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リ・ボール  作者: よもや
3章 中学校編
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103 影武者

そんな過去と全く同じ状況で…僕は秀川君からボールを受けた。衛里が倒れながらも必死に繋いでくれたボール。


「ごめん…衛里…っ!」


今だけはゴールを見る…っ!

このボールをゴールに押し込むことだけを…それだけを考えて前に進む。僕はゆっくりとボールを左側にずらした。そしてあの時と同じように…利き足の左足で、鋭く…素早く…っ!


「…いけぇ…っ!!」


久しぶりに振るった左足は、今まで溜めていたものを全て放出するように、気持ちの良いくらい素早く動いた。そして迷うことなくホットスポットを捉える。


「「止めろ…っ!!」」


前線の3年生選手達からキーパーへと声がかけられる。しかし、一朝一夕で反応できるほど甘いコースにボールは向かっていない。


「くっそぉ…っ!!」


キーパーの手とゴールポストの間…そのスレスレをすり抜けるように突き進むサッカーボール。しかし…


「クソがおらぁ…っ!!」


先ほど倒れ伏していた毒島が、ゴール寸前でそのシュートに触れた。衛里に倒されてすぐに立ち上がり、僕のシュートがゴールの角を捉えることを予測していたようだ。


「…がはぁ…っ!?」


毒島はそのままの勢いでポストに激突。ボールは僅かに外れ、ゴールポストを掠めて跳ね返った。


「な…嘘だ…」


ボールが宙を舞う。

僕はまた…


もう時間も体力も残っていない。延長線に突入したら確実に僕らは逆転負けを余儀なくされる。そんな絶望的な状況で…追分が身を挺してボールを奪い取った。そのボールを衛里が倒れ伏しながら守り切って…やっと…やっとの想いで僕に繋いだ…。最後の最後…僕をヒーローだと信じて繋いでくれた衛里のボールを…僕はまた…っ!!


「ごめ…ごめん…」


拳を握って下を向く。結局あの日から僕は何も変わっていない。ここで負けて…サッカーから離れて…きっと僕は…


「諦めんなぁ…っ!!」


僕の背中に…いや、チーム全体に…誰かの声が聞こえてきた。


「やめんなっ!!」


「まだ終わってない…っ!!」


「止める…っ!僕が止める…っ!!」


それは誰の声でもない…。

振り返って…この目で見たチーム全員の声だった。


「絶対…絶対勝つんだ…っ!!」


僕らは…僕らのチームは誰1人諦めてなんかいなかった。僕がシュートを外したその瞬間に…全員が次の攻撃に向けて動き始めていた。僕1人を除いて…


「まだだ竜胆…っ!俺は…何度でも止める…っ!!」


あんなに頼りなかった坊主頭が…僕の目には輝いて見えた。


「まだ…まだ走れるよ…っ!」


疲れ果てて動けないと思った…あの大きな体がボールを追いかけて走っている。


「止める…シュートがきても…俺が止める…っ!!」


小さな体で…ずっとゴールを守っている。


「竜胆君…ボールを追いかけて…っ!!」


サイドからチャンスを作り出し、得点を演出した立役者が…負荷のかかりきったその足をまだ動かしている。


「俺たちは…負けねぇ…っ!!」


ずっしりと中盤に腰を添え…そのフィジカルでチームを支え続けた男もまだ諦めていない。


「すぐに切り替えろ…っ!絶対先に触るんだ…っ!!」


アンカーの位置で相手の攻撃の芽を摘み続けた…頼れるキャプテンが皆の背中を押し続ける。


「僕…僕は…」


僕はまだ拳を握って立ち尽くすことしかできない…。どうして動かないんだ…どうしてやめるんだ…っ!?みんなが繋いだボールを…試合はまだ終わってないのに…っ!!なんで動かない…っ!?


「竜胆…」


そんな僕の耳に、聞き覚えのある…大切な友の声が聞こえる。振り返ると…倒れながらに誠心誠意僕という最後の希望に全てを賭けてくれた金色の少年が…大きく手を挙げていた。その顔は…笑っている。


走り出せ…動け…っ!


僕は元から…ヒーローなんかじゃない…っ!!でも今…今だけ動け…っ!!僕を…


ヒーローにさせてくれ…っ!!


ーー


竜胆のシュートがゴールポストに当たって跳ね返った。俺…轟陣はその光景を妙な感覚で見ていた。


「俺も…」


諦めてない…。

そんな言葉を口にしようとした。皆に合わせて…皆と力を合わせて…竜胆を鼓舞して…絶対にゴールにボールをねじ込んで見せる。


そう…思っていたはずだった。


「っしゃぁ…っ!オフェンスだお前ら…っ!」


宙に浮いたボールは、ゴールから少し手前…俺にかなり近い位置にいた相手選手の懐に渡った。


「こいつらの体力はもう無え…っ!!さっさとトドメ刺して…こいつらの絶望する顔見てやろうぜぇ…っ!!」


俺はゆっくりと…でも最速ではない動きでその選手に近づいた。


「…あれ?」


少し遅れて竜胆が動き出した。必死の表情で…


でも…竜胆…


頭によぎる。シュートが外れた直後、皆が走り出したその瞬間。たった1人だけ天を仰ぎ動きを止めた…その姿。


お前は…


頭によぎる。絶望し、失望し…自分という人間を心底恨む…そんな瞳が、静かに閉じられる瞬間が。…やりきれない…やるせない…手をから血が出るほどに悔しさで握った拳が…ゆっくりと開かれるその瞬間が。


…『諦めた』…よな?


瞬間、俺は頭を振るった。


「なんで…?」


思ってもいないことが…頭をよぎる。竜胆は仲間だ…あんな期待を背負って…諦めてしまう気持ちもわかる。そうだろう…?そのはずだろう…?


必死な表情でボールを追いかける竜胆。竜胆…やっぱりお前はこのチームのヒーローだ。きっと、ここでみんなでボールを奪って…ギリギリでもう一度お前がミドルシュートを打つ。そんなストーリーでゴールを演出して…衛里の信じていたスーパーストライカーが復活する。


それで良いはずなんだ…それで良い。そうすることが…これからこのチームが一丸となって戦う大切な第一歩になるはずなんだ…。


「おら行くぞ…っ!こいつらの息の根止めてやろうやぁ…っ!」


勝ちを確信して叫び散らす相手選手。必死な顔でボールを追いかける竜胆。勝利のために竜胆を信じるチームのみんな。でも…


「前上がれ…っ!おら…っ!」


でもさ…


「え…?」


そんな回りくどいこと…しなくて良いんじゃないか?


「ごめん竜胆。」


俺は小さな声でつぶやいた。竜胆には聞こえてないはずだ。


「お前はまだ眠っててくれ。」


すでに俺の足元にあるボールを小さく蹴る。ボールを奪われ死に物狂いで追いかけてくる相手選手から少し離れる。


「いつか来る…もっと大切な時のために…」


そのまま優しく、油断して倒れていたキーパーの反対側に、小さくボールを転がした。


「それまでは俺が…お前の『影武者』になるからさ。」


気持ちの悪い笑みが…収まらなかった。


ーー


試合が終わり、全員がゴウジンの元へと駆け寄った。


「…ゴウジン…お前っ!!」


「なんだよ今のっ!?どうやったんだ…っ!?」


「全然気が付かなかった…俺たち…目の前でゴウジンのこと見てたのに…。」


皆一様にゴウジンを讃える。そして、いったい何が起こったのか…自分達が目にした光景が本当に現実であったのかを確認した。


「…奪れたんだ。なんか…変な感覚だった。」


ゴウジンは何も確信的なことは口にせず、ただ静かに上を向いていた。俺…『仁界巡』はそんなみんなの様子をベンチから静かに見ていた。特に…皆の輪に入っているようで、どこか一歩引いた位置で作り笑いを浮かべるヒーローになれなかった少年を。


「す…すごいよ轟君…君は…」


竜胆が口を開いた瞬間、ゴウジンは自分を取り囲む仲間達を押し除けて竜胆の元へと詰め寄った。そして、その胸ぐらを掴み上げた。


「な…何するの…っ!?轟君っ!?」


竜胆は苦しそうにゴウジンの腕の中でもがく。


「竜胆…なんで諦めた…?」


どこかいつもと違うゴウジンの雰囲気に、他のチームメイトも止めることができず、様子を伺うことしかできないようだった。そして何より…竜胆が諦めたことを、他のメンバー全員が理解していた。


「…お前は…いったい何と戦ってんだ…っ!?」


「そこまでだゴウジン。」


俺はベンチから立ち上がり、ゴウジンの元まで歩み寄っていた。そしてゴウジンの腕を握って竜胆を降ろさせる。


「…仁界…ごめん。」


ゴウジンは一言謝って、竜胆の胸ぐらから手を離した。竜胆は涙を流して膝から崩れ落ちてしまった。


「り…竜胆…っ!お前だってすごかったぜっ!?前半耐えてくれたのもお前のおかげだしよっ!」


追分が必死に竜胆のフォローに入る。


「そうだ。それに、点数も決めてるじゃないか。振り抜いた左足も、毒島に防がれなければ確実に得点につながるシュートだった。」


秀川もそう口にして竜胆の肩に手を回した。


「そうだぞ竜胆。落ち込むことはない。にしても…珍しいな、ゴウジンがあんな…。」


初めからゴウジンを見てきた飯田が呟いた。


「僕…は…」


何も言えず、立ち上がることができない竜胆。ベンチで起き上がることのできない衛里にゆっくりと視線を移す。そしてもう一度、悔しそうに声を上げて涙を流した。


「…おいおい…!勝ったんだからまずは喜びてぇよなっ!俺たち勝ったんだぜっ!?」


留伸が大袈裟な声でそう口にした。


「そ、そうだよ!まずは喜ぼうよ!これからもサッカーできるんだしさ!」


壁立も場の雰囲気を変えるために言った。


「ごめん…ごめん…」


しかしながら、謝り続ける竜胆の気分は晴れてはいないようだった。


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