105 理由
「仁界、少し話がある。」
佐良が去った後、俺は清原先生に呼び止められた。どうやら秋音や夏波には聞かせられない話のようであり、2人には先に帰宅してもらった。
「毒島のことだが…どうやら背後で暴走族が動いていたみたいだ。」
「暴走族…。」
何か強い勢力が裏にいるのは予感していたが、暴走族か…。
「でも…なんで暴走族が俺に…。」
唯一腑に落ちない点。どうして暴走族が俺のことを狙うのか。
「あぁ。それが私にもわからない。」
先生は目を瞑って一呼吸。
「だから直接聞きに行こうと思う。」
「そうですね………は?」
あまりにも自然な流れで飛んできた冗談に、俺は対応できなかった。
「先生…冗談言うタイプには見えなかったです。すみません反応が遅れて。」
俺の言葉に、「こいつ何言ってんだ?」みたいな視線を向けてくる先生。
「冗談ではない。」
「冗談じゃないって…であれば流石にそれは冗談じゃありません。勘弁してください。」
暴走族なんかに関わりたくないし、関わってしまったとして命の危険を感じる。まだこの人生でやり遂げていないことがたくさんあるのだ。
「心配するな。いくのは私だけだ。話を聞いてくるから待っていろ。」
「いやいや、そういう話じゃなくて…。それに、直接会うって…どこに暴走族がいるとかって情報知ってるんですか?」
「それに関しては問題ない。久しぶりだが、場所は変わっていないはずだ。」
「久しぶり?」
俺は今の状況で出てこないであろう単語に疑問符を浮かべた。
「…なんだ?師匠から聞いていなかったのか?てっきり話しているものだと思っていたのだが。」
師匠…って、じいちゃんのことだよな?なんだ…?なんのことなんだ…?
「その暴走族のチーム名は『紅桜』。5年前…私が作ったチームだ。」
「へ…?」
流石の俺も状況を読み込めずにその場に立ち尽くす。
「つまり先生は…」
「あぁ。チームの初代総長だ。今の総長は二代目。元私の弟子だ。」
俺は馬鹿げた現実に笑った。
「…えーっと、まぁわかりました…。いや、はい…なんとか…。」
「話が早くて助かる。それでは…吉報を待て。」
そう言って去り行く先生の背中に俺は声をかけた。
「待ってください。俺も行きます。」
先ほどまで命知らずの行動を馬鹿にしていた俺だが、先生が元総長であるなら話は別だ。きっと身の安全は保障されているだろう。それに、これは俺の問題。先生にそこまでしてもらうのは申し訳ない。
「あれだけ怖がっていたのに?」
先生がバカにしたように口を開いた。
「怖がっていたわけじゃありません。命知らずを目の前にして驚いていただけです。」
「まぁ好きにするといいさ。お前ならもしものことがあっても自分の身を守れるだろう。」
「もしものことがあるんですか…?」
俺は不穏な言葉に反応した。
「あるかもしれないからもしものことだと言っている。まぁ…あいつらがどれだけ強くなっているか…それにもよるがな。」
こうして俺は、清原先生と共に全ての問題の原因である暴走族『紅桜』基地へと乗り込むことになった。
ーー
紅桜は町外れの廃工場に拠点を置いていた。いつ崩れてもいいようなボロボロな建物。俺と清原先生はその中へゆっくりと足を踏み入れた。
「おやおや…だれかと思えば、うちの元総長…『キヨさん』じゃないっすか…。」
建物の中には100人を超える暴走族が乱立しており、その中央奥のソファに1人の女性が腰を下ろしていた。
「『蓮』。久しぶりだな。」
先生は静かに呟いて、蓮と呼ばれた女性の元へとゆっくり歩いて向かった。暴走族の大群が道を開ける姿が見ていて爽快だった。
「えぇ。総長…いや、師匠。」
蓮は赤い軍服を着ており、ガッツリ開いた前のチャックから、白色のサラシが見える。口に咥えたタバコからは白い煙が上がっていた。
「悪いな。急に邪魔して。こいつに関して聞きたいことがあった。」
清原先生は親指で俺の方を指差した。俺はあまりにも場違いであり、この場についてきたことを後悔した。
「仁界 巡…か。ここに来たってことは…毒島はしくじったんだな…。」
蓮は上を向いて静かに息を吐いた。
「やはりお前の指示か。蓮…お前は一体なぜ仁界を狙う?」
蓮は1人だけ赤い軍服の皺を整え、ソファにどっしりと座り直す。
「ふぅ…。それは、できれば師匠にだけは伝えたくないっすね。」
蓮が口に咥えていたタバコを地面に投げ捨てて足で潰す。その瞬間、周囲の暴走族達が戦闘体制に入った。
「あいつがしくじったなら…私達がやるしかないみたいだ。」
蓮は静かに立ち上がり手を上げた。
「…この程度の人数で、私に勝てるとでも?」
「…微妙…ですね。」
蓮はニヤリと笑って手を振り下ろした。瞬間、男達がものすごい勢いで俺と清原先生を囲むように襲いかかってきた。
「マジかよ…。」
俺は絶望に暮れながら、もしもの事態が起きたのだということを自覚した。
「お前も戦ってもいいんだぞ。仕方がないから教師としてこの場は見逃してやらんでもない。」
「自分の身は自分で…と言いましたしね…。」
俺はそう言って、後方から迫ってきた男の腕を顔を少しずらすことでかわして、そのまま背負い投げで前方の男に投げつけた。
「こっちで80人はやってやる。残りはお前でやってくれ。」
清原先生はそう言いながら、自分を囲む男達一人一人を的確に気絶させていく。あれはじいちゃんが俺に教えてくれなかった人を殺すための技だ。
「わかりました…。」
俺は立て続けに襲いかかってきた男の腹を蹴ってその後方の男にぶつける。振り返った勢いでもう1人の男の顔面に回し蹴りを当てた。
「本当の戦闘は初めてだな…。」
でもじいちゃんとの稽古の時は、捕まったら死ぬと思ってやっていたから状況は変わらない。
「相変わらずお強いねぇ…。」
俺と清原先生の技でバタバタと倒れていく男達。最後に清原先生がじいちゃん直伝の技で男を倒し、その場にいた暴走族は全て片付いた。
「…こんなものか。」
静かになった廃工場に清原先生の声が響く。俺は手についた砂を落として周囲を警戒した。
「こんなもの…じゃあもちろんないですわ。あんたを倒すためならねぇ…。」
蓮がそう言うと、工場入り口から1人の男が姿を現した。
「キヨっ!」
男は黒いスカジャンを身に纏っており、近くに止めたバイクのエンジン音と共に現れた。
「『雄大』か。久しぶりだな。」
バイクから降りてすぐに清原先生の元へと駆け寄ってきた男…どうやら清原先生の知り合いのようだ。
「久しぶりじゃねぇよ…!急にチーム抜けてどこいっちまったんだよ…っ!?」
清原先生の両肩に手を乗せ、切羽詰まったような様子でそう口にする雄大と呼ばれた男。
「でも良かった…帰ってきてくれて!」
男は安堵した様子で告げる。
「雄大さんはずっとあんたの帰りを心待ちにしていたみたいっすよ?」
どうやら雄大という男は清原先生にお熱のようである。しかし先生にタメ口で話すあたり、蓮よりも位が上なのか?その上下関係はわからない。
「何を言っている?私はチームに戻る気はない。」
「え?」
雄大は絶望した様子で先生に視線を向けていた。
「私はこいつの学校で教師をしていてな。もう暴走族などやっている暇はないんだ。」
先生はそう言って俺の方を指差した。
「…お前…まさか、仁界か?」
雄大は俺の方を見て小さく呟いた。
「そうっすよ。そいつ…ここにいた奴らを結局半分くらいのしたバケモンです。」
雄大はワナワナと震え出した。そしてゆっくりと俺の方へ近づいてきた。
「お前が…」
そしてその拳を大きく突き上げた。
「お前がキヨをウチから脱退させた犯人か…っ!!」