104 終幕とケジメ
「ゴウジン。」
俺は、竜胆の元に集まる皆を尻目に少し離れたところで空を見上げるゴウジンを呼び止めた。
「仁界…ごめん、俺不器用でさ。」
ゴウジンの口ぶりから察するに、ゴウジンがあれだけ強く竜胆に当たった理由を俺が察していると踏んでいるのだろう。
「いや…俺はお前に感謝しないといけない。」
「何がだよ…!」
ゴウジンは寂しそうに笑って口にした。
「よく…アニメとか漫画で見てた、厳しい先輩とかって、こんな気持ちだったのかな。竜胆、大丈夫そうか?」
「…まぁまぁ凹んでるだろうな。」
ゴウジンは天を仰ぎ、顔を片手で覆った。
「だよなぁ〜…。」
残念ながら、ゴウジンはあまりにも演技がうまかった。おそらく竜胆の心はズタボロだろう。
「あとは竜胆を信じるしかないさ。とにかく、こんな役割をさせてしまって悪い。」
「それは本当にいいんだよ。でもよ…あれ…自分でもよくわかんなかったんだけど…なんなんだ?」
試合の最終幕、ゴウジンは驚異的な動きで、ゴール前でボールを奪い去ってそのままシュートを決めてしまった。
「端的に言うと…まぁこれは衛里や、秋音とも共通の認識を持っているんだけど、ゴウジン…お前は『ディフェンスの天才』だ。」
「ディフェンス…の…?」
訳がわからない…と言うふうに驚愕の表情を浮かべるゴウジン。どうやら先ほどの動きや、女子部員とのゲームの最中に見せたあの動きは無意識下で行っていたことらしい。それなら尚更…
「あぁ。そのままの意味だ。ディフェンスの間合い、タイミング、距離の積め方…その全てを無意識に完璧に調整してる。」
まさしくゾーンの典型例だろう。
「本来最終ラインで相手からボールを奪い去る役割に当てるのがいい…と考えていたんだけど、まさかフォワードでその能力を開花させてしまうなんてな…」
「フォワードで、ディフェンスの天才…?」
困惑して頭が追いついていないみたいだ。竜胆の代わりになると自分で責任感を持っていながら、重要な部分は理解していない。やはりそんなところはゴウジンらしい。
「まぁ…後々自分の能力には自分で気づいていったらいい。お前なら間違いなく、あの役割もこなせるはずだ。」
「…お、おう。」
あまり頭は働いていなさそうだが、問題はないだろう。
「さて…試合は終了だが。」
俺はチームのメンバーを一通り眺めたあと、3年生チームのメンバーをぐるりと見回した。
「俺達1年生の勝利ってことで…よろしいですね?」
額から血を流し、ただその場に立ち尽くす毒島を見て尋ねた。
「…クソが…。」
毒島は何を言うこともなく、ただ一言毒を吐いてコートの中央へと歩いていった。
「これで終わりだと思うなよ?」
そんな捨て台詞を残して。
ーー
「なんとか勝利…皆さん素晴らしい活躍でした!」
死に物狂いで足を動かし続けたメンバーは皆疲弊してベンチに座り込んでいた。竜胆は倒れた衛里の近くでその様子を確認していた。
「きっと皆さんそれぞれ…今後の課題が見つかった大きな一戦だったかと思います。明日は日曜日…ゆっくり休んで月曜日から練習再開です!」
毒島に勝利することは最終目標ではない。あくまで通過点…いや、スタート地点としてもいいくらいだろう。
「月曜日からの練習は8月から開催される全日本の大会に向けて変えていく。それぞれ個人的に練習したい気持ちはあると思うが、怪我をしては元も子もないし…明日はあまり動かないようにな。」
「仁界、結局のところ衛里は大丈夫なのか?」
目を瞑る衛里の傍でその様子を見守る竜胆。そしてその姿を心配した秀川から俺へと質問が投げかけられた。
「命に別状はない。病気…などでもないみたいだ。問題は衛里の心にある。」
「なら、いいんだが…」
衛里はチームの守備の要だ。今後同じようにして、後半しか出られない…と言った状況になった場合、その代わりを務められる選手はうちにはいない。
「…とにかく今日は解散だ。皆帰ってゆっくり休んでくれ。」
俺が話題を変えるように口にすると、早々に片付け終えたゴウジンが静かに立ち上がった。
「それじゃあ…お疲れ。」
みんなゴウジンの様子の変化には何か気掛かりな部分があるようだが、疲労からか誰もその点に触れるものはいなかった。
「俺たちも帰るか。行こうぜ壁立、留伸。」
「うん。」
「おう。」
今日突如チームに合流したにも関わらず、大きな働きをしてくれた3人。皆に挨拶をして仲良く帰っていった。
「少し走ってくだろ貫井?」
「秀川…さっき言われたばっかりじゃん。」
秀川が貫井をランニングに誘うが、流石の貫井もその誘いには応じられないようだった。
「秀川、明日の練習は無しだ。月曜日からはいつも通り行えるように心身を休めておけ。」
その場を後にする秀川に、清原先生がそう告げた。秀川は少しビビりながらも、「わ、わかりました。」と小さく呟き去っていった。
「…仁界…」
選手が皆いなくなった頃、それを見計らったかのように佐良がその場に現れた。
「佐良か。俺達のチームに入る気になったのか?」
「ちげぇよ…っ!…俺はもうサッカーをしねぇ…お前達に負けたんだからな。」
佐良は俯きがちにそう言った。
「あれ?でも…試合自体には出ていませんでしたし、毒島先輩の条件的に、今回は気にしなくてもいいんじゃないですか?」
秋音の言う通り、試合にさえ出ていなければ同じチームでも罰則は適応されない。そういう条件だった。
「でも…俺は…っ!」
悔しそうに拳を握る佐良。実行はしてなかったとはいえ、毒島と共に非道なプレイで相手チームを削っていた事実に責任を感じているのだろう。
「まぁ気が向いたらでいい。ひとまずはこれからメンバーを集めないといけないからな。」
俺は帰宅の準備を進めながら口を開く。
「そうか…お前ら9人で…」
9人で毒島達に勝利した。しかも審判を買収された状態で。その事実に、改めて佐良は俺達のチームとしての強さに驚くことになったであろう。
「あー!私が男子チームでプレーできたら良かったのに!」
悔しそうに口を開く夏波。先日一緒に練習した限りでは、下手になるどころか以前よりさらに上達していた。十分男子チームでやっていける能力を持っているだろう。
「でも、夏波はもう自分がいるべきチームがあるだろ。全国、狙ってるんだろ?」
「…そうだね。」
俺に言われ、大事なことを思い出す夏波。すでに夏波にとって女子サッカー部は大切な居場所となっているみたいだ。
「夏波とは昔と変わらずライバルだ。どっちが先に全国で優勝するか…次はその勝負をしよう。」
「…うん!」
夏波は元気に返事をした。相変わらずその素直な笑顔は周りに元気を与えてくれそうな不思議な力を秘めている。
「おい…俺を無視するな。」
ずっと俺たちの会話を聞いていた佐良が呟いた。
「…意思は固いんだろ?」
頑固者の佐良だ。これ以上勧誘してもどうせ意味がないだろう。
「いや、正直に言う…。俺は…サッカーを続けてぇ。お前らが俺を誘ってくれるのも…すげぇありがてぇ。」
意外にもその本音は予想外のものだった。佐良は想像以上にサッカーへの情熱を持っていたようだ。まぁ誘ってるのは俺の勝手だが。
「でも…少し待って欲しい。」
佐良が頭を下げた。
「俺は…今まで毒島さんの背中を追って…間違った背中を追って…沢山の選手の夢を打ち砕くようなことを黙認してきた。」
佐良自体は何もしていないが、それを見て止めようとしなかったのは事実だ。
「俺はその…罪滅ぼしをしなくちゃならねぇ。」
「いや…でもお前は…」
「ダメだ…これは俺が決めたこと。」
意外と融通の効く奴だと思ったのだが…撤回だ。こいつは超が着くほどの頑固者だ。
「だから…それまで待っていてくれないか?」
頭を下げる佐良に対し、俺は小さく頷いた。
「わかった。それじゃあ…」
「ありがとう…!!じゃあっ!」
続けて、いつまでには合流して欲しいとか、公式戦の日程とか伝えようと思ったんだが…自分の伝えることだけ伝えて一目散にその場から去っていった。
「すごい頑固な人ですね…。」
「みたいだな。」
俺は秋音と顔を見合わせて言い合った。