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リ・ボール  作者: よもや
3章 中学校編
105/110

100 ゴウジン成長の一歩

後半開始10分。初めて試合が動いた。人数不利な状況かつ、審判が買収されているこの条件でギリギリ耐え忍んでいた衛里中心のディフェンス陣。しかし、執拗な裏のスペースへの蹴り込みに対し、体力の限界を迎えた壁立の反応が遅れた。


「ごめん…!留伸君!」


仕方ない…と言って仕舞えばそれで済む話だ。今のボールも明らかにオフサイド。本来の試合であれば気を配らないでいい部分からの抜け出し。こちら側は、人数不利な状況でこのようなシーンを何度も防いできたのだ。


「…やっと崩れた…っ!やっぱ体力ねぇよなその太った体じゃよぉ…っ!」


抜け出したFWの選手はキーパーと1対1。絶好のチャンスだ。


「絶対止める…。」


しかし、留伸はまだ諦めていなかった。小さく息を整え、ゆっくりと周囲の状況を読み込んでいく。


「衛里が間に合いそうだな…。なら…」


壁立の遅れをある程度予測していた衛里。それをカバーリングするようにシュートコースの右側をほぼ切るように動いてくれていた。


「俺が守る範囲は決まってくる。」


留伸は相手のFWがボールを触り、わずかに右側にずらしたタイミングで力強く地面を踏んで一歩前に出た。


「…コースが…っ!?」


この行動により、シュートコースが大きく限定される。加えて衛里の足がコースを消しており、このわずかな時間で盤石な壁を築き上げることに成功していた。


「クソ…っ!」


限られたシュートコース。相手のFWの選手はギリギリ空いていた左隅のコースを狙ってシュートを打った。この状況で取れる最善の手だ。さすがは県で4位まで上り詰めるだけあって、判断力は決して鈍くない。


「読み通りだ。」


並大抵のキーパーならこの盤石な布陣を築き上げることすらできない。そして並大抵ではないキーパーにとっても、その盤石状態から最善のコースに打たれたシュートを止めることは至難の業である。しかし…


「ナイス留伸…っ!」


留伸は絞りに絞ったコースを完全に読んでいた。その小さな体からは考えられないバネで大きく飛び上がり、左隅に正確に飛んできたシュートを片手で弾き返した。


「驚いた…。」


止められない…と考えていたのか衛里が小さく呟いた。留伸のキーパーとしての能力が衛里の想定を超えていたのだ。


「…舐めんじゃねぇ…っ!」


しかし、そんな衛里と留伸の想像をさらに超えてくる選手がすぐ近くまで走り込んできていた。毒島である。


「…絶対ぇねじ込んでやる…っ!!」


毒島のその底力が一体どこから湧いて出てくるものなのか…一切理解が及ばない。だがその形相からしても、かなりの重圧を背負ってプレーしているようだった。


「…必死すぎでしょ…。」


完全に不意をつかれた衛里。なす術なく立ち上がることは叶わない。


「…悪ぃ…届かねぇ…っ!」


飛び上がったばかりの留伸。地面に着地すらしていないその状況で、バズーカの如く飛んできた毒島を止める手立てはなかった。


「ぶっ殺すっ!!」


誰にも止められない毒島のダイビングヘッド。その大きな体ごとボールと共にゴールへと吸い込まれていった。


「…しゃぁぁおらぁぁ…っ!!」


尋常じゃなく危険なプレー。しかし、並大抵の度胸ではビビってできない勇気のあるプレーでもある。さらに言えば、この部分に関して毒島にルール違反は一切なかった。俺達ディフェンス陣は人数振りがあったとは言え、毒島との真っ向勝負に負けたのである。


「…くそ…っ!」


キーパーグローブを外して地面に叩きつける留伸。今まで全てのシュートを止めていた守護神の…そしてディフェンスを自在に操っていた天才の敗北に、チーム全体の士気が下がっていた。


「…あとは守り切るぞ…。お前ら…点決められたら死ぬと思え…っ!」


逆に、守護神も天才も…その全てを度胸だけでねじ伏せた毒島を中心とする三年生チームには先ほどまでなかった活気が生まれており、チーム全体が今までになく盛り上がっていることがわかった。


「…想定外。あんなサッカーする人が、あんな泥臭いプレーするなんてね。」


衛里が留伸を慰めるようにそう言った。


「次は絶対止める。」


留伸は顔を上げて毒島達3年生チームに鋭い視線を向けた。


「ごめん…!僕のところから崩されて…!」


その後壁立が自分のプレイに責任を感じて2人に近づいてきた。今まで防いでいたのがむしろすごいくらいだった。まだまだ改善の余地はあるが、壁立は今出来る最善のプレーをしていた。


「仕方ねぇさ…お前のところが狙われてたんだからな。」


留伸は壁立の肩を叩き、壁立に一切非がないということを伝えた。


「そうだね…少し改善が必要かもしれない。オフサイドをこの試合だけ頭に入れずに戦うのはやっぱり難しいし、仁界くんには申し訳ないけど、全体的なディフェンスラインを下げよう。」


衛里はそう言って、初めから低い位置でディフェンスを行う作戦に切り替える。この試合もしっかりこれからの試合につながるよう練習として臨んで欲しい…という俺の意思を汲んでくれていたようだが、まずは勝つことを優先する…間違っていない選択だ。


「ディフェンス陣は悪くなかった。むしろ決めきれない俺達の責任だ。すまん。」


前方から衛里に声をかけたのは秀川だ。逆にオフェンスに関しては、明らかにオフサイドではないプレーにオフサイドを取られてしまうため、迂闊に動くことができないという状況だった。


「仕方ないね。でも、信じてるよ秀川君。君と、そして竜胆がいれば…きっとすぐに点を取り返してくれるって。」


その会話に不服そうにゴウジンが加わる。


「いやいや衛里…俺を忘れんじゃねぇよ!俺がこっからハットトリックしてやるからよ!」


ゴウジンはそう言って腕をぐるぐると回すが、自分の役割不足を自覚しているためか、若干いつもより元気がない気がする。


「ゴウジン君も、忘れてないよ。絶対取り返してよ!」


「…おうっ!」


うちのメンバーの指揮が著しく下がったかと危惧したが、どうやら要らぬ心配だったみたいだ。まだあいつらの目は死んでいない。


「轟君…ちょっといい?」


「竜胆?どうした?」


ポジションに戻ったゴウジンに竜胆が何かを告げたようだ。しかしその内容まではわからない。


「…わかった。逆転するにはそれしかねぇよな。」


「うん。絶対勝とう。」


ーー


竜胆の力強い眼差しに背中を押されるように、俺…『轟 陣』のキックオフから試合が再開。


「…ミドルシュート…。」


先ほど竜胆に告げられたワードを、俺は無意識に繰り返していた。


『…崩そうとしたらオフサイドを取られる。ミドルシュートでゴールを奪うしか方法はないよね。』


先ほど竜胆に告げられた言葉を思い出す。


『僕、ミドルシュートだけは得意なんだ。だから、余裕があれば僕にボールを集めて欲しい。』


ミドルシュート。基本的なシュートすらまだままならない俺にとって、それは自分の選択肢にも浮かばないプレーだった。


「ゴウジン君!」


ゴールを目の前にしても決められない俺が…絶対いつかは獲得しなくてはならないシュート。その精度を上げて…その威力を上げて…自由に振るえる武器として…


「…あっ…」


俺はなんてことを…っ!試合中に考え事をしていた。自分が目指すべき…到達すべきゴールへの距離に絶望し、辿り着けるのかと不安に苛まれていた。そして…


「…すまん…っ!」


貫井からのパスをうまくトラップすることができず、少し右へ自分の足元から離れた位置に転がってしまう。


「…くそ…っ!」


頭に竜胆の姿が浮かぶ。きっとものすごいミドルシュートでゴールを演出して…みんなに救世主として讃えられる。俺はそんな竜胆へ…最後のパスを繋ぐ大事な役割を担ってる。


「…あれ…」


それでいいのか?

それでいい…それでいいんだ。勝たないと…次がないんだから…みんなサッカーができなくなるんだから…。だから早く…今ならまだ間に合う。つま先で少し触るだけでいい…きっと竜胆ならなんとかしてくれる。だから…はやく…


「嫌だ…」


仁界は言った。たった1人の選手が強いだけのチームは…成長しない。全員が強いチームには勝てない。もし俺がここで…負けるかもしれないからといって竜胆にボールを渡してしまったら…竜胆のミドルシュートに頼ってしまったら…


「俺は…」


力強く左足を踏み込む。1週間…放課後に…そして家に帰ってからはずっと自分の部屋で…ひたすらにボールを蹴る練習を繰り返した。息をするように…確実にボールの芯を捉えられるように…ひたすらひたすら繰り返した。

変わらないはずだ。ミドルシュートも、目の前で放つシュートも…同じシュートだ。難しく考えるな…目の前にあの壁を浮かべるんだ。今の自分に…いつもの自分を重ねるんだ。


「…俺は…成長できねぇ…っ!」


シュートは踏み込みで8割決まる。感覚はいつもの自分と同じ…完璧な踏み込みだ。意識することは…あの低い壁を越えないように、ボールの中央部を的確にミートすること…下の方を蹴るとボールは浮き上がる。…あとは狙いを定めて…思いっきり足を振り抜け…っ!!


「おらぁぁぁっ!!!」


転びかけていたこともあり、俺の全体重が足の振りに乗しかかった。そしてそれを全てボールに伝えるように…極めて重いミドルシュートがものすごいスピードで俺の足を離れていった。

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