心配だからです。田畑さん、そういうのウザいです。やめてください。」


はっきりそう告げると、田畑は少し悲しそうに「はーい。」と言って、ストレッチに戻っていった。


俺もその後すぐに片付けを終え、移動の準備をする。


ーー


「やっぱりいるんだな…陽射。」


「何?何か問題ある?」


練習終了後、俺はコーチに連れられコーチの車の扉を開けた。予想はしていたが、案の定そこには陽射が堂々たる振る舞いで、足を組んで座っていた。


「いや、助手席行きなよ。俺の隣じゃ気まずいでしょ。」


「別に…。気まずくない。」


言いながらも俺とは目を合わせようとしない陽射。やはり気まずいのだろうが、まぁ本人が気にしないと言うのなら俺も特に気にする必要もないだろう。


「どうしたの春ちゃん?さっきまで助手席座ってたのに。それにいつも助手席…………え!?何!?痛い…!痛い…っ!!やめて…っ!!」


言葉途中で陽射から暴行を加えられる渡辺コーチ。まるで嫁の尻に敷かれる夫のようだ。まぁ小学生くらいまでの女の子に叔父さんは逆らえないものだ。


「…別に…!何でもないから!」


ありったけの制裁を渡辺コーチに加えた陽射は、必死な形相でこちらを向き、そう言った。少し紅潮している頬からも、コーチが言おうとしたことの機密性が窺える。


「いや、大丈夫。興味ないし。」


「きょ…!興味ないって…!な…ぇ…何で…。」


そっぽを向く俺の隣でゆっくりと声のボリュームを落としていく陽射。


「2人ともシートベルトしてる?もう出るよ?」


謎に生まれた沈黙を遮る様に、渡辺コーチの声が車内に響き渡った。


「問題ないです。」


「うん。」


心なしか元気のない陽射の声の後、監督の車は軽快に駐車場を飛び出した。


そして…


車内ではしばらく沈黙が続いた。聞こえてくるエンジン音、道案内をするナビの声が鮮明に聞こえてくる。俺は目を瞑り、今日の練習内容を振り返る。


「ねぇ。」


しかし、そんな沈黙は隣から投げかけられた短い言葉に破られた。


「何?」


目を瞑っていたし、寝ていたと勘違いされない様に俺は珍しく返事をした。少し…さっき言った「興味ない。」という言葉が可哀想に思えてきて、申し訳ない気持ちがあったのは秘密だ。


「あの子、大丈夫かな。」


あの子…が誰を指すかは明白だった。いがみ合っていた様に見えた2人だが、小学生はそういう関係から仲良くなるもの。最後の方は2人とも笑顔で話していた様に見えた。なんだかんだ言って夏波の事が心配なんだろうな。


「さぁ…ね。でももし大丈夫じゃなかったら、陽射が側にいてやりなよ。」


俺の勝手な想像だが、きっと夏波と陽射はいい友達になれると思う。俺の言葉に陽射はそっぽを向いて答える。


「そんなの当たり前。」


その答えに俺は驚く。意外だった。もっと冷めていると思っていたから。自分だけは大人であると…常に一歩引いた視点で俺たちのことを見下していると思っていたから。でも、陽射は俺が思っているよりももっと深い人物なのかもしれない。


「当たり前…ね。陽射からその言葉を聞けるとは思ってなかったよ。2人、仲悪いと思ってたから。」


「誰のせいで…っ…。」


俺の言葉に対し、ずっと窓の外を見ていた陽射が間髪入れずにこちらを向いて、言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。そして大きく呼吸をしてからもう一度窓の外へ視線を戻す。


「はぁ…。なんか仁界君って変な人。」


「失礼な。どこがどう変なのか是非教えてほしいね。」


呆れた様に陽射の口から溢れたその言葉に俺は苦言を呈する。


「そういうところ。小学生っぽくない。」


ズバリ…っと放たれたその言葉が胸に刺さる。たしかに、もうとっくに子供っぽく振る舞うのはやめていたけど実際にそう言われると意外とショックが大きい。


「小学生っぽさってなんだよ。」


「わかんない。私たち…小学生なのにね。」


「まぁ、陽射も小学生っぽくないけどな。」


「え?私大人っぽい?」


俺の言葉に反応した陽射が、バッと素早く俺の方に向き直り、目を輝かせてそう聞いてきた。


「あ、いや、大人っぽいっていうか…」


「だよね〜!私ってやっぱり大人っぽいんだ!大人っぽい仁界君に言われるくらいだから、もうそれは本物の大人だよね!」


猛烈なスピードで自己完結まで持っていったぞコイツ。その圧倒的個人技には流石の俺も脱帽です。


「えぇと…。」


止める隙を窺う俺。しかし、その饒舌は留まることを知っていた様で、割とすぐに静かになった。そして改まった様にもう一度陽射が口を開いた。


「だから…さ…」


下を向いてそう切り出す陽射。先ほどまで騒がしかったのが嘘の様にしっとりと優しい声で言葉を紡ぐ。


「陽射…じゃなくて、『春風』…って呼ぶべきだよね。大人な私のことも。」


恥ずかしそうにしながらも、しっかり真っ直ぐ俺の目を見てそう呟く陽射。それでも耐えられなくなったのか、すぐに窓の外に視線を移してしまう。


「…どこが『だから』なのか全然わからないけど…。」


俺はその様子がなんだか面白くて、少し口角を上げる。


「大人なら俺のことも『巡』って呼びなよ?『春風』。」


名前を呼んだ瞬間、春風の肩がククッとわかりやすく跳ねた。そしてこっちを振り向いた春風が口を開く。


「仕方ないから…『巡』君って呼んであげる。」


まるで、満面の笑みを無理矢理抑え込んでいるかの様な不思議な表情に、それでも明らかに綺麗なその顔に、俺は気づかれないくらいの小さく笑みをこぼした。

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