知らないところで彼女に告白したことにされたあげく、バッサリフラれた件 ~そもそも俺は彼女のことが好きじゃない~
「よう、樹。朝っぱらからなんだけどよ、恋バナしようぜ、恋バナ」
友人とはいえ、朝からこの年中色ボケ野郎の相手をするのはきつい。
俺、相沢樹は今すぐこの場から逃げ出したかった。
しかし逃げ出したところで、あとでこいつ、裕太に同じ話題を出されることは目に見えている。
それなら今話に付き合って、適当に流して切り上げた方が得策だろう。
「おう、いいぞ。で、今回の話題は何だ?」
「樹の好きな子について、だ!」
まさかの奇襲攻撃である。
恋バナの対象は今までは誰々が告白しただの、あいつら付き合っているだの……そんな内容ばかりだった。
真面目に答えたら馬鹿を見るだろうし、適当にあしらおう。
「まあ、皆と変わらないんじゃないのか? そんなの」
「つまり居るんだな!? ――待て、俺が当てて見せる。ずばり、その好きな子というのはあの氷姫こと西園寺梨花だな?」
西園寺梨花。巷では『氷姫』などと呼ばれている。
そのあだ名の理由はその美貌、男子に対する塩対応など様々。
ようは冷たく見えるとのことなのだろう。
「さあな。もう好きに解釈してくれ」
「よし分かった! 樹の想いは親友の俺がよく理解している……! あとは任せておけ!」
彼はそう言い残し、女子グループの方へと突撃していった。
その中には西園寺もいたように思える。
しかし裕太のやつ、本当に恋バナ好きだよな。
今頃女子とそのような話でもしているのだろうか……まあ、俺には関係のない話だ。
そう、俺には関係のない話、だったはずなのだ。
◇◇◇
「なあ、知っているか? あの氷姫に告ったやつ、また出たらしいぜ」
昼食を食べていると、何やら男子たちが話している声が聞こえてきた。噂話ってところだろう。
また西園寺のやつ、告白されたのか。
美人とやらも大変なものだな。
「またかよー。今回告ったやつだれだよ」
「相沢だって噂」
「ごふっ!」
危うくご飯を吹き出しかけた。
この学園に相沢という姓を持つ人間は一人しかいない。
そう、俺だ。
……いつ俺は西園寺に告白したんだ? そんなことをした覚えはない。
いや、健忘とかにかかっていたとしたら可能性はあるが、俺はいたって健康優良児だ。
「しかも告白断られたってよ」
もうやめてくれ! 何で告白すらしてないのにフラれているんだよ、俺は!
そもそも俺は西園寺のことを異性として意識していない。
事の顛末が全く分からない。
しかし少なくとも『相沢』とやらに告白された西園寺なら事情を知っているだろう。
俺は直接彼女のもとへ行き、事情を聞くことにした。
「なあ、西園寺。俺が君に告白したって噂、本当か?」
「本当よ。でもやり口がずるいわね。友達に頼んで、友達経由で告白するなんて。私、そういう告白の仕方をする人は嫌いよ。大体貴方は前から――」
「よし事情は分かった。ありがとう、西園寺!」
俺はその場から逃げ出そうとした。
「ちょっと! 待ちなさいよ! 最後まで話を聞きなさい! 告白してきたのは貴方でしょう?」
しかし回り込まれてしまった。
裕太の野郎、やりやがったな。
あいつが勘違いして俺が西園寺のことを好きだと思い込み、そして勝手に代わりに告白したのだ。
裕太に言いたいことは山ほどあるが、今は西園寺と会話を続けよう。
「西園寺には悪いんだが、俺、君のことを異性として意識していない」
「……えっ?」
「そもそもその告白も裕太のやつが暴走して勘違いさせただけで、俺は西園寺のことを何とも思っていない」
「――っ!」
「だから今回の告白はノーカンということにしてほしい。これはお互いのためにもなると思う」
「――最低!」
彼女は苛立ちを見せながら席を立ち、教室から出て行った。
やらかしたなぁ。
間違いなく嫌われた。それもそうか。
勝手に告白して、その告白を無かったことにしてくれと言った挙句、君の事何とも思っていない発言までしたんだ。
自分でも人として最低だと思う。
それでも、誤解はきちんと解いておきたかった。
その結果嫌われたとしても悔いはなかった。
◇◇◇
そう、悔いはなかった――のだが、その後何故か彼女と接する機会が増えた。
何故そうなったのか当初は理由が分からなかったが、話をしているうちにその理由が見えてきた。
「貴方、本当に私のことが好きじゃないの?」
「何回目だよ、その質問……。何度も言っているだろ? 異性として意識はしていない」
こう切り返した俺だが、彼女が魅力のない女性だとは思っていない。
ただ俺は彼女のことを異性として好きではないというだけの話だ。
巷では『氷姫』と呼ばれているが、彼女が冷たい人間ではないことはここ最近の付き合いで分かってきた。
多分心理学でいうところのなんとか効果だろう。
この間本で読んだ。
あれだ。黙っていると表情が冷たく見えるから内面も冷たいものと錯覚するやつ。
実際はよくしゃべるし、笑うときは笑う。気になることはとことん追求してくるのは困りものだが。
黙っていれば美人なのは確かだが、動いているときの彼女のほうが彼女らしいと思う。
俺は勿体ないと感じてしまった。
それは『氷姫』の仮面を外した彼女のほうが魅力的なのだからだ。
だからといって四六時中俺を追い回すのはやめてほしい。
現に動きすぎて彼女は額に雫を数滴浮かべていた。
「大丈夫か? ハンカチでも貸そうか?」
「いいわよ。自分のがあるから」
そう言い、彼女がハンカチを取り出したところで一際強い風が吹き、彼女のハンカチは空を舞い校庭の木の枝に引っかかってしまった。
「……君、運がないな。仕方ない、取ってきてやるよ。ほら、このハンカチ使って汗でも拭いておけ」
「――別にいいわよ。これ以上借りを作るのも嫌だし」
「あっそ。じゃあ俺がやりたいから勝手に木登りしてくるわ。ハンカチ? 知らんなそんなもん。それじゃ行ってくる」
そう言い残し、俺は木登りを開始する。
幸いハンカチは木の幹付近に引っかかっていたし、そんなに高い位置に引っかかっていたわけでもなかった。
だから特に苦労せずにハンカチの回収に成功した。
ハンカチを手にして彼女のもとに戻ってきたときには、彼女は俺が手渡したハンカチで汗を拭いていた。
「ほらよ、ついでに取ってきた」
「――ありがと」
「どういたしまして。前から思っていたけどさ、西園寺って顔が良いせいで損しているよな。話せば普通の女の子なのに、男子どもは気づかないわけだし」
~~~
どうして相沢くんはそんなことを言うの?
どうせ私の気持ちなんて知らないくせに。
何も知らないくせに――。
ある時、大量にプリントを持たされた私から、
「筋力的に効率が悪いだろ。先生も人選間違えてないか?」
とか言いながら私から三分の二以上プリントを奪い取ったりするし。
他にも、
「何探しているんだ?」
「授業で使ったソフトボールが一個見つからなくて……。それを探しているのよ」
「ふーん。じゃあ俺も暇だから一緒に探すか」
とか言ってボール探しを手伝ってくれたり。
私が公園で猫さんと猫語を使ってお話をしているところを目撃した時も、
「今見たこと、絶対に誰にも言わないでよね!?」
「いや、言わないっての。言ったところで何もメリットないじゃん」
と言い、その約束を今でもずっと守ってくれたり……。
彼の優しさは私だけに向けられているわけではない。
体育の授業中、足を捻った男子に肩を貸してあげて保健室まで向かうその瞬間を目撃したことがある。
だから、きっと、そう……あの優しさは他の女子にも向けられていても不思議ではないなって、そう思う。
私は怖いんだ。
だから彼に冷たくするんだ。
彼が、私にとって特別な男性だから。
相沢くんは私に対して偏見の眼差しを向けてこない。
私は『氷姫』だなんて大層なあだ名をつけられているけど、彼はそんなことはお構いなしに接してくる。
だから居心地がよかった。
本心をさらけ出しても嫌われない自信があった。
でも、自分でも友達経由で告白された時の件はやりすぎたと思う。
最低だなんて言われて傷つかない人っているのかな?
もうちょっと彼に優しくしてあげたい。
もっと仲良くしたい。
色んな事を知りたい。
私のことを知ってほしい。
――私のことを見て?
それが私の本心だった。
~~~
「そうね。でも見る目がないのは男子だけじゃなくて、女子も一緒よ」
「どういう意味だよ」
「さぁ、知らないわね」
すっとぼけやがったな、こいつ。
西園寺の言葉の意味が分からない。
俺は西園寺に普通にしておけば色んな人が寄ってくるぞと伝えたかっただけだ。
それなのに女子も一緒、と返されるとは思いもしなかった。
つまり西園寺のように、何かしら勘違いされている男子でもいるということだろうか。
可能性が高いのは裕太だな。あいつ、恋愛信者みたいなところがあるからな。
いくら恋愛に興味がある思春期男女とはいえ、毎回あれに付き合わされたら疲れる。
だがどこかでストッパーが働いて、裕太の素が出たとしたら?
……結構いい線行けるんじゃないか? あいつは良いやつだからな。恋愛が絡まなければ、だが。
「ハンカチ、ありがとう。取ってきてくれたし、貸してくれたし……借りた方は洗って返すから」
「そのまま返してくれても別にいいのに」
「私が嫌なのよ」
女心は難しいな。
でも逆の立場で考えれば気持ちは分かるか。
俺でも自分の汗を拭いたハンカチをそのまま返すのは気が引ける。
「いつも、ありがと」
はにかむ彼女のその表情はとても綺麗だった。
◇◇◇
「相沢くん、借りたハンカチ持ってくるの忘れたから取りに来てくれない?」
「取りに来てくれって、一体どこにだよ」
「私の家」
……いいのか? 俺だって男だぞ?
若干悩んだが、家の前で受け取って帰れば何も起きないだろう。
この時俺はこんなことを考えていたが、それが仇となった。
彼女の家に向かう途中、終始彼女は楽しそうだった。
ただ裕太経由の告白を蒸し返すのだけは勘弁してほしかった。
「私、あの時貴方に『最低!』って言ったけど。……ごめんなさい」
「おう、いいぞ。実際のところ、俺のほうがもっと失礼なことをしていたわけだし」
彼女はほっとしたかのような表情を浮かべた。
もしかしてハンカチを返すというのは口実で、これを言いたいがために二人きりになったのか?
いや、考えすぎか。
彼女の家に到着したのは良いが、西園寺は扉を開けた状態でこちらをじっと見ている。
「何しているの? 入りなさいよ」
「あの、ハンカチを返してくれるだけで充分なんですが……」
「おだまり。さあ、入る!」
これ以上根競べをしても俺のほうが折れるのが早いだろう。
ならさっさと折れて彼女の家にお邪魔した方が得策だ。
しかし中に入ろうとしたところで、俺は見てはいけないものを見た。
母親らしき人物の顔部分が破り取られた写真立てが玄関に立てかけられていた。
「……見ちゃった? 丁度いいわ。少しお話ししましょう?」
「ああ。それじゃ、お邪魔するわ」
リビングまで移動し、俺たちは会話をし出す。
「私ね、実は男性が苦手なの。だから男子と接するときは顔が険しくなるし、そのせいで怖い顔つきになるから『氷姫』なんて呼ばれるようになったわ。……男性不信になった理由は分かり切っているの。母のせい。私たちを捨てて、間男と駆け落ちした――母親のせい」
彼女は涙を目じりに浮かべながら話を続ける。
きっと彼女は男子たちをその間男と重ね合わせているんだ。
「でもね? 相沢くんだけは平気なの。素の自分を出せる。きっと、もし父子家庭にならなかった自分がいたとしたら……貴方と一緒にいるときの自分がいつもの自分だったんだろうなって」
なんで俺と一緒にいるときだけ素を出せるのか。
俺はそこまで鈍い人間ではないし、この先彼女が続けるつもりの言葉にも大体察しが付く。
おれはそこら辺にいる男性Aではない、ということだろう。
「その、辛くはないのか? 毎日そんなんじゃ心が押しつぶされるだろう?」
彼女は両手の指をからめる。
「今までは辛かったわ。でも、もう辛くない。だって私には――私にとって特別な男子がいるから」
彼女は立ち上がり、俺の横に腰を掛けて肩に頭を乗せてきた。
彼女の体温が伝わる。
いい香りがする。
自分の心音が彼女に伝わっていないか心配だった。
「あの時の告白、もう一度やり直してほしいな?」
「とはいっても俺、西園寺のこと、好きか分からんぞ?」
恐る恐る彼女の方を見る。
彼女は笑みを浮かべながら上目遣いにこちらを覗いていた。
「それでもいいの。好きになってもらえなかったときは、その時はその時。それでも、私は貴方といる時間を増やす理由が欲しいの」
「そういうことか。そういうことなら付き合ってもいいぞ。いや、俺と付き合ってください、か。……ってそれ、付き合わなくても一緒にいる時間を増やせばいいだけじゃないか?」
彼女は俺の手の上に自身の手を重ね、まるで恋人がするように指を絡めてきた。
「――そういうことじゃないのよね」