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リ・ボール  作者: よもや
1章 人生のリスタート
11/110

11 応援

その後も青チーム、赤チームの試合は0対0のまま進んでいった。俺はグラウンドと芝生の違いに慣れるのに思った以上に時間がかかってしまっており、100%で動けていなかった。


「8番上がってきてる!マーク外すな!」


右サイドから駆け上がってくる相手の8番を見て、葛西がサイドバックの選手にマークを外さないようにしろと指示を送る。


「くそ…!マークが甘い…っ!」


しかし、こちらのサイドバックの選手の反応は少し遅れ、的確にプレッシャーをかけられていなかった。俺はそれをカバーするために、遅れた味方のサイドバックと一緒に挟み込むようにディフェンスに入る。


「…でたか。」


しかし、裏に抜けた相手の8番に対するパスは予想以上に強く、トラップできずにそのまま8番の頭の上を超えていった。相手が最後に触ったボールがタッチラインを割ったため、俺はスローインと判断し出たボールを取りに行く。


「…なんだ?」


俺がスローインをしようとコートを見ると、なぜか皆俺ではなくコートの外に視線を向けていた。

もしかしたらタッチラインを破る前に、ファウル、もうしくはオフサイドでもあったのだろうかと考え、俺も一緒になって後ろを向いた。


「あれ…。」


そこで俺は皆が試合から視線を外した理由に気づく。皆の視線の先にいたのは、渡辺コーチの隣で俺たちの試合を見ている1人の少女の姿だった。


「陽射…。」


練習を観にくるとは言っていたが、まさか本当にくるとは思わなかった。それも県トレセンの選考会に来るなんて。それもコーチ達と一緒にって…。


陽射は俺に気づいた瞬間、べぇ〜っと舌を出して渡辺コーチの後ろに隠れてしまう。


「嫌われたもんだな。」


陽射の存在には少しだけ驚かされたが、俺は気にしていないふりをして試合に戻る。


結局その後もスコアは動く事なく、0対0のまま第一試合が終了した。終わった瞬間、後ろから田畑に肩を組まれた。


「あの可愛い子誰だろうな…。もしかして俺のファンとか?」


ヘラヘラと笑ってそんな事を口にする田畑。


「そうかもしれませんね。」


俺は表情を変えずに適当に返事をする。


「なんだよ。巡そういうの興味ないのか?サッカーやってるとモテるだろ?」


はぁ?と俺は田畑の方を向く。

こいつはモテるためにサッカーやってんのか?本気でやってる奴に謝れよ…なんて考えるのは多分傲慢なんだろうな。


「えぇ多分。田畑さんよりは。」


少しムカついたので精一杯の皮肉を残してコートを出た。

田畑は「生意気な奴め〜」と俺の頭にぐりぐりと自分の拳をねじ込んだ。地味に痛かった。


「それじゃあ、青チーム緑チームはパス練と試合の振り返りね。次はビブ無しと黒チームコートに入って〜。」


渡辺コーチの指示に従い、それぞれのチームのメンバーがコートに入る。


「俺たちも話し合うか。おーい葛西!」


「あぁ…っ!?な、なんだ?」


やはり葛西は、田畑の事を少し恐れているようで、ビクつきながら返事をしていた。


「試合の振り返りをしたいからみんなを集めてくれるか?」


「お、おう。任せろ!」


葛西はそういうと、大きな声で青チームの全員を招集。1チームに一つ渡されたボードを用いて話し合いを行う。進行するのはキャプテン的な役割をしている田畑。そして中盤からチームを支えていた葛西だ。


「まず『笹塚』。自分でマークが遅れてたのは気づいてる?」


右サイドバックの笹塚はおずおずと頭を下げた。俺がディフェンスに入った時、相手の8番に裏を取られていた選手だ。


「う、うん。ごめん、ちょっと気抜いてた…。」


「いやいいんだ。わかっているなら尚更いい。改善するにはそもそものディフェンスラインを全体として下げるのがベストかな。『宮下』も少し下げるよう動いてくれるか?」


宮下はセンターバックとしてラインをコントロールしていた選手だ。宮下は無言で頷いた。


「オフェンス面では、俺がもっとしっかりゴールを決めるべきだったよな。次はちゃんと決める。あとは『井垣』。時々サイドからのクロスが適当になってるぞ。」


井垣は右サイドハーフの選手。田端に対するクロスで、ファーとニアを間違えていた選手だ。まぁ田畑かなりわかりにくい位置にいるから仕方ないけどな。

 

「くらいかな。葛西は悪くないよ。今の調子で俺にパスをくれ。」


「お、おう…!」


田畑に褒められたことが嬉しかったのか、葛西の声は少し大きくなった。


「そして最後に…仁界。」


田畑は俺の方を見てニヤリと口角を上げる。


「もしかしてあの子と知り合い?さっきからめっちゃ見てるけど。」


田畑はそう言って渡辺コーチの後ろに隠れる陽射のことを指差した。俺がその方向を見ると、ばっちりと目があってしまい、陽射はハッとして渡辺コーチの後ろに隠れる。


「いや、違いますね。」


俺が答えると、田畑は含みを持った笑顔で「へぇ…そう。」と返事をした。


「それじゃあパス練しようか。みんな二人組になって基本のトラップ、パスを鍛えてね。あ、仁界は俺と組むように。」


強制かよ聞いてないぞ。

田畑の指示で、青チームでは短い距離のパス練習が始まった。俺はボールを持って田畑と適度な距離をとってパスの準備をした。


「早速で悪いけど…ごめん、ちょっと俺トイレ行ってくるよ。」


しかし、ちょうどいいタイミングで田畑がトイレに抜けてしまった。8人チームで1人抜けた場合7人。どうあがいても俺は余ってしまう。


足元に置いたボールを持ち上げてリフティングを開始する。1人でもできる簡単かつ基本的な練習である。


「ちょっと!」


皆がパス練習をする中、1人リフティングをする俺に後ろから声がかかった。俺はリフティングをやめて落としたボールを足の裏でコントロールする。


「陽射か。本当にきたんだな。」


俺は単純に驚いた事を陽射に伝える。


「そういえば…苗字は違うけど、陽射は渡辺コーチの何?」


俺は単純な疑問を陽射に投げかけた。


「好兄は私のおじさん…!」


おじさん…?俺はそれを聞いて改めて驚いた。まぁそれくらい繋がりがないと、普通スタジアムの中にまできて練習を見ることなんてできないよな。


「感謝してよ?私が本当に応援しにきてあげたんだから。」


ふふんっと口を鳴らして偉そうに腕を組む陽射。俺は渡辺コーチの方を見る。すると手を合わせて謝る仕草を繰り返していた。だから俺はため息をついて対応する。


「気が散るってば。」


「ひどい!」


俺は皮肉を込めてそう口にした。陽射は顔を真っ赤にして怒り出す。大人になりたいんじゃなかったのか…?こんなことで怒っていたら元も子もないぞ。


「でもすごかったね仁界君。私から見てもうまいってわかっちゃったよ。それにあれ6年生もいるんでしょ?」


もう俺に適当にあしらわれるのにも慣れてしまったようですぐに次の会話に移る。


陽射はしゃがみ込んで、俺が持っていたサッカーボールをコロコロと人差し指で転がす。


「まぁそういう場所だからねトレセンって。」


っていうか田畑遅くないか?もしかしてでかい方なのか?


先ほどから周りの奴らがみんな憎いような視線を俺に浴びせてくる。まぁ理由はわかるけど、俺と陽射は別にそういう関係ではない。とにかく今は、早く俺もパス練に溶け込みたいという気持ちが強かった。


「ねぇ…練習が終わった後って時間ある?」


ボールを転がしながら顔だけを俺の方に向けてくる陽射。おそらく彼女も意識したわけではないが、上目遣いの構図になっていた。もちろん俺はその魔力に飲まれることしかできず…


「無くはないけど。何かあるの?」


俺は試合を見ながら答える。すると陽射はもう一度下を向いて口を開く。


「いや、その…仁界君って毎日練習にも走ってきてるって言ってたし、もしかしたら今日も走ってきたのかなって思ったんだけど…。」


渡辺コーチに聞いたのだろうか。俺は頷いた。


「今日も走ってきたよ。」


俺の答えに、陽射の顔がパァッと晴れる。なんとも眩しいその笑顔に俺は目を隠す。恐ろしい…『エンジェルスマイル』と名付けよう。


「じゃあさじゃあさ…!あっちにあった公園で遊んで帰ろうよ!好兄には言ってあるから!」


あっちにあった公園…に俺は心当たりがないが、総合運動公園…となっているのだからおそらく大きな公園が併設してあるのだろう。俺は少し考えて答える。


「いいよ。時間あるし。」


俺がそう答えると、多分エンジェルスマイルが返ってくると思うので、俺は初めから試合をしているコートの方を向いていた。


「本当に!?約束だよ!?」


なんかこいつ…前に話した時より子供になってないか?あの時は珍しく大人びた子だなって印象を抱いた気がするんだけど。


「うん。」


俺が小さく頷くと、陽射しは立ち上がって俺の顔を覗き込んでくる。不思議そうに俺の顔…特に頬の方に視線を向けてきた。


「芝がついてるよ。ちょっと止まってて…。」


陽射しは真剣な表情をして、俺の頬についた芝生を取ろうと手を伸ばす。しかし、突如試合をしているコートの方からものすごい勢いでボールが飛んできてちょうど俺と陽射の間を通り過ぎていく。


「あ〜ごめんごめ…っぶふぅっ!?」


そしてそれは、トイレから帰ってきた田畑にクリーヒット。輝く液体を飛び散らせながら、田畑自身も吹っ飛んだ。


俺はボールが飛んできたコートの方を見る。

結構コートから離れていたし、あんなにシュート性のボールが飛んでくるような場所じゃないんだけどな…。


「巡…?ボール…取ってもらっていいかな…?」


コートには黒色のビブスをきた夏波が、笑顔でこちらを見ていた。しかし、その目は笑っていない。


「お、おう…。」


俺は田畑を処したボールを拾い上げて、夏波に向けて投げる。夏波はそれをキャッチして、俺の後方に倒れる田畑を指差して口を開いた。


「パ・ス・れ・ん…ちゃんとしなよ?」


告げられたその言葉を聞いて俺の背筋は軽く震え上がる。

あいつあんな正確なキック持ってんのか…。

っていうか、パス練しろって言われても…今田畑が…。


俺の視線の先では田畑がピクピクしながら倒れていた。


「わ、私…もう行くから…!ま、待ってるね!」


何か俺と同じ恐怖を感じ取ったのか、陽射はそさくさと立ち上がると、手を振って渡辺コーチの元へ走っていった。俺は倒れている田畑の近くに歩み寄る。


「…大丈夫ですか…?」


ツンツンと顔をつつくが、反応はない。しばらく待っていると、カッと田畑の目が突然見開かれた。


「あれ…俺、何して…。」


おいマジか。


「先輩。パス練しましょう。」


「お、おう…。そうだな巡。やるか…。」


俺は何もなかったことにして、田畑とパス練を始める。


何もなかった…。うん。


………記憶無くなる威力って何…?

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