ゴリラさん、おひげふゎふゎ
「さて、アウグストゥス。逃げますヨ」
「先ほど二周目と言っていたな。そこも含めて、逃げる理由を詳しく聞こう」
抱きかかえた千尋をゆらゆらと揺らしながらトッピョイの話を促すアウグストゥス。
小さく頷くと、触腕の中からピンク色の小さなポシェットを取り出し、中からノートとペンを取り出した。
細かい装飾の掘られた木製のテーブルの上にノートを置き、シャーペンの芯をカチカチと出す。折れた。
「いろいろと奇妙な物を取り出していたのはその中に入っていたのか」
「11次元ポシェットとイイマス。よく分からないデスガ、わりと小さい物しか入りません。紐とか」
「見た通りだな」
雑談をしながら、ノートに矢印と数字を書き込んでいく。どうやら年表の様だ。
「時系列に沿って説明シマス」
「よろしく頼む」
「まず、千尋とお祖母ちゃんが仲良く暮らしていましたが、千尋が高校生になるとお祖母ちゃん病気でたくさん寝込むようになります。とても寂しくナッタ千尋は、お祖母ちゃんの趣味の本をたくさん読んで、宇宙にベントラベントラします」
トッピョイは、千尋が両親に続いて祖母を亡くしかけていた頃の本来の未来から説明した。孤独からオカルトに嵌った千尋は怪しげな呪文で宇宙人を呼び、それをたまたま捉えたトッピョイが地球を訪問。二人はプリティでキュアキュアな仲良しとなり無二の親友となったのだという。
「私、何度も千尋と桃鉄99年プレイして、その度に沖縄に閉じ込められました」
「それは親友なのだろうか」
しかし、楽しい時間に水を差すものが居た。
「それがマクガハン帝国デス」
「ここか」
「ハイ。聖女として召喚されました。私も一緒に。そしてたくさん危険な目にアッタ。やっとの事で日本に帰ったけど、千尋はたくさん泣いた。ダカラ、エリクサー持って過去に戻ったノ。お祖母ちゃんいなくなる歴史を変えヨウと思って」
「だから光の円を見た時にあんなことを言っていたのだな」
トッピョイは、光の円が現れた時、それが召喚陣である事を知っていた。そして連れていかれると叫んでいたのだ。
「私、全然力持ちじゃない。小さな千尋を逃がすこともできなかった。二度目なのに!」
「トッピョイには知識がある。俺には腕力がある。お前にない物は俺が補おう」
むん!と太い腕を曲げて力こぶを見せる。どんな人間のマッチョよりもデカい、ゴリマッチョ垂涎の上腕二頭筋だった。
「私が千尋を守るならわかります。友達だから。でも、あなたはなぜ千尋を守ってくれるノ?」
「幼い子を守るのに理由などいるのか?」
涙目になるトッピョイに、不思議そうに問いかけるアウグストゥス。彼はただ善良で優しいだけのゴリラなのだ。
「それに俺の子供も同じくらいの年頃だ」
「今の千尋は……ええと10年前だから5歳カナ」
「千尋の方がお姉さんだな。だがゴリラ年齢では五歳はそろそろ独り立ちしてもいい頃合いだが、人間はそうではないのだろう?」
「火星人年齢ならまだ子供ネ。たぶん地球人でもそうだと思ウ」
すっかり寝付いた千尋に目をやると、、髭を掴んだまま涎を垂らしている。
人間の年齢はよくわからない二人であった。
「しかし、先ほどの話で不可解な点があるのだが、いいだろうか」
アウグストゥスは天涯付きの豪奢なベッドにそっと千尋を寝かせると、髭から指を外そうと試みる。離れない。
「千尋がマクガハンといったか。ここに召喚されたのはもっと大きくなってからではなかったのか?」
「そう、そこデス」
ぺふん! とトッピョイが触腕を打ち鳴らす。
「本来、もっと後になるはずなのに、歴史が狂ってしマッタ。たぶん、お祖母ちゃん生存ルートに入ったから? かな? カナ?」
脚をくねくねと三つ編み状に捻りながら部屋中を歩き回る。
「たぶん、因果律が乱れテ召喚時期が早まっタ。それに、マクガハン帝国に呼ばれた理由も違う。前は皇子の結婚相手として聖女を呼んでいたのに、さっきは結界がどうとか言ってイタ。戦争なんてしていなかったハズ!」
机をペチンペチンと叩きながら、トッピョイは悲しみの叫びをあげた。
「せっかく10年前に戻ったのになんで歴史が違うノ!」
ようやく髭から千尋の手をはずし、かわりに小指を握らせたアウグストゥスは、べしょべしょ泣き崩れるトッピョイに問いかける。
「つまり、10年後に君たちはここへ呼ばれた。そして……これが一番の問題なのだが、還れたのかね?」
「もちろん。大変だったけど、おうちに帰る事が出来たのヨ。でも、その時には千尋のお祖母ちゃん……キララは生きてなかったノ」
「だから、薬を届けに来た、というわけか」
「ソウ!」
アウグストゥスは小さく頷いた。
「それなら話は簡単だ。還り方を知っているのだろう?」
「ウン。この帝国の魔法使いは信用ならなかったカラ、私と千尋で作ったノ。魔法の方陣をを電力で起動する方法と、世界間移動魔法陣。ちゃんと覚えているけど、作るのには材料が足りないカモ」
「何が必要なんだ」
トッピョイは小さなポシェットからアレじゃないコレじゃないと、様々なガラクタを取り出す。
「これと、これを材料に使って……。千尋と作ったのがそのまま使えるから、電線に使うミスリルが少しト、大量の電力があれば使える」
「それは、飼育員さんに頼んだら持って来て貰えるだろうか?」
「無理だと思う。金貨をたくさん稼げば、ミスリル貨に両替できるカラ、それを鋳潰しマショウ。前は冒険者ギルドのランクあげてギルドカードを材料にしたけど、お金の方が早いと思ウ」
散らかした道具を6本の触腕でポシェットに仕舞いながら、ノートに「ミスリル貨8万枚ためる!」と書き込むトッピョイ。
「たくさん必要なのかな?」
「ん~。書き間違えたネ。8万ゴールド。ミスリル貨で8枚で足りるヨ」
「それはどれくらいの価値なのだ」
「一般人の家族が何年か暮らしていけるくらい!」
そう言われても一般人がわからないアウグストゥスは首をかしげる。
「一般のゴリラだとどれくらいだろう。バナナで例えてもらいたい」
「わかんない……バナナわかんない……ちょっと良さげな高級車が新車で買えるカモ」
価値観に共通項が少ないトッピョイとアウグストゥスは、例え話をするとドンドンすれ違う。
トッピョイは、Sランク冒険者の仕事なら8万ゴールドはすぐ溜まると考えているが、それは国家の後ろ盾を持ちつつも聖女として実力があった千尋の身分があっての事。今の彼らではSランクの仕事を請け負う事ができない事が頭から抜けていた。
もちろんアウグストゥスは貨幣経済自体が良く分かっていない。
「とにかく、この国の人タチは、いじわるさん多かったから、逃げまショウ」
「うむ。千尋が泣くことになるのは良くない。だが、どうやって逃げる?」
「これ、使いまショウ。チャカチャチャン! 『アンディー・ウォールホール』」
トッピョイはポシェットから一枚の絵を取り出すと、壁に立てかけた。
「なんだそれは。缶詰の絵か?」
「これは壁に穴を開けて通り抜けラレルのです。未来の千尋が考えた道具なのデスヨ、凄いでショウ?」
「よくわからないが凄いな」
トッピョイの反り返るほど胸を張った親友自慢を軽く流すと、アウグストゥスは小さな千尋を抱えようとする。
「あ、千尋も寝てるし、私も疲れているから逃げるの明日にシマセン?」
「構わないぞ。俺も今日はいろいろあって疲れた。ベッドは千尋と一緒に使うと良い。俺はこっちのソファーを使う」
そう言うと、アウグストゥスは天涯付きベッドのカーテンを一枚外すと、それを掛布団替わりにソファーで横になる。
しばらくしてベッドの方からぷしゅるるるという寝息が聞こえてくるのを確認すると、そっと起き上がった。
窓の外と、廊下からの足音に静かに耳を澄ませながら、髭を引っ張る千尋の小さな手の暖かさを思い出して、アウグストゥスは優しく微笑んだ。
ゴリラと火星人と幼女という衝撃からようやく立ち直りつつあるマクガハン帝国召喚チーム。
そこに皇子が爆弾を落とす。
「聖女は俺の婚約者とするという話だったよな。聖女は……あの、小さい子供か? 他のじゃないよな?」
何も答えられない魔法使いたちであった。
次回、冒険者ギルド登録! ごく普通のテンプレ的な話!