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リ・ボール  作者: よもや
3章 中学校編
103/110

98 予想外の点差

「ぅ…ぅ…。」


突然後方から殴られた俺は、なすすべなく気絶した。そのことは覚えている。だが…


「あ、起きましたね巡さん!」


「大丈夫巡?あの審判は私が懲らしめておいたから安心してよ!」


秋音と夏波…彼女らはわざわざ椅子に半分ずつ腰を乗せ、片方ずつ足を分け合い、俺の頭をその太ももに乗せていた。いわゆる膝枕というやつである。分割型の…。


「…なんだこの状況。」


困惑する俺に対し、秋音が人差し指をビッと立てて言った。そしてその表情はすぐに困った時のものへと変わる。


「巡さんが殴られて倒れて、私が介抱するために膝枕を…と思ったんですけど…」


「私がそれを許すわけないよね!?」


食い気味で秋音に突っかかる夏波。許すわけないならそもそも膝枕をやめさせてくれないか…?


「勝敗をジャンケンにて決めようと考えたのですが…一刻も早く巡さんを休ませねばと思い…」


「こうなったってわけ!」


いや、そんな自信満々で言われても…。普通に長ベンチに寝かせてくれれば良かったんじゃ…。


「…っていうか試合は…」


俺は2人の膝枕から解放され、誰もいなくなってしまったコートに目を向けた。そこには、メガネをかけた選手が1人…10人のフィールドプレイヤーから逃げ続けている光景が広がっていた。


「それが…巡さんが殴られた後、『竜胆』さん…あの方が突然現れて…試合続行のためにフィールドに入ってくれたんです。」


竜胆…衛里の友人で、俺が先ほど助けてあげたサッカー好きの男子生徒だ。


「『僕が…仁界君の取った点数を守ります』って。地味な感じなのに、意外と熱い闘志を感じたよ。それに…」


俺と全く同じような状況。ほぼ全ての選手に囲まれながら、ボールを奪われることなく持ち続けている。ゴールへ進むことはないながらも、複数人の選手のプレッシャーを全て1人で処理している。


「竜胆君、すごくサッカーが上手い。巡が倒れてから10分…なんとか失点を2点に収めてくれてる。」


夏波もドリブルは得意分野だ。だが、10分間もディフェンスから逃げ続けることはできないかもしれない。それほどに異次元の集中力が必要なのだ。


「…すごいな。後から感謝しないと。」


竜胆は相手のディフェンス行為を自分の体の動きでコントロールしている。実際は10人全員でボールを奪いに行っているように見えるが、完全に円形で囲めるわけではなく、竜胆に対して扇形に囲むのが席の山。その場合確実にディフェンス同士が被る状況が出て来る。


「毒島も…よく許してくれたな。」


「それに関しては…衛里君と清原先生に感謝ですね。」


秋音が説明を始めた。


「試合には出場しないものの、すでに竜胆君の入部処理は済んでいたようなんです。」


そして澄ました顔で続けた。


「ですので、事前に登録した出場予定選手の中に、竜胆君の名前もよく見たら入ってるんですよ。すごいでしょう?」


「なんかズルいな。毒島さんには正々堂々勝ちたかったんだけど。」


俺の言葉に、秋音が若干引き気味で答えた。


「あれだけ卑劣なことをされておいて…!?」


その会話を聞いて夏波が笑う。


「あははははっ!確かに…巡は律儀すぎるんだよ!昔っからそう!」


自覚はなかったのだが…サッカーに対するリスペクトが俺をそうさせているのかもしれないな。


「このままいけば、後半まではこの点差で保ちそうですね。ただ…」


清原先生に、女子サッカー部の皆さんの働きにかかっている。どうか後半に間に合うよう、彼らがどこに収容されているか探し出してもらいたい。


ーー


「お前ら…何言って…」


佐良がそう口にしたところで、第二体育倉庫の扉が勢いよく開かれた。そこに立っていたのは、サッカー部顧問を務める清原先生である。


「「先生っ!」」


捕らわれていた生徒達が一様に声をあげた。


「佐良。これをやったのはお前だな?」


清原先生の鋭い眼光が佐良に襲いかかる。しかし、動じる様子のない佐良。飄々とした表情で答えた。


「だったら何?」


追分達3人は、「こいつ何言ってやがんだ死ぬぞっ!?」というような視線を佐良に向けた。


「悪いが、今すぐこいつらを解放してもらう。」


そう言って体育倉庫内へと足を踏み入れる清原先生。思ったよりも怒っていなかったことに、追分達はスッと胸を撫で下ろした。


「お好きにどうぞ。目的はもう達してるからな。」


そう口にする佐良を尻目に、生徒達の縄を解く清原先生。


「目的…か。時間稼ぎといったところだろう?」


清原先生の言葉に、何も返さずそっぽを向いている佐良。


「確かに、すでに試合は後半に突入…我々のチームはかなりのピンチのようだ。」


清原先生の言葉に対し、サッカー部の面々は驚きと疑問の声をあげた。


「…まさか、仁界に限ってそんな…。」


「点差はどれくらいなんですか…っ!?先生!早くいかねぇと…っ!」


秀川、ゴウジンが必死の形相で口を開いた。


「だろうな。驚くことでもねぇだろ?11人に対して…お前らはたった1人。サッカー舐めてんのか?」


その瞬間、縄が解かれた秀川が立ち上がり、佐良の胸ぐらを掴んで持ち上げた。鍛え上げられたフィジカルはこの短期間で大きく成長していた。


「…お前に…お前らだけには言われたくねぇな…。本気でサッカーをやる奴の…邪魔をする下衆どもに…っ!」


佐良の額に自分のデコを擦り付け、目の前でそう叫んだ。


「…はっ。事実じゃねぇか。あいつは初めから1人で勝てるって宣ってたんだぜ?今はそのテストの時間だ。どうだ…?あいつはその無謀な目標を達し得たのか?」


何も言えない秀川。巡を信じていただけに、無性に悔しさが腹を抉る。


「結局は幻想だ…。サッカーに絶対はねぇ。お前らが今どんな夢を見てんのか…仁界の何を見たか知らねぇが…人数差を覆せるほどの…そんな馬鹿げた…漫画みてぇな話あるわけねぇだろ…っ!」


秀川は右拳を振り上げ、佐良の頬を殴ろうとその腕を振るった。しかし、直前で師匠である清原先生に止められた。


「先生…どうして…」


「秀川…お前にはいつも教えているはずだ。武道だけじゃない…スポーツでも同じ…。何があっても、どんな状況で相手がどんなことをしてきても…常に自分とだけ戦えるような選手になれ。」


秀川はその右腕を下す。


「我が道を突き進め。それだけがお前を強くする。頭を冷やせ。」


「はい…。」


秀川は小さく返事をして体育倉庫から出て行った。


「チッ…。骨のねぇ奴だ。」


去り行く秀川の後ろ姿を見て、舌打ちをする佐良。そんな佐良に対し、清原先生が口を開いた。


「佐良…。何か勘違いをしているようだな。」


「は?」


「後半が終了し、ハーフタイム。現在試合のスコアは…『4-4』。」


その言葉に、この倉庫にいた全員が驚愕した。


「はぁ…?よ、4-4…?なんかの間違いだろ…!?なんで…なんで同点なんだよ…っ!?」


佐良からすれば訳がわからないだろう。0-0ならまだしも…4得点を許しているという結果が。


「試合開始からすぐ…仁界がたった1人でわずか10分で4得点したそうだ。その光景は…恐怖を感じるほどだった…と、女子サッカー部員から聞いている。」


全員の縄を解き終わり、チームが体育倉庫から出る準備を始めた。


「私がピンチと言ったのは…仁界が審判に殴られて倒れてしまったということだ。その後どう4点決められたのは知らないが…あのまま試合が続かなくて良かったと…毒島達は思っているんじゃないか?」


たった1人…その場に佐良を残し、清原先生とサッカー部の面々は、すぐにコートへと向かった。


「ありえねぇ…っ!」


佐良も立ち上がってコートへ向かった。


「ふざけんな…そんなはずはねぇ…サッカーに絶対は…」


無意識に右目を押さえる。自分を襲った最大の試練。越えられなかった壁。それでも足掻こうとした虚しい日々を思い出す…。


「あるはずねぇんだ…。」


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