97 ただ一方的な蹂躙
サッカーを本気でやっていない奴らに、サッカーで勝つのは簡単だ。
「ぁ…っ!?クソっ!」
相手選手の狙いを絞るためにわざと開けていた左側のコースを、タイミングよく塞ぐ。
そうか、初めての経験なのか…。
「すぐに戻れ…っ!3人で囲め…っ!撃たせる隙を与えんじゃねぇ…っ!」
毒島の指示が耳に入るが、そんなのは関係がない。3人に囲まれようと5人に囲まれようと、11人に囲まれようと…俺がこんな奴らにボールを取られるわけがない。本気でサッカーをやっていない奴らに。
「なんっでぇ…!取れねぇんだよ…っ!」
思いっきり服を引っ張られるも、微動だにせずその力を受け流す。誰も俺のドリブルについてこられない。こられるはずがない。
「キーパー…っ!絶対ぇ止めろ…っ!!」
毒島のそんな声がコートに響き渡るが、それも至極無意味なことだ。ここまで弱いプレッシャーの中で…ここまでシュートモーションに入るための時間がある中で…俺が狙い通りのコースにボールを蹴られないわけがない。
「…っそがぁぁ…っ!!」
それはつまり…どれだけキーパーが優秀であろうと、関係ないということだ。
俺のシュートはゴールの右隅に寸分違わず突き刺さる。今のが止められるはずがない。例えキーパーが日本代表の選手だったとしても。
「化け物かよ…っ!?」
「なんなんだこいつ…?」
「俺達…負けんのか…?」
今のゴールですでに3–0。ここまで追い詰められるとは考えていなかったであろう選手達は、焦りや恥ずかしさから来る緊張で大きく体力を消費していた。前半試合時間は残り20分。さて、何点取れるだろうか。
「…テメェ…なんなんだ…?何者なんだよ…っ!?」
毒島は俺に問いかける。
「おかしいと思ったんだ…!『総長』が…なんの関係もない一般生徒を潰せだなんて…っ!」
総長?よくわからない単語が出てきて、俺はその言葉に耳を傾けた。
「お前は…何者なんだよ…。」
絶望に付した声でそんなことを口にする毒島。俺は静かに口を開いた。
「はぁ…。試合中に話しかけないでください。」
そうしてポジションに戻った。たった1人で相手チームのゴールへの道筋全てを消せる中央に。
「…んだとぉ…っ!!?」
毒島は立ち上がり、すぐに試合再開するようにFWの選手に言った。
「ファウルでもなんでも良い…オフサイドもハンドも関係ねぇ…っ!ぶっ殺すぞ…あいつ。」
不穏な言葉に、FWの選手の背中が震えた。
「…怖がんじゃねぇ…審判はすでに買収してある。いつでも俺たち側に着きやがるっ!」
俺に聞こえないように何か話しているようだったが、その魂胆は丸見えだ。この試合に仕掛けられた罠など大体が予想できるチープなもの。選手の欠場に、審判の買収…そして最悪俺をリンチにすること…。やはり、サッカーをするには至極相応しくない連中である。
「取り返すぞテメェらぁ…っ!!」
毒島の掛け声と共にキックオフから再開。まず警戒すべきはキックオフシュートだ。俺が1人しかいないため、これをされると防ぎようがない。だからこそ、初めのポジションはおよそセンターバックの位置。キックオフシュートを打たせにくくする。
「こっちだ…っ!」
右サイドを上がってきた選手へとパスを繋ぐ。しかしながら、俺1人というこの状況において、その選択肢はほぼ意味をなさない…というよりマイナスだ。
「…おいっ!詰められてるぞ…っ!」
パスと同時に動き出した俺は、限りなくその選手に対するパスコースを消す。そしてバックパスを選択させた。
「…す、すまねぇ…っ!」
しかしながら、俺はそれを狙っていた。瞬時に反応し、つま先でボールに少しだけ触れる。コースが変わり、さらに速度も弱まったボールはコロコロと転がり、ちょうど俺とサイドバックの選手との距離を2で割った場所へと向かって動き出した。
「何やってんだ…っ!?ボールを取られたら負けだぞ…っ!?」
ご明察。俺はすでにディフェンスという選択肢を捨て、ゴールへの方程式を組み立てていた。奪えるのは右サイドのハーフラインから少しだけ深い位置。相手の攻撃陣の戻りが遅れているため、すぐに俺に対応できるのはセンターバックが2人。それも右側の選手は対応に遅れている状況だ。
「…ぬるいな。」
俺は知らず知らずのうちにそう呟いていた。サッカーに対して取り組んでいる人間を卑下することをとても嫌っていたのに。
「くそがよぉぉ…っ!!」
簡単にセンターバックをかわし、キーパーを目前とする中、後方から毒島がスライディングを仕掛けてきた。ボールに対する執念は悪くない。でも…
「サッカーは…そんなに簡単なスポーツじゃない。」
俺はヒールリフトでボールを空中に上げ、スライディングを仕掛けてきた毒島の足を飛び越えた。
「やっぱり…本気じゃない奴と試合をするのは…つまんないな。」
俺は着地と同時に、およそ膝の位置を舞っていたボールをめがけ足を振り抜いた。多少浮いていようが回転していようが、関係ない。空中でのボールの扱いも死ぬほど鍛錬を積んできたのだから。
「…っんだよそれぇ…っ!!!」
俺のシュートは、やはり迷いなくゴールの右隅へと飛んでいった。キーパーが反応できるわけもなく…あっさりと4点目が決まってしまった。
「…ぁ…。」
絶望で言葉も出ないか。でも、サッカーを侮辱する人間にはちょうど良い罰になっただろう。俺は地面に倒れ込む毒島先輩を一瞥し、無表情のまま自陣へと踵を返した。
「あとは繰り返し作業だ。何点取れるか楽しみだ。」
瞬間、俺は後方から襲いかかる人間の気配を感じ取れなかった。少しだけ反応が遅れて、首元を殴りつけられる。
「…はぁ…はぁ…悪いなぁ…。」
そこに立っていたのは、拳を握りしめた試合の副審判だった。俺は意識を失いかけながら膝をつく。まずいところを殴られた。
「これも…全部…組織のためだ…。」
副審判の男の笑みを見て、俺はそのまま意識を失ってしまった。
ーー
部活動棟裏手の第二運動倉庫。巡以外の選手達はそこに囚われていた。
「くっそ…っ!なんでこんな…っ!?」
両手両足を縛られながらも、必死に足掻こうとするゴウジン。
「どういうことだ?佐良?お前は何が目的だ?」
どうせ身動きが取れないと分かっていた秀川が、先ほどからボールに腰掛けてスマートフォンを操作している佐良に声をかけた。
「目的?…まぁ、強いて言えば毒島さんに殴られないためだな。こえーんだよあの人。」
興味なさげにスマホの画面に視線を落とす。
「やはり毒島の差金か。」
秀川は悔しそうに呟いた。
「でもさ、佐良君…それに毒島さんもそうだけど…前提が間違ってるよ?」
衛里が口を開く。
「衛里。なんでテメェまでサッカー部にいやがるんだよ。ガラスの天才と呼ばれたお前が。」
佐良のその言葉に皆が耳を傾けた。
「衛里って、まさかとは思ってたけど…」
「うん。僕も聞いたことあるよ…」
留伸、そして壁立が続けて返事をした。
「みんなの認識は間違ってないよ。僕は昔…そんな恥ずかしい名前で呼ばれてた。ま、今は心臓病も治ってすっかり元気なんだけどね。」
衛里がいつもの調子で口にした。そしてそのまま、この話題を口にした佐良へと質問を返す。
「それじゃあ僕も聞きたいんだけど…どうして君もこんなところで燻ってるんだい?隻眼のゲームメイカーさん。」
佐良はそれを聞いて「チッ」と舌打ちをした。同時に全員がその名前に反応する。
「そのクソみてぇな名前で次俺を呼んだら、お前の足をへし折ってやるからな。」
佐良は拳を握りしめて衛里に行った。
「隻眼のゲームメイカーってあの?」
「あぁ間違いない。隻眼のゲームメイカーなんてあいつしかいない。」
「俺も一度試合したことあるぜ…隻眼のゲームメイカー…あいつはその名にふさわしい動きをしていた。」
追分、秀川、ゴウジンが続けた。
「連呼すんじゃねぇ…っ!ぶっ殺すぞっ!?」
佐良はスマホから目を離してサッカー部の面々を怒鳴りつけた。
「チッ…余裕綽々ってか?これが最後の試合だってのに、もっと焦ってるもんだと思ってたぜ。」
「焦り?どうして?」
佐良の問いかけに、ずっと静かだった貫井が単純な疑問をぶつけた。
「はぁ?まさか知らねぇわけじゃないだろ?この試合でお前達が負けたら…今後一切、サッカーはできない。」
佐良の言葉に、「あぁ〜」っと納得の声を上げる貫井。
「でも…それって…」
「うん、最近入った僕でも思うけどさ…」
「前提が間違っているぞ。」
貫井、衛里が言葉を並べ、最後に秀川が締めくくる。
「はぁ?何が?」
事実を知ってなお、驚きもしないサッカー部の面々にどこか不気味さを感じる佐良。そんな感情などお構いなしに、秀川は静かに呟いた。
「あいつは1人でも負けない。むしろ…どれくらいスコアに差がついているか楽しみなくらいだ。」