ちーちゃん五さい!
スイングドアを開けて、今日も冒険者ギルドに誰かがやってくる。
魔物に襲われる村を救って欲しいと頼む依頼者か。
それとも食い詰めた冒険者志望の荒くれか。
もしくは、希望に目をキラキラさせた新人か。
冒険者ギルドの受付嬢が入り口に目を向けると、そこに立っていたのは奇妙な三人組だった。
獣人と思われる毛深い筋肉質の大男。見た事の無い八本脚の魔獣。そして幼女。
「テイマーかしら? あの獣人もかなりケモ度が高いわね」
三人組の素性を訝しむ受付嬢。三人が受付カウンターに近づいてきた。
「すいまセン、冒険者登録お願いシマス。三名デス」
「あなたがリーダーなの?!」
見た事の無い種族に思わず声が出る受付嬢。嬢と呼ぶには少しトウが立っているのだがお局とは呼ばせない。
「冒険者ギルドは『登録は受ける、いつでも、どこでも、誰とでも』を旨としているけど流石にその子は」
ちらりと子供に視線を向ける。
「ちーちゃんはね、いしのちひろっていいます!」
「あ、ありがとう。登録はしても良いのよ。でも、割り振られた仕事ができないと、いろいろと困ったことになるのよ?」
「五さい!」
手をパーの形に広げて年齢をアピールする千尋。もう年長さんになったのだ。お姉さんなのだ。困る受付嬢(29歳)。
「チヒロが私たちのリーダーですカラ、登録できて欲シイです」
「この子がリーダーなの?!」
「年齢、性別、種族に出身地、実力さえあれば前歴を問わないとルールブックの14ページに書いてあるハズです」
「あなた詳しいのね」
「二周目ナノです」
何を言っているのかはわからないが必死にスルーし、登録用紙を机に並べる。
「おすすめはしませんが、お二人がこの子をサポートするというのなら登録自体は構いません」
「ダイジョーブ。三人であっという間に稼ぐヨ」
「では、ここにお名前と得意とする役職を記入してください」
顔を見合わせるトッピョイとアウグストゥス。
「私はたぶん書ける気がするが、字を書いた事が無い。ペンをうまく使えるだろうか」
「ワタシもアナログはちょっと」
「ちーちゃんかけるよ!」
「お願いしまス」
なんと五歳児に代筆を頼む事になる。
ひらがなが上手と幼稚園の先生にも褒められたちーちゃんは、鼻の穴をフンスと広げながら、『ごりらのあうぐすとす』『ふうせんのとっぴぉい』『ちーちゃん。5さい』と書く。
大丈夫なのかと慄く受付嬢(29歳)の困惑は深まるばかり。
「それでは、こちらの水晶球っぽい物に触れてください。魔力を計測して適性のある職業を表示します」
カウンターの下から取り出された小さく光る球体。アウグストゥスが大きな掌で包み込むように触れると、閃光が受付嬢の網膜を焼く。
「目がぁ! 目があぁぁぁ!」
「なんだ! 何があった!」
カウンターの奥から他の職員たちがやってくるが、そこにあったのは目を抑えてヨロヨロと倒れこむ受付嬢と、『勇者』と表示された水晶球だった。
「ギルドマスターを呼んできます!」
駆けだすギルドの若手職員。ざわざわと騒がしくなる冒険者ギルド。
「ちーちゃんもやりたい!」
「あ、いや、ちょっと待ってください!」
職員の静止も間に合わず、水晶球にぺとりと触れるちーちゃん。再びの閃光。表示される『聖女』の文字。
「ギルド本部に連絡します!」
駆け出すギルドの若手職員二号。酒を飲んでいた者たちも、これから冒険に出かける準備をしていた者たちも集まってくる。
「せっかくナノデ私もやってみまス。前はお城の聖騎士がチヒロの護衛してたし、魔道具作りに忙しかったカラ登録はしてナカッタのよネ。ちょっと楽しみデス」
ぐにゅると触腕で水晶球を握る。ダララララと流れるドラムロール音。
「なに、この音?!」
「聞いた事ないぞ!」
「なんだ、いったい何が起きた!」
呼ばれてやってきたギルドマスターも初めての出来事をただ見守る事しかできない。
水晶玉の中では三列のリールがぐるぐる回り、サクランボの絵柄や『7』と書かれたプレートが激しく回り、タテヨコ三列、九つのマスが全て7で埋め尽くされてゆっくりと止まる。
何が起きるのか、ごくりと唾を飲み込みながら覗き込む職員たちの前で、水晶球には適正職業の一覧が表示された。
戦士
侍
僧侶
魔法使い
司教
>火星ふ
「なんなんだ、今の演出は!」
「前衛にも後衛にも適性があるだと……」
「何、『火星ふ』って」
「メイドですネ。私、これにしマス」
勇者、聖女、メイドのパーティが誕生し、意気揚々と薬草採取の依頼を受けて出て行った。残されたギルド職員は呆然と見送るだけだった。