一方その頃のお祖母ちゃん
一方その頃の、気絶したおばあちゃんだが。
こちらも平穏無事という訳にはいかなかった。
目を覚ましたお祖母ちゃんは、ひざ掛けを手に取って起き上がる。そして自分の身体が軽い事、腰も膝も痛くない事に違和感を持ち、鏡を見て仰天する。
「二十年前のお肌じゃないか……これはいったいどうした事」
無意識にサバを読んでいるが、鏡に映る姿はどう見ても十代中盤。六十年以上前のお肌である。サバを読みすぎだ。
とりあえず若返った事だけを確認すると、すぐにちいちゃんの所在を確認する。居ない。
庭先を覗いてみると、蹲って泣いている少年がいる。理由はわからないが自分が若返っているのだ。おそらくこの人物もそうだろう。ならば何者なのかに見当がつく。
「うあぁぁぁぁ、なんでこんな事にぃぃぃぃ」
「あんたあのトラック運転手かい? あんたもだいぶ若返っているみたいだけれど」
「あの、申し訳ございません、なんとお詫びを申し上げたら」
コメつきバッタのようにペコペコと頭を下げる動物輸送トラックの運転手に、庭の状態を見せる。
「見てごらん。このアダムスキー型UFOを。あんた、これを見て驚いてハンドル操作を誤ったんだろう?」
「いえ、居眠りで」
「ギルティだね」
庭のブロック塀は全てコンクリート打ちっぱなしになり、真ん中にはベコベコに凹んだ銀色の円盤。花壇はめちゃめちゃになり、歪んだ檻とトラックが横転している。わけのわからない状況だが、一つずつ整理しよう。
「トラックが突っ込んできて円盤が故障。おそらく円盤の主が塀を直していってくれたんだね。おそらくお怪我をした運転手と……私も治療して若返った? そして檻の中にいた動物は外に。そしてうちの可愛い天使ちゃんは居ない。けれど靴も無いから自分で出て行った……」
危険な目にあって逃げたのだろうか。いや、怖いのなら私の背に隠れるだろう。この場を離れる理由はなんだ。
そして、この円盤だ。塀が壊れる所は確かに見た。それ直しているいう事は高い技術力を持つだけではなく友好的な宇宙人なのだろう。グレイ型か。フラットウッズモンスター型か。それとも……?
石野きららの脳内を無数のオカルト知識が流れていく。いや、今は興奮する時ではない。ちいちゃんの安全を確認しなければ。
外出用の鞄を手に取り、表に駆けだそうとするが、かすかな違和感。軽い。
中身を見てみるとお財布が無い。お薬手帳も。
「そうか、あの子、私が倒れたので薬を買いに行った? それとも病院か」
お祖母ちゃんの推理がさえわたる。
電話機の履歴を確認するが、119番には発番されていない。それなら薬局だろうか。まさか公園に遊びに行っているなどという事は無いだろうが……ちいちゃんの公園用のスコップの入ったカバンが無い事に少し疑惑があるが。
「それか、幼稚園の先生に助けを求めにいったか。一人で行ける所なんてそうは無い物ね」
縁側から庭に出る為のつっかけを履き、通りに向かう。
「あの、私はどうしたら!」
「自分で考えな! 自分の会社と保険屋と警察に連絡してレッカー手配して貰って、事故証明とか保証とか弁護士経由で連絡するんだ! うちは被害者だけど、孫が無事がどうか次第でどう済ますかは変わるよ、さっさと動きな!」
状況について行けずに指示を待つ少年化した運転手のケツを蹴り上げ、今度こそ飛び出す。
「私も遺言管理して貰ってる弁護士に連絡した方が良いかしらね。いや、それよりムーに連絡を? その前にオカルトサークルのみんなに声かけないと。いやいや、それどころじゃないわ」
トラブルへの対処を考えながら、キョロキョロを辺りを見回しながら薬局への道を小走りに進む。周囲の家から出てきている人が居ない。おそらくUFOもトラックも認識されていないのではないだろうか。もしかしたら秘密裏に何らかの組織が処分しに来るのかもしれない。
ワクワクする気持ちを抑えて、曲がり角を曲がる。そこで再び違和感。
「これは……魔力痕かい? 久々だね、こんなに大きな大規模術式は。陰陽寮の物じゃないしブリテンの連中でも無い」
おばあちゃん、まさかの魔法関連知識である。オカルトだけのひとでは無かった。
この魔法陣がちいちゃんの不在に関わっている事を半ば確信しつつ、念のために薬局が閉まっている事と、駅前の交番で小さな女の子を見ていないかを確認。走って自宅へと取って帰る。
「これだけ走っても息切れしない。この若返った身体は、私にもう一度戦えと言っているんだろうね。……運命が!」
ただの宇宙人のポカミスなのだが、おばあちゃんは運命と使命感とを感じてしまっている。こうなった人間はよそ見をしない。悪く言えば頑固で、判断の柔軟性が失われる。
横転したトラックの横で保険会社に電話を掛けている運転手には目もくれず、仏壇に手を合わせる。
「あなた。ごめんなさいね。私、もう一度これを手に取る事にする。あなたと勝ち取った平和だけれど……」
そう言って位牌の後ろに隠した小箱を取り出したのは、ピンク色のロッド。大きな宝石とハート形の先端のついた、ちいちゃんが目にしたら夢中で遊んでしまうであろう魔法少女変身セットだった。しかし、六十年以上の年季が入った代物で、プラスチックではなく象牙や貴金属のような本物の光沢だ。
「一人の魔女が歌った。一つの鼓動と引き換えに力を求めんと」
畳敷きの六畳間に無数の光球が現れる。
「一頭の竜が歌った。遥か彼方のあの人に想いよ届けと」
おばあちゃんの茶色系の上着とゆるいスカートが光の粒子になってはじけ飛ぶ。
「一人の王が約束を紡ぐ。我と共に生きよと」
若返り、少女となったおばあちゃんの身体を無数のリボンが包むと、そこにはピンク色のフリルたっぷりの衣装をまとった姿があった。
「≪ミューテーション!!≫魔法少女きらら、推参! まっててね、ちーちゃん、今行くからね!」
運転手の顎が落ちたまま戻らない。電話口で何か叫んでいる声がするが、それすら耳には入っていないようだ。
縁側から跳躍したきららおばあちゃんは、三秒後には召喚地点にたどり着き、さらにその五秒後には召喚魔方陣を逆探知して召喚元を特定。十秒後にはゲートをこじ開けて飛び込んでいた。