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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
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12 女の戦い

県トレセン1日目は、その後の4試合中3試合で勝利を収め、俺達が所属する青チームはなんとか見せ場を作ることができた。しかし、俺はこの1日かけても芝の感覚がうまく掴めずに、思い通りのプレイができずにいた。


「おつかれ巡。悪くない活躍だったな。」


最後の試合終了後、汗だくの状態で田畑が肩を組んできた。


「どこがですか。最後の試合とか、完全に俺が足引っ張ってたでしょ。」


俺は目を伏せての答える。最後の試合の相手は夏波率いる黒チーム。なぜか俺に対してとてつもない怒りを含んだプレイをしていた夏波に圧倒され、俺たち青チームは0-1で敗北した。そしてこの試合、俺は日本のシュートをバーに阻まれ、1得点も果たすことができなかった。


「…?何言ってんの?」


田畑は俺の言葉を聞いてキョトンとした顔で答える。


「巡はパスミスもないし、欲しいところにいてくれるし、ミドルシュートで相手を怖がらせてくれる。それだけで十分に役に立っていたと思うけど…。」


これはあくまで田畑の評価だ。俺自身の評価ではあそこで決められない選手は本番でも決められないと思っている。だから人の評価を鵜呑みにしないよう心がける。


「あ、そうだ俺…もっかいトイレ行ってくるわ。最初のパス練の時行こうと思ってたんだけど忘れてた。」


田畑はそう言って控室が連なる廊下の奥を目指して走っていく。まさか…さっきの記憶がないなんてことはないよな…?


「め、巡!」


田畑が走り去っていったタイミングで俺は別の選手に背中から声をかけられた。振り向かなくてもその相手が夏波だということはわかった。


「おつかれ夏波。最後の一戦はキレキレだったな。」


俺は軽く笑って冗談風にそう言った。しかし、それを聞いた夏波は、なぜか頬を膨らませてゆっくりと俺の方へ近づいてくる。


「…キレてないし…っ!」


言い放ったその顔はどこか紅潮していたが、運動後にはよくあることなので俺は特にそこには触れない。


「いや、キレてるってそっちの意味じゃなくて…。」


そんな時、スタジアムの入場入り口の反対方向…つまり夏波が立っているその逆の位置から俺の背中に声がかけられた。


「仁界君…!」


振り向かなくともわかる。その声は陽射のものだった。俺は陽射の顔を見て思い出す。そういえば先ほど遊ぶ約束をしていたなと。


「練習お疲れ様…!わ、私、外で待ってるから…!」


それだけ告げて去ろうとする背中を夏波の声が止めた。


「待って!」


陽射はその声を聞いて不思議そうに後ろを振り返る。夏波は入場口にあるわず4段の階段をジャンプで降り、そのまま俺を通り過ぎて陽射の方へ歩いていく。


「陽射だっけ…。巡の友達なの?」


夏波は俺にではなく、その問いを陽射に向かって投げかける。陽射は少し驚きながらも凛としたいつものませた表情を浮かべ口を開く。


「そう。友達。初めて手を繋いだ友達だよ?」


なぜか自己紹介と共に余計な情報まで付け加える陽射。その言葉に夏波はさらに頭に怒りマークを増やす。


「ぼ、僕は巡の初めてのライバルだ…!一緒にサッカーできる最高の親友だよ…!」


まるで意地を張るように絞り出した夏波のそんな言葉に、次は陽射の頭に怒りマークが増える。


「私…仁界君と同じ学校で同じ委員会に入ってるし、なんなら今日応援に来てって頼まれたんだけど…?」


あれ?俺頼んだっけ…?むしろ気が…ってやめろ陽射。その目で俺を睨みつけるな怖い。


「ぼ、僕なんかほぼ毎日トレセンの帰り家まで送ってるし、いっつも2人で練習してるし…?それに着替える時だって巡の隣だし…!」


その言葉を聞いた瞬間、陽射がものすごい形相でこちらに視線を向けてくる。夏波さん…発言には気をつけてください…。


そして誰も手がつけられないまま、2人の戦いは熾烈を極める。ないことないこと言い合って、2人の口調は次第に荒々しくなっていく。俺ももう完全に止めどきを失った。呆然と立ち尽くすことしかできない。


「…これから仁界君と2人で公園で遊ぶって約束してるんだよね…!ね!?仁界君…っ!?」


「え、あ、うん。」


突然俺に返答を求めてきたので適当に答える。すると夏波が今度は鬼の形相でこちらを見て口を開く。


「なっ…!?なにそれ…!聞いてない!僕もいく…!」


「ダメに決まってるじゃん…!私と2人って約束してるの…!」


「そんなの関係ないし…!僕は僕でこれから公園に行って、偶然巡に会うだけ…!ついでになんかついてきてるやつもいるけどね…?」


「ついでって…!」


そんな感じの言い合いはおよそ10分間続き、その間に俺はスパイクを脱いで靴紐を抜き取る。そしてスパイクの形を整えられるように、また湿気を取れるように新聞紙を丸めて詰め込む。そして服を着替えてソックスや、汚れ物を袋に別で分け取る。


「はぁ…いつまで続くんだこれ。」


完全に帰る準備が整った俺は、近くにあったベンチに座ってその様子を眺めていた。


それにしても本当に顔面偏差値の高い2人だ。陽射は言うまでもなく学校では学年問わず皆が知るアイドル的存在だ。夏波も陽射と比べて引けを取らないほど綺麗な顔立ちをしており、可愛い…というより運動で鍛えられた引き締まった美しい顔をしていた。


そんな2人の言い合いに、着替えを終えて廊下に出てきたほかの選手たちがギャラリーとして集まってくる。


「なんだなんだ?」


「女の戦い?ってか片方小岩井じゃん。」


「もう一人の子ってコーチの後ろにいためっちゃ可愛い子だよな?」


わらわらと狭い廊下に選手たちが集まってくる。誰も手出しできない状態の中、ある男が一人選手たちの間を縫って前の方に躍り出てくる。


「まぁまぁレディ達。喧嘩はそれくらいに…」


「「うるさい…っ!」」


「くぅん…。」


躍り出てきた田畑は、2人に一瞬で追い返されその場でぐったり力なく倒れる。ナショナルトレセンでレギュラー入りしているといってもこの戦いは止められないみたいだ。


「ちょっと夏波〜?まだ時間かかるの〜?」


2人の戦いの間に割って入る声が一つ…スタジアムの出口の方から聞こえてくる。そして同時に…


「はるちゃん?こんなところでどうしたの?」


先ほどまで練習していたコートから入場ゲートを通ってもう一つ、別の声の主もその場に現れた。


言い争いをしていた2人の保護者は自分の娘…もしくは姪を囲んでギャラリーがひしめき合っているこの状況に、ひたすらはてなマークを浮かべた。


「あ、うん…今行くよ母さん!」


「ごめん好兄…!なんでもないよ!」


2人はその場では笑顔を取り繕い、それぞれの保護者のもとへ走っていく。その様子を見ていたギャラリーもゾロゾロとスタジアムを後にしていった。


渡辺コーチの元へ走ってきた陽射は、帰り際に俺のすぐ隣を通って小さな声で呟く。


「今から来てね…待ってるから。」


そう言って手を振りながら、好兄こと渡辺コーチと仲良く話しながらスタジアムを後にした。



結局その後、俺、陽射、夏波はみんな公園に集合していた。陽射の第一声は、「なんでいるの…!?」だった。その一言に夏波はすました顔で、「あれ?偶然だね。」と答えた。


それから3人で遊ぶことになったが、2人のいがみあいが続き、俺はほぼ一人で公園を回っていた。公園には巨大な白いバルーン遊具があり、トランポリンのように跳ねて遊ぶことができる。地元の子ども達からは「ぴょんぴょん公園」という愛称で親しまれていた…気がする。


「僕の方が高く飛べる!」


ポーンっと夏波が白いゴムバルーンの上で飛び上がる。その様子を見ていた陽射は悔しそうな顔を浮かべたあとに、急にすました顔をして口を開く。


「女の子なら、どれだけ綺麗に飛べるかでしょう?」


そう言って高くはないが、体をぴーんと伸ばして綺麗な垂直跳びを見せる。その様子を見ていた夏波が逆に悔しそうな表情を浮かべた。


ちなみに俺は、別のバルーンを使いジャンプ力を鍛える特訓をしていた。いつもより対空時間が長く、感覚が違うため着地の際に少しぐらつく。慣れればヘディングをする時などに役に立ちそうだ。


「あと10回…。」


俺は1人だけ汗をダラダラと流し、その遊具でトレーニングを繰り返していた。


「じゃあ次はあれ…!」


「望むところ…!」


トレーニングをしている俺には一瞥もくれず、2人は次の遊具に走っていく。


「ふぅ…終わった。」


ちょうど想定していた回数をこなし終わった俺は次の遊具に目をつける。東京タワーに似せたジャングルジムの亜種のような遊具だ。高さはおよそ7メートル。しかし、素材は鉄ではなく固く結んだ綱引きで使うような紐であり、それがジャングルのように入り乱れている。三角形のてっぺんには腰をかけられそうな円形の土台が設置されており、俺はその場所を目指してジャングルジムのを登り始めた。


「思った以上に高いな。」


およそ1分で頂上に到着。腰掛けに座ると、ちょうど今遊んでいる公園内、そして県総の駐車場が見える。


「風が気持ちいな。」


時刻は16時30分。まだ空はオレンジ色になっておらず、想定以上の気温の高さから夏の近さを感じる。


何かトレーニングをしようと思っていたが、見通しがよく気持ちい風の吹いているこの場所でそれは勿体無いと思ってしまい、俺はなにをするでもなくその場で頬杖をついて空を眺めていた。すぐ隣の滑り台では夏波と陽射がわーわー言いながら楽しそうに遊んでいた。


「俺も昔は何が何だかわからないくらいここで遊んでたな。」


独り言を呟きながら感情に浸れるくらいには心地よい場所だった。


「なんか久しぶりに、気が抜けそうだ。」


リラックスした俺の瞼は次第に落ちてきており、俺の瞳をゆっくりとしかし確実に閉じようとする。


「…眠。」


この人生でおそらく初めてそんな言葉を使った。睡眠は何よりも大切にして生きてきたし、日中眠くなることなんてほとんどなかったためである。でもこの時だけは、俺は異様にやる気のある睡魔に襲われていた。


そして俺の瞳は完全に閉じる…。


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